ブレイン・ストーミング最前線 (2004年12月号)

日本経済の変容の始まり

ロバート・マドセン
マサチューセッツ工科大学 国際問題研究所シニアフェロー

本日は、日本が現在大きな構造改革の分岐点にあり、2014年には現在とは全く違う姿に、そしてより健全な姿に生まれ変わると私が考える理由について、5つのポイントにしぼって話を進めていきたいと思います。第1に、過剰貯蓄の問題。第2に、過剰貯蓄によって引き起こされた構造上の歪み。第3に、今後10年間の日本経済の見通しについて。第4に、日本経済の将来に慎重な楽観主義になる理由。第5に、引き続き残るであろうリスクについて。そして、10年後の日本経済は現在よりも飛躍的に健全な姿となることが期待される一方で、深刻な問題は引き続き存在するという私の結論をお話ししたいと思います。

過剰貯蓄の問題

まず、過剰貯蓄の問題ですが、発展途上国が成長する過程で通常見られるプロセスとして、高度成長期には生産力を支える資本が不足します。この段階では企業による設備投資の必要性が数多く存在し、結果として得られる収益率は高いものとなります。このため一般家庭による資金供給熱は高まり、貯蓄率と投資率は両方とも比較的高くなります。その後経済が成熟すると、企業の設備の整備は行き渡っており単に他の国から技術移転をすればよいという状況ではなくなるため、貯蓄率・投資率ともに低下します。結果として企業の設備投資は限られ、収益率は下がり、一般家庭は企業に対する資金供給に以前ほど向かわなくなります。日本の場合、このパターンはあてはまりませんでした。1990年代に至っても、貯蓄率は高いままだったのです。収入が多く、退職後に備えて貯蓄に励む傾向のある中年層の人口が急速に増加したからです。結果として、貯蓄率は通常予測される割合よりも高いものとなりました。

1960~70年代の銀行預金金利の低下、株式・債券市場の低迷といった状況がさらに貯蓄を高めました。90年代のデフレにより、一般家庭はその資産において500兆円という約1年分のGDP(国内総生産)相当額を失ったため、貯蓄の必要性が強まり、貯蓄志向は再び高まりました。1970年代半ば以降の日本の国内総貯蓄率は31%で、EUやアメリカ合衆国の20%を大きく上回っています(図1)。EUやアメリカにおける投資需要を満たすためにこの20%という数字が充分であるとしたら、日本は毎年GDPのほぼ10分の1を過剰貯蓄していることになります。過剰貯蓄は総需要の減退と同義であり、過剰分の貯蓄を借り入れたり消費したりしない限り、景気後退や不景気の原因となるのです。

図1 対GDP総貯蓄率

過剰投資によって引き起こされた構造上の歪み

過剰投資は、構造上の歪みを生じさせます。貯蓄率が適正投資率を超えると、超過分は海外に流れることは理論上証明されています。世界第2位の経済大国が国際的に資本や商品を過剰に供給すると、他の多くの国の経済にしわ寄せすることになるため、多額の資本は国内で吸収しなければならなくなりました。

日本はまず、その貯蓄額を企業の投資によって吸収しようとしました。一般的に先進国における設備投資額は対GDP比10~12%で、この投資によって年率2~3%のGDP成長が実現できます。長期的に先進国の経済が達成できる成長率のレベルとしては、この2~3%がいいところでしょう。1996年以降、アメリカではGDPに占める設備投資の割合が11%レベルを超えました(図2)。企業が雇用能力を超える生産能力の拡大を図ったためで、結果として2000年以降の景気減速傾向の原因となりました。設備投資の拡大がもたらしたこの状況を改善するには2~4年もかかっています。アメリカの例でもわかるように、11%を超えると長期的な問題が発生するのです。ですから、日本の状況は非常に奇妙だと言えます。投資額がGDPに占める割合は1980年代の初めまでは低下しましたが、1985年にはこの傾向は逆転し、日本経済の成熟度を考えた場合通常では考えられないような状況が発生したのです。

