外貨準備を考える-受取利息分は積極運用を

伊藤 隆敏
ファカルティフェロー

9000億ドルを超す日本の外貨準備に関し、積極運用すべきだとの意見が出ている。日米金利差が逆転する際に備え、利子受け取り部分(受取利息分)は新たな基金を設立して現在より高い利回りを追求すべきだ。必要な外貨準備高を試算し、超過分も基金に移管することも検討に値する。

産油国や中国はファンドを設立

ノルウェーやアラブ首長国連邦などの産油国を中心に、政府系投資ファンド(SWF)を設立して運用する傾向が強まっている。中国も先月末、1兆3000億ドルにのぼる外貨準備の一部をより高い利回りを求めて積極運用するための「中国投資有限責任公司」(中国投資公社)を設立した。

1990年末に770億ドルだった日本の外貨準備も、介入と外貨準備で保有する外国債券の利子の受け取りを主因に今年8月末では9321億ドルに上っている。こうした多額の日本の外貨準備も、SWF設立などで積極運用すべきなのか、本稿で考えたい。

外貨準備は、一見、政府が巨額の富(正味資産)を蓄積したように見える。しかし、外貨準備の中の外国証券や預金は、外国為替資金特別会計(「外為特会」)の資産として保有されているが、同会計には、それに見合う政府短期証券(為券)の負債がある。資産はドル建て、負債は円建て、資産からの利子収入もドル建てで、負債に払う利子は円建てである。つまり外貨準備とは、金利リスク、為替リスクを抱えながら、日本政府が、結果的に、キャリートレード(円借り外貨投資)のポジション(持ち高)を保持しているということである。

基本的に円金利がドル金利を下回る状態が長期化し、外貨準備の資産からの円換算額で見た利子受け取りは、為券の利子支払いを大きく上回る。利子受け取り部分は外貨準備の増加として、当然そのまま資産に計上される。問題は、外為特会として資産と負債をバランスさせるため、負債の側でも追加的に為券が発行される点だ。為券発行により得られる剰余金は、一部を金利逆ざやや為替差損発生に備えた積立金として外為特会に計上、一部を余剰として一般会計に組み入れる。利子受け取りから利子支払い、諸経費を差し引いた運用益は、日米金利差の拡大から、最近では年3兆円余りに上っている。

日米金利逆転で補てんが必要に

しかし、それが将来も続く保証はない。仮に日米の金利が完全に逆転すれば、毎年、多額の金利支払い超過を補てんしなければならなくなる。また、円が急伸すれば外為特会は評価損を抱えてしまう。売却しない限り評価損は表面化しないが、円高局面で外貨準備の売却=円買い・ドル売りはありえず、評価損が実現損となって資金手当が必要になる事態はあまり考えられない。ただ、いずれにせよ外為特会の大きなリスクは日米金利の逆転であり、そのため保有する外貨資産の利回りを高める必要がある。

従って、せっかく受け取った利子に対し、わざわざ為券を発行して将来のリスクを膨らませることは愚かといえる。また運用についても、世界には米国債よりも少しリスクが高いものの利回りが高い証券は豊富にある。例えば、世界の主要な株式市場での株式指数連動の上場投資信託などへの投資は、中期的には利回りは債券利回りを上回ることが多い。そこで純利子受け取り分について、外貨準備とは別に正味資産からなる基金(政府投資基金)を設立してそこに外貨建てのまま積み立て、運用は民間金融機関に委託し、長期・平均的に現在より高い利回りを追求することが有効であろう。年間約300億ドルの外貨準備の運用益をこの基金に繰り入れれば、約3年半で約1000億ドルの規模になる。これは「中国投資公社」の現在の規模の半分である。

この日本版政府投資基金では、資産運用は民間委託を原則として、運用先となる民間金融機関の選定、運用指示の策定、運用委託割合の決定、事後評価による運用委託割合の変更などを、この基金が民間給与並みの待遇で雇用する専門家に委ねるべきであろう。投資先は市場性のある証券に限定して、過大なリスクは回避しつつ、不動産投資や会社買収に伴う政治的摩擦の懸念を払拭する。

