企業に損失もたらす長時間残業をどう減らすか

田中 万理
ファカルティフェロー

従業員が長時間残業をしている会社はいい会社だろうか。従業員の健康や従業員の家族にとっていい会社でないことは、多くの人の共通認識だろう。

さらにいうならば、会社の損益の観点からも、従業員の長時間残業は損である。

経済学の実証研究では、個人の継続的な労働時間が長くなるにつれてミスが増え、追加1時間でできる作業量が著しく減っていくことを、さまざまな職種で観測している。つまり同じ作業を始業直後に行うのと、10時間以上続けて仕事をした後に行うのとでは、かかる時間や作業の質がまったく違うということだ。残業の時間給は標準労働時間として定められた勤務時間の賃金よりも高い。長時間残業をさせればさせるだけ、企業は成果の上がらない時間に高額を支払い、損をしていることになる。

長時間残業の原因は大きく次の2つに分けられると筆者は考える。そして原因がどちらのタイプでも、管理職や経営層がより適切にマネジメント(作業・人事管理)を行うことで、長時間残業を削減できる可能性が高い。

長時間残業2つの原因

1つは、従業員が自発的に長時間残業をしたがることである。例えば、成果を出すために残業が必要で、それによって将来的にボーナスが上がったり、周囲からの評価が上がったりすると期待されるケースである。

成果主義的な人事管理は従業員のやる気を高める。だが、それが長時間残業につながる過度なインセンティブになっている場合は、制度を適正に見直すことで長時間残業を減らせるかもしれない。

もう1つの原因は、残業しないと課せられた仕事が終わらないことである。非自発的な長時間残業は、上司の仕事の割り振りや作業計画が適切ではない、上司が部下の作業の進捗度合いを把握していない、トラブルが起こった際に適切に仕事の再分配やスケジュール調整ができていない、といった問題が積み重なった末に、誰かにシワ寄せがいく形で現れるのだ。

この場合は、作業管理(工数管理)や労務管理をより適切に行うことで、長時間残業を減らせるだろう。例えば、工数管理やプロジェクト管理の専用システムを導入するのは1つの手だ。あるいは表計算ソフトで各従業員が担当する仕事の量や作業効率、進捗度合いを把握するための表を作るのもいいかもしれない。各従業員が何時間働いているか把握できていない場合は、それらのデータを取るところから始める必要がある。

図:自発的残業と非自発的残業

企業のこのようなマネジメントと残業時間の関係については、筆者らが発表した実証的根拠がある。分析では、日本の製造業事業所のマネジメントに関するデータ(「組織マネジメントに関する調査」)に、これらの事業所に勤務する従業員の残業時間に関するデータ(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)を接続したものを使用した。

「組織マネジメントに関する調査」は、2017年に内閣府経済社会総合研究所が大山睦教授(一橋大学)、神林龍教授(武蔵大学)と共同で実施した調査で、米スタンフォード大学などの経済学者が主導する国際的なプロジェクトの一環である。本調査では、製造業企業約1万1000の事業所に対し、作業管理と人事管理について16の質問をし、回答を集めている。調査は10年時点と15年時点の2度実施した。

作業管理については、従業員の作業進捗データの取得・利用状況や生産目標の設定に関する質問などが含まれる。人事管理については、昇進やボーナスの決定に能力・成果主義を導入しているかといった質問が含まれる。

筆者らは数量的な分析を行うため、作業管理方式、人事管理方式を評価する指数を定義し、各事業所の調査回答を基に計算した。

作業管理指数は、多くの作業進捗指標を頻繁に利用し、生産工程を逐次改善し、実現可能性の高い生産目標を従業員全員に周知する、など緻密な管理を行っている場合に、より高い値を取る。

一方、人事管理指数は、昇進やボーナスの決定に能力・成果主義を導入している場合により高い値を取る。

分析の結果、指数のより高い作業管理方式の導入が、長時間残業の抑制と関係することがわかった。また、指数のより高い人事管理方式の導入が、短時間残業の増加を引き起こすことがわかった。

45時間超の残業が1割減

具体的には、作業管理方式の指数が10年から15年にかけて1標準偏差(平均的な上昇幅)上昇した事業所では、月45時間以上の長時間残業をする従業員が約1割減少する傾向が見られた。月45時間以上の残業は、もし従業員が死亡した場合には過労死として認定される可能性を持つレベルだ。

各従業員の作業進捗を逐一把握できる体制や生産計画の改良が、作業全体を平準化し、誰かが長時間残業しなければならなくなる事態を未然に防ぐのかもしれない。

一方、成果主義的な人事管理の導入は、月10時間以上45時間未満の短時間残業の増加と強く相関していることがわかった。その傾向は、とくに若手社員や女性社員の間で顕著に見られた。

成果主義的な人事管理方式を導入した企業では、それが従業員のやる気を高め、結果としてそれまで残業をしなかった人が残業をするようになったと考えられる。一方、成果主義の導入は、月45時間以上の長時間残業には大きく影響しないことがわかった。

総合すると、働きすぎの一因は企業の作業管理など組織マネジメントの失敗にあることが、データから示された。作業管理をより適正に行えば、長時間残業が減り、それはまた生産性や利益率の向上にもつながる。

適切な組織マネジメントを導入している企業ほど企業パフォーマンスがよいという関係は、日本および海外の企業マネジメントに関する調査を基にした研究において、普遍的な結果として示されている。さらに海外の研究では、より適正な作業管理をする企業では従業員の離職率が低い、という結果も示されている。

従業員が長時間残業をしている会社は、自社の作業管理を見直すことにより、さまざまな問題を解決できるかもしれない。

(本稿の参考文献等は、Tanaka, Mari, Taisuke Kameda, Takuma Kawamoto, Shigeru Sugihara and Ryo Kambayashi. “Managing Long Working Hours: Evidence from a Management Practice Survey,” forthcoming at Journal of Human Resources.をご参照ください。)

週刊東洋経済 2024年3月30日号に掲載

2024年4月5日掲載

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