低い女性の管理職比率:積極登用、生産性押し上げ

山口 一男
客員研究員

わが国の経済活動における女性の活躍の推進を、多様な人々が持てる能力を発揮できる社会の実現という観点から考察してみたい。

現在、国の内外で女性の活躍を経済成長戦略とみる考えが急速に広まっている。昨年のアジア太平洋経済協力会議 (APEC) 閣僚会議は「ジェンダー・イニシアティブ」を掲げ、女性と経済の関係強化を共通の目標とした。また、経済協力開発機構(OECD)のアンヘル・グリア事務局長は、労働生産性の向上を日本経済の再活性化のための重要項目として、特に女性の活躍の推進を強調し、非正規に偏る女性雇用の是正や「家族に優しい企業」の推進を訴えた。政府も女性の活躍による経済活性化を推進する関係閣僚会議」を発足させた。

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問題は現状の把握と新たな目標への道筋である。女性の活躍の指標には、女性の経済と政治での意志決定参加度を示す国連のジェンダー・エンパワメント指数(GEM)がある。この指数では2009年にわが国は109カ国中57位と低い。教育や健康の程度を示す人間発達指数(HDI)が10位であることと比較すると、人的資本度が高いのに経済・政治分野での女性の活躍が著しく遅れている。管理職に占める女性の割合をみると、欧米諸国の大多数が30%以上であるのに対し、わが国は係長以上で約7%で、OECD 諸国中トルコ、韓国と並んで最も低い。

GEMと1時間あたりの労働生産性は強く関連する。日本企業の多くは生産性を1日あたりで考えてきた。この尺度では長時間労働は生産性を高め、長時間労働が困難な女性の評価を低くする。一方、1時間あたりの生産性の尺度は女性への評価を公平にし、女性の貢献を生み出す。

図は、OECD諸国のGEMと国民の時間あたりの国内総生産(GDP、購買力平価換算)を示しており、両者は正の関係にある。「時間あたり」とは国民総労働時間で割った値を意味する。わが国より時間あたりGDPの大きい17カ国はすべてわが国よりGEMが高い。GEMの低いわが国は女性の活躍がない分、GDPが伸びないのである。

図:時間あたりGDPとジェンダー・エンパワメント指数の関係
図:時間あたりGDPとジェンダー・エンパワメント指数の関係

わが国で女性の活躍が進まない主な理由は何か。厚生労働省の女性雇用管理基本調査によると、企業からみた障害の3大項目は「家庭責任を考慮する必要がある」「勤続年数が短い」「時間外労働・深夜労働をさせにくい」である。企業は女性の問題とみているが、いずれも日本的雇用慣行のダイバーシティ(多様性)の管理の欠如の問題である。

「家庭責任」の問題は、日本企業が「男性は仕事に、女性は家庭に主に責任がある」という伝統的な男女の分業を前提とすることから生じる。こうした前提により日本企業は長らく女性の仕事を一律に家計補助的なものとみなし、女性賃金を低く抑えるという制度・慣行をつくってきた。

このことは「勤続年数」にも強く関係し、わが国の女性の結婚・育児離職率は6割以上に上る。それは家庭の役割と両立しにくい職場環境に加え、キャリアの行き詰まり感が大きく影響していることが調査で判明している。筆者は、女性の離職について「予言の自己成就」だと考えている。つまり辞めるという前提で、賃金を低く抑えキャリアの進展性のない職務に従事させるから、結果として継続就業意欲を奪い予想通り辞めることになる。「時間外労働」の問題も、正規雇用者について長時間労働を常識とみなし、柔軟な働き方を認めない日本的雇用慣行が背後にある。

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しかし、わが国の企業も多様化した。女性の活躍の推進により、高い労働生産性を達成した企業も存在する。そうした企業の特性を実証的に明らかにするため、筆者は経済産業研究所が09年に実施した「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」に関する国際比較調査」の日本企業データを用い、企業の類型化を試みた。同時に、企業の時間あたりの粗利益に基づく生産性指数(資本金、労働投入量、業績などを一定とする労働時間あたりの粗利益)に対する企業類型の影響を調べた。

営業利益ではなく粗利益を基にしたのには理由がある。先行研究で雇用者の女性割合が大きいと営業利益が大きくなる傾向が示されているが、その理由は女性に対し労働生産性よりも低い賃金を払うことによる超過利潤(レント)にあると解釈されている。営業利益は賃金支払いをした後の利益だからである。

経済のグローバル化に伴って激しくなる価格競争の中で多くの企業は人件費を削減しようと、女性や非正規雇用者に対する賃金格差により超過利潤を生んできた。そうした企業行動は、和光大学教授の竹信三恵子氏が「雇用劣化不況」と呼ぶ外部不経済を生み出したと考えられる。

一方、粗利益は、生産原価に含まれる労務費などを除き付加価値を生む雇用者の賃金を含んでいる。賃金格差による超過利潤を排除しているという意味で、雇用者にも望ましい利益の指標である。

企業のワークライフバランス施策には、法を上回る育児・介護休業支援と、在宅勤務・フレックスタイム勤務・短時間勤務など柔軟に働ける制度という2つの要素がある。分析の結果、従業員300人以上の企業の中で、どちらも実施しない「ほとんど何もしない型」に比べ、両方実施する「全般的ワークライフバランス推進型」と、筆者が「育児・介護支援成功型」と名づけた企業群は、2倍以上の生産性があることがわかった。

育児・介護支援中心のワークライフバランス施策を実施する企業には、生産性が「ほとんど何もしない型」と変わらない「育児・介護支援失敗型」もある。成功型が失敗型と異なる主な特質は「推進本部設置など積極的に施策を推進している」と「性別にかかわらず社員の能力発揮に努めている」とする度合いが高いことだ。逆にこの特質を欠く失敗型の育児・介護支援は福利厚生のためで、女性の人材活用が目的ではないという特徴が明らかになった。

さらに、(1)管理職女性割合が一定で、正社員女性割合が増すと生産性はむしろ下がる(2)逆に、正社員女性割合が一定で、管理職女性割合が増えると生産性が増す―ということがわかった。要するに、正社員女性が管理職になれる度合いが高い企業は、生産性が高いということだ。

なお、慶応義塾大学の山本勲准教授と松浦寿幸講師は、「推進本部設置などの積極的ワークライフバランス」を推進する企業では、推進本部設置後一定の時間を経て、生産性が向上するという因果関係についても明らかにした。

以上のように、わが国で女性の活躍の推進を通じ高い生産性を実現している企業は存在する。しかし、従業員300人以上の企業で前述の2つの成功型が占める割合は合計で14%にすぎない。一方、約半数の企業が「ほとんど何もしない型」に分類される。

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ノーベル経済学者のアマルティア・センは「人々の達成能力の開発を進めるために経済発展が必要であって、経済発展のために人材活用があるのではない」という思想を述べている。ダイバーシティの理念も同様だ。女性の活躍を推進するには、女性に問題があるとみる日本的雇用慣行を前提とする視点や、女性雇用や非正規雇用が超過利潤を生む手段とされる慣行を改める必要がある。管理職の女性割合などの企業人事情報を公開し、それに基づく行政指導と企業努力を通じて、性別や雇用形態にかかわらず機会を広げ、多様な付加価値を自主的に創出する人々を育成して社会を活性化すべきである。

2012年7月16日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2012年7月24日掲載

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