ブレイン・ストーミング最前線 (2007年10月号)

機関投資家の行動バイアスとファンド・マネージャーのインセンティブ

首藤 惠
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授

年金基金などの機関投資家が最近、議決権行使など活発な株主行動で存在感を高めています。一方、その資産運用を担うファンド・マネージャーの投資活動が、ガバナンスに則したものになっているかといった課題も出てきています。本日は、日米独の機関投資家調査にもとづいてファンド・マネージャーの行動バイアスにどういった差があるかなどの研究結果をご報告するとともに、日本の機関投資家や資産運用産業の課題についてお話したいと思います。

機関投資家に期待される役割とは

わが国では株式所有の機関化が顕著となっており、非銀行金融部門が伸びています。個人金融資産をみても、保険・年金の残高が1965年と比較して10%近く上昇しており、日本の株式所有の機関化は今後も進展するだろうと思われます。

その中で、機関投資家に期待される役割は3つあり、効率的な長期資産運用を行う「運用代理人」の役割に加えて、投資価値を高めるという観点から投資先企業をモニタリングする「代理株主」、マーケットにおけるプレゼンスを高めるため情報を装備して市場に参加する「代表的プレーヤー」の役割です。

年金運用をめぐって複雑なエージェンシー問題

年金運用をめぐっては、エージェンシーの問題があります。

年金基金には受益者や拠出者、さらに母体企業からプレッシャーがかかる一方で、年金基金自体が受託機関の運用会社に資金運用を委ねる立場にあります。ところが受託機関内部ではファンド・マネージャーが経営者から正当に評価されているかといった問題や、受託機関である運用会社の多くが証券や保険など系列金融機関の傘下にあって経営の独立性が低く、本来高度技能をもつ専門職であるべきファンド・マネージャーがグループ内の人事に左右されて専門家として育たないといった問題が潜在的にあります。

さらに顧客の獲得をめぐる競争が影響してファンド・マネージャーの資産運用行動の歪みを生んでいる可能性があります。たとえばインセンティブとの関連で、一時しのぎの運用パフォーマンスを見せたり都合のいい情報だけを提供したり、または非難されないように同調行動をとるといった問題が起きるわけです。その結果、機関投資家の資産運用に近視眼的行動、群れ現象、過度のリスクや損失の回避行動といった歪みが生じ、ファイナンス理論から期待される効果と相反する可能性があります。

日米独3カ国比較調査から見えてくる日本の機関投資家の課題

2003年から2004年にかけて日米独の3カ国で行なった共同調査結果をもとに、機関投資家ファンド・マネージャーの行動バイアスにどういった差があるかを紹介したいと思います。日本のファンド・マネージャーは、近視眼的な行動、群れ行動、リスク回避バイアスのいずれについても米国、ドイツに比べバイアスが大きく顧客のプレッシャーに弱い、ということがわかりました。

こうしたことを踏まえて、日本の機関投資家には運用サイドの課題として、基金運用の独立性、運用会社の代理人としての経営理念―端的には何をめぐって競争しているのか、そして組織のあり方―ファンド・マネージャーのインセンティブ・システムや、専門的能力の育成や評価などが挙げられると思います。

インセンティブ報酬と行動バイアスの関係

私自身が行った分析は大きく分けて2つあり、ファンド・マネージャーの行動バイアスに努力水準がどういう影響を与えるか、努力水準にインセンティブ構造がどういう影響を与えるか、というものです。

その結果、運用努力の向上は行動バイアスを縮小する傾向であることがわかりました。一方、賞与は時間投入で見たファンド・マネージャーの運用努力を引き出す上では有効だが、賞与水準と運用成果は必ずしも連動しない、また運用成績評価への不満が大きいほど労働時間が長いなどの現象が見られ、現行の賞与制度は過剰労働を生み出し、動機付けとしては不十分であり、運用成績評価基準を再考する必要があるのではないかと考えます。

日本の資産運用産業にとってのインプリケーション

最後に、日本の資産運用産業の課題について申し上げますと、(1)行動バイアスを縮小するにはファンド・マネージャーの運用努力を引き上げる内部のインセンティブ構造に注目すべきこと、(2)短期的には成績評価と連動するインセンティブ報酬の再検討が必要、(3)長期的視点に立った専門能力・技能の育成・評価・処遇の再検討が必要、と考えます。機関投資家のガバナンス行動を有効にするためには、ファンド・マネージメントの独立性と専門能力の育成が不可欠であり、そのための経営組織・制度環境整備が望まれます。

質疑応答

Q:

日本で機関投資家などに見られる投資視野の短期化といった動きはやむを得ないでしょうか。

A:

市場に多様な投資家が参加することは望ましく、短期的な視点から企業の経営に圧力をかけるという投資家も出てきたこと自体は、日本の市場にとってプラスと思います。企業はそうした投資家につけこまれない経営を常に意識しなくてはなりませんから。問題は、そういう投資家に市場を牛耳られてしまい、企業の評価が揺さぶられることです。それに対抗する長期的な視点で行動する機関投資家が日本の市場に必要であり、本来のプロフェッショナリズムを持った機関投資家が出てきてほしいと思います。

※本稿は7月9日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年10月23日掲載

この著者の記事