ノンテクニカルサマリー

大学入試制度の多様化に関する比較分析-労働市場における評価-

執筆者 浦坂 純子 (同志社大学)
西村 和雄 (ファカルティフェロー)
平田 純一 (立命館アジア太平洋大学)
八木 匡 (同志社大学)
研究プロジェクト 活力ある日本経済社会の構築のための基礎的研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「活力ある日本経済社会の構築のための基礎的研究」プロジェクト

グローバル競争が厳しさを増している21世紀において、経済競争力は人材の質により強く依存するようになってきている。この人材の質に大きな影響を与える要素の1つは、大学等の高等教育機関における能力形成である。また、高等教育機関における教育のみならず、初等・中等教育、そして入学試験を通じても、能力形成が行われていることは見逃せない。難関大学の入学試験に合格するためには、幅広い知識はもちろん、基礎学力を確実にし、読解力・思考力・判断力を養う必要がある。さらに、受験時代を通じて必要となる自己コントロールは、人間性を育むために有効である。これらの能力形成は、単に新しい価値を生み出す知識創造能力を高めるためにだけでなく、グローバル競争に抗することができる人材を育成する上でも必要と考えられる。入学試験に備えることも、能力形成を促す役割を果たしている。

日本の大学では、1980年代中頃から、学力考査を課さない大学入学制度が広がってきた。指定校推薦入学試験(以下、指定校入試)、一般公募推薦入学試験(以下、一般公募入試)、AO入試などが、学力考査を課さない入試である。これらの制度で入学する学生数の入学定員に占める比率は、80年代以降日本の大多数の大学において増大してきている。

学力考査を課さない大学入学制度を導入してきた理由は、「多様な人材を確保する」というものであった。しかしながら、その過程において、能力形成に与える影響を検証し、それを公表する作業が行われてきたとはいえない。

学力考査を受けないまま難関大学に入学する者の能力が、一般選抜試験で学力考査を受けて入学した者の能力よりも低くなる可能性がいくつかの理由によって存在する。第1に、高等学校の推薦者選定のプロセスにおいて、学力考査のある一般選抜試験で合格できそうにない生徒を推薦制度で送る動機付けを持っていること、第2に、学力考査を課さない入学制度の場合、高校3年生の秋までには大学入学が決定するため、3カ月から半年ほどの勉強期間が短くなり、その期間、集中的に勉強して入学試験を受ける高校生との大学入学時の学力差が生まれることである。以上の議論に対して、実証的な検証を行うことは、今後の入学制度を検討する上で重要となる。

本研究では、Gooリサーチ社を通じて2011年2月に実施したインターネット調査「学校教育と働き方に関するアンケート」により得られた、6937人の45歳以上で大卒以上の学歴を持つ就業者を標本として用いて分析を進めた。この標本の内、学力考査を課す入試制度による入学者は74.4%の5162人、学力考査を課さない入試制度による入学者が17.9%の1244人となっている。若年層になるほど、学力考査を課さない入試制度による入学者の比率が増大していることは、このデータからも確認されている。

本稿では、学力考査を課す入試制度と課さない入試制度について、それぞれを経て入学し、卒業していった労働者のパフォーマンス、すなわち所得を通じて、労働市場で評価することを試みている。分析結果として、45歳以下の全就業者の平均所得比較(図1)で示されているように、学力考査を課す入試制度による入学者の平均所得は、学力考査を課さない入試制度による入学者の平均所得よりも高かった。この傾向は、国公立理系学部出身者において最も顕著となっている。

大学入試制度の多様化は、さまざまな方向から検証がなされるべきであることは論をまたないが、学力考査を課さない入試制度で入学した学生は、大学での学びに苦労し、卒業後も労働市場で高く評価されているとはいいにくい状況がうかがえる。各大学においても、推薦・AO入試から一般入試へ回帰する動きが見られ、継続する場合でも、出願できる評定平均値を上げたり、面接に口頭試問を加えたりするなどして、学力を担保することが図られ始めている。今後の教育政策と、高等教育機関の入学者選抜制度の見直しに注目したい。

図1:出身大学・学部別、学力考査の有無別平均所得(45歳以下の就業者全体)
図1:出身大学・学部別、学力考査の有無別平均所得