ブレイン・ストーミング最前線 (2005年9月号)

欧州統合―その将来展望

リチャード・G・ウィットマン
英王立国際問題研究所 欧州プログラム責任者

本日は、欧州連合(EU)が過去20年間でどのように変化してきたか、そしてこれからどこへ向かおうとしているのかお話ししたいと思います。

EUの特徴は、その動向が予測しやすいという点です。まず青写真を描き、その実現に向けて動くというように、たいへん特徴的なしかし非常によくプロセス化された手順で物事を進めます。これが過去20年を振り返って見えてくるEUの本質的特徴です。これまでは、経済統合や通貨統合(*)など経済面での大規模なプロジェクトに焦点が集まっていました。この面での重要な文書が、1993年に発効したマーストリヒト条約です。

経済以外の主要な領域として、外交と安全保障政策があります。EUはその前身であるEC時代も含め、70年代のごく初期の段階から共同体としての外交政策を推進してきましたが、EUとして統一された外交政策を真剣に議論するようになったのは冷戦後のことです。この外交政策の枠組みもマーストリヒト条約によって確定されました。基本的に、どちらかといえば軟弱だった外交政策が、不完全な部分があるとはいえ、かなり強固な外交政策に変化したといえるでしょう。

加盟国が集中的に取りくんできた3つめの分野が司法と国内政治です。これらは、国内安全保障の問題であり、経済における域内の障壁を撤廃することと裏表の関係にあります。域内の安全保障に取りくむとともに、域外との境界を強化することも必要になってきます。これも、90年代初期には協議が開始されており、かなり進展が遅れていたのですが、ようやく勢いがつき始めました。

青写真が完成しつつあるもう1つの領域は、EU市民権に関する部分です。EUにとって目下最重要課題とされるのが、EU市民としての権利が得られる基準をどう設定すべきかということです。EU全土における選挙権や領事保護の権利を持ったEU市民権を創設することがマーストリヒト条約で定められた結果、それまでEUに関する議論は基本的に経済や外交に限定されていたのに対し、政治という視点で語られることが増えてきました。

加盟国拡大

EUは1995年と2004年の2回にわたり加盟国を増やして規模を拡大し、さまざまな法律を継続的に構築してきました。EUでは法律や規則の新設が絶えず行われているかのようです。

EUに加盟するには、まずコペンハーゲン基準を満たしていなければなりません。その国が、民主主義や法の支配、人権、少数民族の尊重と保護を保証する安定した制度を有するか、既存のEU加盟国など自国よりも経済発展している国を含むEU市場の一員として十分な競争力を持った市場経済が円滑に機能しているか、そして現在のEUの法体系を受け容れられるか、といった条件です。

新規加盟国の問題で重要なのは、より小規模な国が増加したという事実です。すなわち、消費者市場は拡大したがそれほどの規模は見込めず、その一方でコミュニケーションの点で複雑さが増す(使用言語は20言語にのぼる)ということです。しかし、新規に加盟した低所得国にとって真の課題は、国内総生産(GDP)をEU平均まで上げなければならないということでしょう。それはEUの今後の予算配分およびEU市場のあり方にまで影響を及ぼしてきます。

意外なことに、拡大に関してEUが意思決定を行う体制は50年代以来、基本的には変化していません。この点を条文に盛り込もうとしているのが欧州憲法条約です。今回の拡大で、意思決定プロセスに影響力を持つ10カ国が加わったため、これまでと異なる連携関係が生まれる可能性があります。

EUの加盟国拡大は、「終わりなきプロジェクト」ともいうべき営みでした。昨年は、70年代から数えると5回目の拡大が行われましたが、拡大を繰り返すなかで、どこまで拡大するのかという問題が指摘されるようになりました。この点でEUは青写真を描けていなかったのです。今後は拡大という考え方自体が論議の的となり、加盟希望国に対する審査が厳しくなることが想定されます。

