地域振興の本質

中村 良平
ファカルティフェロー

都市の魅力

この夏の8月下旬と9月下旬に学会や調査などで2度ほどヨーロッパに行った。滞在した都市は、ブラティスラバ(スロバキア)、ウイーン(オーストリア)、フランクフルト、フライブルク(ドイツ)、グラーツ(オーストリア)である。

知名度は低いもののブラティスラバはスロバキアの首都である。しかし、首都になって歴史が浅いためか、オーストリアの首都であるウイーンからバスで1時間という距離にあるためか、まち全体としては首都の雰囲気がない。ただ、昔からの中心市街地は歴史的建物も有り、観光客も多くて結構賑わっている。グラーツはオーストリア第二の都市で世界遺産もある。それにもかかわらず、スロベニアやクロアチア方面へ向かう観光客は素通りで、まちにも土産物屋はほとんどない。しかし、中心部は地元の人が多くとても賑わっている。他方、日本では環境都市で名高いフライブルクは、特に観光都市というわけではないが、中心市街地は観光客も含めて人が多く賑わっている。

ここで全てに共通するのはヨーロッパの都市の特徴とも言えるトラム(路面電車)の存在である。これによって公共交通によるまち中心部へのアクセスがとても良い。外国人も半日いれば勝手が分かる。そして、歩いて感じるのは中心市街地には物語があることである。単なる商店街というのではなく、歴史を大切にしたストーリー性を感じさせる。また、それを演出している。そして、いろいろな店が有り、またストリートパフォーマンスも有り、歩いていて結構飽きない。

翻って我が国の地方都市の中心市街地、その商店街には歴史を感じさせるストーリー性を持ったところがどれだけあるだろうか。歩いていて飽きない商店街はどれだけあるだろうか。中心市街地を大事にするなら、公共交通のアクセス、それも路面電車が望ましい。筆者のいる岡山市などは路面電車がありながら、これまでそのインフラを拡充(延伸)する機会が幾度かあったにもかかわらず、それを逸してきた。そのため、路面電車が中心市街地の活性化にほとんど貢献しておらず、そのことが岡山市というまちにとって少なからず損失となっている。

賑わいと移出

必ずしも商店街を意味するものではないが中心市街地の賑わいは、そのまちの元気度のバロメーターでもある。そのまちに多くの人が訪れて買い物をし、またそこで仕事をするということは、まち全体(都市全体)に範囲を広げて考えると、それだけ域外からのマネーが入り、それが域内で循環している可能性が高いことを意味している。

これは地域自立の条件である。賑わいが経済的に意味する域外マネーの獲得について地域を市町村という行政単位でとらえてみると、全ての都市・地域が同じように域外マネーを獲得しているわけではないことに気づく。地域には、それぞれ特徴、異なりがある。それは、内陸や沿岸部、温暖や寒冷地といった地形など自然条件からみた立地特性での異なりもあるが、経済基盤の視点からすれば、それぞれの市町村はその立地特性を所与として、そもそも何で生計を立てているかが異なってくる。ここで生計を立てるという意味は、主としてよそから稼いでくるということである。

たとえば水産業のまちでは、漁業による水産物や水産加工品の域外への出荷で生計を立てている。企業城下町や地場産業のまちでは、そこでの製造品の大部分が域外へ出荷されており、それで域外からマネーを獲得している。国際間で言えば、輸出に相当する。また、観光都市では、観光業(ホテル、飲食、交通、お土産)である。これはサービスの移出と言うことになる。

こういった域外へ移出をしている産業は、その地域にとって基盤産業と言われている。これに対して、域内市場を主たる需要先とした産業は非基盤産業となる。いわゆる産業二分法である。地域によって基盤産業は異なり、また1つの移出財でもって地域が生計を立てているのは希である*1

それでは地方中核都市である県庁所在都市は、何で生計を立てているのであろうか。そこには県庁があるが故に、地銀の本店、郵便局の本局、百貨店、大病院などがある。それは県庁の存在に依るところが大きい。県庁の原資は税金であるので、移出のルーツは民間資金ではなく公共支出ということになる。ある意味特殊と言えよう。衛星都市と言われる郊外地域では中心都市への労働サービスが移出となっている。東京のような大都市は、本社機能を代表とする地方へのサービスの移出が基盤産業となっている。

