ブレイン・ストーミング最前線 (2002年11月号)

エンロン事件に学ぶコーポレートガバナンスの課題

ロバート・グロンディン
ACCJ代表、WHITE&CASE LLP パートナー

法律家の立場から言いますとエンロン事件は、研究テーマとして興味深い事例ですが、世界中の人にとっては大迷惑な事件です。昔から米国で言われていることですが、意図的に詐欺をしようとする者を完全に防ぐのは無理です。1925年以降、株式市場の不正を追求し続けていますが、スキャンダルは相次ぎ、30年代には証券取引委員会(SEC)が設立されて不正防止に努めたにも関わらず、完全になくすことはできませんでした。そして、今回のエンロン事件でも、外部の専門家が監視していたのに事件は起こってしまいました。スキャンダルは世界各地で定期的に発生しており、日本は米国から20~30年遅れて後を追っているのではないかと思います。

米国でも以前は閉鎖的なコーポレートガバナンスが主流でした。70年代にセクション401(k)による拠出プランが出現して機関投資家の発言力が強まり、運用される投資信託が増加したことがその潮流の変化のきっかけとなりました。80年代は社外取締役が増えた時期でした。そして90年代初めにジェネラル・モータース社(GM)の取締役会が最高経営責任者(CEO)を追放したのが契機となり、投資家の動きが活発になりました。また、以前のニューヨーク証券取引所(NYSE)規則では取締役のうち、社外取締役は二名以上と決まっていましたが、エンロン事件をきっかけに最低でも取締役の過半数は社外の人間にしようという動きになっています。一方、80年代、90年代を経て、証券の取引量は爆発的に増加したにも関わらず、SECの人員は増えていません。クリントン前大統領はSECの機能を強化しようとしましたが、結局、議会は予算を承認せず実現しませんでした。その結果、予算も人員も足りない状態で、どれだけ厳密な調査ができるのか、という問題が発生してしまったのです。現在は、SECは強化されつつあります。

エンロン事件の勃発

エンロン社は規制緩和をビジネスチャンスにして、小規模なガス・パイプライン会社として八六年に合併・買収を続けて急成長しました。その後も続いた規制緩和の波にうまくのって、90年代半ばからガス・電力取引やブロードバンドの取引も開始し、さらに86年から96年にかけての金融取引改革に誘発されて、当時は高い市場評価を得ていました。2001年には、エンロン社はフォーブス誌上、収入規模で米国第五位にランクされましたが、その10年間の成長を維持することにこだわったことが今回の問題発生につながったのです。

エンロン社は90年代初めにカルパースとともにファンドを立ち上げました。当初その運営は順調でしたが、その後、カルパース・ファンドIIの立ち上げに要する資金調達のため、カルパース・ファンドIの買い手を探したのですが見つからず、ファンドの解散を避けるためエンロンの従業員を投資家に見立ててお膳立てをするという仮装のファンドをオフ・バランスで維持しました。これが転落の始まりです。その結果、エンロンの投資は結局、第三者向けオフ・バランスではなく、内部的な投資になってしまったわけですが、今後はこれらの投資案件に誰が関わっていたのか、果たしてアーサーアンダーセン社、エンロン社の経営陣はこれらの事実を知っていたのかといった点が、究明されなければなりません。これらは最終的に刑法上の問題にもなります。なお、アンダーセン社側は「知らなかった」と言っています。

役員が個人として会社と取引することが利害相反にあたらないのか、という問題もあります。最高財務責任者(CFO)がプライベートパートナーシップで儲けていたことは業界紙でも紹介されていました。また投資銀行の関与もあったといわれていますが、そもそも、何億ドルもの多額な投資案件で誰も公開資料をよく見ていなかったというのが不思議な事態です。また、監督・リスク管理の不足に加え、取締役は一体、何をしていたのかということにも疑問を覚えます。その当時、エンロン社は10年間にわたって急成長を続けており、そのような「結果」を出していたCEOのケネス・レイ氏に対して、取締役は甘くなっていました。レイ氏は「知らなかった」と言い訳していますが、CEOの発言として認められる言葉ではありません。

社外取締役の行為がインサイダーにあたるかどうか、という区別は大きな問題です。例えば社外取締役のなかに、テキサス州立大学の学長がいましたが、エンロン社はこの大学に対して多額の寄付行為を行っていたので、その学長は会社に対して厳しいことが言えなかったのではないかといわれています。他の取締役もエンロン社やCEOのレイ氏と何らかの近い関係にあったケースが多く見られました。インサイダーの定義は難しく、これから詳しく検討される問題です。

また、エンロン社は内部管理がずさんでした。レイ氏に対する(告発)メモを作った社員は他の社員に知られないように、そのメモの内容をレイ氏に直接伝えるか悩んだということですが、結局、レイ氏は直接問題を告げられて、内部で問題を処理しようとしたのです。本来ならこれまでエンロン社と関係のない法律事務所に調査させるのが適切なのに、いつも付き合いのある法律事務所に調査を依頼しました。これは問題意識の低さ、リスク管理の甘さを表しています。

外部監査機能についてですが、エンロン社とアンダーセン社とは10年来のつきあいです。アンダーセン社のパートナーをしていた人がエンロンに入社していた例もありました。エンロン社からアンダーセン社へ一年間で支払ったのは一億ドルにも上っていたそうです。エンロン社の会計は荒っぽすぎる、という批判はアンダーセン社内にもありましたが、内部政治で批判的な人は外され、両社の癒着からアンダーセンは客観的な監査機能を失っていたのです。