経済

進行中の2つめの主要プロジェクト、これは多くの人が失敗だと主張しているのですが、効果的な経済的ガバナンスシステムを構築し、EUの競争力を高めるというものです。ユーロ圏および他のEU加盟国におけるマクロ経済政策は、政府の債務残高や財政赤字などに関する指標を設定する「安定成長協定」(Stability and Growth Pact)によって調整されることになっています。SGPは現在も運用されていますが、単に他に替わるものがないからにすぎません。ただ問題は、仏、独、伊という欧州大陸の三大経済圏がこのSGP指標をクリアできていないという事実です。その結果、これらの国々はEUのリーダーとしての信頼性を損なっています。

EUはまた、2010年までにEUを世界で最も競争力の高い経済圏にするという「リスボン・アジェンダ」の実現に向けても取りくんでいます。ただ、率直に申し上げて、これは実現不可能でしょう。特に欧州経済全体において、供給側の改革には根深い問題が残っています。テクノロジー分野で成功した国がある一方、競争力を伸ばしてきた中国の追い上げに苦慮している経済圏も相当数にのぼります。その意味でヨーロッパ諸国民のツールとしてのユーロは、為替レートや域外での使用という点で「善意の無視政策」に苦しんできました。

外交・安全保障

プロジェクトの3つめは、共通の外交・安全保障政策です。この領域に関しては、他の領域より多少前向きな説明ができます。政策の確立や過去の実践からの脱却など、この領域ではいくつかの成果を達成することができました。外交政策のツールとしては、資金援助あるいは資金面での制裁措置のほか、EUの顔となっているハビエル・ソラナ氏(欧州理事会事務総長兼共通外交・安全保障政策上級代表)の存在があります。安全保障政策が確立したことで、ヨーロッパの人々は、地政学的視点で物事を考えるようになってきました。さらに、EUは北大西洋条約機構(NATO)軍とは別に域内外で軍事活動を展開しており、その軍事能力は拡大しています。欧州防衛庁も創設され、これは今後重要な役割を果たすようになるでしょう。

EU憲法と批准

最後のプロジェクトが、今話題のEU憲法条約です。その内容は、非常に説明が難しいのですが、3年以上かけて策定し、そのプロセスにはEU市民も関与することになっていました。その後、各国政府による議論を経て現在の条文ができあがりました。これがいわゆる「憲法条約」と呼ばれるもので、実際には憲法ではなく各国政府が合意した条約ですが、憲法のような機能をもっています。

憲法条約が目指しているのは、現在4つあるEUの根本的な条約を一本化することで、EUの意思決定プロセス(選挙、欧州委員会等への加盟国の任命、新規役職設置など)や一部機関とその制度を簡素化・合理化しようというものです。いくつかの領域では政策の進展が見られましたが、それまでに締結された協定のように大きな違いにつながるものではありませんでした。市民参加という点に関しては、基本権憲章により個人の権利を拡大するとともに、EUの意思決定プロセスにおける各国議会の役割を強化しました。

これに関して表面化しているのが、条約批准のプロセスです。これまで10カ国が憲法条約を批准しましたが、フランスとオランダは国民投票で条約を否決しました。いずれも、国民投票に先だって展開された議論は、条約そのものに関するものというよりも、EUの実績や政府に対する不満に関する議論に終始した感があります。例えば、ユーロが価格インフレの原因になっているとか、EUが拡大した結果どうなっていくのかに不安を感じる(社会的ダンピング)、従うべき確実な経済モデルがない、といった主張です。