図2 企業投資

原因としては、1980年代後半に発生したいくつかの事象があげられます。第1に、資本のだぶつきによる金利の低下。第2に、日本銀行による過度の金融緩和政策。第3に、銀行による判断の誤り。第4に、政府の規制当局が是正策をとらなかったことです。結果として、1990年から91年にかけて投資額がGDPに占める割合は20%まで跳ね上がりました。適正割合を約10%も超える過剰資本、言い換えればGDPに占める適正割合を約10%も超える過剰投資が80年代後半の日本のバブル経済の引き金となったのです。

ここで疑問となるのは、誰がその資本を消費・借入したのかということです。答は財政赤字であり、この傾向は企業が支出削減を始めた1992年から見られるようになりました(図3)。政府による需要は過剰貯蓄の受け皿となったため、90年代において日本は長期景気後退をなんとか避けることができました。先進国の経済にとって適切な値と思われる10~12%の投資率を上回る投資が実施され、財政赤字が存在しない場合(つまり、ゼロ)、この2つのセクターの合計支出がGDPに占める割合も同様の数値(10~12%)となっていたことが予想されます。この意味で、90年代に日本経済が後退せず年率1%の成長を達成したのは、財政赤字による需要によるものだと言うことができると思います。

図3 総需要に対する財政赤字と企業投資の割合

多額の経常黒字や企業投資、および膨れ続ける財政赤字によって過剰投資に対応した結果、2つの深刻な問題が発生しました。多額の国債発行、そして企業の非効率化という問題です。このように「歪曲した」支出が永久には続かないことを予測した場合、政府や企業による過剰支出以外の需要を作り出す必要性がわかると思います。

今後10年間の日本経済の見通し

この点は、私が最初に申し上げた3番目のポイントにつながります。これから先の日本経済については、私は3つのシナリオが存在すると考えています。もし問題が過剰投資自体にあるのだと考えるのであれば、最も簡単な解決法は貯蓄率を下げることでしょう。貯蓄率が非常に高い状況が続くと考えるのであれば、貯蓄超過分を海外に投資するということになるでしょう。どちらの解決策も不可能ということになれば、現状を維持するしかないということになります。

第1のシナリオ(図4)は、対GDP比で8~10%ほど貯蓄率が低下し、過剰投資が縮小し、企業や政府は支出を削減して投資率を下げ、財政赤字が解消するというものです。貯蓄率の劇的な低下は、2つの方法によって実現できる可能性があります。まず、一般家庭が貯蓄率を下げても金銭的目標を達成できるよう、企業が利益を配分するというもの。改革だけでは日本経済を救えませんが、進歩を大きく促すことは可能です。2つ目は、人口構成的要素によるもの。退職者が増え、高収入や貯蓄の機会を失うという状況です。

図4 シナリオ1 貯蓄率が減少した場合

この2つの方法が実現せず貯蓄率が高水準で推移した場合、第2のシナリオ(図5)として、論理的な解決策は経常黒字を3倍に増やすというものなります。対外部門でそれを受け入れるだけの需要があれば、政府が財政赤字を膨らませる理由も企業が合理的なレベルを超える設備投資を行う理由も存在しないことになります。

図5 シナリオ2 過剰貯蓄を輸出した場合

第3のシナリオ(図6)として、貯蓄率が高水準で推移し経常黒字も拡大できない場合は、過剰貯蓄に対応するために現状が維持されてしまう、すなわち財政赤字をもたらすような政府支出と企業の過剰投資が継続する必要が引き続き存在するということになります。この状況が長引けば長引くほど、国債発行額は増え続け企業の非効率化という問題に日本経済は苦しむことになります。

