農業立国への道(下) 実力政治家もなしえなかった農協改革
戦後政治最大の圧力団体変革への提言

山下 一仁
上席研究員

戦後農政は、米価を求心力として結合した、自民党農林族、農協、農林水産省から成る"農政トライアングル"によって推進されてきたといってよい。戦後政治における最大の圧力団体であるJA農協は流通業、サービス業など、あらゆる事業を行う権能を持つ巨大な事業体でありながら独禁法の適用除外となっている。その独占的地位を活用して、今や農家の利益よりも組織の利益が優先し、結果として日本農業の高コスト体質をつくり上げている。戦後農政を変革するには、農協法を廃止ないしは改正して、農協の政治力を排除し、その独占性を解体する必要がある。

農政改革を阻む者

いよいよ戦後政治における最大の圧力団体である、JA農協の改革を論じたい。これには、実家が農家だった菅官房長官が熱心だと伝えられている。しかし、1955年には総理を目指していた有力政治家、河野一郎農林大臣が、農協から金融事業を分離しようとしたが果たせなかった。近年の総理では最もリーダーシップを発揮した小泉総理の下でも、規制改革会議で同じような分離論が検討されたが、報告や答申が出される前に自民党農林族が官邸に押し掛けて、これを潰してしまった。農協改革は難題である。

EUは加盟国が27カ国にものぼり、合意形成は相当困難であると思われるのにもかかわらず、なぜEUでは農政改革が進み、日本では進まないのだろうか。それはEUになくて日本にあるものがあるからである。JA農協である。

農地改革で保守化した農村は農協により組織化された。農地改革は小作人を解放して1ヘクタール規模の自作農を多数作った。農協の基本原理とされている1人1票制は、等しい規模の農家を維持するために機能した。農協が動員する票は自民党を支え、自民党は農林水産省の予算や組織・定員の維持や増加に力を貸し、農協は米価の引き上げや農協施設への補助金などでメリットを受けるという、"農政トライアングル"が成立した。

農協にとっては、米価が高いとコメの販売手数料収入が高くなるうえ、農家に肥料、農薬や農業機械を高く売れる。つまり、農協の収益は高いコメの価格維持とリンクしているのである。このように価格に固執する圧力団体はEUにもアメリカにも存在しない。戦後農政は、米価を求心力として結合した、自民党農林族、農協、農林水産省から成る"農政トライアングル"によって推進されてきたといってよい。

日本の圧力団体として、農協と並び評されるのは医師会である。しかし、医師会は医者の集まりであって、それ自体が事業を行っているわけではない。医師会が守ろうとしているのは医者の利益である。ところが、農協はそれ自体多くの事業を行っている企業体である。農協は農家を守ると主張する。しかし、農協が守ろうとしているのは、組合員である農家の利益というより、農協自体の組織の利益であることが多い。

農業の高コスト体質を作る独占事業体

戦後の食糧難の時代、農家は高い価格で売れるヤミ市場にコメを流してしまう。このため、当時の農林省が、農家からコメを政府に供出させる機関として、全農家を加入させ、資材購入、農産物販売、信用(金融)事業など農業・農村の全ての事業を行っていた戦時中の統制団体を転換して作ったのが、JA農協だ。

金融事業を兼務している協同組合はアメリカにもなかった。金融事業の兼務にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は反対したが、コメの供出を盾に取った農林省が、これを押し切った。このためJA農協は、銀行業、生命保険業、損害保険業、流通業、サービス業など、あらゆる事業を行う権能を持つ事業体となった。これは他の協同組合だけではなく、日本のいかなる法人、企業にも認められていない特権である。

協同組合は、本来、資本主義からのセイフティネットとして弱者が自己防衛的に作った組織である。農家は弱者であったかもしれないが、国家統制団体を引き継いだ農協は、設立の時点で既に弱者ではなく、農産物の集荷、肥料など資材販売について独占的な地位を持っていた。

