Research & Review (2007年2月号)

日本経済の競争力は低下しているのか?

元橋 一之
ファカルティフェロー

近年、日本経済には明るい動きが広まっているが、少子化が進む中で中長期的に見た日本経済の見通しは決して明るくない。日本経済の今後について検討するためには競争力の状況を把握することが重要である。ここでは、筆者が経済産業研究所(RIETI)において取り組んできた生産性やイノベーションに関する分析結果を紹介するとともに、今後の見通しについて述べたい。

マクロで見た生産性に関する国際比較

まず第一次オイルショック以降の日本経済の成長率について振り返り、最近の景気回復の位置づけについて考える。マクロ経済全体で見た成長率は、1975年~90年までは年平均4.0%であったが、90年~2004年では1.3%に低下している。最近の経済成長率は、2004年が2.3%、2005年が2.7%となっているが、この景気の回復は長期的なトレンドとしてみると90年代から続く低成長時代の1コマに過ぎない。

この経済成長率は資本、労働といった生産要素投入と全要素生産性(TFP)の伸び率に分解することができるが、表1は、1975年から1990年までと1990年以降のTFPの年平均伸び率に関するいくつかの分析結果をまとめたものである。Jorgenson and Motohashi(2005)によると、1990年までのTFP伸び率は1.57%であるのに対して、90年代以降は0.59%となっており、1%ポイント程度低下している。TFPの計測は、データの種類(マクロレベル推計や産業別推計) や推計方法(例えば生産要素の質の測定の有無)によって異なるため様々な推計結果が存在するが、すべての推計結果においてTFPの伸び率の低下が見られる。

表1 日本経済のTFP分析

RIETIにおいては、日本の産業別競争力について、生産性指標を用いて東アジア諸国と比較するため東アジア生産性プロジェクト(ICPAプロジェクト)を行っている。比較可能な産業別TFPを算出するために日米韓台中5ヵ国の産業連関表や雇用、資本ストック関連データの整備を行い、日本の産業競争力をTFPの国際比較によってベンチマーキングするものである*1

表2 マクロレベルで見た生産性比較結果

本プロジェクトにおけるマクロレベルの推計結果は表2のとおりである。国によって推計期間が異なるが、それぞれの国の期首と期末の日本を1とした生産性のレベルと、期間を通じた年平均生産性伸び率を一覧表にしたものである。例えば、中国について見ると1982年にはTFPのレベルが日本の50%であったのが、2000年には66%のレベルまで上昇し、期間を通じた平均的な生産性伸び率は2.04%であった。中国、韓国、台湾の生産性の伸び率は、日本の0.42%よりも高くなっているため、これらの国は生産性のレベルで見ると日本へのキャッチアップを果たしていることがわかる。一方で米国と比較すると、もともと生産性のレベルで米国の方が4%高かったものが、この20年で8%とその差が更に広がっている。90年代に入って日本の生産性伸び率は低下したが、米国においては、逆に90年代後半以降の伸び率の加速が見られたことが影響している。

研究開発活動とその効率

このような90年代以降のTFP成長率の低下と、国際的にみた相対的な競争力の低下は企業のイノベーション活動の効率が低下することによって、もたらされているという考え方がある。(榊原(2003))。

民間企業の研究開発費の額はこのところ増加傾向にあるものの、バブル経済崩壊後の90年代前半には一時マイナス成長となった。また、80年代の伸び率が5%~10%で推移しているのに対して、90年代以降は5%以下に落ち込んでおり、研究開発投資の額そのものの伸び率が低下している。このような研究開発投資の限界生産力が低下しているという仮説に対しては、企業活動基本調査(経済産業省)の企業レベルの個票データで分析したところ、90年代後半の数字として約20%という推計結果を得た。これを90年代以前のデータを用いた同様の分析結果(11%~42%)*2と比較したところ、平均してみると大きな違いがない。つまり、90年代以降のTFP成長率の低下は、イノベーションとの関係でいうと、研究開発活動の質的な問題というより量的な問題によるところが大きいと考えられる。

