石油依存への逆戻りを余儀なくされるサウジアラビア
「逆オイルショック」を再び引き起こしてしまうのか

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油先物価格は米中貿易交渉の進展を期待した買いにより約3カ月ぶりの高値圏(1バレル=57ドル後半)となったが、2月25日にトランプ大統領が原油高に不満を表明すると同55ドル台に急落するなど、一進一退を続けている。

減産に邁進するサウジアラビア

原油市場について、まず供給サイドから見てみよう。

OPECと、ロシアをはじめとする非OPEC(OPECプラス)の1月の減産遵守率は83%だった(減産規模は日量120万バレル)。中でもサウジアラビアの取り組みは際立っている。1月の原油生産量は前月比35万バレル減の日量1021万バレルと目標の1031万バレルを下回り、OPECプラスの減産量の70%分をカバーしている。3月の原油生産量は日量980万バレルになる見通しだが、同国の世界最大の海洋油田(日量100万バレル超)の一部で2月中旬にケーブル切断による生産停止が生じていることも関係しているとの観測がある。

2月20日、サウジアラビアのファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は「4月までに世界の原油市場の需給が均衡することを望む」と述べ、引き続き減産に邁進する姿勢をのぞかせた。

一方の雄であるロシアの動きはいささか心配である。ロシアの原油生産量は日量1142万バレルから23万バレル削減することが目標だが、1月の減産量は5万バレルにとどまり、現在でも8~9万バレルにすぎない。ただしロシアのノヴァク・エネルギー相は「4月までには減産目標を達成する」としており、OPECプラスとしては、トランプ大統領の批判にもかかわらず減産の取り組みを強化する見込みである。

市場関係者が注目するベネズエラは、米国の制裁により原油輸出に四苦八苦し始めているが、その減少分の一部をイラン産原油が補っている。米国の制裁前には日量270万バレルだったイランの原油輸出量は、昨年(2018年)12月は100万バレル未満となったが、今年に入り120万バレルに回復している。

勢いが止まらない米国の増産

OPECプラスの減産が進むことを追い風に、順調に生産を伸ばしているのがシェールオイルであるのは言うまでもない。

直近の米国の原油生産量は日量1210万バレルとなり、予想を上回るペースで増産が続いている。石油掘削装置(リグ)稼働数はこのところ850基前後で推移しているが、3月のシェールオイルの生産量は840万バレルになり、今後も前年比2桁増を続ける見通しである。輸送インフラ不足が指摘されていたパーミアン(日量400万バレル超)では、今年に入り新たなパイプラインが順次稼働を開始しており、来年第4四半期の米国の原油生産量は日量1345万バレルに達するとの予測がある。

シェールオイルの生産量は、OPECプラスが協調減産を始めた2017年から現在に至るまで300万バレルを超す勢いで増加している。直近1年でも日量155万バレル増でイランやベネズエラの減少分(160万バレル)に匹敵している。

米国の原油在庫が2017年11月以来の高さになるなど余剰気味となっていることから、同国の2月中旬の原油輸出量は前週比124万バレル増の日量361万バレルと過去最高となり、国際原油市場でのプレゼンスも一層高まっている。

OPECプラスの頭痛の種は米国ばかりではない。ブラジルの今年の原油生産量が過去20年間で最高の伸びとなる見通しである(2月21日付OILPRICE)。前年比36万バレル増は米国に次ぐ伸び率である。

欧州の原油需要が減少、米国経済も変調の兆し

次に需要面について見てみたい。

注目すべきは欧州の原油需要がこのところ著しく減少している(2月21日付OILPRICE)ことである。欧州全体の12月の原油需要は前年比日量76万バレル減。そのうちドイツは30万バレル減、フランスは12万バレル減である。欧州経済の要であるドイツ経済は昨年第4四半期にゼロ成長になり、今年2月に入っても依然低迷状態が続いている。

世界最大の原油消費国である米国経済も変調の兆しが見えている。昨年12月の小売売上高は前月比1.2%減と2009年9月以来9年3カ月ぶりの大きなマイナスとなり、1月の鉱工業生産指数も8カ月ぶりに低下した。中でも注目すべきは、金利の上昇により90日以上返済が滞った自動車ローンの件数は昨年末に700万件超となり、ニューヨーク連銀が調査を開始してからの20年間で最高となったことである。製油所が今後メンテナンスシーズンに入ることから、米国の原油在庫は今後しばらくの間増加し、相場の下押し圧力なることが予想される。クルーグマン氏やシラー氏などノーベル経済学受賞者が2月に入り「米国経済は年内にもリセッションに陥る可能性ある」との考えを示していることも気になるところである。

世界最大の原油輸入国である中国の1月の原油輸入量は1007万バレルとなり、過去最高を記録した昨年11月から2カ月連続で減少したものの、堅調な動きを示している。だが、中国の年間原油精製能力は今年3200万トン増加して8億6300万トンに達し、過剰生産能力は前年比33%増の1億2000万トンになる見込みである。1月の自動車販売は前年比16%減と低迷が続いており、世界の原油需要の伸びを牽引してきた「中国発 原油暴落ドミノ」(2月21日付日本経済新聞)の懸念が高まっている。

