東日本大震災対談シリーズ

第1回「震災を乗り越え、日本のモノづくりの強さを次世代へ」

本シリーズは、東日本大震災の発生から2-3カ月を経過した時点をとらえ、産業界の有識者より(1)震災後これまでの状況、(2)今後の見通し・取り組み、(3)大震災からの教訓、(4)意見・提言をいただいた上でRIETI理事長および関連分野の研究者とディスカッションを行い、最新の状況把握、今後の産業復興の具体策・課題などについて、関連する調査研究の知見も踏まえながら議論を深めることを目的としています。

第1回対談は、日本自動車工業会の志賀俊之会長 (日産自動車最高執行責任者)にご参加いただきました。

中島 厚志理事長 写真中島 厚志 (理事長):
東日本大震災後、被災地の復旧が最優先に急がれる状況ですが、産業界の中でも特に自動車業界は、サプライチェーンの寸断によって全国的な生産に多大な影響が生じました。

そこで本日は、日本自動車工業会の志賀俊之会長(日産自動車最高執行責任者)に、大震災の被災状況、特にサプライチェーンの寸断による全国的な影響、一方で急ピッチに進む復旧の状況についてお聞きしたいと思います。

震災後も日本の生産方式は変わらない

志賀 俊之日産自動車最高執行責任者 写真志賀 俊之 (日本自動車工業会会長/日産自動車最高執行責任者):
まず、災害の影響で通常の生産が1カ月止まるという事態は、日本の工場では過去にない甚大な被害です。そして、自動車各社の生産が完全に復旧するのは10月以降といわれていますが、なかなか全面的な生産ができない要因は、やはり東北地方におけるサプライチェーンの寸断です。

いくつかのサプライヤさんが津波に流された、あるいは避難地域にあったなど、非常に深刻な被害にあいました。そこで今回は自工会レベルで復旧支援活動を展開し、会員各社の社長とも相談の上、被害の大きさからして、やはり人的な救難支援を優先しようということになりました。そして自工会の中に災害対策本部をつくり、情報を共有してきました。

今回、サプライチェーンの寸断によって復旧が遅れているということで、これまでのジャストインタイムといわれる日本の生産方式よりも、多少は在庫を持つジャストインケースがいいのではないかと言う人もいます。あるいは生産地の分散化、サプライヤの多様化など、さまざまに議論されています。

しかし、根幹となる日本の生産方式を変える人はいないと思います。日産も変えるつもりはありません。それよりむしろ、日本のモノづくりがリスクに対してより強く変わっていけるのではないかと考えています。そして、それを自動車産業が成し遂げることで、今回の震災を通じて日本のモノづくりの強化に役立つことができるのではないかという気がしているのです。

中島:
その際、政府はどのような手助けができるとお考えでしょうか。

志賀:
日本のモノづくり力の原点になっているのは、1人1人の作業者が「自分は何をやらなければならないか」をわきまえて行動し、結果として、全体にとって良い結果を生み出す。この現場力ですね。この現場力というのは、自動車産業だけでなく、今回の復旧作業のあらゆるところで起こっていると思うのです。

私はよく社内で言っているのですが、やはり今回の震災の大きさを考えると、3月11日に自動車産業に従事していた人間の責任として、この日本のモノづくりの強さを絶対に次世代へつなげなければいけない。これで、もう日本から出ていくとか、日本のモノづくりが駄目になったとか、そんな白旗を揚げては絶対に駄目だと。この震災を乗り越えて、日本のモノづくりが更に強くなることが、震災の被害を受けた方々への最大のお見舞いだと。

政府に対する要望を申し上げれば、やはり被災した状態をまず元へ戻すために、中小を含めた部品メーカーさんが元通りに復興する支援をお願いしたいと思います。誰も今、これを機に海外へ出て行こうなどとは思っていません。逆に、「なんとか日本のモノづくりを残そう」と再認識したのだと思うのです。

一方で、生産の再開に何カ月もかかっているのは、日本の生産方式のほころびが出たからだなどと言うのは自虐的すぎると思います。今回の震災が日本でなかったら、これが他の国だったら、自動車の生産などまだ1台もできていないだろうと言う人もいます。我々はもう一度自信を持ち、政府と一緒になって、これを更に進化させて強い自動車産業にしなければなりません。

