ブレイン・ストーミング最前線 (2002年7月号)

産学(官)連携の戦略的取組み

磯谷 桂介 文部科学省研究振興局研究環境・産業連携課技術移転推進室長

本日は、文部科学省で産学連携を担当している者として話題提供させていただきます。「知識社会」といわれる時代が本格的に到来し、産学連携が有益だという認識が関係者の間で浸透してきています。ただ、産学連携の議論には誤解も含めて様々な側面があるのではないでしょうか。そのことを整理した上で、文部科学省の取組みを紹介し、また今後、大学が戦略的に産学連携に取組むために必要な方策についてもお話します。

大学と企業

はじめに確認しておきたいのは、大学の使命は、教育・研究であり、また、これを通じて社会貢献するということです。大学は、市場価値や利益、雇用創出に関わる企業とは行動原理が異なり、そもそも行動原理が全く違うものが連携するのは容易なことではありません。MITのリタ・ネルソンTLO所長が言われていたように、大学は、産業界との間に「ファイヤーウォール」を構築することが必要であり、大学の本質は「企業」や「起業」ではありません。大学に関わるサイエンスと、ビジネスに関わるテクノロジーも違います。サイエンスは、新原理・現象を発見し、分析・批判、体系化する営みですが、テクノロジーは発明され、実用・製品化されるものです。

産学連携ブーム

最近、産学連携(論)ブームでして、文部科学省も含め各省庁が、盛んに産学連携の推進に取組んでいます。大学の研究成果から新規産業を創出することを目標としたり、「大学発ベンチャー1000社計画」を打ち出したりしていますが、その背景には様々な各省庁の思惑があることに留意する必要があります。また、産学連携という言葉の意味内容も曖昧で、明確な定義がありません。「学」にしてもどんな大学が参加するか、個人なのか組織レベルなのか、「産」にしてもどんな企業(「大企業、中小企業、スタート・アップ」)なのか、またどんな研究分野か、などによって産学連携の在り方が全く異なります。たとえばバイオ系は、未成熟な研究分野と言えますが、ここでは研究成果が基本的な特許となり大学発ベンチャーなどを通して、それがビジネスへと比較的ストレートにつながっています。一方、日本のエレクトロニクス分野では、多数の同列の特許や要素技術の集大成としての製品が存在し、キヤノン、ソニーなど優良大企業が独自の特許戦略を持ち、企業主導で大学へアクセスしています。こうしたある種の成熟分野において大学発ベンチャーがどの程度参入できるのか、バイオ分野とは違う難しさがあると言われています。

さて、冒頭に申し上げたように「知識社会」の到来により、各界で産学連携への動機が強くなってきています。産業界では、新しい技術と新しい市場開拓のためのアライアンス戦略が必要とされるようになっており、その提携先に大学を選ぶケースもあります。また、各国政府では、産学官の「知」を結集して国全体のイノベーション・システムを構築し、国際競争力をつけていこうという動きになっています。我が国では特に、バブル崩壊後の経済停滞の打開や製造業空洞化対策への切り札として、産学連携や大学への期待が高まっているようです。企業の求める人材の不足・ミスマッチについて産業界から高等教育への不満もあります。

同時に、国が前面に出るような従来型の産業政策ではない新しい政策の模索という側面があるように思います。経済産業省の「産業クラスター」計画では、産学官連携やネットワーク型のイノベーションというコンセプトがでてきています。地方公共団体においても、先進地域の真似をする手法から、地域のポテンシャルや特色を生かした産業創造を目指して、「民」の手法を導入したコーディネーション型の施策へと変わってきています。

大学側も大きく変わりつつあります。高等教育の進学率が向上して、大学は人材供給先である産業界の要望をより強く意識せざるを得なくなっています。研究様式にも変化が見られ、マイケル・ギボンズ達が唱えた「モード論」では、従来の伝統的なディシプリンに基づく研究様式(モード1)に対して、社会問題を解決するために、異なったディシプリンの人たちが、(ある時は組織を越えて)共同して研究するという様式(モード2)が浸透しつつあると言われています。また、公的資金で賄われている大学が国民への説明責任を果たすためのわかりやすい例として産学連携が取りあげられる場合もあるようです。

産学連携議論のわな

さて、最近ブームになっている産学連携議論のなかで、四つの陥りやすい「わな」があります。第一に、最近大学の研究開発を活用し経済再生につなげようという「即効型プロジェクト」が流行ですが、そもそも研究面での連携は「ピンポイント」に過ぎないということです。本来のビジネスにはもっと大きな広がりがあるはずです。そういう意味で、「即効型プロジェクト」に対して経済混迷の大きな打開策として大きな期待をかけていいのかという疑問があります。二番目に、産学連携の議論は、一皮向けば産業界や経済産業省からの大学改革への注文が圧倒的多数です。非公務員型法人の導入や大学学部の設置自由化など、極めて重要な論点が含まれているものの議論が少し偏っています。産学連携推進のためには、他にも、もっとすべきことがあります。三番目に、アメリカをモデルとした「あるべき論」が先行するきらいがあります。日本としてどうするかが問題ですし、産・学の関係者の当事者としての自覚が重要です。最後は、産学連携への過剰期待あるいは「悪乗り」です。過剰期待して予算をつぎ込んでみたものの短期的な結果がでないとなると反動として失望感が広がる可能性があります。あるいは、先進的なことを試みたけれどある時失敗した、となった瞬間に残りが消極的になってしまったり、地道な活動がつぶされてしまったりする可能性もあります。関係者は、過剰に期待をするのではなく、産学(官)連携の本質は、異質・多様性や創発、「場」の創造などにあることを忘れてはいけないと思います。

