規制やルールに縛られる経済成長

森川 正之
所長・CRO

多くの国で1980年代ごろから通信、運輸、エネルギーといった分野で、参入や価格に関する経済的規制の緩和が進んだ。しかし、安全、労働、環境などの規制や、消費者を保護する社会的規制は、それ以上に増えている。米国では、連邦政府規制が年率3.5%で増加してきた。

日本も同様だ。「許認可等現況」(総務省)によると、2000年以降、許認可件数は50%近く増えた。省庁別では金融庁、厚生労働省、環境省が目立つ。社会的な事件や不祥事を機に新たな規制が導入されるケースも多く、それに伴い必要となる費用や時間も増える。こうした「コンプライアンスコスト」が大きい制度として、多くの企業が挙げるのが労働規制や環境規制で、事業の許認可を大きく上回る。法的なもの以外でもガイドラインや要請といった行政指導は多い。業界や社内のルールも存在する。

今年の「骨太方針」は、リスキリング(学び直し)、グリーントランスフォーメーション(GX)やデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速、科学技術・イノベーションの推進などを通じて持続的成長を実現すると述べている。イノベーションと人的資本投資は生産性上昇の主因だから、この方針自体は正しい。ただ、成長戦略において、生産性を低下させる要因を除去・軽減する政策は看過されがちだ。

政府規制による生産性への負の影響は、内外の多くの研究で確認されている。米国のいくつかの研究は、社会的規制の増加が経済成長率を年率1〜2ポイント低下させてきたと推計している。

日々の仕事で、規制やルール順守のために費やす時間は少なくない。本社の管理部門で書類作成、報告などの業務が多いのはイメージできるが、製造やサービスの現場にも検査、有資格者の配置など様々な規制対応業務がある。個人情報保護、ハラスメント防止などの研修を受講する時間も同様の性質を持つ。

筆者が日本の労働者を対象に行った調査によると、平均で労働時間の約20%がコンプライアンス対応業務に充てられている。個人差は大きいが、業種では金融・保険、医療・福祉など、そして大企業の正社員、高賃金の労働者で高い数字になっている。

コンプライアンス対応労働時間が半減すると、計算上は経済全体の生産性が約8%上昇する。日本の生産性上昇率は足元で約0.5%だから、十数年分の生産性上昇に相当する。日本企業への調査で得られる数字も同程度だ。一つ一つの規制・ルールの影響は軽微でも、積み重なると成長押し下げ効果は大きくなる。

社会的規制は「安全・安心」など経済成長以外の価値実現が目的なので、経済の論理だけでそれを無駄だと言えないのは当然だ。特に、重大な事故や事件が注目されれば、規制強化に慎重な主張をするのは難しい。しかし、それらの社会的価値と経済成長の間にトレードオフがあるのも現実で、①費用対効果を考慮した規制・ルールの設定及び運用②デジタル化などを通じたコンプライアンス対応業務の効率化――が必要だ。

2023年9月14日 日本経済新聞「エコノミスト360°視点」に掲載

2023年9月22日掲載

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