また私たちが悲しいと思うのは、日本の経済が自動車産業に依存しすぎているから、あるいは輸出産業に依存しすぎているから新しい産業をつくるということはわかりますが、これまでの日本経済の成長のベースにある自動車産業、ベースにある日本のモノづくりを否定して新たな産業をつくっても、日本の強みが活かされないのではないかと思うのです。

たとえば、いま話題の再生エネルギーに関連して、被災した東北地方に復興するすべての住宅に太陽光パネルやリチウムイオンバッテリーを取り付ける。更に電気自動車を活用し、循環型の自然エネルギーが使われる。そういうかたちで復興できればいいと私は強く思っています。

その実現のためには、たとえばソーラーパネルの工場、あるいはリチウムイオンバッテリーの工場など、今は日本のメーカー各社がバラバラでやっていますが、経済産業省の音頭で国の予算も少し入れていただき、東北に巨大なソーラーパネル工場をつくる。コングロマリットで各社の技術をすべて注入し、そこで雇用をつくる。ソーラーパネルを日本中に広げようとすると、現状では間違いなく中国から輸入しなければ供給量が間に合いません。ならばソーラーパネルの工場を被災地につくり、雇用を生み、産業を生み、そして再生可能エネルギーを生むといったビジョンが必要です。

野原 諭コンサルティングフェロー 写真野原 諭 (コンサルティングフェロー/経済産業省経済産業政策局調査課長):
サプライチェーンの復旧については志賀さんがおっしゃったとおりだと思いますが、2点ほど我々としても確認したいことがあります。

1つは、現在の生産再開は部品の在庫を使って再開している部分があるので、秋になれば、復旧したサプライヤから部品が供給されてくるということだと思うのですが、そのつなぎの期間を本当に連続的につなげるのか。部品の在庫で生産している分が尽きてしまうと、2番底になるリスクがあるのではないかということが懸念されていますが、その点はどうなのでしょうか。

もう1つは、鉱工業生産指数の予測調査で、3月を底として4月は前月比プラス3.9%と回復し、その原動力は自動車産業となっています。経産省調査統計部の調査によると、理由としては軽自動車が大増産するためとなっていますが、一方で自動車のアナリストは、軽自動車もマイコンを使っているのに本当なのかと疑問を抱いています。その3月が底で4月がプラスというのは、実感として間違っていないかどうか。その辺りをおうかがいしたいと思います。

減産はシェアダウン、サプライチェーン復旧にみる底力

志賀:
マイコンについては、すでに発表されているように6月辺りで在庫が切れるため、10月のフル生産に戻るまで、6月から8月に谷間ができてしまうことを懸念されているのだと思います。

しかしながら、今の日本の自動車産業に、2番底が来ることがわかっていて、指をくわえて待っている人など誰もいません。あらゆる手段を講じているとご想像いただきたいと思います。

1つ言えるのは、およそ皆さんがあとで驚くようなことを、皆が一生懸命、24時間、徹夜作業でやっているということです。そのような中、たとえばアメリカの生産は半分に落ちています。中国でもこれから減産になります。その間、私たちはシェアを取られているわけです。

さらに、世界中の自動車メーカーで、「もうそろそろ日本の部品に頼ってはまずい」という動きが起こっているわけです。ですから今、歯を食いしばってでも復旧を急がなければ、ようやく工場が復旧しても、今度はつくるものがないということを実際に起こしかねません。だから必死でやっています。先日の記者会見で「5月に半分、6月で7割」と言っていたものを、現在ではもう8~9割はやると言っています。

これが、日本の自動車産業の力なのです。

中島:
足元では、震災被害だけでなく電力制約もありますね。

志賀:
電力が制約されて、仮に15%節電し、かつ従来と同じ生産ができれば、日本のモノづくりのレベルがまた上がります。それでまた海外で競争力を増す。今まで、その繰り返しをやってきたわけです。やはり発想を転換しないといけませんね。

中島:
野原課長に少しうかがいたいのですが、経産省でまとめた新成長戦略に基づく今後の取り組みについては、大震災の影響によって、これから産業面でもいろいろな変化が織り込まれていくと思うのですが、そういった点を含め、コメントをお願いします。