シェアが低下したとはいえ、今でも、コメの集荷で6割、肥料販売で8割、農薬販売で6割のシェアを持っている。目覚ましいのは金融事業の発展である。今やJA農協バンクは貯金残高約92.6兆円(2013年末)の国内第二を争うメガバンクであり、農協共済の総資産も50兆円を超え、国内トップの保険会社である日本生命の55兆円(いずれも13年3月末)に迫る。全農の売上高は、中堅総合商社"双日"を上回る。

農協は、このような巨大事業体でありながら、協同組合として独禁法の適用除外を受けるという特権を認められた稀有な企業体である。農協は、政治力を発揮して米価を引き上げ、兼業農家を維持して農業の規模拡大を阻害した。そればかりか、独占力を利用して、肥料、農薬、農機具を高く農家に販売することによって、日本農業の高コスト体質を作り上げた。

零細な兼業農家も、農協の販売努力のおかげで、各戸ごとに年に1週間も使わない田植え機などを備えている。しかし、年間ほとんど稼働させなない農業機械を、農家が一軒ずつ持つ必要はない。機械を共同利用すればコストは安くなり、無駄は省ける。しかし、機械の販売量が減少すると農協組織の利益には反する。

組合員に高く売る方が農協の利益に

図は、農薬、肥料の日米間の価格比較である。これだけ農業資材に内外価格差があれば、生産物に内外価格差が生じるのも、当然だろう。大規模農家の中には、農業資材を海外から輸入する農家もある。しかし、ムラ社会の付き合いで、高くても農協から買わざるをえない農家が多い。

図1:日米の農薬価格比較
図2:日米の肥料価格比較

本来、協同組合による資材の共同購入は、商人資本に対し市場での交渉力を高めて組合員に資材を安く売るためのものだった。しかし、組合員に高く売る方が農協の利益になった。農協は組織の利益のために、農家の利益とは反する行為をとるようになった。農家のための組織であるという理由で、農協は独占禁止法の適用除外になっているが、その独占的な権利を農家に対して行使したのである。

巨大事業体である農協に独占禁止法を適用しなければ、農家は高い生産資材を買い続け、消費者は高い農産物・食料品価格を払い続けなければならない。農協はコストが高いので日本農業は海外と競争できないと主張するが、その高コストの一端を作り上げているのは、農協自身である。農協に対する独占禁止法の適用という主張は、国民のための利益、国益なのだ。

農協は、本来主人である組合員農家の活動も規制した。生産者が有機農業などによって良質な農産物を農協に出荷しても、他の生産者の生産物と同一に扱われ、同じ価格しか受け取れない。これに不満を持った企業的な農家は、農協を通じないで産直活動を行ったりした。

しかし、農協を通さないで出荷すれば、農協には手数料が落ちない。また、これらの農家が農薬や化学肥料の投入を抑える有機農業に取り組もうとすれば、農協からのこれらの資材の購入額が少なくなるので、ますます農協に手数料が落ちなくなってしまう。このため、農協は様々な手段を使って、これらの農家に圧力をかけてきた。

現在でも、農協を通じないで農産物を販売したり肥料や農薬を購入する組合員に対しては、農協の育苗施設やコメの調整施設の利用を禁止したり、融資を断ったりして、独占禁止法違反である(農協は独占禁止法の適用を除外されているが、不公正な取引方法を用いる時は適用される)と指摘される例が後を絶たない。

みなし規定で独占禁止法適用を免れる

独占禁止法では、共同して生産したり、販売したりすることなどで競争を制限するカルテル行為は原則として禁止されている。しかし、小規模事業者等が協同組合を組織する場合には、独占禁止法の適用除外となっている。

単独では大企業に伍して競争していくことが困難な小さい事業者や交渉力の弱い消費者であっても、共同して生産や販売、購入をすれば、形式上は独占禁止法に違反することになる。したがって、独占禁止法の適用除外は、このような事業者などが互いに助け合うことを目的として、協同組合を組織した場合には独占禁止法の適用を受けないようにして、市場で有効に競争したり、取引したりすることができるようにしたものである。あくまでも小規模事業者の救済のための規定である。