これまでの日本の産学連携と進展する産学連携施策

ここで、日本の産学連携について振り返ってみたいと思います。これまでの日本の産学連携は、「あうんの呼吸」型、大企業中心の「お付き合い」型が中心だったと言われています。企業のメリットは特定の大学研究室から得られる学生(就職)、技術情報、アドバイスなどです。大学の教員は、使いやすい研究費としての奨学寄附金をもらえる上に、自分の教え子が大企業に就職するので、先生にとっては問題がない。こうして産も学もほとんど不満がなかったわけです。しかしこのシステムは、中小企業やベンチャー企業の参入が難しく、また、ある種不透明な関係です。さらに、日本の特色として、官主導の産学官共同研究開発プロジェクトがこれまで必ずしも成功していない、ということも言われています。

さて、文部科学省の関連施策について、研究・技術移転面に絞ってご紹介します。大学には、知の創造と知の活用の両方での営みが必要です。文部科学省としては競争的資金の拡充、基礎研究の推進、若手研究者への支援といった「知の創造」の環境整備にも力を入れていますが、ここでは、「知の活用」に関する施策の説明が中心となります。

昭和58年に国立大学の共同研究制度が開始し、62年に国立大学に共同研究センターという窓口組織の整備を開始しました。平成12年には共同研究や受託研究における複数年度の契約が可能になり、同じ時期に、教員等の特許料の軽減も措置されています。兼業規制緩和は、部分的緩和ではありますが、例えば、国立大学教員がコンサルティング等の業務に従事することが、技術開発・指導では平成9年度から、TLOでは12年度、経営・法務指導では14年度から解禁になりました。一昨年9月に、全国のTLOの集まりとしてTLO協議会が発足し、平成14年3月には国立大学の国有特許を扱う認定TLO制度がスタートしました。このように施策を進めてきた結果、日本の産学連携が、今までの「おつきあい型」から、ルールに基づく産学官連携へと移行しつつあります。共同研究件数はこの12年間で4.6倍に伸びていますし、大学教員の特許意識の向上により、国立大学における発明届出数も過去4年間で約4倍に増えています。

国立大学における特許に関する権利は、一定の条件の下で一部を国が承継しますが、原則として発明者個人に帰属するというルールが昭和53年以降今日まで続いています。現在、大学で生じた発明に関する特許の権利の帰属は様々です。国有、国と企業の共有、個人有、個人と企業の共有のケースがあります。個人が自由意志でTLOに預けるケースもあり、企業から見れば大学で生じた特許の所属がばらばらで、交渉がしにくいという状況になっています。平成12年12月、文部科学省の調査検討会が報告書を出していますが、そこでの結論は、国立大学が仮に法人化された場合、現在個人帰属になっている特許を組織帰属・組織管理に転換すべきであるということです。また、法人化により、大学にワン・ストップ・サービスのような窓口ができて、そこへTLOが連携して、企業との交渉も円滑にできる環境が整います。一方で、発明者個人には特許収入の対価を還元することが必要です。

ところで、民間企業から、国立大学も含む国の研究機関に対して委託研究した場合、成果の特許権はスポンサーたる民間企業が二分の一まで無償で取得(共有)できるという仕組みが研究交流促進法により措置されています。最近これに関して、一部の企業の方々からは100パーセント無償で産業界が取得できるようにしてほしいという要望が出ていますが、いかがなものかと思います。現在の国立大学に対して、企業が委託研究で資金を出す場合、教員の人件費を負担する仕組みではなく、直接経費の一部の研究費しか出せません。その状態で、100パーセント無償で企業が特許を取得することを認めるのは、企業が比較的安いコストで、大学の研究成果をそっくりそのまま持っていってしまうことになります。これは、今後の日本の産学連携に良くない影響を及ぼすと思います。米国の研究大学でも、企業の資金に基づく受託研究といえども、その研究成果の特許は大学のTLOが保有することが大原則です。

日本の大学や公的研究機関発のベンチャーについて少し触れたいと思います。欧米の水準から比べると大学発ベンチャーの数は、まだ低いですが、2001年8月現在274社で、毎年増加傾向にあります。大学全体にとっては大学発ベンチャーの数が本質ではなく、大学発ベンチャーを創出する環境醸成が肝要です。異質の知の組み合わせから起きるイノベーションや失敗を許容する文化などが求められます。

