夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'02

『システム障害はなぜ起きたのか:みずほの教訓』

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鶴 光太郎(上席研究員)

『システム障害はなぜ起きたのか:みずほの教訓』 日経コンピュータ編 (2002年5月) 本体1400円

『システム障害はなぜ起きたのか:みずほの教訓』表紙 本書は、4月に起きたみずほファイナンシャル・グループの大規模なシステム障害について、その原因について徹底検証するとともに、そこから得る教訓を引き出すことを目的として書かれている。99年8月の3行経営統合発表以来の詳細な取材を通じて「みずほの悲劇」の全体像に迫っており、緊急出版本にしては非常によくまとまっているという印象を受けた。本書は今回の教訓として、(テーラー・メイドの)情報システム肥大化とその再構築の困難さという技術的な要因とともに、プロジェクト・マネジメントの欠如、経営トップの無関心とシステム統括責任者の不在という経営(人材)の問題を強調している。しかしながら、評者は、エコノミクス・レビュー No. 6で既に論じたように、こうした要因よりも、3行がお互い自分の面子を守るような対等合併を行うこと自体にそもそも無理があり(経営のコントロール権が特定化されないため)、システム障害はその1例に過ぎないと考えていた。したがって、本書の執筆が日経コンピュータ編集部ということからも上記のような問題意識は事前に予想されたため、評者はむしろ批判的な視点から本書を読んでみることにした。

そこで強く印象に残ったことは、3行とその背後のコンピュータ・メーカによる面子を巡って延々と続く「つばぜり合い」よりも、むしろ、システム統合に成功した事例として挙げられた北洋銀行のルポである。そこには、「アンビリバボー」、「プロジェクトX」も顔負けの感動秘話があったのである。経営破たんした旧拓銀の事業継承を行うことになった北洋銀行のシステム統合最高責任者である高向氏(副頭取)は、勘定系システムとして自行か旧拓銀いずれを選択すべきかを迫られていた。旧拓銀の経営陣は北洋銀行には来ておらず北洋銀行の経営陣だけで判断する以上、たとえ、旧拓銀のシステムが総合的に優れているとしても北洋銀行のシステムを選択するのが自然の流れであろう。本ルポも旧拓銀のシステムがいかに優れているかを整然と述べるIBMの担当者を高向氏が怒号で追い返すという印象的なシーンから始まる。しかし、結果的には、むしろ自行の顧客や営業店に大きな負担と変化(自行固有の商品の撤廃、通帳、業務手順、端末手続きの変更)を強いるような旧拓銀のシステムを採用し、粛々と統合プロジェクトを進めることで大きな成功を掴むことになる。奇跡的ともいえるこの判断は、北洋銀行のシステム担当者が冷静に考え抜いた上で、「旧拓銀のシステムに一本化しましょう」と高向氏に進言し、それが彼の背中を押すことで可能になったと記されている。評者はこの箇所で思わず目頭が熱くなってしまった。自分の仕事が無くなることを承知でこうした進言をした担当者と自行の顧客と職員に負担をかけることを承知で腹をくくった経営陣。面子、心情をばっさりと捨てながら、相手がたとえ「幽霊船」であっても「大が小を飲む」という経済原則に素直に従った点は、1つの経営判断として賞賛に値するものといえよう。銀行というと暗い話題が多いが、こうした希望の持てるケースも紹介しているという意味で、本書の一読をお勧めしたい。

鶴 光太郎(上席研究員)
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