「第2の中国」と期待されるインドの1月の原油需要は4カ月連続で前年割れとなっており、世界第4位の日本の原油需要も1年以上にわたり前年割れが続いている。

2014年後半の原油価格急落以降、シェールオイルをはじめ供給サイドの動向に注目が集まっていたが、長期的な観点から原油価格は世界経済、すなわち需要で決まる。

逆オイルショックを引き起こしたヤマニ石油相の戦略

本稿の冒頭でサウジアラビアが原油価格を下支えするため減産を率先して実施していることに触れたが、この戦略は1980年代に当時のヤマニ石油相が採っていた戦略である。

第2次石油危機で高騰した原油価格が1980年代に下落し始めたことから、サウジアラビアはひたすら減産を行い、OPEC内でのシェアを1980年の41%から1985年には28%に大幅に減少させた(現在のサウジアラビアのシェアは33%)。サウジアラビアは、自国の原油生産量を急激に減らして市場の需給を引き締めることで価格を引き上げる「スウィングプロデューサー」の役割を果たそうとしたのである。

しかし、原油価格は上がらなかった。サウジアラビアが減産しても他の産油国の生産量が増加し、世界の原油需要も鈍化したからだ。堪忍袋の緒が切れたサウジアラビアが1986年に増産に転じると、原油価格が急落するという「逆オイルショック」が勃発してしまった。

この戦略の失敗により、サウジアラビアは市場のシェアを縮小させるだけではなく巨額の財政赤字という負の遺産を背負うことになった(赤字から脱却するために16年の年月を要した)。

1962年から石油鉱物資源相を務めたヤマニ氏は、1986年の逆オイルショックを引き起こしたとして責任を問われて解任され、その後も自宅軟禁の憂き目に遭った。

この失敗が念頭にあったからだろうか、2014年後半の原油価格下落局面で当時のヌアイミ石油鉱物資源相はサウジアラビアだけが減産を行うことを拒否した。そのため、原油価格のさらなる下落を招き、結果的に解任されてしまう。ところが、後任のファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は再びヤマニ氏の戦略を採用しているかのようだ(2月20日付ロイター)。

現在の状況は1980年代と同様と思えてならない。サウジアラビアが減産してもシェールオイルなどがその減産分を容易に埋めることができてしまうことに加え、世界の原油需要にも赤信号が点り始めているからである。

実質的に頓挫した「脱石油経済政策」

サウジアラビアはムハンマド皇太子が立ち上げた経済改革「ビジョン2030」で脱石油経済化を推し進めようとしている。2月13日、サルマン国王は首都リヤドにおける80億ドル規模の開発プロジェクトを発表したが、同日、EU委員会は「資金洗浄対策などが不十分だ」と判断した国のブラックリストにサウジアラビアを追加するよう加盟国や欧州議会に提案した。リスクに掲載されれば、ムハンマド皇太子肝いりの経済改革の財源に充てるための海外銀行からの借り入れや債券の発行に悪影響が出る可能性が高い。

脱石油経済の柱の1つである原子力開発にも暗雲が漂い始めている。米下院監視・政府改革委員会は2月19日、トランプ政権が「機微」な原子力技術をサウジアラビアに売り込もうとしていないか調査に乗り出したことを明らかにした。複数の内部告発者から「連邦刑法に触れる可能性がある」利益相反について警告があったという。同委員会はホワイトハウスに対し、トランプ大統領の娘婿クシュナー大統領上級顧問とサウジアラビアのムハンマド皇太子が行った会合に関する文書を含め関連する文書を提出するよう求めた。「ロシア疑惑」に続く「サウジアラビア疑惑」である。

昨年10月のカショギ氏殺害事件以来、欧米諸国との関係が冷え込む中で、ムハンマド皇太子は2月中旬からパキスタン、インド、中国を訪問した。

ムハンマド皇太子はパキスタンでは200億ドル、インドでは1000億ドル超、中国では100億ドルの投資案件に署名したが、その中核をなすのはサウジアラムコによる石油化学関連プロジェクトである。

ファリハ・エネルギー産業鉱物資源相は2月12日、フィナンシャルタイムズとのインタビューで「サウジアラムコを海外で石油や天然ガスを生産するエクソンモービルのような国際エネルギー市場の担い手に育て上げる」とした上で「経済改革が進んだとしても石油・ガス部門からの政府収入は今後も40~50%を占めると見込んでいる」とエネルギー経済への依存が続くことを明らかにした。このことは現在進行中の「脱石油経済政策」が実質的に頓挫してしまったことを示唆している。

ムハンマド皇太子はインド、パキスタン両国に対し、カシミール問題の仲裁を行うことを表明したが、自ら軍事介入の決断を行ったイエメン情勢が風雲急を告げている。2月17日、中東メディアは「イエメン反政府武装組織フーシ派がサウジアラビア領の一部を占拠し、サウジアラビア軍がこれを奪還しようとしたことから、サウジアラビア軍に多大の損失が出た」と報じたが、2015年の介入以来サウジアラビア軍は1500名の兵士を失っている。

サウジアラビアは石油依存への逆戻りを余儀なくされ、世界第3位にまで膨れあがった軍事予算を抑制できない状態である。ムハンマド皇太子の強権政治により王族内に不協和音が高まっている状況下で再び「逆オイルショック」が生じるようなことになれば、ファリハ大臣の解任だけで事が収まるわけがないだろう。

2019年3月1日 JBpressに掲載

2019年3月8日掲載

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