経済産業省と文部科学省の施策

産学連携施策に関して、経済産業省と文部科学省の関係をご紹介します。文部科学省は、大学改革や基礎研究の推進などを前提として、産学連携のための基盤・環境整備することを基本とし、その上で大学発ベンチャー創出支援、産学の共同研究におけるマッチングファンド、「知的クラスター」創成事業などをすすめております。一方、経済産業省では、大学発ベンチャー1000社計画ということを言われていますが、産業技術の振興、ベンチャー企業そのものに対する支援、地域経済の活性化ということを意識して「産業クラスター」などの施策を打ち出していると思います。今後、特に「産業クラスター」と「知的クラスター」の連携がポイントだと思います。「知的クラスター」の成果を活用してどうやって「産業クラスター」につなげるか、あるいは産業クラスターのネットワークを通じて知的クラスターをより活性化していく、といったことが重要です。本当の意味で新しい「場」の創造によるイノベーションが、日本において、ある程度人工的に、かつある程度自然発生的に起きてくるチャンスだと思っています。

経済産業省に対する注文を述べさせていただきます。まず、大学に支出する研究費にきちんと間接経費をつけて、大学組織がマネージメント力を強化できる状況をつくっていただきたい。また、知財戦略、特に特許の取得・活用が重要だということが言われていますが、ぜひNEDOの事業などには、特許取得経費を十分計上する、あるいは既に特許化されたシーズについて優先的に支援する、といっためりはりのある予算措置を考えてほしいと思います。産業クラスターについては優れたコンセプトだと思いますので、これまでの地域振興施策のようにあまりころころ変えずに、ぜひ長い目で見て実行し、地域を支援いただきたい。

戦略的な産学(官)連携の取組みに向けて

知識社会において大学に期待される役割は大きく二つに分けられるのではないでしょうか。一つは大学の基本的な使命として長期的観点で人材育成・学術研究を中心に「知」の再構築をはかることであり、もう一つはビジネスや技術イノベーションのための日常的な産学(官)連携に参加し、中・短期的にも社会に貢献することです。そして、この両者のバランスが重要です。産・学の関係者、政策担当者それぞれが、このことを理解していて初めて産学連携が上手くいくのだと思います。

産学連携の前提として、大学における高度な教育・研究が必要ですが、同時に各大学の強みを生かしていくということが不可欠です。さらに、大学を核とした産学(官)連携を加速するには、中核的な大学でのプロジェクト研究、大企業と大学、大学発ベンチャー、地域における大学と中小企業や県との連携など、それぞれのケースで成功事例を積み上げていくことが大事です。

産学連携の推進には、大学改革だけでなく様々な改革をすすめることが必要です。例えば、地方公共団体と大学との関係では、法によって地方公共団体から国立大学への寄付が禁じられていますが、(特に法人化がきっかけで)見直して施設・設備、土地等を大学法人へ提供できる方策を検討すべきです。

これまでご紹介してきたように、産学(官)連携というのは非常に多様な活動で、大学がどうやって自らの知識の創造と活用の経営を行っていくかということと密接に関係します。特に今後は、大学が主体的、組織的に産学連携に取組めるようなマネージメントの確立に向けて環境を整備していくことが重要だと思います。

ディスカッション

A:

支援する人材の育成に主眼が置かれているようですが、日本にはすでに支援事業もお金も結構あり、問題は支援先がないことです。大学で企業家精神の育成など教育面に重点をおくべきと思います。支援にお金を出すのでなく、自己発生的なプラットフオームをつくり、それをサポートしていくべきです。

B:

経済産業省が先日出した産学官連携の提言では、大学と産業界の境目が限りなく曖昧で、大学自体をデパート化するということで知識の生産からインキュベーションまで大学がやれというのは全く逆行する考え方です。大学のアイデンティティと産業のアイデンティティは明確に区別すべきです。大学は大学でモジュールになり、産業界は産業界でモジュールになる、その上でリンケージをどうするか、そこにどういう専門的なモジュールをつくるか、ということだと思います。

磯谷:

モジュール化というのは一つの識見ですが、物理的に大学のなかに産学連携関係の各種機能があってもいいと思います。現時点では国立大学にはインキュベーションのノウハウはありませんが、法人化することで外からノウハウが入ってくる可能性があるので、過渡期としてプレ・インキュベーションのような場をもつこともあっていいのではないでしょうか。

C:

文部科学省は大学をスポイルするのはやめるべきです。大学が産学連携で有効に機能するためには、規制をできるだけ撤廃すべきです。経済産業省からも大学改革についていろいろ提言がありますが、文部科学省の政策のすり合わせをもう少し徹底していただきたいと思います。

本BBLは原山優子経済産業研究所ファカルティフェローとのジョイントBBLであったが、今回掲載分は磯谷発表分のみとさせて頂きます。

※本講演は5月15日に開催されたものです(文責・RIETI編集部)

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