ブレイン・ストーミング最前線 (2007年1月号)

日本を強くする産学官協業による新産業創出のすすめ―日本ゼオンの新規事業とMOT

山崎 正宏
日本ゼオン(株)代表取締役専務

日本の化学産業は2004年度の付加価値額が17.2兆円となり、製造業全体の17%を占める第1位の業界となっています。液晶用の主要材料(ガラス等を含む)の日本企業シェアは2004年で62%、2002年で70%であり、急成長市場で日本企業がこれほどのシェアを有しているのはオイルショックを生き抜いた日本の化学産業の強さの証明にほかならないと思います。

本日は、「日本の高度部材産業の強み」と「産官学協業の有力性」を軸に話を進めていきます。「新しい産業の創出」、「ユビキタス社会の到来」、「パラダイムシフト」といった観点から特に産官学協業を重視しています。

新規事業の飛躍的拡大

日本ゼオンは1950年、米国からの技術導入でスタートした合成ゴムと塩化ビニルの会社です。塩化ビニル事業は2000年に撤退しましたが合成ゴムは健在です。とりわけ特殊ゴムでは世界一と考えています。

ゼオンでは1973年のオイルショック時、「技術は導入技術。資本規模も小さく、石油も無い。中小規模の日本の化学会社、日本ゼオンに未来はあるか」といった危機感の下、私を含めた3人の研究員が新規事業の模索を命じられました。新規事業が赤字を垂れ流し続け、紆余曲折の後1994年に独創的技術に特化する方針に転換しました。1994年に研究所所長に就任した後、経営から研究所の信頼を得るために、私が最初に取り組んだのが経営戦略と事業戦略の一体化でした。

ゼオンの基本的事業戦略は、世界一のシェアをもつ特殊合成ゴム事業を中心にした素材事業を基盤事業とし、収益を安定的に確保するため、より強化する一方で、そこから得たキャッシュを新規事業に投資し、独創的技術で高付加価値製品を作り飛躍することです。これまでに独創的技術にもとづく世界一といわれる製品がいくつか育っています。

耐油性特殊合成ゴム、半導体用エッチングガス、合成香料、カメラ付き携帯電話のカメラレンズ用樹脂、及び光学フィルムといったこうした独創的技術による高付加価値商品・高機能材料の新事業収益は、2000年に初めて黒字化し、今や基盤事業の収益と肩を並べるまでになりました。累損も一掃され、今後は基盤事業収益を超えて拡大する見込みですし、経常利益も6期連続で過去最高を更新中です。新規事業はゼオンの業容を変え始めているのです。

「産学官協業」などで開発スピードを半減、市場に出して1年で黒字化

かつてゼオンでは、研究開始から世の中に製品を出す上市までに平均6年弱、上市から黒字化まで6年、計12年弱かかりました。しかしこれでは時代に対応できないので、スピードを上げる4つの方法を独自に考案しました。それは、 (1)研究開発から市場化という順序ではなく、未来の市場・未来の製品像などに合致する開発テーマを選定する、
(2)世界一の技術者と協業または招聘により、自社に足りない研究資源を補う、
(3)ビーカーから始めて規模を拡大して生産機テストに至る通常の順序でなく、まず工場を建て生産機で24時間体制の開発を行い、開発成功と同時に上市可能にする、
(4)新材料の実用化に必要な新しい装置、新しい製造プロセス、理論の裏付けという、1社には不可能に近いことを産学官協業で成し遂げる、
です。

産学官協業によって、上市から黒字化までが約1年弱と大幅に短縮され、この結果、研究開始から黒字化までの期間が平均6年半と半減しました。この分野では世界一と惚れ込んだ大学の先生の指導を受け、新材料を使いこなそうとしてくれる優秀な企業の力を借り、国のプロジェクトで協業する。このため研究開発のスピードが速まるとともに世の中が認める高付加価値製品となり、市場に出てから黒字化までの期間が圧倒的に速くなったのです。

最近の「ゼオマック®」(Low-k材料)の開発の例で見ると、最終ユーザーを含め24社がご一緒に私どもの新しい材料を使いこなす設備装置や新しい製造プロセスを開発していただき、東北大学大見研では新しい材料の良さを示す理論的裏付けデータを示していただいています。このように、日本の強みである高機能材料を使いこなす事業とすべく産官学協業を実施すれば、日本全体の強みになると考えています。

ゼオン流のMOTで経営戦略と研究開発戦略を一体化

1973年にオイルショックが起きて以来、手探りで新しい事業を模索してきました。そこで、イノベーションが新産業を創出する周期が50~70年であると紹介した本にめぐり合いました。私はこの本を読んで、21世紀には何が起こるのかという視点を初めて持つようになりました。1986年にマサチューセッツ工科大学のMOT(Management of Technology)講座で最初に手にした本でも、イノベーションが新産業を起こすと論じられていました。こうした経緯もあって、私はイノベーションと新産業創出のつながりに確信を持つようになりました。

パラダイムシフトとライフサイクルについても理解を新たにしました。たとえば、テレビではブラウン管から液晶やプラズマディスプレイ(PDP)へと変わっています。あれだけのブランド力を誇ったソニーも現在では液晶は自社製造していません。パラダイムシフトにより創造的破壊が起き、それに追従できない企業や産業、事業は衰退します。そこで最も重要となるのが「21世紀に何が起こるのか」という視点、すなわち先見性です。先見性があれば5年で世界一になることも可能です。「先見」とは先が見えない不確実性の中から富を生み出すことを指し、そこに我々の価値があると考えます。ゼオンのMOTとは経営戦略と技術開発戦略の一体化です。

