ITで経営の「可視化」急げ

元橋 一之
ファカルティフェロー

日本企業のIT(情報技術)の活用が遅れているのは、経営陣がITシステムの重要性をきちんと認識せず、基幹系システムでの利用にとどまりがちだからだ。情報系システムを強化し、新商品開発や市場開拓といった「攻め」の経営で生産性向上に役立つようにすることが必要だ。

日本の目的は業務の効率化

少子化が進む中、生産性主導の経済成長は日本の重要な政策課題となっている。その実現にむけた鍵を握っているのはITの利活用である。IT先進国である米国と比べて日本企業ではITの活用が遅れており、生産性に対する貢献度も低いといわれている。逆にいうと、日本企業が先端的なITシステムを使いこなすことができるようになれば、マクロレベルで見た生産性に対しても大きなインパクトを持ち得る。

ここでは、経済産業研究所が行った「IT戦略に関する国際比較アンケート調査」の結果を踏まえて、日米両国の違いを明らかにし、ITによる生産性向上を実現するための方策を考えたい。

この調査は、ITシステム導入の状況、経営戦略でのIT利活用の位置づけ、社内外でのIT関連組織などに関し、日米韓3カ国の企業に対し昨年2月実施、日本企業317社、米国企業200社、韓国企業300社から回答を得た。上場企業を対象にしており、比較的規模が大きく、様々なITシステムを導入している企業で、企業全体としてITと経営の関係をどう考えているのかに焦点をおいている。対象業種は、製造業のほか、小売りや金融業なども含まれる。

まず、ITシステムが導入されている業務分野を見ると、日本企業は米国企業と比べ、人事・給与関係など間接部門向けシステムの導入割合が高い一方、経営戦略サポート、市場分析・顧客開発、設計支援・技術情報管理など「情報系」システムの取り組みが遅れていることがわかった。

人事・給与関係などの間接部門向けシステムや商品の受発注管理などの定常的な業務を効率化するためのシステムは「基幹系」システムと呼ばれる。基幹系システムは対象とする業務を安定的・効率的に進めるため重要である。現に、日本企業においてはITの経営効果として、「間接部門コスト削減」や「在庫コスト削減」など業務効率化をあげる声が高かった。

一方、情報系システムは、経営戦略サポートや市場分析・顧客開発に用いるITシステムで、データベースの構築やその分析を主に行う。米国企業ではこの情報系システムの導入が進んでおり、ITの経営効果についても「新商品・サービス・事業開拓」や「主要事業の競争力強化」などで大きいとする企業が多い。

兼任多いCIO 位置づけを象徴

企業におけるIT導入の歴史を振り返ってみると、1980年代を中心とした汎用コンピューター時代は、企業会計や受発注管理などの基幹系システムによる業務効率化がITシステムの主な役割であった。しかし、最近では、基幹系システムの導入で収集した社内データや社外からの情報を統合してデータベースを作成し、それを経営判断や市場競争分析などに活用する情報系システムに注目が集まっている。

経営情報システムという概念は以前から存在したが、コンピューターの処理能力や使い勝手の面で問題があった。インターネット技術などの進歩によって、情報系システムを本格的に活用できるようになったのは最近である。ただし、日本企業では旧来型のIT活用方法にとどまってお入り、米国企業と比べて先端的な取り組みは遅れている。

企業経営とITの関係については、それぞれの企業における中長期的な経営方針の中で、IT投資やシステム活用に関する内容がどの程度盛り込まれているかで判断することができる。調査結果によると、米国企業で経営方針におけるITの位置づけが明確になっていることがわかった。一方、日本企業は「IT戦略が経営戦略に明記されていないが方針は一致している」とする企業の割合が高く、韓国企業については、日本企業より「両者の関係が薄い」とする企業の割合が高かった。

ITの経営戦略における位置づけは、企業における最高情報責任者(CIO)の設置状況を見ることでもわかる。CIOは企業内の情報システムの企画、構築、運用に関する責任者であり、かつ企業経営全体について責任を持つ役員レベルにあるポストを示す。役員レベルではない情報処理担当部門の長をCIOと称する企業も存在するが、企業経営全体に責任を有していない場合は本来そう呼ぶべきではない。また、役員クラスのCIOを設置しているものの、他の業務との兼任で行っている場合も、IT経営の位置づけがやや低いといえる。このような観点から調査結果を見ると、CIOについて、米国は専任、日本は兼任、韓国はそもそもおいていないという比率がそれぞれ高く、ここでも米国、日本、韓国の順になることがわかった。

日本企業において兼任CIOが多いのは、企業に内部統制の強化を求める金融商品取引法(日本版SOX法)への対応を進めるために総務や財務関係の役員が情報システムの担当も兼務しているという一時的な要因も影響している。

また、上場企業数社にインタビューを行った結果、日本の大手企業はここ数年、業務改革の推進には相当力を入れてきていることがわかった。例えばサプライチェーン・マネジメント(SCM)の導入に伴って、取引先も含めた部品の調達や製品連携を進め、大きな効果を上げている企業が見られる。今回の調査でも、日本企業においてSCMの導入率は米国や韓国と比べて高いという結果が出た。しかしその一方で、SCMが企業内の基幹的ITシステムである統合基幹業務システム(ERP)と一体的に運用されている割合は低いという結果がでた。このように日本企業は特定の製品分野や業務分野にITシステムを導入し、個々の業務分野においては大きな成果を上げているが、そこで得られたデータを企業全体の経営判断に用いるためのデータ統合については遅れている。

個別に見ると、日本企業の中でも情報系システムに積極的に投資している企業や、ITを経営戦略の実現のための重要なツールと位置づけている企業も存在する。こうした企業は、ITの活用方法で遅れている企業と比べて、生産性レベルも高い。ただ、大部分に企業はITを効率化ツールとして活用する域を出ていないことに問題がある。

レベル向上に指導力発揮を

また、日本企業では、経営者レベルのITに対する理解が浅く、経営判断にデータ分析を活用することに懐疑的であることが多い。企業全体を左右する重要な意思決定において、コンピューターから得られる分析結果はあくまで補助的なものである。ただその一方で、グローバルな大競争時代において、「経験」や「勘」に頼るのではなく、しっかりとして情報武装をした上で判断することの重要性が高まっていることも確かである。

IT経営のレベルアップを図るためには、やはりトップのリーダーシップが重要であろう。企業経営におけるITシステムの重要性を認識し、部門横断的な情報系システムに対する取り組みを先導すべきである。

全社的な情報武装のために、社内の各種基幹系システムから日々得られる大容量データを統合・蓄積するデータウエアハウスや、経営層、企画部門、一般従業員とレベル別のデータ解析業務をサポートするビジネスインテリジェンスなどが利用可能となっている。これは、新商品開発や市場開拓など企業競争力に直結する「攻め」のIT経営といえ、米国企業においては一般的に見られる。

ただし、このようなシステムを使いこなすには、業務プロセスのモデル構築やマーケット分析といった高度な技能が必要となる。膨大な「データ」から経営上有益な「情報」を抽出・作成するビジネス分析能力である。システム活用について、全社的な啓蒙活動や人材育成が重要となってくるが、そのために情報統括部門といった社内に専門の部署を置くことも有効である。最近、日本企業においては、ITを活用した業務プロセスの「見える化」について大きな進歩が見られる。次のステップは、会社全体としてのビジネス分析能力を強化し、将来の「見える化」を実現することである。

2008年3月28日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年4月10日掲載

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