学んだ教訓

取締役会の独立性について、これまでインサイダーの定義は「家族関係」にあるかどうかが主な問題でした。しかし、これでは不十分であるということで、家族以外でも個々人のケースによってその取締役がインサイダーかアウトサイダーかを決定することが義務付けられました。取締役の任期の長期化を避けて刷新を図り、客観性に配慮することも必要です。最初はアウトサイダーであっても、10年も経つと親密な関係になりえます。取締役の任命手続きもCEOが推薦した人物を任命しているのでは意味がない、という問題意識が高まっています。エンロン社のケースについては今後、損害賠償責任がどのような展開を見せるかが注目されています。CFOによる勝手な投資が社内的に認められていたことは説明責任が果たされておらず、CFO個人の賠償責任になるのか否かがこれからの争点になるでしょう。最後に、法律違反があった場合に取締役と役員の保険を払うべきかが疑問視されています。法律違反がなかったという保証はありません。現行法に照らしても役員に責任があったということになるはずです。刑事問題として有罪、民事でも損害賠償が求められることになるでしょう。

エンロン社役員の責任を追及するため、先にアンダーセン社に対する訴訟が進んでいますが、エンロン社本体で処罰が行われていないのは疑問です。財務諸表そのものは会計基準に違反していませんでしたが、クライアントと監査法人が緊密になり過ぎるとバランスを保てるかについても問題だと思います。そのため、有識者も加わって、会計業界を監督する新機関の設置が必要だと思います。そして財務諸表を見るにあたって、会計原則は科学の問題ではなく、判断を要するものだということを認識して欲しいと思います。格付け機関がランキングを出していますがその是非には議論もあります。

さて、会計原則について、コンサルティングに関する利害相反をどう考えるのか。上場会社はコンサルティングを依頼している会社と同じ会計会社(事務所)を使わないようにすべきだ、という声があります。現在大手の会計事務所は四社ありますが、「ビッグ4」でなくて「ファイナル4」といわれており、同じ会社に頼めないのはかなり大変です。それでは今後、新しい会計事務所が出現するでしょうか。アンダーセン社は有罪判決を受けたと同時に全米50州で資格を失い、一年足らずで消滅しました。仮に判決が無罪だったとしても、告訴された段階で生き残ることはできなかったと思われます。

アメリカ社会に及ぼしている影響

市場はより高い透明性を必要としており、リスクや会計方針をもっと確実な方法で開示することが求められています。違反した場合の罰金も引き上げ、役員・取締役の損害賠償責任を追及するなど、罰則規定もより厳しくしなければならないと言われています。取締役の半数を社外取締役にするというNYSEの規則の猶予期間は二年です。また、リスク分析開示や報酬開示の促進、報酬の減額も求められています。

日本との関連性

米国は自国でこのような大問題があるのだから、日本に対するお説教はやめて欲しい、という声が日本で聞かれます。しかし、市場はより高い透明性を求めており、日本のコーポレートガバナンスが今のままでよい、という議論は通用しません。日本も真剣に取り組まなければ、グローバル市場から冷たい目で見られることになるでしょう。

質疑応答

Q:

米国はエンロン事件から教訓を得たのでしょうか? これまで社外取締役を増やしても効果はなく、厳しい規則も機能してこなかった。さらに強化してもスキャンダルに対する抑止力になるのでしょうか。

A:

他に何をすればよいのかすぐに答えは見つかりませんが、すぐに行動をおこすなら、やはり既存の法律を強化すべきでしょう。罰則や複雑な詐欺問題の実証、罰金、禁固などの問題もあります。今はインターネット時代で物事を瞬時に分析しなければならない「CNN病」が横行していますが、よりよい新しいモデルを考えるにはもっと時間が必要だと思います。しかし、市場の動きは早いのでゆっくりできないのが現実です。

Q:

日本の経営者はこれまでROE(資本利益率)重視の米国型コーポレートガバナンスを金科玉条として信奉してきましたが、エンロン、ワールドコム事件後、“逆ぶれ”の状態が見られます。今後、世界の経営の方向はどちらに向かうのでしょうか。またSECも極めて重い責任があると思いますが、SECはなぜエンロンを摘発しなかったのでしょうか。

A:

これまでインサイダー取引はかなり限定的に定義されていました。有価証券取引法ではなく、会社法上のインサイダー取引では問題になったとしても、取締役会の許可があれば、かなり自由度があったのです。法曹界の責任でもありますが、規則は常に改善されなければなりません。新しい規則ができれば新しいシステムができます。

Q:

NYSEが社外取締役を増やそうとしていますが、四万ドル程度の報酬でコミットできるのでしょうか。むしろ報酬を増やして時間をきっちり割いてこそ、日本のように会社内部が分かっている方式に近づいていくのではないでしょうか。

A:

社外取締役の責任は高まってきています。社外取締役がうまく機能している米国の企業もあります。多様性を重視する米国では、「社会の目」として社外取締役はポジティブに見られているところが日本との違いです。例えば雪印事件は、全員が内部の人間で物事の見方も同じようになり、身内意識も働いて保守的になるのではないでしょうか。日本版コーポレートガバナンスは実験を重ね、取捨選択して新しい方向に進めばよいでしょう。例えばトヨタの内部管理システムはとてもうまく機能しています。コーポレートガバナンスにとって重要なことを社外取締役ではなく、社内の人がやっているのなら、それを市場に説明すれば十分だと思います。監査役は盲腸と揶揄されることがありますが、監査が機能しているならそれを市場に説明すべきで、説明をしないからよくならないのです。エンロン事件の最中に日本の商法が改正されたので、日本の会社は意思決定を遅らせているための言い訳ができているかもしれませんが、そのために改革が遅れるとしたら日本のためによくない、と心配しています。

※本講演は9月18日に開催されたものです(文責・RIETI編集部)

この著者の記事