ただし、企業経営者の実感として、研究開発投資のイノベーション効率が低下したという声はよく聞かれる。その背景には、日本企業のイノベーションをめぐる環境が大きく変化してきていることが考えられる。RIETIが2004年2月に行った「研究開発外部連携実態調査」によると、企業の担当者が研究開発において重視している項目として、「市場かニーズを取り込んだ研究開発」や「開発リードタイムの短縮」を挙げる声が高かった。IT分野に見られるような技術革新スピードの上昇、東アジア諸国のキャッチアップなど、国際的なイノベーション競争が激化してきている。そのような状況の中で企業の研究開発部門には、消費者ニーズを的確にとらえた商品をスピーディに開発することが一層求められている。このような状況において、研究開発投資からの短期的なリターンを求める声が強まり、現実とのギャップが研究開発効率の低下という認識となって現れているのではないかと推測される。

市場競争の激化の一方で、イノベーションを実現するための技術的な複雑さは増している。画期的な商品を開発するためには、基礎的な研究や、従来行っていなかった新規分野に取り組むことも必要になっている。そのような背景の下で日本企業は、研究開発に関する外部連携に関する動きを活発化させている。日本のイノベーションシステムは、これまで大企業の自前主義が特徴と言われてきたが、外部連携型モデルにおいては、研究開発型中小企業の役割が重要となっている。筆者の研究によると、研究開発に関する外部連携において、大企業と比べてハイテクベンチャーなど規模の小さい企業がより大きな成果を上げていることがわかっている(Motohashi(2005))。

IT革命と日本経済

研究開発とイノベーションの動向は企業レベルのTFPに大きな影響を与えると考えられるが、技術的なイノベーションは製造業の偏った活動である。マクロレベルの生産性について論じる際には、非製造業におけるサービスイノベーションや企業の組織改革など、より幅広いイノベーションとの関係についても研究することが必要となる。ここでは、サービスイノベーションや組織イノベーションと関係が深いITと生産性の関係について述べる。

まず、マクロレベルでITによって経済再生を遂げたといわれる米国との比較分析を行ったJorgenson and Motohashi(2005)の結果を紹介する。ITイノベーションがマクロレベルの生産性に与える影響は、ITセクターとIT利用セクターのそれぞれの貢献分に分解することができる。コンピュータなどのITセクターは、ムーアの法則やインターネットの進展にみられる急激な技術革新を反映した生産性上昇が見られ、マクロで見た生産性の動向にも相当程度寄与していると考えられる。また、ITセクターの技術革新は、IT利用セクターにおいてもビジネスプロセスの効率化を加速させ、当該セクターの生産性上昇に寄与していることが予想される。

表3に見るように、マクロレベルで見た日本のTFP成長率は90年代以降低下が見られ、その傾向は90年代後半以降一層強まっている。それとは対照的に米国においては、90年代後半以降のTFP成長率は高まっている。その内訳について見ると、ITセクターによるTFP伸び率寄与度は日米とも高まっていることがわかる。つまり、ITイノベーションの進展による生産性に対する直接的な効果は、日本においても見られているということである。その一方で日本においては、IT利用セクターのTFP成長率が大きく落ち込んでいることがマクロレベルで見た生産性の伸び率低下をもたらしている。

表3 マクロレベルのTFP日米比較

この点についてより詳細な分析を行ったものが、Atrostic et. al(2005)である。ここでは、企業レベルで見た情報ネットワークの生産性効果について、日米両国で共通のフレームワークに基づいて行った。その結果、日本企業において情報ネットワークを活用している企業の全要素生産性は、活用していない企業と比較して2.0%高いが、米国企業においてはその違いが4.4%と2倍以上になっていることがわかった。情報ネットワークの浸透度は日米両国で大きな違いは見られないので、やはり日本企業においてはITの使い方に問題があることを示唆している。また、情報ネットワークの内容についてより詳細に見ると、日本企業において企業内ネットワークについてはその生産性に対する効果が2.4%であるのに対して、企業間ネットワークについては1.0%に留まっている。これは中小企業において、取引先企業からの要請によって新たな企業間の情報システムを導入したものの、それを十分に使いこなすに至っていないケースが多いことによるものと思われる。