具体的には、独占禁止法第22条で、
(1)小規模事業者または消費者の相互扶助を目的とし、
(2)任意に設立され、組合員が任意に加入または脱退することができ、
(3)各組合員が平等の議決権を有し、
(4)組合員に対する利益の分配の限度が法令または定款に定められている、
という要件を備えた組合および連合会の行為には、独占禁止法を適用しないとしている。

なお、これらの組合であっても、ほかの事業者と共同して特定の事業者との取引を拒絶したり、共同行為からある事業者を不当に排除したりするような「不公正な取引方法を用いる場合」又は「一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより不当に対価を引上げることとなる場合」は、独占禁止法が適用されることになっている。

逆に、独占禁止法第22条によって、協同組合が独占禁止法の適用を受けない行為の1つは、他の事業者の事業活動を排除し、または支配することによって、一定の取引分野における競争を実質的に制限する(「私的独占」)場合であり、もう1つが、他の事業者と共同して価格を決定したり、数量などを制限するなど、互いに事業活動を拘束することによって、一定の取引分野における競争を実質的に制限する場合、つまり、カルテルの場合である(減反〈生産調整〉は、カルテルそのものである)。

100円の農産物価格を150円にすれば、「不当に対価を引き上げる」こととみなされて独占禁止法違反となるが、110円程度に引き上げる場合には、カルテルとされ、協同組合は独占禁止法違反を問われない。

独占禁止法第22条に照らし、生協は問題なく独占禁止法の適用除外を受ける。しかし、農協はそのままでは独占禁止法第22条の要件を満たさない。なぜなら農協は、正組合員である農家だけでなく、農家でなくても地域住民であれば誰でも組合の施設を利用できる准組合員という制度を持っているからである。

准組合員は(1)の事業者ではないし、(3)の議決権を持っていない。つまり、准組合員を有する農協は、独占禁止法第22条の(1)と(3)の要件を満たさないので、本来なら独占禁止法の適用除外規定の対象とならないのである。このため、農協法第9条は、農協は独占禁止法第22条の(1)と(3)の要件を備えるものとみなすと規定して、これを救済している。みなし規定とは、そうでないものをそのように扱おうというものである。どんな地域の農協にも、准組合員はいる。つまり、農協法第9条がなければ、農協には、独占禁止法が適用されてしまうのである。

さらに、20の単協(末端の単位農協)があって1つの経済連という県の連合会を構成している場合、20あるうちの3つか4つの単協が連合したらカルテルになってしまうのに、20の単協をまとめた連合会が価格等を決めると、これは独占禁止法の適用除外になってしまうという制度的な問題がある。

昨年、山形県の5つの農協がコメの販売手数料でカルテルを結んだとして、公正取引委員会が調査に入ったのは、このためである。山形県の連合会や全農が共通の販売手数料を決定していれば、違反を問われなかった。ということは、大きければ大きいほど独占禁止法の適用除外になってしまうし、連合会を作ったり、維持したりするインセンティブが農協に生じてしまうことになる。

小さな農家が集まって共同して生産したり、販売したら、形式上独占禁止法違反を問われてしまうので、協同組合を作れば、独占禁止法に違反しないようにしようというのは理解できる。しかし、末端の小さい農協だけではなく、農協の都道府県レベルや全国レベルの連合会なども、独占禁止法の適用除外を受けることができるようになっている。しかも、生協などにはない農協独自の原則として、全国―都道府県―単協()という3段階の農協系統の利用が要請されている。全農の農産物販売と農業資材販売でのシェアの高さは、本来独占禁止法が禁止している「私的独占」に該当する可能性が高い。

