金融リテラシー高めるには 中立的立場からの助言重要

家森 信善
ファカルティフェロー

金融の自由化・情報化の進展により様々な金融商品が利用できるようになり、金融に関する判断をしなければならない場面が増えてきた。一方で、公的年金だけでは老後資金を賄うことは難しいと考え、自分で一定の資金を準備する必要性を感じる人が増えている。

しかし実際には、家計金融資産の過半がほとんど金利のつかない現預金で保有されている。日本証券業協会の「証券投資に関する全国調査(2021年度)」によると、株式を保有しない理由としては「株式に興味がない」が55.1%で最も多く、次が27.2%の「十分な知識をまだ持っていない」だった。証券投資のイメージも、預貯金のみ保有層では「難しい」が54.5%にのぼる。つまり株式投資への参加率が低い理由の一つは、金融知識が不足していることだといえる。

日本国民の金融知識の水準はどの程度だろうか。金融広報中央委員会は16年から3年間隔で金融リテラシー調査を実施している。25問の正誤問題の正答率は、16年が55.6%、19年が56.6%、22年が55.7%とほぼ横ばいで、改善傾向は見られない。また欧米主要国と比較すると、日本の金融知識の水準は低い。

ただし「金融リテラシー」は金融知識の多寡だけの問題ではない。経済協力開発機構(OECD)は「金融に関する健全な意思決定を行い、究極的には金融面での個人のウェルビーイング(心身の健康や幸福)を達成するために必要な金融に関する意識、知識、技術、態度および行動の総体」と定義している。

より具体的には、金融庁の「金融経済教育研究会」は、家計の収支を把握する「家計管理」、将来を見据えた資金の必要性を把握する「生活設計」、「金融知識および金融経済事情の理解と適切な金融商品の利用選択」、「外部の知見の適切な活用」の4分野を「最低限身に付けるべき金融リテラシー」としている。

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それでは、国民の金融リテラシーを高めるにはどうすればよいだろうか。

ここでは若年者について考えたい。一般に若年者の金融リテラシーは低いことが知られる。このことは、社会生活の出発点で金融詐欺の被害に遭ったり、必要な保険に入らなかったり、返済計画を考えずに借り入れをしてしまったりして、人生に狂いが生じるリスクが大きいことを意味する。

こうした事態を回避するには、社会に出る前の学校で金融経済教育を充実させることが有効だ。残念ながら、これまで学校における金融経済教育は十分でなかった。例えば前述の金融リテラシー調査によると、金融教育を受けたと認識している人の比率は、22年調査で7.1%にとどまる。

具体的な対応策としては以下のことが考えられる。

第1に学校の教育内容にきちんと組み込むことだ。この点で最も重要な動きは、22年度から高校で使用が始まった新しい学習指導要領で金融経済教育が重視されている点だ。例えば高校家庭科では「預貯金、民間保険、株式、債券、投資信託等の基本的な金融商品の特徴(メリット、デメリット)、資産形成の視点にも触れるようにする」「販売信用と消費者金融の代表的な事例を取り上げる」などが要請されている。

だが金融経済教育の授業時間数を増やすことは難しい。そこで科目横断的な取り組みが考えられる。筆者もメンバーである金融経済教育を推進する研究会(座長、吉野直行・慶大名誉教授)では、各国の金融経済教育の実態を調査した。

川口広美・広島大准教授の調査によると、英国では応用数学の一つとして金融数学を位置付け、金融システムの内容を理解できる能力を身に付けさせようとしている。米国やオーストラリア、シンガポールも数学の中で金融を取り扱う。日本でも数学科や情報科などと協働して金融を教える仕組みの構築が課題となる。

第2に実情に合わせた教員への支援の提供だ。金融経済教育を推進する研究会が22年に実施した中学校の社会科と技術・家庭科(家庭分野)の教員アンケート(回答者2536人)では、過半数の教員が「用語・制度の解説が中心となってしまい、実生活とのつながりを感じにくい」と指摘する。

逆に言えば、知識を学ぶだけではなく、行動に反映される必要があるとの問題意識は教員間で共有されている。金融広報中央委員会などから、優れた補助教材やそれを使った教育実践事例が公開されており、そうしたベストプラクティスの活用が考えられる。

またこの教員アンケートでは、金融経済教育を授業で扱う際の難しさとして約半数が「教える側の専門知識が不足している」ことを指摘した(図参照)。そこで外部専門家との連携が考えられる。学習指導要領でも「外部人材を活用するなどの工夫に努めること」とされている。幸い、金融業界団体などは出張講義などに協力的なので、外部連携の環境は整ってきている。

図:金融経済教育を授業で扱う際に難しいこと

その際には、商品宣伝になることがないよう、外部専門家の授業の「質」を確保することが重要となる。金融教育を担う新たな認可法人として24年に設立される見込みの「金融経済教育推進機構」が重要な役割を果たすことを期待したい。

さらに学校で金融教育を学んだ世代が親になると、家庭での金融経済教育に期待できる。金融リテラシー調査によると、現状では家庭で金融教育を受けた経験があるのは、18〜29歳の若い世代に限っても25%程度にとどまっている。

親が子供に対して実際の家計管理を通じて基本的な金融知識を教えれば、幼いころから金融を身近に感じることができ、金融リテラシーの形成に有効だろう。

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最後に、人生の節目や大きな金融取引の際に、中立的な立場から情報提供をしている機関などに相談し、アドバイスを得るという意味での「金融リテラシー」の重要性を強調したい。

残念ながら、金融に関して相談をすることの重要性が社会的に認知されていない。筆者が上山仁恵・名古屋学院大教授と16年に実施した調査(回答者2700人)でもその傾向が見て取れる。「生活設計全般について専門家から助言を受けたいか」との質問に対し、「有料でも受けたい」は3.2%にとどまり、「無料なら受けたい」が36.6%、「無料でも受けたいとは思わない」が23.7%だった。

プライバシーの問題や専門家の姿勢への不安に加えて、そもそも誰に何を相談すればよいのかよくわからない人が多いためだろう。18年に上山教授、柳原光芳・名古屋大教授と筆者が実施した調査(回答者3千人)では、金融トラブルにあった時に、金融リテラシーが低い人ほど専門家に相談しておらず、十分な対応がとれていない心配がある。

身近な相談の機会や場所を広報し、相談が解決につながった事例を広く周知していくことが有効だ。また助言者の能力や中立性について議論を深める必要もある。この点でも金融経済教育推進機構が重要な役割を果たすことが期待される。

2023年8月10日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年8月18日掲載

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