原油価格急落の原因を作ったサウジアラビア副皇太子
協調減産の延長でもなくならない下押し圧力、価格上昇に望みはあるか

藤 和彦 上席研究員

5月8日の米WTI原油先物価格は1バレル=46ドル台と、価格が急落した先週末の水準とほぼ横ばいだった。

OPECなど主要産油国が相場下支えのための「口先介入」を強めた(5月8日付「日本経済新聞」)にもかかわらず、である。

減産効果が表れない原油在庫

口火を切って“介入”したのはサウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相だった。同相はマレーシアで開催された業界イベントで「OPECが6月末までとした協調減産は来年以降も延長されると確信している」と述べた。これを受けてロシア政府は、「協調減産を来年にかけても継続する」というサウジアラビアの提案に支持を表明した。

市場はこの動きについて好感しているものの、「実際の在庫データに減産の効果が表れない限り楽観することはできない」として慎重な姿勢を崩していない。「来年末まで原油生産を抑制し続ける必要がある」とする専門家もいる(5月2日付「ブルームバーグ」)。

原油在庫の中で関係者が特に注目するのは米国の在庫データだ。過去最高水準に積み上がった原油在庫はこのところ減少し始めているが、ドライブシーズンを控えて大幅減少するとされていたガソリン在庫が3週連続で増加(5月発表の統計では微減)。「過剰分は上流から下流に移動しただけではないか」との疑念が高まっている。また米国では、年初来の新車販売台数の減少に加え3月の個人消費支出も前月比マイナスになっており、今後ガソリン需要が回復する見込みは低い。

一方、シェールオイルの増産傾向は止まらない。米石油サービス大手ベーカーヒューズが5月5日に発表した石油掘削装置(リグ)稼働数は前週比6基増の703基と16週連続で増加となった。700基回復は2015年4月以来約2年ぶりである。

米国の原油生産が増加する中でガソリン需要が低迷すれば、ガソリン在庫の増加が再び原油在庫の増加をもたらすことになる。

原油在庫を大きく左右する中国の原油需要にも関心が集まり始めている。

中国は3月の原油輸入量が日量平均917万バレルとなり、世界一の原油輸入国となった。だが、4月の原油輸入量は前月比9%減の同837万バレルである。3月に原油輸入を政府から許可された民間製油所(茶壺)の輸入枠が4月に入り早くも上限に達してしまったことがその要因とされている。中国の原油輸入増を牽引してきた茶壺の輸入需要が消滅すれば、世界の原油在庫は再び増勢に転じる可能性がある。

ムハンマド副皇太子の発言に市場が失望

原油市場は5月に入って急激に弱気相場になった観が強いが、最もインパクトが大きかったのは、5月4日のWTI原油先物価格が正午近くの十数分の間で1バレル=45ドル台から43ドル台に急落したことである。

ゴールドマンサックスは「基礎的な統計などはなく持ち高調整が下落を加速した」と指摘しているが、引き金となったのは前回のコラム(「朝鮮半島危機は原油価格にどう影響するのか」)で紹介したCTA(商品投資顧問会社)の「売り」のようである。CTAとは商品先物市場に投資し、金融工学に基づいたプログラムに従いロボットが24時間体制で売買するファンドの一種だ。CTAの売りが2014年後半の原油価格の暴落を招いたとの認識があるため、4日の急激な「下げ」は関係者に2014年の相場急落の悪夢を甦らせたのである。

CTAのアルゴリズムが何に反応したのかは定かでないが、5月2日の原油価格は、サウジアラビアのムハンマド副皇太子の発言への失望から既に1バレル=47ドル台に下落していた(5月2日付「ZeroHedge」)。

ムハンマド副皇太子は国営テレビのインタビューの中で「サウジアラビア政府が予算の前提としている原油価格の想定シナリオは1バレル=55〜45ドルである」と語った。市場ではその発言を受けて「サウジアラビアは原油価格上昇に対する熱意は強くない」との見方が広がり、原油価格は昨年末の主要産油国の減産合意以前の水準にまで下落していた。

悪化したセンチメントにCTAが反応し、その後、原油に特化した大口ヘッジファンド(ピエール・アンデュランドが運営)が原油先物市場における買いポジションをすべて解消したという流れである(5月5日付「ZeroHedge」)。

原油先物市場では「6月中旬の原油価格を1バレル=39ドルとする」オプション取引が急増し(5月6日付「ブルームバーグ」)、「OPECに対する期待プレミアムで原油価格は10ドル上乗せされていた」との見方も出ている(5月8日付「OilPrice」)。今後、原油価格に対する下押し圧力はしばらく続く可能性が高い。

イランへの不信感もあらわに

ムハンマド副皇太子は国営テレビのインタビューで、対立するイランとの関係についても言及している。イランに対する強硬な姿勢は相変わらずだ。「極端な思想の上に成り立っている体制や人物とどうやって理解し合えるのか」と対話の意味はないとの考えを示し、「イランはイスラム世界を支配しようとしている。我々はその主要な標的となっている」と不信感をあらわにした。

イランは5月に入り、6月以降の減産に前向きな姿勢を示し始めているが、ムハンマド副皇太子の発言について「サウジアラビアこそ地域に脅威を振りまき、危険な野心を持つ挑発者である」と猛反発している。

昨年4月のドーハ会合は、ムハンマド副皇太子がイランに対する特別扱いを拒否したため決裂した。5月25日に開かれるOPEC総会がドーハ会合の「二の舞」にならないことを祈るばかりである。

サウド王家内で権力闘争が激化?