全体写真

空洞化のリスク、財政リスクにどう立ち向かうか

野原:
私は、今回の震災を契機に日本が没落するリスクについて強い危機感を持っています。1つは空洞化のリスク、もう1つは財政のリスクです。

まず、財政のリスクについて申し上げると、今回の震災が起きる前の段階で、おそらく日本国債の95%が国内消化されるという現状が継続可能なのはあと5年程度と試算していました。そこへ今回の震災の対応でいろいろな財政出動を余儀なくされ、1~2年の前倒しが起きますから、あと3年ぐらいの間になんとか財政の問題に見通しをつけなければ、このままの状態で海外の投資家に日本国債の消化を依存する構造へと突入すると、欧州周辺国と同様のマーケットアタックに晒されて、非連続的に日本が没落する契機となってしまうおそれがあるという危機感を持っています。

もう1つは、空洞化のリスクです。円高が定着し、法人税を5%減税する法案はまだ成立していません。TPPへの参加も6月には決断できないことになりました。電力制約の関連では、火力や自然エネルギーへの電源構成の変化で電力料金が今後上昇していく可能性が非常に気になっています。ラフに試算すると、電力料金が10%上がると法人税に換算して15%位の増税に相当する額の負担増となりますし、電力料金が20%上がると法人税に換算して30%位の増税に相当する額の負担増となります。電力料金の値上げが現時点で決まっているわけではありませんが、これらのことがどれだけ国内立地のディスインセンティブになるか、非常に心配しています。

日本経済は、輸出産業が稼いで国富を増やし、それが内需型産業にトリクルダウンするメカニズムで、成長し、豊かになってきました。輸出産業が国内にあるということが決定的に重要で、これまで自動車産業がその中心的な存在であったわけです。また、日本経済の他国にない強みは、モノづくりと技術立国にあり、そのような強みをいかにして維持・強化し、ビジネスとしての強みにつなげ、また、強みとなる分野を増やしていけるかだと思います。

政府の取り組みについてもご紹介申し上げますと、再生可能エネルギーの技術開発については、菅首相が26日開幕のフランスサミットで「サンライズ計画」を提案されます。当省の産業構造審議会競争力部会や政府の新成長戦略実現会議においては、サプライチェーンの強化、この夏を越えた電力需給の追加対策などに取り組んでいるところです。

中島:
今の野原課長のお話を踏まえておうかがいしたいのですが、志賀会長も新聞等で「六重苦」とおっしゃっているように、円高、法人税、自由貿易協定(FTA)の遅れ、労働規制、温暖化対策、電力不足といういろいろなリスクや障害がそもそも日本の自動車産業を取り巻く状況としてあるわけですが、そこに震災に伴うサプライチェーンの寸断が付け加わってしまった。これは大変厳しい事態です。そこで海外との競争の中で、あるいは国際展開を見据えながら、国内での現場力をどのように生かしていこうとお考えでしょうか。

六重苦に勝つ全員スクラム

志賀:
日本に生産を残すということは、政府から見れば、雇用問題あるいは労働問題を含めた空洞化の問題です。一方、私たち民間から見れば、別にノスタルジックに日本に残りたいというわけではなく、グローバル企業の経営者として、グローバル競争力を維持する上においても、日本でのモノづくりは重要だと思っているのです。

そして、私たちは六重苦のハンディを克服する取り組みをずっと続けてきたおかげで、体力もついてきました。いま工場へ行くと、「円高に勝つ」、「80円でも残す日本の生産」というプラカードがかかっていますよ。1ドル80円でも勝つために何が必要かということを、各工場はミリ単位で詰めています。政府に対して「円高対策をやってください」と言っている一方で、やはり80円でも残すために企業として努力し、そこでまたイノベーションを生んでいるのです。

要するに、官民がお互いに危機意識を持った上でしっかりとスクラムを組んで、そして若干逆風あるいは内向きになっている日本の経済をしっかり建て直す。日本の自動車産業は、誰もまだ日本を見捨てていません。今こそ、立て直す力はまだまだある。今回の震災を通し、もう一度困難な状況を克服できたという結果を残すことが重要です。そのために今、日本の自動車メーカー全員が想像を絶する早さで復旧に取り組んでいるのです。

中島:
大変心強いお話をありがとうございました。

志賀:
どうもありがとうございました。

2011年5月26日開催
2011年6月21日掲載

2011年6月21日掲載