日本企業においてITの有効活用が進んでいない理由についてはいくつか考えられる。1つは新たな情報システムの導入に伴う企業の業務プロセスや組織の改革がスムーズに行われないことである。ITシステムは生産性向上のために必要な道具であるが、使いこなすことができなければただの箱である。例えば、サプライチェーンシステムの導入を成功させるためには、部品の共通化と生産プロセスの見直し、サプライヤーの整理・集約化など膨大な作業が必要となる。これらの課題に全社一丸となって取り組むことによって、はじめてIT導入の効果が現実のものとなるが、現場の抵抗にあって業務改革が進まないという声がよく聞かれる。この点と関係して、日本企業のITシステムは部門ごとにバラバラで、全社的な最適化が行われていないという指摘がある。財務・会計システム、受発注システム、営業支援システムなど、部門毎にITの活用が進んでいても、全社的に統合化されていないと企業パフォーマンスへの影響は限られたものとなる。日本企業に見られるボトムアップ型の意思決定メカニズムが影響して、トップダウンの改革が進まないことが影響していると思われる。

まとめと今後の研究課題

本稿においては、日本の経済成長率が90年代以降停滞していることが競争力の低下によるものなのか、生産性に関する分析を用いて検証を行った。マクロレベルでの成長要因分析の結果によると、90年代以降の経済成長率の低下は労働投入の減少による影響が大きいが、TFPの伸び率の低下も見られる。また、生産性の国際比較分析によると中国、韓国、台湾といった東アジア諸国から追い上げられている一方で、もともと生産性の高い米国との格差が広がっていることがわかった。生産性の決定要因として、イノベーションに関する分析結果についても紹介した。技術的イノベーションについては、研究開発投資の伸び率が低下していること、ITとの関係については日本企業においてITの利活用がうまく行われていないことに問題があるという結果を得た。

イノベーションのマクロ経済に対する影響という観点からは、サービスイノベーションや組織イノベーションと関連が深いITと生産性の関係についてより詳細な分析を行うことが重要である。ITによるサービスイノベーションについては、RFIDによる物流の効率化とサービスの高度化、銀行や証券分野におけるインターネット取引の拡大、電子マネーの普及など、イノベーションのための環境整備が急速に進んでいる。また、組織改革については、IT活用におけるトップランナーである米国企業や、最近進展が著しい韓国企業と比較することによって、日本企業の長所・短所をより詳細に分析することが重要である。今後、マクロの視点を保ちつつ、よりミクロな実態にも踏み込んだ研究を続けていきたい。

脚注
  • *1…ICPAプロジェクトの詳細については、同プロジェクトのウェブページを参照されたい。
  • *2…Mairesse and Sassenou(1990)、Goto, A. andK. Suzuki(1989)など。
文献
  • 榊原清則(2003)「展望論文:日本の技術経営-研究開発は経営成果と結びついているか-」、技術革新型企業創生プロジェクトDiscussion Paper Series #03-01, 2003年10月
  • Atrostic, B.K., Motohashi, K. and S. Nguyen(2005), Firm-Level Analysis of Information Network Useand Performance: U.S. vs. Japan, NBER Summer Institute: Productivity 2005
  • Goto, A. and K. Suzuki (1989), R&D Capital, Rate of Return on R&D Investment and Spillover of R&D in Japanese Manufacturing, Review of Economics and Statistics, 71, 99. 555-564
  • Jorgenson, D. W. and K. Motohashi (2005), Information technology and the Japanese economy, Journal of the Japanese and International Economics
  • Mairesse, J. and M. Sassenou (1990), R&D Productivity: A Survey of Econometric Studies at the Firm Level, NBER WP #3666
  • Motohashi, K. (2005), University-industry collaborations in Japan: The role of new technology-based firms in transforming the National Innovation System, Research Policy, vol. 34, Issue 5, June 2005,pp.583-594

2007年3月1日掲載

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