図6 シナリオ3 現状維持の場合

日本経済の将来に慎重な楽観主義になる理由

企業に目を転じると、設備投資額が多すぎるものの、短期に投資を集中させることにはそれなりの理由があります。まず、中国への商品やサービス提供の拡大を図るために、事業の拡大は合理的な考え方だといえます。また、既存の設備は老朽化が進んでいるため、数年かけて更新が必要だという考え方にも説得力があります。支出額が引き続き大きいという事実は、支出の性格が変わっているという状況のひとつの表れでもあります。

1990年半ばまでの家計余剰(図7)は対GDP比で6~10%の間で推移していましたが、その後わずかに減少し、98年以降には急激に低下しています。主な理由は人口構成にあります。高収入を得ていた中年層の多くが退職したのが原因です。長期的には、退職者が増えれば増えるほど家計余剰分は減少することが予想されます。貯蓄率がどの程度で落ち着くかということについては、私にもよくわかりません。いずれにせよ重要なポイントは、貯蓄率は過去と比較して大幅に低下することが予測されるという点です。

図7 日本の家計余剰

退職者の増加が日本経済に大きなプラス要素として働いていないのはなぜでしょうか? 一般家庭の動向によるプラス要素が企業の動向によるマイナス要素による影響を受けているからです(図8)。企業部門は、一般家庭が貯蓄額を大幅に減らし始めたのとときを同じくして預金額を増やし始めているのです。結果として一般家庭による貯蓄減少による効果はみられず、民間セクター全体の貯蓄額は高水準で推移しました。近年、企業は高い収益率を実現していますが、今後数年で収益率が下がれば、企業貯蓄率も低下すると考えるからです。

図8 民間セクターの余剰

コーポレート・ガバナンスの問題もあります。コーポレート・ガバナンスの改善が一般家庭への利益分配につながった場合、貯蓄率を下げても収益を実現できるため、家計貯蓄率だけではなく企業の貯蓄率も低下することになります。一般家庭の動向が根本から変化するということは、民間セクター全体の余剰分が今後5~10年の間に減少するということを意味します。それまでの間は企業・一般家庭による余剰分を財政赤字によって吸収するという状況が継続するものと思われます。しかし、企業貯蓄率の低下が期待されるため、このような状況が永久には続く必要はないということになります。

全体的な貯蓄率が下がった場合、経済の他の部分にはどのような影響が見られるのでしょうか? 理想的には、企業および政府による支出の大幅な低下が考えられますが、政治的な要因からこの状態は実現しそうにありません。成長率を維持することによって有権者に好印象を与えるために、政府は財政赤字の縮小には時間をかけることが考えられるからです。一方企業活動も非経済要素による影響を受け、貯蓄率の調整には時間がかかることが予想されます。このため、改革がフルスピードで行われたとしても供給以上の需要が存続するということになります。

このように、日本は一定の期間にわたって比較的高い需要が続き、現在の状況から別の状況へとシフトすることが予想されます。これまで日本はデフレ傾向、需要の不足、価格の低下といった状況にあり、これらの状況は銀行システムに大きな影響を与えています。現在見られる回復傾向が継続した場合、あるいはいったん回復が止まったあとで別の回復傾向が見られた場合、遅かれ早かれ産出のギャップは埋められるということになります。インフレが問題であり、貯蓄率の低下が経常黒字に圧力をかけ、供給側の制約がみられるという、経済学者にとっては見慣れた状況が展開することになるでしょう。そして、「需要が足りない」という状況はもはや存在しなくなるでしょう。このような段階まで進めば、長期成長を支える唯一の方法は供給側の状況改善ということになります。このような段階では労働力の不足が問題となり、成長率アップのための企業再編成がより重要視されることになるでしょう。