ゼオンでは、ゼオン流MOT、すなわち「経営戦略と技術開発戦略の一体化」のため、1994年以来、毎月、社長と経営陣、生産技術、事業の責任者、研究開発担当者が参加する研究開発会議を開催して、研究開発テーマの進捗を議論しています。これにより、事務系の社長でも技術や開発テーマの関係者に親しむようになるとともに、産学官協業の場と同じ情報を社長以下のマネジメントが共有することで、正式な決定の場での即断・即決が可能になっています。また、新技術の開発について、同じニッチであっても人の真似ではなく自社が得意な分野をやること、材料と部材に徹するということも基本に考えています。

日本の産業への提言―リスクを恐れず新材料でパラダイムシフトに適応を

まもなく、ユビキタス社会に向け、スーパーブロードバンドネットワークを構築するためのパラダイムシフトが起き、通信・情報家電の多機能化・高速化・軽薄短小化・低消費電力化が進みます。イノベーションの波の中で、シュンペーターの"創造的破壊"により、取り残された企業は衰退します。日本を強くするためには、現在の高度部材産業の強みを生かす、情報通信機器・デジタル家電産業の強化が必要です。

ユビキタス社会の到来、パラダイムシフトは間近に迫っています。こうした状況で、高速・大容量の情報のやり取りに必須な材料をいま、開発・実用化できれば日本は勝てると考えています。ところが半導体売上高に目を向けると、日本の大手家電メーカー110社の純利益が外国企業1社にも及ばないさびしい状況です。低消費電力・超高性能半導体集積回路と双方向大容量情報の低消費電力・高速伝送手段の分野で日本の材料・部材産業の強さを活かし、新材料を積極的に採用しながら外国製品との差別化を図れば、パラダイムシフトが起きるユビキタス社会で勝利を手にできると信じます。日本企業には新しい材料を世界に先駆けて採用するリスクテイカーであって欲しいと考えています。しかし残念なことに、新材料を最優先で採用しているのは米国の企業です。

日本は、川上の電子材料、川中の電子部品・半導体などでは世界市場の半分以上を占めますが、川下の産業のシェアは3割以下と低い状況です。技術革新でここを強く出来れば、川上、川中の全ての産業が生きることになるのです。

"創造的破壊"はあっという間におこるので、技術の方向はトップダウンで即断することが必要で、このためにもMOTが必要です。

強調したいのは次の点です。(1)新事業を継続して創出できない会社は衰退する。(2)技術の進歩は想像より遙かに早い。(3)技術、製品、事業、企業、産業にはライフサイクルがある。(4)パラダイムシフトにより創造的破壊が起こる。(5)技術の方向はトップダウンで決断する必要がある(周囲が賛同するときは「時既に遅し」)。(6)経営戦略と研究開発戦略が一体となった技術経営が必要。日本は産官学協業によるイノベーションで生きる国であって欲しいというのが私の願いです。

質疑応答

Q:

産学連携による開発を進めて行く上で、技術力を持った中小企業、ベンチャー企業の関与する余地や中小企業に対する期待はあるのでしょうか。また、連携先、協業先を探すのは容易なことなのでしょうか。

A:

私共の産学協業の中にも中小のメーカーが何社も入っています。しかし、それは中小企業であるからというより、世界に通用する得意な技術を持ち、その分野で生きている企業であるからということです。
連携先は、自力では探しきれるものではなく、そこに国も入った産学官協業の意味があると思います。先にお話した、惚れ込んだ先生の周囲には、先生を囲む大学の研究者や様々な民間企業の人材が多数集まっていますが、それは自力では探せるものではありません。

Q:

産官学連携において重要なのは開発のスピード化ですか。それとも自分の気付かなかったところに気付かせてくれる点ですか。あるいはその両方ですか。また、「パラダイムのシフトが見える」というのは実感として強く予見できていることですか。その実感は産官学連携を通じて得られた情報に基づくものですか。

A:

最初のご質問については、両方です。
パラダイムシフトの予見については、連携を進めることで理論的裏付けができるようになります。連携の良さは、自分たちにない資源(知恵、人材)を提供してもらえる点にあります。また、国の役に立つことが判明すれば、国家プロジェクトとして推進してもらえるのも利点です。
「パラダイムシフトが見える」というのは、かつては「この技術で何が起こるのか」といったものだったのですが、今では市場規模や成長率から技術の動向を解説した書籍が数多く出ています。こうした情報を参照しながら、得意分野で何を、どのタイミングで行なうかを判断していくことが重要となります。

Q:

なぜ、米国企業はリスクをとって新材料を使おうとしているのに日本企業では使おうとしないのでしょうか。

A:

2001年のIT不況で業界のリストラが行われ、同世代の経営者がいなくなり、かつて日本企業が持っていた、敢えてリスクを取るという風土がなくなったように思います。また、短期間で結果を求められ、期間をかけて成果が出るような仕事が評価されない現状もあると思います。

※本稿は11月2日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年2月7日掲載

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