ブレイン・ストーミング最前線 (2004年7月号)

学術的科学研究と産業技術革新の連携についての研究

本日は、日本における学術研究と技術の連携についてこれまで行ってきた研究の中間発表をさせていただきます。
まず基本的なところからお話しますと、大学の科学者と技術者は多くの場面で、また様々な方法で相互に影響しあっています。このことは「産学連携」に関わる議論で必ず触れられることですが、最初にその影響の与え方の4つの異なるカテゴリーについて明確にしておきたいと思います。

1 基礎科学での発見が、応用研究・開発の新しい道を開く。
たとえば、製薬会社の新薬の開発は、ライフサイエンス分野における革命的な発見に依っています。特にこの15年間は大学での研究と最先端科学との間には強く、また特別の関係があり、新薬や医療器具が開発されてきました。

2 企業の研究者が、十分に確立した科学を実際の工学的問題に応用するに際して、大学教授の助けを求める。
技術者達が近時の研究開発において、最近の科学を利用しているというのは相互影響の一例でしかありません。仮に学術的な科学研究が産業技術革新にほとんどインパクトが無かったとしても、企業が大学の助けを得ることは有用です。例えば、中小の包装機械会社が機械の改良をしたいとしましょう。その改良自体はさほど高度な技術は要しません。ただ、その適用方法に関して地域の大学の先生の持つ専門知識は有用で、適正か否かをはかるコンサルタントとしての役割が期待できます。これを我々は「科学の利用」というより「科学者の利用」と表現しています。

3 大学教授が、企業の研究者と協力して、新しい科学的発見を応用した新製品を開発する。
革新的な科学技術の利用と科学者の利用の大きな違いは、「共同応用(collaborative interpretation)」ということです。ある大学によりもたらされる革新的科学技術の発見によって企業の技術者は、その技術を利用して新しい製品を作ろうと考えますが、その時に協力を仰ぐ大学や教授は必ずしも、実際にその発見をした人であるとは限りません。

4 大学が、企業によりさらに開発され、マーケティングされるような発明を生み出す。
大学が新しいベンチャーを創る、というケースがあります。実際に製品を開発し、特許を取得、製造して市場に出すというプロセスは上述の「共同応用」とは別のものです。

以上のように、学術研究と産業の技術革新の相互影響には様々なカテゴリーがあり、その違いの分析には異なる方法論があります。多くは大学の特許に関する統計的なものと、大学技術特許の統計的分析とがあります。米国の大学は多くの特許を取得していますが、残念ながら日本では大学の教授による特許出願は少なく、大学が特許を有しているという例はほとんどありませんでした。また大学と企業間のライセンス協力もほとんどありません。従って日本では産学連携は限定的にしか理解されてきませんでした。これを踏まえて調査分析を行いました。即ち、大学、企業、研究者などに直接、産学連携についての考え方をヒアリングしましたが、これは分析方法として非常に重要かつ有効であったと思います。さらに産学連携、及び時間経過に伴う変化の数値化を試みました。

まず大学の研究者と企業の研究者の共著論文を調べるという方法をとりました。その中で注目したのは特許文書に表れる引用です。そこで日本の製造業300社について次のようなデータを集めました。(1)特許による学術論文引用データ(論文の著者及び所属機関名、刊行年月日、論文の分野)、(2)企業による学術論文についての企業レベルのデータ(論文の著者及び所属機関名、刊行年月日、論文の分野)、(3)企業別の研究開発費・売上高・海外の研究開発拠点・国際的技術提携についてです。さらに主要な電子産業及び製薬産業の研究開発マネージャーに対してヒアリングを実施しました。

データについてお話しする前に、少し基礎的な考え方を整理しておきます。まず「なぜ日本の企業の米国特許に関する引用データを採り上げるか」という問題です。ひとつ目の回答は、米国の特許法において「先行技術について妥当な引用を行うこと」を発見者に求めているからです。同様の法的拘束は日本にはありません。米国には妥当な引用を行わないことに対する罰則規定も存在します。もちろん、そのことによる問題もないわけではありませんが、それも含めて米国の引用データ利用にあたっては、よく認識しておく必要はあるでしょう。他方、日本でそのような法的な拘束がないことで引用自体が不完全である、ということもあり得ます。いずれにせよ、米国と日本の両方の特許引用データを利用することでバランスをとるようにしました。二つ目の理由は、国外に持ち出される特許は、その価値がほとんど無いと考えられます。少なくとも商業価値が高いものはごくわずかなのではないかでしょうか。

ここで、データの傾向についてご説明します。
図1は日本企業の特許による学術論文引用について示したものです。全ての学術論文の中で大学教授による論文引用が86年以降、急増していることがわかります。ここから、日本における産学連携の可能性、大学から産業への技術移転のパターンが分析できるのではないかと思います。

次のグラフ(図2)は産業ごとの分布です。化学と電子産業に学術論文の引用が集中していることが見て取れます。さらに化学産業の中で多いのは製薬企業による引用です。化学産業と電子産業において大学から産業への知の流出が期待されます。

加えて引用された論文執筆者の居住地についても分類し、地域分布を調べました。過半数が米国在住で、日本は25%程度です。即ち日本企業は、ほとんど在米研究者(アメリカ人であるとは限らない)の論文を引用しています。引用された機関の産業別及び国籍別の分布についても調査しましたが、そこにはほとんど差は出ませんでした。