こういったように地域(の基盤産業)は非常に多様である。したがって、それぞれによって具体的な振興策は異なってくるが、地域振興の基本的考え方は共通している。それは、地域の優位性を生かした基盤産業を育て、それで域外マネーである外貨を稼ぎ、稼いだ外貨を域内で循環させることで非基盤産業を充実させ、そこで雇用を生み出すということである。これは都市に賑わいをもたらすための原動力である*2

地方都市の実情

多くの都市・地域では、残念ながらこのような循環がうまくいっていないのが実情である。とくに地方の地域においては、かつては栄えていた地域や自立していた地域の多くが、低迷や衰退している。それは都市内でかつて賑やかだった中心市街地の場合もあれば、都市全体としての場合もある。この場合の低迷や衰退の意味は、一般に指標としては定住人口や昼間人口の減少を指す。もちろん、人口が増えれば必ずしも良いというわけではないが、開放的な都市や地域では、その魅力は人口増減に反映される。地域経済の中心であるはずの県庁所在都市でも同様に人口減少に転じているところが少なくない。2005年~2010年の国勢調査で見ると、東京都を除いた46道府県で22の県庁所在都市の常住人口が減少している(図表-1)。

図表-1:県庁所在都市の人口増減動向(2010年/2005年)
図表-1:県庁所在都市の人口増減動向(2010年/2005年)
[ 図を拡大 ]
(出典)総務省統計局「国勢調査」

それでは合併に活路を求めた編入町村の実態はどうなのか? 表向きの統計からは見えにくいが、おそらく人口減少に拍車がかかっているのではないだろうか。それが大きな市という一括りの中で見えなくなってきている。製造品の出荷で外貨を稼いできた都市では、更なる円高経済でまちは生計が厳しい。そして、製造業依存では雇用増加は見込めない。

それでは、なぜ多くの地方の地域経済が低迷し、さらには衰退しているであろうか。それは、地域全体で見ると、経済発展による世の中の産業構造の変化によって、地域経済の基盤であった産業、その多くは地場産業と言われるものであるが、それが弱体化したことによることが大きい。ここでの経済発展とは、技術進歩のことを意味する。

技術進歩が、製品を高度化し、製造業における労働生産性を高め(つまり省力化)、サービス部門の多様化とその広がりをもたらした。地域産業の低迷や衰退で、地域の雇用機会の縮小が生じる。これが人口転出の増加した要因にも挙げられる。技術が進歩して産業の高度化と分業化がもたらされたものの、地方都市ではそもそも地域内での産業間の連関構造が希薄であった。それは、地方経済の産業構造の多くが特化型で、そもそも多様性が欠如していたからである。また、交通体系の変化(交通技術の進歩)によって、かつては交通の要衝であった地域がそうでなくなったことも原因の1つである。

地域の連関構造を変える

疲弊する地方都市経済において、しばしば(政策当局が)経験する特徴的ことは、
・地域の消費が活発でも、その効果があまり地域経済に還元されない。
・公共事業で関連産業への波及効果を期待したけど、地元経済には恩恵がない。
・工場の出荷額は増えているのに、地域の所得があまり増えていない。
・生産需要があっても、地域の所得や雇用が思うように増えない。
などがある。こういった現象が生まれるのは、地域経済における人・モノ・金・情報などの循環がうまくいっていないことに原因がある。情報は目に見えないが、人・モノ・金に関して、地域経済に漏れの部分が大きい可能性を示唆している(図表-2)。

