RIETI政策対談

DX(デジタルトランスフォーメーション)が創る新しい社会

DXを日本に広げるにはどうすればいいか。RIETIでは、ランチタイムセミナー(BBL)として「DXシリーズ」を開始し、DXのトップランナーである若手企業経営者や技術者などをお招きしてDXの最先端事例をご紹介いただき、好評を博している。今回の対談は、経済産業省でDXを推進する商務情報政策局ITイノベーション課課長補佐の松本理恵さんと、今回のDXシリーズを発案され講師を紹介いただいているRIETIコンサルティングフェロー・東京大学大学院経済学研究科特任研究員の木戸冬子さんをお招きし、お二人のDX推進にかける想いや女性活躍の可能性について伺った。

本コンテンツの完全版はrietichannel(YouTube)にて提供いたします。


まず、簡単なご略歴と、DX・ITへの関わり、あるいは関心などをお話しいただけますでしょうか

松本:
私は大学・大学院ではAI、ロボティクスが専門で、ヒューマノイドロボットの開発をしていました。経済産業省に入って11年になりますが、これまで研究開発支援事業や安全規制などを担当してきました。

私の働き方、人生観が大きく変わったのは、2015年から18年までのイスラエルへの赴任です。イスラエルは第二のシリコンバレーとも言われ、ITベンチャーが非常に多い国です。

ITエンジニアやホワイトハッカーの方々との交流を通じ、どうすればITベンチャーを盛り立て、国全体を元気にできるのかを考えるようになりました。今年から情報技術利用促進課に異動し、企業のDXのお手伝いをする立場になりましたが、こうした経験を生かしていきたいと思っています。

木戸:
私自身のキャリアは、ハードウェアエンジニアから始まりました。ハードウェアから、ソフトエンジニアに転身してIT関係の会社を5社転職しながら博士号を取り、アカデミアに仕事の基軸を移し、産官学連携を担い、IT業界での人脈を生かして、現在は、大学で2つの講義を担当するとともに研究会等の運営や勉強会をしています。

経済産業省が進める産業DX政策に関してお話しいただけますか

松本:
DXの動きが、いま日本中で、また世界中の企業で広がっています。ビジネスがアナログからデジタルへ変化しつつあり、そこにうまく乗れた企業と乗れなかった企業で大きく差がついています。どんなに良い製品・サービスを作っても、デジタルの競争環境に乗れなければ、その良さを見てもらうことはできません。逆に、うまくデジタル化の波に乗ることができれば、世界を顧客にできます。

経済産業省では、DXを、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織プロセス、企業文化、風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。重要なのは、データやデジタル技術を使っていかに競争上の優位性を作るか、ということです。

企業が行うデジタル化には、社内に存在する文書などのアナログデータをデジタル化する「デジタイゼーション」、テレワークやオンライン会議のように業務プロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」、そしてビジネスプロセスを変革し競争上の優位を確立する「デジタルトランスフォーメーション」という3つのステップがあります。

DXを具体的に進めるためは、まず自分たちが現在どの位置にいるのかの自己診断が必須です。経済産業省では、自己診断を行うための「DX推進指標」を公開しています。DXの取り組みに関するいわばチェックリストで、これを使えば自分たちのDXがどのレベルまで進んでいるかが分かります。さらに、DX推進指標を使って自己診断を行った結果を、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)に送っていただくと、日本企業全体や業界の平均値との比較など、結果を分析してお届けしています。

情報処理促進法を改正し、DXを推進する企業を経済産業省が法律に基づいて認定する制度も新たに設けました。今後、DXを進める体制がしっかりと整った企業は、法律に基づいた認定をさせていただきます。また、更にDXの取り組みを進めていただくために、上場企業の中で特に素晴らしい取り組みをされている企業は、「DX銘柄」という形で選定し、取り上げています。このDX銘柄は、東京証券取引所と一緒に進めているものですが、有識者委員会により1業種1社ないしは2社が選ばれるトップランナー制度です。トップを走っている同業種の企業を見ていただき、ここなら追いつける、ここなら追い越せる、来年こそは自分の会社がDX銘柄だというような形で、ぜひ各企業でDXを進めていただきたいと思っています。

一方、中小企業でしたらソフトウェア導入を支援する「IT導入補助金」や、IT専門家のアドバイスを受けやすくする「中小企業デジタル化応援隊」などの支援策も活用いただけます。