リスクの可能性

短期的リスクとしては、需要の落ち込みの危険性があげられます。このような状況は、消費が大幅に縮小した場合や投資が不足した場合国内で発生し、アメリカの景気後退、中国の景気停滞、あるいは原油価格の急上昇が起こった場合は国際的に見られるものとなります。実際、このような状況が複合的に発生する確率は高くなるでしょう。中期的なリスクとしては、過剰な企業投資が続き、生産能力超過分が商品価格や雇用に影響を与えるという問題があります。短期的にみれば企業支出が活発なのは好ましい傾向ですが、中長期的には落ち着いた方がよいのです。このような問題が解決できれば、最終的に国債の問題にたどりつくことになります。私自身としては、政府の債務残高について、純債務額をベースに話をすすめるのは適切ではなく、国債発行総額の方が経済の実態に近いと考えています。

国債の発行を適切に管理するにはどのような変容が必要なのでしょうか? 財政赤字がこのまま続いた場合、今後2年間比較的高い経済成長率が実現されると仮定すると、インフレ傾向が発生し、結果として財政赤字はより拡大することが予想されます。改革のシナリオとしては、まず、2004年以降政府が市場に売りに出す国有資産の量を倍増するというシナリオが考えられます。第2に、来年からの所得税増税。そして第3に、2007年から消費税を7%に増税することが考えられます。結果として財政赤字の解消が期待できます。国債を長期的に捉えれば、実現できるプラス要素はほとんど何もないということに気がつくでしょう。私が述べた改革案は、財政赤字削減のための長く苦しいプロセスの第一歩なのです。

結論

私の結論としては、日本は国内需要および中国の需要の伸びによって長期的にはスランプから脱出できる可能性があると考えます。しかし、より重要なのは貯蓄率を低下させることです。貯蓄率が低下すれば遅かれ早かれ経済の見通しとのギャップは埋まり、インフレは促進され、銀行の業績は改善し、債務に苦しむ企業や一般家庭は元気を取り戻すでしょう。また、経常黒字がしだいに収支均衡に向かい、場合によっては経常赤字が実現するかもしれません。国債の資金源として外国からの資金が供給され、国家財政は国外圧力の影響をより受けることになります。最も大きな課題は、国債の管理と経済成長率の改善です。労働力の供給や積極的な改革が必要となるため、難しい問題となることが予想されます。日本がインフレ社会に近づくにつれて、能力の高い強力なリーダーシップの必要性が高まります。しかし、インフレ傾向が戻り経済成長が合理的なレベルで実現できれば、このような問題は解決できるでしょう。

質疑応答

Q:

長期的にみると消費税増税はよい解決策だと思いますが、短期的には税制をどのように整えていけばよいとお考えになりますか?

A:

個人的には増税は好きではありません。税制がより公平なものとなるよう改善し、税を負担する人々の構成を適正化することが必要だと考えます。今の日本にとって重要なのは、成長の実現、過剰貯蓄と需要のギャップの解消、長期的な経済成長に備えるための新規労働力の確保だと思いますので、税率はこれか2~3年現行レベルを保った方がよいと考えます。

Q:

国債について長期的なリスクを指摘され、国債発行総額と純債務額の比較をされていましたね。この点、もう少し詳しく説明していただけますか?

A:

BrodaとWeinsteinによると、国債発行総額よりも純債務額の方がより正確な数値であり、純債務額の計算においては国債発行残高の対GDP比160%をベースに適切と思われる引き算を行ったということです。日本政府は売却可能資産を有し純債務額は試算値よりも低いはずだと思いますが、流動性の問題が存在することも事実です。例えば、GDPの18%を占める外貨準備高を売却すれば、ドルと円の相場に影響が出るでしょう。また、過去15年にわたるデフレ傾向にもかかわらず、国債は額面価格で償還する必要があります。また、中央政府と地方政府間で保有されている債券額の削減に関する政治的な問題もあります。日本銀行も市場も、日本銀行が保有している日本国債の量を減らすことは歓迎しないでしょう。実務的・政治的理由によって調整は実施されておらず、国債発行残高は対GDP比62%を大きく超えています。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は9月30日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年1月5日掲載

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