日本企業、統治の課題 法人ブロック保有の再評価を

宮島 英昭
ファカルティフェロー

企業統治のあり方を決める要因が、株式所有構造と企業支配の特性にあることはよく知られている。

日本企業は事業法人間の株式相互持ち合いの優位による法人支配と特徴づけられてきた。しかし過去20年間、企業・銀行間の持ち合いの解消、内外の機関投資家の急増でその構造は大きく変化した。では現在の実態はいかなるものか、それは機関投資家中心の米国型に収れんしつつあるのか。

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近年の実証研究では、世界の所有構造と企業支配は2つの類型に大別できる。

第1は高い株式分散と機関投資家の優位に特徴づけられる米国、英国を典型とするタイプだ。ここでは経営者が株主の利害に沿って行動しないというエージェンシー問題は、外部支配権市場とブロック株主(アクティビストファンド)により解決される。経営上の問題があれば、経営者を迂回して買収者・アクティビストファンドがその企業の株主に直接訴え、TOB(株式公開買い付け)を通じて最も高い価格を提示したものに支配権が移転する。

もっとも、買収者の期間認識が短いうえ、市場が企業価値を常に正確に評価するわけではないため、研究開発(R&D)投資、人的投資、環境問題への対応といった長期的な経営を犠牲にする恐れがある。英米での企業統治面の焦点は短期主義の問題の解決にある。

第2は株式集中と創業者家族の支配により特徴づけられる大陸欧州やアジア諸国を典型とするタイプだ。世界各国の上場企業の株式所有は実はかなり集中している。ガル・アミダナフ氏らの85カ国、2万6千社余りを対象とした最新の分析によれば、1〜3位株主の累積集中度は平均56%に達し、51カ国で50%を超える。

ここでは創業者家族の株式保有が強いリーダーシップと長期的経営の基盤となる一方、新たな形のエージェンシー問題として、支配株主である創業者家族による少数株主の収奪が問題となる。少数株主保護の強化が企業統治上の課題だ。

一方、日本の上場企業はいずれとも異なる。株式の分散と法人所有の優位により特徴づけられ、内部昇進の専門経営者の支配権が強い。一般に株式が分散すれば経営者のモラルハザード(倫理の欠如)の可能性は高まる。1980年代初頭までは顧客企業の5%近い株式を持つメインバンクがこの問題を解決した。だが企業の負債削減が進み、メインバンク制が解体した2000年代に入ると、経営の監督者が不在となった。

この状況は最悪のガバナンス(統治)の状況であり、近年の日本企業の停滞をもたらした保守的経営の一因という見方も有力である。

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図は日本の上場企業の株式保有構造の長期動向だ。90年代後半から00年代前半に、銀行・保険会社の保有比率の低下と、内外機関投資家の保有比率の上昇が急速に進んだ。同時に事業法人の保有が20%をやや超える水準で安定的なことも特筆される。この事実は、政策保有株の保有理由の開示を求めた15年の企業統治指針の導入以降、政策保有株の売却が注目されたことから見ても意外だろう。いかに理解すべきか。

図:上場企業の株式保有構造の長期動向

齋藤卓爾・慶大教授との共同研究によれば、企業統治指針の導入後、政策保有株の売却は急増した。東証1部企業の平均保有銘柄数は、10年の53銘柄から19年には35銘柄と大幅に減少した。しかも改革後には、これまで岩盤ともいわれた事業法人間の株式持ち合い部分の売却が増えた。

さらに、独立取締役比率の高い企業で売却が選択される傾向が強まった。ここから、安倍内閣の統治改革は政策保有株の売却、持ち合いの解消を確実に進めたと評価できる。

一方で、保有銘柄のうち取引関係が強く、またその発行株に占める比重が高い(ブロックを保有している)場合には、保有が維持される傾向が強い。つまり政策保有株の売却の中心は相互に少額ずつ保有している株式の売却にあった。

近年目立つのは、事業法人が他の法人の株式をブロックで取得する事例で、部分買収とも呼ばれる。主な手法は第三者割り当てだ。

小川亮・千葉商科大講師らとの研究によれば、01〜18年の旧東証1部上場企業の第三者割り当て(発行額1%以上)のうち、割当先が事業法人のケースは76%(258件)を占める。これらの中で20%(51件)は、財務危機に陥った企業に対する流動性の補給を主たる動機とする。メインバンクによる救済が後退する中で、事業法人はその機能を担い続けている。市場の反応も好意的で、発表前日から3日後の累積超過収益率は平均3%を超える。

もう一つ目立つのがジョイントベンチャーや共同のR&D投資を伴う戦略的提携だ。注目すべきは金庫株を利用するケースが多く、しかもこの金庫株が政策保有株の売却に起源をもつことだ。もともと安倍内閣の政策構想では、政策保有株の売却で得られた資金は、設備投資やR&D、M&A(合併・買収)に向けられることが期待されていた。だが実際には、その資金はもっぱら自社株買いに利用され、金庫株を介して第三者割り当てに利用された。

この金庫株利用のケースに授権資本の発行を合計すると、戦略的提携を目的とする第三者割り当ては01〜18年に85件を数え、株主に割り当てる単なる持ち合いの復活事例(61件)よりも多い。発行側の公表に対する市場の反応(累積超過収益率)は、持ち合い復活ではほとんどゼロだが、戦略的提携では2%を超える。

株式の分散、法人優位の点でユニークだった日本の所有構造は、00年代の劇的な変容に続いて、法人間の相互持ち合いから法人によるブロック保有へのシフトという静かな進化を経験している。その経路は、政策保有株の売却、自社株買い、第三者割り当てを通じた法人間の株式ブロックの移転にあった。私的な取引を通じて法人間で経営権が移転する仕組みは、公開市場でファンドを介して経営権が移転する英米の外部支配権市場とは大きく異なり、内部支配権市場と呼べる。

しかも、資本市場の圧力はこの内部支配権市場の形成を促した。機関投資家・アクティビストの圧力に直面した企業こそが政策保有株の売却、自社株買いに積極的となった。また市場は、流動性の補給や戦略的提携の強化に寄与しない限り、事業法人を買い手とする第三者割り当てに高い評価を与えない。

英米の機関投資家、大陸欧州の創業者家族のようにブロック株主の存在は普遍的だ。日本企業の特性は、このブロック株主の中心を専門経営者が支配権をもつ事業法人が占め、それが企業価値の向上に貢献するケースの多い点にある。その意味で政策保有を経営者のエントレンチメント(防御)の温床として、また上場子会社を少数株主の利益相反の根源として全面的に否定するのは適当でない。有効な企業統治を支える所有構造の設計にあたっては、この事業法人のブロック保有の経済的合理性を考慮した丹念な議論が望まれる。

2023年4月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2023年4月19日掲載

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