木戸先生が今回のDXシリーズを企画された理由や、期待などをお話しいただけますか

木戸:
DXシリーズを考えたきっかけには、これまであまり取り上げられていないベンチャー企業、特に自分自身が技術者でかつ経営も担っている素晴らしい人々を、ぜひ多くの方に知っていただきたい、という思いがありました。

第1回の松本さんには、若くしてDMMのCTOとして、自分自身のポリシーとしてDXを中心に経営を考え、経営を単なる経験論だけではなく科学的にとらえてきちんとデータからエビデンスをとって会社の方針を考え、それを実践しているところをお話しいただきました。

第2回の田中さんには、現在のCOVID-19で、在宅勤務への転換が問われている中、自身が経営するさくらインターネットのTOPとして、沖縄に拠点を移し、在宅勤務であれだけの規模の企業を回している、その事例をご自身の口で語っていただきました。

第3回の江口さんでは、LINEは日本が作ったプラットフォームの1つですが、単なるSNSだったLINEがより社会に根付くためにどういうことをやっていくべきか、ご自身が実際にスマホを持って危険を顧みず現場に乗り込んでいって、SNSを活用してその現場の困っていることを解決していく、ソリューションを自分で考えて動かしていく事例を見ていただきました。

第4回の常楽さんは、日本の代表的なビジネスツールである名刺を使ったSansanのコミュニケーションのデータ解析・活用をやってきた会社が、コロナで対面での名刺交換が難しくなったこの時代に何をおこなっていくかについてお話しいただきました。

こうしたデジタルネイティブの方々が、いま何を考えていて、日本をどう変えていきたいと考えているか、その思いをぜひDXシリーズで感じ取っていだきたいと思っています。

DXは新型コロナの感染拡大防止と生産性向上を同時に実現すると期待されていますが、難しい点はありますか

松本:
Withコロナの時代に入って、世の中の形は大きく変わってきていると思います。1つは人々の接触回避、2つ目は居住空間の再構築、3つ目は人的資本の変化です。

ビジネスについては短期的にはBCP(事業継続計画)に沿って継続できるかいうところが重要ですが、中長期的にはビジネスの形そのものを変えていかなければいけない。こうした痛みを伴う改革ができるかが難しいところです。

木戸:
DXを阻害している最大の要因の1つは必要のない捺印などに代表される不要な慣習と関連する規制だと思います。また、DXのために必要なIT環境の整備にかかるコストの問題、それを使いこなす人材をどのように育成するかも課題と考えています。特に人材育成の部分については経済産業省が担っていただきたいです。

本企業のDXが進むと、企業経営や働き方はどのように変わっていくでしょうか

松本:
DXの進展は、ダイバーシティ経営を加速するためにも役立つと考えています。個人的なことですが、私は昨年10月に出産をして、産休・育休を経て今年の4月に業務復帰をしました。妊娠中は、満員電車を避けるために在宅勤務をしたり、会議にオンライン参加させてもらったりしていました。4月に復職して驚いたのは、育休明けの自分だけではなく、全ての職員が、テレワークやオンライン会議を活用していたことです。新型コロナウイルス感染症が、職場のDXを大きく進めていたのです。企業との意見交換や、行政の手続きも、少しずつ進めていたオンライン化が一気に加速しました。

デジタル化が進んだことで、これまで家庭と仕事の両立に悩んでいた人が、働きやすくなった面があると思います。女性はもちろん、これまでの職場で働きにくさを感じていたマイノリティの方々が、DXによって働きやすくなる可能性があると考えています。また、DXの推進にとっても、多様な人材の活躍は不可欠ですので、データとデジタル技術を活用して、ぜひ女性などさまざまな人が働きやすい職場環境を作っていただきたいと思います。

今後のDXに関する期待、あるいはこういった世の中に変えていきたいという思いを、お伝えいただけますでしょうか

松本:
企業の方々には、世界市場で戦っていくためのDXをぜひ進めていただきたいと思います。また、DXを進めていく上ではIT人材が非常に重要になってきます。経済産業省では、ITスキルを可視化するために情報処理技術者試験やITパスポート試験を実施しています。また、経済産業省が選定する第四次産業革命スキル習得講座(リスキル)講座の中には、厚生労働省から補助金の出る講座もあります。これらの制度などを活用して、IT技術のスキルアップを図っていただきたいと思います。

木戸:
今の学生はデジタルネイティブです。若い方がDX時代に大いに活躍することを期待しています。

2020年10月22日掲載