次に外貨準備の適正規模を考えよう。外貨準備は、通貨の急激な乱高下を防ぐ目的で外為市場に介入するための資金である。いつでも介入できるように、外貨準備はその定義上、流動性がある安全資産で運用する必要がある。こう考えると、米国債が最も適した運用資産ということになる。

通貨安を防ぐため誤った水準で自国通貨買いを続けると、外貨準備が枯渇する。これが古典的な発展途上国の通貨危機である。メキシコやアジアで通貨危機が起きる前は、途上国は、外貨準備を輸入額の3カ月分保有すればよいとの「経験則」が使われていた。しかし、資本移動が活発になり、97年のアジア通貨危機後には、満期1年未満の短期債務以上の外貨準備を保有すべきであるとの「新しい経験則」が用いられるようになった。そのため、アジア通貨危機後は、外貨準備を潤沢に保有したいと考える発展途上国が増え、現在では、「新しい経験則」の2-3倍を目標とする国が増えている。

しかし、先進国の日本の場合、基本的に変動相場制に任せておく限り巨額の外貨準備は必要ないとも考えられる。そこで適正な額について科学的に根拠のある説明は難しい。日本の外貨準備は、輸入の15カ月分、外国人の対日債券投資額の1.7倍にも上る。仮に、途上国の「経験則」を踏まえ、これに余裕を持たせたとしても、現在の外貨準備の約3分の1(3000億ドル超)は「余剰」といえるのではないか。

もうひとつの見方もできる。03年1月から04年3月にかけて、日本は巨額の介入をした。その直前の外貨準備額は、4700億ドルだったが、そのころに外貨準備が不足しているという議論はまったくなかった。その後、外貨準備は倍増しているが、巨額介入以前の状況で良いと考えれば、現在の外貨準備の約半分は「余剰」となる。

常時必要な準備 科学的に検証を

そこでとりあえず、短期的には3000億ドル程度が余剰額であると仮定した上で、この余剰分の処理として、(1)売却することで外貨準備額を減らす(2)余剰分を外貨準備とは別の基金に移し、外貨のまま運用し、より高い利回りを狙う、という2つの方法を考えよう。

第1の余剰分売却案には大きな懸念がある。外貨準備の売却は、ドル売り・円買い介入と同義であり、わざわざ円高になる恐れのある施策を行うのは、賢い政策とはいえない。よほどのことがなければ介入はしないという方針を掲げることは、最近の米国や国際通貨基金の「為替操作国」認定を日本が受けないために非常に重要である。

第2の余剰額を別基金に移管する際の具体的な方法としては、余剰額を、先に説明した日本版政府投資基金に外貨準備(資産)と為券(債務)の両建てで移管することが考えられる。

将来、万が一外貨準備に損失が生じた場合、政府投資資金は取り崩される。国家危急の事態で外貨資金が必要な場合も取り崩されるが、それ以外の目的には使わない。これだけの縛りをかけ、先に述べた運用指示つき民間委託の原則を守れば、国家が資産を外貨建てで運用することに問題はない。年金積立金や雇用保険積立金など国家が運用する資産は存在する。重要なのは、専門知識に基づく運用指示の明確化と民間委託の原則である。

なお、財政再建に貢献するため、運用益を円に換えて一般会計に繰り入れるべきだとの主張がある。しかし、金利差が変われば、運用益収入は増減するので、外為特会からの繰り入れをあてにする財政再建は正攻法ではない。財政再建には、歳出削減を進め、それでも十分でなければ、安定的な財源となりうる増税で対処すべきである。

要約すると、外貨準備の利子受け取り分は、新設する政府投資基金で正味資産として運用する。その上、日本で常時必要とする外貨準備高が、最大どの程度か科学的に検証した上で、現状がそれを大幅に上回れば、その超過部分(外国証券)を債務つきの両建てで同基金に移管するという提案は検討に値しよう。

2007年10月4日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2007年10月11日掲載