ノンテクニカルサマリー

労働生産性の分布に関するスケーリング則とその確率的ダイナミクス

執筆者 藤原 義久 (ATR / 京都大学)
青山 秀明 (京都大学)
研究プロジェクト 少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価-
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域I (第二期:2006~2010年度)
「少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価-」プロジェクト

少子高齢化の下での経済成長にとっては、マクロの生産性上昇が不可欠である。そのためには、労働力の有効な活用と生産性の維持向上に関わる労働と生産性のダイナミクスを理解することが必要である。特に、異なる労働生産性をもつ企業に労働者がどのように配位するかについてのマクロなダイナミックスを把握することは重要である。

中小企業を含む日本と欧州の大規模な企業データを用いて、企業単位の最もミクロなレベルで生産性(productivity)、生産(output)、労働者数(labor)に関する分布を解析した。特に生産と労働者数について、それらの周辺分布(marginal distribution)が裾野の長い分布であることに加えて、それらの同時分布(joint distribution) にスケーリング則が潜んでいることを見出した。これは、生産と労働の変数を適切に組み合わせてスケールする事によって、生産または労働についての分布がほとんどの企業を含む広い領域において、普遍的な関数形に従っていることを意味する。それら2つの変数についてスケーリング則が成り立っていることから、これをダブル・スケーリング則とよぶ (図を参照)。

また、スケール変換において経験的にデータから決定できるパラメータの取る値の組合せが一般的なケースでは、周辺分布も同時分布も対数正規(log-normal)分布のタイプに限られること、特殊なケースではそれらがべき(power-law)分布のタイプに限られることが数学的に証明できる。

これらの著しい性質は、それ自体が数学的に興味深く、驚くべきことであるだけでなく、生産および労働者のミクロスコピックな分布に普遍的な性質が存在して、かつそれらの分布を生成しているダイナミクスを理解する上で、決定的な鍵となる可能性が高い。実際、需要制約が存在して生産の総和が一定である系で、需要の個別的なショックによって確率的に生産が変化して、互いに競合してシェアを増減させる過程と、セクター外から新しい企業が参入する過程を含む飛躍型マルコフ過程により、対数正規分布の起源についてのシナリオを与えた。

さらにスケーリング則の意義は、生産関数の一般化として捉えることも可能である。すなわち、通常の生産関数の概念においては労働と資本に対する一様な関数によって、生産が決定される。そこでは、コブ・ダグラス型の生産関数に代表されるように、労働をスケールすると生産も一定のスケール倍に変化する。一方、我々の発見は関数ではなく、分布に関するスケール変換についてのものであるので、条件付平均値を含む条件付分布に関する普遍的な性質である。

これらの性質によって生産・労働・生産性が従う基本的なのダイナミクスが分かるので、たとえば一定の生産性をもつセクターへの生産要素の追加という政策が生産や労働の再配置にどのような影響を持つのかなどの示唆を得るための基本的な土台とすることができる。また、これらの性質は法則性というよりは、ダイナミクスのもつパターンを意味しており、異常な状況下では破れたり、特殊なパターンに変化するようなものであるので、たとえば生産性の高いセクターの出現や労働力の配位の変化の検出など、政策的な判断に重要な材料を提供できる可能性がある。

今後、これらの発見をさらに発展させて、生産・労働・生産性のダイナミクスに関するまったく新しい現象論とそのモデル化を行う予定である。

図