就業支援は「性格力」重視で

鶴 光太郎 プログラムディレクター・ファカルティフェロー

安倍晋三首相は年頭所感で防衛、憲法とともに人づくりに触れ、日本の未来を切り開くための人材育成について、「終身の計」と、中国の『管子』を引用して重要性を強調した。アベノミクスの3本目の矢である成長戦略の中でも、とりわけ重要な課題であることはいうまでもない。

人づくりは就業前の教育と、就業後の人材育成を一体として進めるべきであろうが、学校教育は1点を争うテスト重視への批判とゆとり教育失敗の間で右往左往し、就業後の人材育成や職業訓練も、その土台である日本的雇用システムの変容や揺らぎの中で明確な軸を失っているように見える。予算や法律を変えればたちどころに人材育成が進むというわけでないところに難しさがある。

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人材育成を考える場合、着目すべきはスキル(技能)である。様々な仕事に応じて必要なスキルは異なるし、1つの仕事でも多様なスキルを用いるのが普通だ。このスキルをどう身に付け、伸ばしていくか。経済学ではこれまで働いている企業でしか通用しない「企業特殊的スキル」、どの企業でも通用する「一般的スキル」に分けたり、技術進歩との関係でスキルを論じたりすることが多かった。しかし、こうした枠組みだけで喫緊の人材育成の問題を解明していくには限界がある。

その中で、教育と労働の問題を統一的に考えるのに有益な考え方を提供しているのが、2000年にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らを中心とした「非認知能力」の役割を強調した研究である。認知能力がペーパーテストで測れる能力だとすれば非認知能力とはテストなどで測れない能力で、個人的形質と関係している。

ヘックマン氏らは米国で家庭環境に問題のある就学前の幼児に対する支援プログラムに着目し、認知能力よりも非認知能力を向上させることでその後の人生に大きなプラスの影響を与えることを強調してきた。同氏とシカゴ大学博士課程のティム・カウツ氏の13年のサーベイ(文献研究)論文も、非認知能力を巡るこれまでの研究を包括的に整理し、幼年期のみならず青年期における支援プログラムも紹介し、職業訓練まで視野に入れて評価している。

この論文で特徴的なのは、認知能力と非認知能力を、それぞれ認知スキル、性格スキルと呼び換えていることである。性格スキル=個人的形質とすると、それが遺伝的なものでほとんど変わらないと考えてしまいがちだが、むしろ人生の中で学ぶことができ、変化しうるものである。

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性格スキルはこれまで政策現場や経済学では見過ごされてきたが、心理学者はこうしたスキルを長年研究してきた。この中で、表に挙げているように「ビッグファイブ」という分類が広く受け入れられている。ビッグファイブは性格的スキルをよりきめ細かく定義するための緯度と経度のようなものと理解できる。

表:ビッグファイブ
定義側面
真面目さ計画性、責任感、勤勉性の傾向自己規律、粘り強さ、熟慮
開放性新たな美的、文化的、知的な経験に開放的な傾向好奇心、想像力、審美眼
外向性自分の関心や精力が外の人や物に向けられる傾向積極性、社交性、明るさ
協調性利己的ではなく協調的に行動できる傾向思いやり、やさしさ
精神的安定性感情的反応の予測性と整合性の傾向不安、いらいら、衝動が少ない
(出所)ヘックマン=カウツの論文から作成

ヘックマン氏らはこれまでの多くの研究を引用し、性格スキルが学歴、労働市場での成果(賃金など)、健康、犯罪などの幅広い人生の結果に影響を与えることを明らかにしている。ビッグファイブの中では、特に「真面目さ」が様々な人生の結果を最も広範に予測している。

労働市場での成果に絞ってみると、仕事の成果と最も強い関係を持つのはやはり「真面目さ」であるが、その強さは知能指数(IQ)の半分程度であった。IQの重要性は仕事が複雑になればなるほど増す。特に大学教授、上級管理職にとってより重要となるが、「真面目さ」の重要性は仕事の複雑さとはあまり関係なく、より広範な仕事に対して有用だと指摘している。

ビッグファイブの計測は主に質問票による自己報告であり、主観的なバイアスが入りやすい。そのため、第三者の評価を性格スキルとして利用した分析も行われている。

スイス・チューリヒ大学のカーミット・セガル助教は13年の論文で米国の8年生(中2)で問題行動(不登校、遅刻、宿題未提出など)があった人は、テスト成績を基に学力の影響を排除しても、26~27歳時の賃金が相対的に低い傾向を指摘した。学歴の影響を統計的に取り除いても、すべての学歴レベルで同様の傾向があった。一方、8年生の標準テストの成績と賃金の相関は、高等教育以上の学位を持つ者に限られていた。

スウェーデンのストックホルム経済大学のエリック・リンキスト助教とストックホルム大学のロイヌ・ベストマン助教の11年の論文は、心理学者がスウェーデン軍の兵士に入隊時に面接して把握したデータを用いて分析している。失業者や低賃金労働者はそれ以外の者と比べて性格スキル、認知スキルとも低いが、前者の方がより劣っている。一方、熟練労働者や賃金が高い者に関しては、認知スキルの方が賃金に与える影響が大きいことを示した。

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このように性格スキルは幅広い学歴・職業で共通して重要であり、その欠如が職業人生の失敗に強く結びついている。だとすれば、それはどのように高めるべきだろうか。

ヘックマン氏らは、すべてのスキルを形成する上で幼年期が重要だという確固たるエビデンス(科学的証拠)はあるものの、性格スキルは認知スキルに比べ後年でも伸びしろがあるので、青年時の矯正は性格スキルに集中すべきだと主張している。かつての徒弟制度では、若者が大人と信頼関係を結びながら指導や助言を受けた。その中で技術のほかにも、仕事をさぼらない、他人とうまくやる、根気よく仕事に取り組む、といった貴重な性格スキルを教えられていたのでうまく機能していたと考えられる。

従って職場をベースにしたプログラムの中で性格的スキルを教えれば、ハンディのある若者に対し彼らが家庭や高校では得られなかった規律や指導を与えることができる。実際、青年期の介入プログラムをみると、認知的・学問的な学びを中心としたものよりも、性格スキルの向上を狙ったものの方が効果が大きいことが明らかになっている。

こうした視点に立てば、世界的にみても若年者や未熟練労働者、失業者への教育訓練が必ずしも成果を上げていない理由も明白だ。英財政問題研究会のバーバラ・シアニージ上席エコノミストによる08年の論文は、スウェーデンで失業者が新たな職を見つけるために最も効果的な方法は、民間に補助金を与えて常用として雇い入れるようなプログラムであり、企業外でのフルタイムの授業による訓練は何もプログラムを受けない失業者よりも就職確率がむしろ低下することを示した。これも実際に企業で責任を持って働くことが性格スキルの向上をもたらしたと解釈できよう。

欧州では若年失業の問題が深刻だが、ドイツ、スイス、オーストリアなど徒弟制度に起源を持つ職業実習が盛んな国の若年失業率が低く、08年からの大不況でも、それほど若年失業率が上昇しなかった。これも職業実習制度の持つ職場での性格スキル形成と関係がありそうだ。

日本でも教育、職業訓練など幅広い分野において性格スキルの重要性を認識し、その向上を人材育成の柱の1つに据えるべきであろう。

2014年1月20日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年2月5日掲載

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