Research & Review (2008年4月号)

サービス産業の生産性は低いのか?~企業データによる分析~

森川 正之
上席研究員/財団法人社会経済生産性本部主任研究員

サービス産業のマイクロ分析の必要性

サービス産業の生産性向上は、人口減少下の日本経済の持続的成長にとって最重要課題とされており、昨年発足した「サービス産業生産性協議会」が、サービス産業の生産性向上を具体化するための多様な活動を展開している。i

我が国サービス産業の生産性は低いというのが通念となっており、確かに集計レベルで見る限り90年代半ば以降広範なサービス産業で生産性の加速が見られた米国と対照的である。しかし、産業内でも企業による異質性が高いことに注意する必要がある。また、生産性には、労働生産性と全要素生産性(TFP)、水準と伸び率、何と比較するのかなど多くの側面がある。サービス産業の生産性向上のための適切な「治療」を立案・実行するためには、その前提として的確な「診断」が不可欠である。そのためには、産業レベルに集計された平均値を観察するだけでなく、企業・事業所などマイクロレベルでの丁寧な分析が必要である。

本稿では、日本のサービス産業に属する企業の生産性は低いのか、低いとすれば何故なのか、どういう企業の生産性が低いのかという基本的なことを明らかにすることを目的として筆者が行った企業データでの分析結果の要点を紹介する。ii

サービス産業の生産性は低いのか?

マイクロデータを用いたサービス産業の生産性分析は、充実した統計が存在する製造業に比べて大きく遅れている。欧米でも製造業を対象に従来行われてきた分析が、ようやく最近になって流通業やサービス業に拡大し始めた段階である。その結果、サービス産業の生産性の構造や動態が製造業とはかなり異なることが明らかになりつつある。

「企業活動基本調査」は、近年サービス産業のカバレッジがかなり拡大し、パネル分析が可能な状況となってきた。そこで、同調査の01~04年のデータを使用して行った分析の結果、以下のような事実が観察された。

(1)サービス企業の生産性の「水準」は、製造業に比べて低いとは言えない。サービス業の中には生産性の水準が高い企業が多数存在し、狭義サービス業の企業のうち7割弱は製造業企業の中央値よりもTFP水準が高い(図参照)。

製造業企業の生産性中央値を上回るサービス企業割合

(2)TFPの「伸び」を見ると、サービス企業の6割強は製造業企業の中央値よりも高い。ところが、企業規模でウエイト付けして集計すると、サービス業全体のTFPの伸びは製造業の集計値よりも大幅に低くなる。小規模企業がサンプルに含まれていないため断定は避けたいが、中小企業が多いから生産性の伸びが低いというよりは、産業全体の生産性上昇を牽引する優良大企業が少ないことも産業全体の生産性上昇率が低い理由である。

(3)サービス業の生産性水準は、製造業に比べて企業間格差が大きく、特にTFPで顕著である。生産性の企業間格差の大きな部分は「産業内格差」であって「産業間格差」ではない。多様な業種が含まれているからサービス企業の生産性格差が大きいわけではない。

(4)サービス業は、生産性の高い企業のシェア拡大等による「再配分効果」が生産性上昇に対してマイナス寄与となっており、相対的に生産性が低い企業のシェアが拡大している。

どういう企業の生産性が高いのか?

同じデータを使用し、研究開発活動、情報ネットワークの利用、外資、企業年齢といった良く論じられる企業特性と生産性の関係を分析した結果は以下のようなものだった。

(1)研究開発活動は、製造業ではTFPの伸び率を加速する効果があるが、非製造業では研究開発がTFPの伸び率を加速する関係が確認できない。

(2)情報ネットワーク利用度の高い企業のTFPの水準及び伸び率は高く、サービス業でこの関係が強い。しかし、企業固有効果を考慮して推計すると情報ネットワーク利用の高度化が直ちにTFPの水準や伸び率を高める効果は確認できない。組織の活力・柔軟性、経営者・労働者の能力といった統計データで捉えられない何らかの企業特性が、より本質的だということを示唆している。

(3)外資比率の増大は、製造業ではTFP水準を高める効果を持っていたが、小売業やサービス業ではそうした効果を確認できない。対内直接投資はサービス産業の生産性向上の起爆剤として期待されているが、これまではそうした効果が出ていない。

(4)企業年齢が若い企業ほどTFPの水準が高く、この関係は小売業やサービス業で特に強い。生産性向上のために新規企業の誕生とその成長が重要な役割を果たす可能性があることを示している。

サービス産業の生産性は経済社会システム全体と関係

サービス産業の中に生産性の高い優良企業が多数存在する一方、生産性のばらつきが大きいということは、産業全体の生産性を高める潜在的な可能性が高いことを意味する。上の結果からは「組織資本」、「経営力」といった企業特性自体を変えていくような対応、また、優れた経営力を持つ新しい企業の誕生とその成長を促すような環境整備が重要なことが示唆される。さらに、生産性の企業間格差が大きいにもかかわらず、新陳代謝を通じた生産性向上機能が十分に働いていないという点にも注意を要する。

サービス産業の生産性には、企業のガバナンス・メカニズム、労働市場や金融市場の機能、経済活動の地理的分布など日本の経済社会システム全体が関わっていると考えられる。

以上の分析は1つの問題提起であり、更に分析を深めていく必要がある。経済産業研究所では、「サービス産業生産性研究会」をはじめいくつかのプロジェクトで関連する研究を進めており、今後の成果に注目いただきたい。

脚注

2008年4月23日掲載

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