ムハンマド副皇太子の一連の発言は、ファリハ・エネルギー産業鉱物資源相の昨年夏以降現在に至るまでの努力に「水を差している」としか思えない。苛立ちともとれる彼の発言は、自身が進めるサウジアラビア経済の「脱石油化」が保守派の強硬な抵抗に遭い、遅々として進んでいないことの表れではないだろうか。

サウジアラビアでは、王家内の新たな「火種」となりそうな動きもあった。

4月22日、サルマン国王は州知事・閣僚などの人事異動を行った。この人事でサルマン国王の息子2人が昇進したことに注目が集まっている。

1人目はエネルギー担当国務相に就任したアブドラアジズである。彼はサルマン国王の第1夫人の長男であり、長年エネルギー産業鉱物資源省に務めていた。今回の昇進で経済・開発協議会議長であるムハンマド副皇太子氏とともに、エネルギー問題に関するサルマン家の関与が一層強まると言われている。

そして2人目は駐米大使に任命されたハリドである。彼はムハンマド副皇太子の同母(第3夫人)弟であり、年齢は20代後半である。空軍アカデミーで学位を取った後パイロットとなり、2014年の米軍主導によるシリアでの対IS(イスラム国)空爆に参加したことで知られている。

サウジアラビアの対米関係については、ナイフ皇太子(サルマン国王の甥)がジュベイル外相とともに強い権限を握っている。しかし今回の人事でムハンマド副皇太子の実弟を米国大使に据えることにより、米国との関係についても主導権を奪還しようとしているとの観測がある。

サルマン国王は就任早々、寵愛するムハンマドを国防相、経済・開発協議会議長、副皇太子に就けるなど異例の厚遇をしてきたが、今回の人事異動でサルマン家への権限の集中が進んだことから「今後、サウド王家内で権力闘争が激化する」との懸念が生じている(5月3日付「OilPrice」)。

ファリハ・エネルギー産業鉱物資源相のおかげで、原油価格が1バレル=50ドル台で安定していた4月までは国内の不満は表面化してこなかった。しかし、原油価格が40ドル割れにする事態になれば、王家をはじめ国内全体からサルマン家に対する非難が高まるのは必至である。

そうした状況の中でのムハンマド副皇太子の言動は、自らを苦境に陥れる愚行と言っても過言ではない。サウジアラビアでは、彼の暴走を止める者がますますいなくなってしまったのではないだろうか。

「二匹目のドジョウ」はいるのか

最後に、主要産油国の動向から今後の原油の値動きを占ってみたい。

5月25日のOPEC総会では減産延長が決定されるとみられる。しかし、合意の適用除外となっているリビアの原油生産が回復している(夏までに日量30万バレル増の予測)ことから、削減幅(日量約180万バレル)を拡大しない限り、原油価格は上昇しない可能性が高い。また、仮に減産が延長されることになっても、ロシアでは国内の石油業界が通常通り年後半に増産を計画しているため、調整が難航することが危惧されている。

さらに来年以降、イラク(OPEC第2位)やイラン(同3位)は増産を計画しており、サウジアラビア(同1位)も原油の輸出能力の拡充を検討しているため、長期戦になれば各加盟国の足並みが乱れ、それを材料に市場から売り浴びせを受けることになるだろう。

短期勝負で原油価格を上昇させるためには「世界の市場から日量200万バレルの原油の供給を停止することが必要」だ(5月9日付「ZeroHedge」)。しかし、尋常の手段でこれを達成することはできい。

唯一の実現可能性は、国内が大混乱に陥っているベネズエラの国営石油会社(PDVSA)がデフォルトを起こすことだろう。

ベネズエラはOPEC設立当初からの加盟国で、4月の原油生産量は日量平均198万バレルである。しかし、資金繰りは日増しに悪化している。4月には、ロシア国営海運会社が運搬料の未払いを理由にベネズエラの原油タンカーを差し押さえる事態が発生した。

昨年4月のドーハ合意が失敗しても原油価格が下落せずに上昇したのは、5月上旬にカナダ西部の山火事で突然の供給途絶事案が発生したからだった(オイルサンドの生産が日量100万バレル減少)。「二匹目のドジョウ」は果たしているのだろうか。

2017年5月12日 JBpressに掲載

2017年5月19日掲載