農協大改革――農協法の改正・廃止

農協の人たち、さらには農林水産省の人たちも、民間である農協になぜ政府が介入するのかと主張する。しかし、農協は政府によって作られた協同組合であるし、その権能も農協法によって与えられたものである。つまり農協法を廃止すれば、農協という存在自体なくなるという性格を持っている。どのような農協法にするか、農協法をどのように改正するかは、まさに政府の仕事である。

農協改革としては、2つの視点が重要である。

第1は、望ましい農政改革の実現のために、農協の政治力を排除するという観点である。

今、JA農協の稼ぎ頭は、JAバンク(ヘッドは農林中金)と共済である。農協の農業部門は赤字なので、JAバンクと共済から赤字補てんがなされている。これらを地域住民へのサービスの提供を行う"地域"協同組合として独立させれば、資金源を失った農協の政治力は減退する。農林中金にとっても、農業関連事業はお荷物である。できれば、農業関連事業の赤字補てんなどしたくないというのが、本音だろう。地域協同組合となっても、全国津々浦々の単位組合の事業所から預金が自動的に集まってくるというシステムは温存できる。

具体的には、農業協同組合法と地域協同組合法の2法を制定する。地域組合は、これまでJAが行ってきた信用・共済事業や地域住民への生活資材供給を行う。JA農業部門は、解散するか、新たに作られる農協に移管する。

地域協同組合となれば、今のJA農協の正組合員と准組合員の区別はなくなる。准組合員も正組合員になるのである。現状では准組合員がいるため、独占禁止法の適用除外を受けるのに、独占禁止法の規定だけでは十分ではなく、特別の規定を農協法に置かなければならなかった。准組合員も正組合員になれば、生協と同じく独占禁止法の適用除外規定だけで十分である。

JA農協はもはや"農業"協同組合ではない

第2は、高コスト体質を作っている農協の独占性を解体することである。

最も簡単でドラスティックな方法は、農協法第9条の廃止である。そうなると農協は准組合員を維持して独占禁止法の適用を受けるか、准組合員を廃止して独占禁止法の適用除外を受けるかという困難な選択を迫られる。

地域協同組合としての生き残りは、その1つの選択である。地域協同組合は"旧" 准組合員も正組合員とできるし、独占禁止法第22条だけで独占禁止法の適用除外を受けることができる。"旧"JA農協の農業部門も准組合員がいなくなるので、農協法第9条がなくても、同じく独占禁止法の適用除外を受けることができる。

それができなければ、どうなるか? 今のJA農協では、正組合員467万人を准組合員517万人が上回っている。正組合員のうち150万人は既に農業を止めた土地持ち非農家と言われる人たちであり、これを准組合員とすると、実際には、正組合員300万人、准組合員700万人というのが、JA農協の本当の姿だろう。つまり、JA農協は、もはや"農業"協同組合ではないのだ。JA農協が准組合員を切れないとすれば、農協法第9条が廃止された状況では、JA農協に独占禁止法が適用されることになる。

農協法第9条の廃止が困難であれば、農協法第9条の対象を単協に限定することで、農協連合会を独占禁止法の適用除外から外すという道が考えられる。あるいは、旧国鉄が分割されたように、全農組織を分割する道を検討してもよいかもしれない。

以上の改革案が直ちに実現するとは、考えられない。農協は激しく抵抗するだろう。しかし、高米価、農地、農協という戦後農政の遺構を抜本的に変えなくては、日本農業が21世紀に発展できないことも真実である。

DIAMOND online 2014年2月5日に掲載

脚注
  • ^ 単協とは、一番末端の組織であり、農産物の販売、農業資材の購入、銀行、保険など全ての事業を行っている。かつては市町村ごとに1つ程度あったが、合併が進み、今では723組合となっている。これが、都道府県段階、全国段階で上位の連合会を作っているが、連合会になると、農産物販売等の経済事業(経済連、全農)、銀行業務(信連、農林中金)、保険業務(都道府県段階はなく、全共連のみ)など専門事業ごとに分化している。なお、かなりの経済連、信連は、それぞれ全農、農林中金に吸収されている。

2014年2月26日掲載

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