問題は、これからどこへ向かっていくのかということです。EUはまだ危機に陥ってしまったわけではありませんが、現在既に大きな嵐に発展しそうな気象状況に突入してしまっている可能性はあります。考えられる選択肢としてまず、最も可能性は低いが、この条約のことを忘れるか、批准を強力に推し進めるかです。2つめのシナリオを思い描いているのが英国政府です。英国は批准手続きを延期することを決めました。完全な中止ではなくあくまで延期であり、他の政府の姿勢が明確になるまで保留にしたのです。この条約は、批准した政府と批准しないことを決めた政府があり、分裂の可能性が色濃くなっています。3つめのシナリオは、やや魅力に欠けますが、より大きな期待を込めた別の条約案を提出することです。

実現の可能性が高いのは、フランスとオランダを中心に批准手続きへの動きをもう一度活性化しようとする試みでしょう。両国は基本的に、条約を導入するかどうかを何らかの形で再度決定しなければなりません。

今後の展望と結論

今後2~3年にEUはどこに向かうのか、という問いに対する結論を申し上げるならば、まず、EUは今後も間違いなく拡大していくことが挙げられます。ルーマニアとブルガリアは加盟条約に署名し、両国の加盟はほぼ確実ですが、問題はトルコです。7月1日から英国がEU議長国となり、秋にはトルコとの加盟交渉が始まりますが、現状では交渉はさほど進展しないと見られています。トルコ加盟問題こそ国民投票の大きな焦点だったからです。もう1つ微妙なケースが、ハーグ国際戦犯法廷への戦犯引渡しに十分協力していないと評価されているクロアチアです。また、加盟希望国は今後、交渉に入る前にもっと厳しい条件を突きつけられることになるでしょう。最悪のシナリオは拡大の勢いが失速してしまうことで、これは東・南欧の政治情勢にとって不幸な結末を呼ぶことになります。EUは、東欧や南欧に対し、EUへの加盟が政府の行動を修正する強力なツールになるとアピールしてきたからです。

次に、憲法条約があってもなくても、EUの意思決定プロセスはさらに複雑化するでしょう。各国外相の紹介を聞くだけでも1時間近くかかるような現状では、意思決定プロセスの効率や効果に影響があるし、公開議論の前に密室交渉や裏取引が行われる状況を生み出す可能性があります。また、主要加盟国では現在、選挙を控えており、指導者たちは国内問題に煩わされるため、リーダーシップをとる人がいなくなり、重大な交渉を進めることが困難になるかもしれません。

3つめは欧州の競争力に関してですが、各国の経済問題を解決することがますます難しくなるものと思われます。フランスの国民投票での議論で見られたように、仏政府が自由化を推し進めることは今後、非常に難しくなっていき、それは欧州全体に影響を及ぼすでしょう。EUにとって大きな悲劇は、GDPの75%がサービス産業によるものだということです。サービス産業はEU市場で自由化が最も遅れている産業です。これは将来に向けて、非常に深刻な問題です。

最後に、より積極的にグローバルな活動を推進していくことに関して、ヨーロッパ各国は多国間、地域間、あるいはEUと第三国との関係といった問題に共同で対処する機会が増えるでしょう。EUが対中武器禁輸措置の解除を先送りしたことは、はるか遠く離れた地域についても自分たちと無関係ではないことを感じている証拠です。ヨーロッパ諸国はすでに域外経済と強い関係を築いており、政治的な関与も強めようとしています。ただし、その準備ができているかどうかはまた別の問題です。

*…例えば、通貨単位ユーロの導入。本年6月現在、ユーロ参加国はEU全加盟国25カ国のうち12カ国。

質疑応答

Q:

コペンハーゲン基準で加盟要件として定められた民主主義とは、どのようなものですか?