図表-2:地域の資金循環
図表-2:地域の資金循環
(出所)「地域経済構造分析調査」島根県 平成18年3月

われわれは、公共投資の効果やイベントの効果、観光の効果、そして企業誘致の効果などを新聞や研究レポートで目にすることがある。これらの効果は「地域産業連関表(図表-3)」を基にはじき出される。一般に、民間消費や公共投資、移出など最終需要が変化したときの波及効果を見る手段としてよく用いられる。これは、それなりに意味のあることである。しかし、これをやっている限りでは、地域経済の漏れを改善して新たな地域産業構造を見いだすことはできない。やるべきことは、どのような地域産業連関構造がより地域経済を持続的に浮揚させるかというシミュレーションである。

図表-3:産業連関構造
図表-3:産業連関構造

たとえば、製造業のアウトソーシングで、もっと域内企業を活用した場合に循環効果はどうなるか。これは産業連関表で言うと、サービス業の移入係数を変えるシミュレーションになる。あるいは、ほとんど全て域外に移出していた一次産品(たとえば、農産品とか魚介類)の一部を地域留保し、それを加工して出荷したときの移出効果と循環効果、さらに雇用創出効果はすべて域外に出荷していた場合と比べてどの程度になるか。これは、特産品の開発が地域の連関構造を変化させるということのシミュレーションとも共通する(図表-4)。異業種による農業参入した場合の地域生産効果もまた同様に地域の産業連関構造を変えるシミュレーションである。観光には多くの産業が関わっている。その振興を考える上でも市内取引の拡大を推進する産業連関構造を考えることは、意義のあるシミュレーションである。

図表-4:六次産業化による産業連関構造の変化
図表-4:六次産業化による産業連関構造の変化
註)六次産業化によって域内の様々な部門から食料品製造部門への投入が増加(投入係数が変化)し、この地域資源を活用することは域外からの原材料購入の低下をもたらす。同時に、同部門の域外への出荷(移出)も増える。耕種農業部門では、移出は減少するものの、域内需要に生産物が回ることで付加価値がついて移出されることになる。

いずれの場合も地域内の産業の連関構造を変えるような政策シミュレーションであり、様々な産業連関構造をシミュレーションで模索する中で、どれが地域にとって望ましい産業連関構造なのかが見えてくる。このように地域の産業連関構造を変えていかないと持続可能な地域経済は形成されない。

地域振興の罠

地域経済は、地域内の経済循環(企業間取引と企業と消費者の取引)と地域外との取引から成り立っている。民間資金の不足分(域際収支の赤字分)は、地域間所得移転などの公的支援でしばしば賄われている。域際収支の赤字は、経済規模の小さな地域(自治体)においてより顕著であり、それが地域経済の(非)自立性と深く関わっている。そこにおいて前述のように、移出産業を育み域経済の漏れを小さくするために地域内の連関構造を密なものへと導く努力をすることになる。

ここで経済規模の小さい地域が、これまで移入に頼っていた部分を小さくするべく、そして地域の産業発展を目指して移出産業の育成を試みたとしよう。これは移入代替という1つの経済発展のステップである。移出しようと考える財やサービスの生産を高めるには、それに応じた中間投入が必要となる。しかし、地域の経済規模が小さい場合には、しばしばその産業への中間投入物を供給できる企業が地域には存在しない場合がある。仮にあったとしても、高度な技術を必要とする多様な中間財の場合は容易に提供できない場合が多い。この状況では、移出産業を育成しようとすれば、それだけ、あるいはそれ以上に移入が増加してしまい、域際収支が改善されないことに陥る。また、より高度な技術を使うことができない状態で地域産業の水準が留まってしまうことになる。産業振興を試みても、地域経済規模の小ささ故に振興策が機能不全に陥ることの矛盾である。こういった状況を克服するには、広域的視野に立った地域間の連携、具体的には、市町村間の政策の共有化が必要となる。

地域政策の誤謬

市町村間の連携の必要性はこのことだけではない。地域政策が市町村という行政単位で実施されると、しばしば誤った帰結をもたらすことがある。それは、経済学的に言えば市町村間に外部(不)経済効果が存在するからである。また、政治的に言えば、自治体の首長は投票権のある自らの居住者の満足度を上げるために行動するからである。