研究者・著者の所属を民間企業、大学、病院、その他の機関に分類すると、半数近くは大学で、言い換えると大学は新しい知識の供給源として非常に重要であるということです。しかしながら、日本の研究者に絞ってその所属をみると約6割が民間企業から出ており、他の地域とは異なる傾向を示しています。

最後に、論文執筆から特許申請までのタイムラグをみています。一般に、基礎研究というのは10~20年のラグがあって、大学の基礎研究は10年後に特許に影響を与えると言われますが、調査の結果で最も多いラグは2~4年で、最近の学術論文が最も多く引用されていることがわかります。つまり日本の企業は最近の論文を見ながら新しい研究を進めているわけです。

さて、ここで2つの計量経済学的分析の結果についてお話します。それぞれ引用特許レベルの分析と、引用企業レベルの分析を行いました。
まず引用特許レベルの分析ですが、学術論文引用の傾向を調べたところ、特許数の増加を制御した後も、学術論文の引用は急激に増加している、ということがわかりました。それは、日本企業が真面目にR&Dに取り組みはじめた時期と一致します。90年に最先端技術に到達した後、競争圧力の増加や低コストで生産する他のアジア諸国の台頭により、日本企業は生き残りのために真剣に革新の必要性を感じ、技術による打開を計ったのです。この危機感が日本企業を学術科学に近づけることになりました。

興味深いのは、学術論文の引用増加と産学連携を推進する政策が施行されたタイミングです。このような政策の多くは90年代後半から導入されました。科学技術基本計画や97年の大学教授の活動制限緩和、98年のTLO法、99年の日本バイドール法などです。データからわかるのは、学術科学の引用傾向がこういった政策導入以前よりも増していると言うことです。

引用特許レベルから引用企業レベルへ話を移しましょう。科学への特許引用を多く行う企業は、R&Dについてより高レベルの結果を出しているはずです。そこで、米国の企業がある特定の1年間に申請した特許を調べました。科学引用、研究開発、特許、資本蓄積、従業員数などを加味して、学術論文引用の技術革新の生産性への効果を分析したところ、売上増と科学引用の間には相関があることがわかりました。特許製品がマーケティングされ、実際の流通にのるまでには時間がかかり、ある程度の売上が上がってから、その製品が主力製品になるまでにはさらにタイムラグがありますが、それでも統計上、プラスの結果が見て取れます。

ここで、以上のような分析結果を踏まえて、予備的結論を述べることにします。
まず、基礎科学からの企業の研究開発への知の流出が急激に増加しているということが導き出されました。そしてその効果は製薬産業に顕著に表れている、ということもわかりました。また海外の、特にアメリカの科学が国内の科学よりも頻繁に引用されている、ということもデータにより判明しました。さらに特許による学術論文引用で計測した知の流出は企業の生産性を向上させ、その成果は非常に大きいことも明らかになりました。

さて、大学との共同論文による産学連携の関わりがあることは既にご存じのとおりです。そこで、出版についての調査を行ったところ、出版は企業の戦略的技術開発を完全には反映していないのではないか、と考えるに到りました。

その背景について少々説明を加えましょう。戦後、日本の企業R&Dにおける研究者は修士号を取得してから直接企業に就職する場合がほとんどでした。勤めてから数年経ってはじめて、出向で大学の研究室に送り込まれ、教授の指導の下に論文を書いて博士号を取得します。出向期間中、企業研究者と大学研究者による共同論文が多く執筆されます。この共同論文の科学的、技術的内容はスポンサーである企業にとっての課題を、大学の戦略的で新しい技術よりも多く反映しているようです。そのため、共同論文は必ずしも最新の科学を反映していないと考えられるのではないでしょうか。

実際に共同執筆の特許を、キヤノン、松下、三共、武田の4企業について調べました。大学だけでなく政府研究機関との共同執筆についてみると、その相手が圧倒的に日本であることがわかります。他方、科学への特許引用をみてみると、その特許に引用されている執筆者は、不釣り合いなほどに外国人であることがわかります。とりわけ、アメリカの引用が多くなっています。

企業のR&Dマネージャーに、「特許引用は最近の科学を反映しているか」という問いかけをすると、「おそらくそうなのでしょう」という答えが返ってきます。主要企業は「科学の利用」をするとき、ほとんどの場合、外国の大学の革新的な研究に依存しています。他方、「科学者の利用」の場合は、圧倒的に地元の大学に依存する傾向があるのです。「共同応用」について尋ねると、海外の大学も相手ですし、日本の大学とも行っているのですが、最近の傾向として地元大学との協力の方がコストがずっと安く、また海外の場合は多くの障壁があることに加え、政府からの補助金、規制緩和、大学の考え方の変化などから、地元大学との共同の利点が大きくなりつつあります。

最後に政策的含意について述べます。
まず、日本企業はますます学術的研究と連携するようになってきた、ということがいえます。米国同様、この傾向は製薬産業について顕著に見られます。最新の科学的発見の戦略的利用のためには、企業は外国の研究センターと密接な関係を築くことが必要です。そして日本の企業の多くはそのことに成功しています。
以上のようなことから、インタビューをした企業関係者にとって大学特許などはさほど重要でないように見受けられました。正式な特許関係以外に、有益な大学の科学が企業の研究開発に流れてくるメカニズムがあるようです。
「産学連携」にはさまざまな形があり、それらを調べるには異なった計測方法が必要です。そしてこの研究もそれら、必要なデータの整備に役立ったのではないかと考えています。ご静聴ありがとうございました。
(なお、本研究は一橋大学経済研究所の権 赫旭博士との共同で行われています)

※本稿は4月26日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年7月13日掲載

この著者の記事