A:

自由民主的な政治制度をもった国でなければならないと規定されているのは事実ですが、現在加盟している25カ国を見ればおわかりのように、各国は政府のしくみも政治も非常に異なっています。腐敗の問題を抱えている国は加盟の新旧を問わず、存在しますし、ルーマニアのように、政治的に非常に困難な移行期間を経てきた国もあります。つまり、加盟を認めるかどうかは最終的には政治的判断といえるでしょう。加盟希望国にとって最も重要なことは、EU内に強力な支持者を持っているか、それらの国と信頼関係があるということです。一方、原加盟国であってもイタリアなどは、加盟資格に疑問がある国の1つかもしれません。
この基準に関してはトルコが試金石となるでしょう。トルコの加盟にあたっては民主主義が最大要件ですので、トルコは民主主義や人権に関して、わずかでも疑問を持たれるようなことは許されません。さもないと、欧州議会はどんな国でも加盟を許可しなければならなくなってしまいます。この点については、現加盟国がその国を仲間に加えたいとどこまで思っているかがカギとなります。中欧や東欧諸国に対しては加盟を歓迎しましたが、トルコも同じという訳にはいきません。

Q:

ポンドがユーロに統合される可能性についてお考えをお聞かせください。

A:

英政府にとってユーロ圏への参加が魅力的に映る状況は、英経済よりもユーロ圏経済が好調になって格差が生じた時だけですが、英国の有権者の間にユーロ参加を求める声は現在あがっていません。財界も、過剰な規制の存在と、英経済のほうがユーロ圏の経済大国数カ国よりパフォーマンスが高いことを理由に、ユーロ圏入りに反対しています。状況が変化しない限り、英国内でユーロ圏入りに魅力を感じる人はいないでしょう。
ユーロ圏参加を促す要因は、他に2つ考えられます。1つめは政治的な計算です。ブレア首相は直感的な判断から参加を支持していますが、この問題に関して政府内で最も懐疑的な政治家の1人であるブラウン財務相が首相になった場合、ブレア首相の方針を引き継ぐとは思えません。もう1つは世論です。もし英国政府が、憲法条約に関する国民投票を実施したら賛成を勝ち取るのは大変難しかったと思われますが、ユーロに関する国民投票で賛成を勝ち取るのはもっと困難でしょう。現政権および野党保守党は、国民投票の実施を約束しましたが、英国がユーロ圏参加に署名するまでには、相当多くのハードルがあるのは確かです。

Q:

最近、米国と欧州が中国製織物に割当を課そうとするなど、貿易摩擦が起きています。ヨーロッパ市場への中国の進出、中国との競争をどうご覧になりますか?

A:

中国との貿易の最前線で何が起きるのか、興味深く見ています。難しいのは、EU市場は非常に広範にわたるので、中国がどう感じているかは、産業セクターや相手国が誰かによって違うでしょう。各国に求められているのは自国製品の価値を高めることですが、EU全体でそれが簡単に実行できるは疑問です。イタリアなどは、中国からの輸入品が自国産業を脅かすレベルだと考えているかもしれません。織物製品の場合もそうでしたが、困難な時期はあったものの比較的短期間で通常の貿易や投資が回復し、克服しました。各国政府は、時間と労力をかけて中国を訪問し、投資を維持・拡大する努力を続けています。
意思決定について、付け加えたいことが1点あります。EUの予算に関する議論を聞いていると、EU内で立場がきっぱり分かれていることがわかります。分担金を拠出していて、これ以上払いたくないと思っている国があれば、支援を受けるために加盟したばかりの国もあります。かつて構造基金や結束基金の恩恵を受けていたが、その恩恵がなくなることで戸惑っている国もあり、こうした違いが予算に関する議論の対立を生み出しているのです。予算をめぐっては、あまり好意的な関係が築けていません。来週開催される首脳会合ではこの予算問題の解決に焦点が当てられる予定です。予算以外でも、憲法条約その他の問題があり、EUは難しい政治的環境がしばらく続くと思われます。これは7月から議長国となる英政府にとって残念なニュースです。場合によっては、規制緩和や自由化を推進するどころか、英自身にも関わる多くの問題に押しつぶされることにもなりかねません。国益を優先しないで中立の立場で問題の解決に尽力し、議長国として成功を収められるか、英にとって正念場となるでしょう。

※本稿は6月10日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年10月26日掲載

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