たとえば、大都市に見られるような所得を得る場所と居住する場所が異なる場合、居住する自治体にとって居住者は他地域で稼いだ所得を持ち帰ってくれ、それで住民税を払ってくれるという外部経済を享受できることになる。郊外地域の自治体の首長は、わざわざ自地域での雇用創出にインセンティブは持たないし、雇用先の都市の産業振興策にも関与できない。

また、中心商店街の疲弊が顕著な都市では、大型店の出店を抑制することが多い。しかし、その都市に隣接する非都市部の町村では、固定資産税の収入増加やにぎわいを期待して大型店を誘致したとしよう。そうすると、都市部の住民はその大型店に買い物に出かけることによって一層中心商店街の衰退に拍車がかかることになる。同時に、郊外田園地帯の農業などの基盤産業が衰退することにつながる。

箱物であれば、その利用規模が自治体の人口規模を上回れば、域外からの需要を必要とする。しかし、自治体間の競争によって、よく似た機能を持った施設がそれぞれに建設されたことによって、それらが合併後において余剰施設となっている。これは、誤った地域間競争の帰結である。

こういったことを考えると、一定のまとまりを持った「地域就業圏域」という概念でとらえたエリアでの政策がまさに必要になってくる。これは従来の市町村の境界を越えての広域行政につながる。そういった意味では、この10年近い市町村合併で自治体の面積が拡大したことで就業圏域に市町村境界が近づいてきたとも言えるが、合併の仕方によっては必ずしもそうとは言えないいびつな地域内構造となった都市地域もある。

地方都市の優位性

地方の都市・地域が如何に持続可能な地域経済を形成するか。地方都市の多くは、都市的地域と農水地域を併せ持つことが多い。また中山間地に位置する地域もある。

こういった環境の中で地域の産業連関構造を強めようと考えるときに、農業、林業、水産業、工業、商業、諸々のサービス産業をそれぞれ単独で捉えて振興策を立てるのは無意味である*3。幸いこれらを絡めて考える六次産業化という振興策が多くの地域で取り組まれている。ただこれは農産品など産業の川上部分から製造業、流通業、そして川下部分の消費者へとつながる供給発想型である。もう1つこれに加えて、最終需要者のニーズからサービス業者、製造業者、建設業者と産業の上流に向かっていき、最上流である農業や林業、水産業の活性化につなげていくといった最終的に川上振興に到達する需要発想型の施策をあわせて考える必要がある。まさに地域まるごと活性化であり、こういった「複線的産業連関構造の構築」が地方都市の移出力を高め、地域からの漏出を小さくする。

また、地方都市になれば、それだけ自然資源も豊富である。これを環境資源として活用して、再生エネルギーへの転換による化石燃料の移入を減少、またの大都市圏とのオフセットクレジットのやり取りによる移出の増加といった地方都市ならではの振興策も考えられる。 近年、新たな都市再生のあり方として「創造都市」が注目されている。創造都市は、文化・芸術の創造性に偏りがちであるが、「新たに価値あるものが生み出されている、また創出されるポテンシャルを持っている都市で、それが域外マネーを獲得する基盤産業のシーズになるもの」と定義すれば、産業連関施策を実施する地方都市も十分創造都市になりうるのである。

どのよう都市・地域においても、複線的な思考に基づく産業連関構造の構築が地域トータルとしての移出力と循環性を高め、豊かで持続可能な地域経済へと導くものとなる。これが地域振興の本質と言えるのではないだろうか。

一般財団法人 日本経済研究所 『日経研月報』2012年11月号「THE 経済教室」に掲載

脚注
  1. ^ かつての石炭とか鉄鋼のまちと言った1つの移出財で経済を維持していた地域は、景気変動の影響を受けやすいリスクがある。
  2. ^ これについては、所詮は国内でのゼロサム・ゲームではないかという批判がある。現実には、こういった努力をしていない地域が多いことの方が問題であり、各地域が移出財を生み出す努力をすることは技術進歩を促し、その結果新たな付加価値を創出することになるので、国内全体においてプラスサムとなる。
  3. ^ 行政では多くの場合、実際に担当する部局も異なっている。

2012年11月16日掲載

この著者の記事