Special Report──RIETI政策シンポジウム「日本の年金制度改革:16年度改正の評価と新たな改革の方向性」直前企画

「世代間の助け合い」と「世代間の公平」の調和を求めて

神代 和俊
横浜国立大学名誉教授

2004(平成16)年度の日本の年金制度改正をめぐっては内外で評価が分かれています。国内では年金制度の持続可能性に対する懸念が依然として強い一方で、海外では専門家や国際機関により高く評価されています。このように評価の二極化が起こる原因の1つには、公的年金制度の基本となる原理・原則がわかりにくくなっていることが考えられます。RIETI政策シンポジウム「日本の年金制度改革:16年度改正の評価と新たな改革の方向性」では、当研究所で行われてきた社会保障関連プロジェクトの中間研究成果をもとに、年金制度に求められる原理・原則に立ち返って昨年度の年金改正の評価を行うと共に、今後の更なる改革の方向性を明らかにし、そのための具体的な課題について検討します。また、厚生年金と国民年金の統合など、さまざまな年金改革案を検討するためにRIETIが開発した年金財政シミュレーション(RIETIモデル)による推計結果が公表されます。本コーナーではシンポジウム開催直前企画として、年金審議会公益委員(1990年-2000年)、公的年金一元化懇談委員・座長(2000年6月~)、社会保障審議会年金部会長代理(2002年1月-2005年3月)を歴任された神代和俊横浜国立大学名誉教授に、年金改革にとって最も重要な原則、年金一元化に関する課題、基礎年金の財源確保に向けての論点等についてお話を伺いました。(このインタビューは12月9日に行われたものです。)

RIETI編集部:
2004年度の年金改革に関するメディア報道は全体像を必ずしも十分に伝えていないように思われますが、最も欠けていたのはどのような点でしょうか。

神代:
海外の専門家は、たとえば今回のシンポジウムに参加されるペンシルバニア大学のMicthell教授をはじめ、2004年度年金改革を前向きに評価してくださっています。ところが、国内のメディアの報道には、その原案を社会保障審議会で議論している段階から前向きに評価するという姿勢が全く見られませんでした。「もっとすばらしい抜本改革がある」という前提に立ち、改正案は抜本改革からほど遠いと判断していたのです。同時に、社会保険庁をめぐる不祥事、国民年金の納付率低下、国会議員の国民年金未加入・未納問題、年金積立金の流用問題等、いろいろな問題が重なりました。そのうえ、この法案を議論しているときは最悪の経済状態でした。多くの人が目先の失業や倒産の危機にさらされ、不安に思っているときに、年金制度は破綻しているという一方的な思い込みに基づく報道が主流を占め、年金改革を正当に評価する報道はほとんどなかったのです。

ところが、この1年景気が回復して落ち着いて昨年度の年金改革をみてみると、海外での評価が高いことに気付き、ようやく今になって大きな改革をしたことを前向きに評価する一方で、年金の抱えるさまざまなリスクや問題にどのように対処するべきか、冷静に議論ができるようになりました。改正案が成立した頃、メディアは年金問題に対する思い込みがあまりに強く、勉強不足だったと思います。また法案の原案を作成している間も、政策立案者や審議会の委員に対して多くのメディアはほとんど直接取材しませんでした。メディアが先入観を脇に置いて、法案に関する資料を見て勉強し、政府の言い分をきちんと聞くスタンスを持っていれば、もっと早く年金改革について適確に理解できたのではないかと思います。

RIETI編集部:
年金制度に対して昨今では「世代間の公平」を重視する傾向も見られます。この点について神代先生のご見解をお聞かせください。

神代:
世代間の公平はまさに大変重要な原則の1つです。私は2002年6月の社会保障審議会年金部会でも発言しましたが、今回の年金改革の最大の課題は、伝統的な年金制度の考え方である「世代間の助け合い」(intergenerational solidarity) と「世代間の公平」(intergenerational equity)という2つの原則をいかにして調和させるかということだったと思います。「世代間の公平」というのは価値判断の入った概念ですから、何をもって公平というか、公平を図る尺度をどうとるかという問題が絡んでいます。年金保険料負担総額と給付総額を現在価値で割引いて、世代間の格差を比べるというコスト・ベネフィットの考え方があります。たとえば、現在給付を受けている世代は8~10倍のリターンがあるのに対し、これから生まれる人たちの将来納める年金保険料を換算すると、計算の仕方にもよりますが、事業主が払った分まで個人の負担とみなした場合、還ってくる額が少なく損だという議論があります。ところが、日本の年金制度は、基礎年金の3分の1は税金で負担してきましたし、積立金の運用益も加わりますから、事業主負担分を除いた「自分の払った保険料」が還ってこないはずがありません。将来的な問題はありますが、基礎年金の国庫負担を従来の1/3から1/2にすることに加え、150兆円もある年金積立金が予定利率通り3.2%で運用できれば、そのリターンも数兆円入ってきます。年金局によると、名目賃金上昇率を割引率とした場合、年金給付が保険料負担のおよそ2.3倍になると試算されています。総額でみれば、持続的な経済成長が達成されるという前提のもとで、私の世代が生涯約6000万円の年金を受け取るのに対し、2005年生まれの人は1億8300万程度の給付を受けます。人口が6400万人台まで減少するかもしれないという見通しの中で、給付水準が50%台の所得代替率となるよう、いろいろな方法で創意工夫を重ね、年金を設計したわけです。それがまさに「世代間の助け合い」と「世代間の公平」の両立の姿です。若い世代が納得してくれなければ年金制度を維持できないのは自明の理です。昔のように家族制度や地域社会で老後を支えることはもはや不可能であり、何らかの形で社会的に扶養せざるを得なくなっています。年金改革はそのための制度構築ですから、2つの原則を調和させることが不可欠であると思います。

RIETI編集部:
年金制度の複雑さと不公平感を排除するために年金一元化を推進しようという声が高くなっていますが、それを実施するうえで取り組むべき課題は何でしょうか。

神代:
一般的にいえば一元化ができるに越したことはありません。19世紀末にドイツでビスマルクが医療保険、老齢年金等の社会保障制度を世界に先駆けて整備し、第二次世界大戦後は日本でも社会保障の考え方が発達してきました。ドイツ、フランスでは強力な職業集団が非常に早い時期から自分たちの年金制度を作ってきました。イギリスのベヴァリッジ・プランは、ビスマルクの制度を模範にして1942年に考案されました。ビスマルクの制度は所得比例の年金に対し、イギリスは均一拠出均一給付という制度で始めましたが、数年しかもたなくて(拠出金は低所得者が支払うことができる高さに上限が設定されるため、給付額も低くなっており、給付が一般国民の生活水準の上昇に追いつかず、1961年には)所得比例制にシフトせざるを得ませんでした。現在年金を一元化している制度としては、スウェーデンが挙げられます。他の国の年金制度は概して複雑で、たとえばスイスの基礎年金の1階部分は強度の所得再分配を伴う一元的制度ですが、2階部分には小さなファンドが数え切れないほどあります。日本の制度は国民年金、厚生年金、共済年金の3つで、当面やるべきことは厚生年金と共済年金の一元化です。共済年金をさらに分類すると、省庁毎に分かれている国家公務員の共済、地方自治体ごとに分かれている地方公務員の共済、そして財政状態の非常に良い私立学校教職員の共済があります。1997(平成9)年に旧三公社の共済を厚生年金に戻し、2001(平成13)年には農林共済年金も厚生年金に戻す(統合)という大きな流れがあり、高齢化が進んでいるなかで、公的年金制度の一元化に関する懇談会での結論を踏まえて、同年3月16日に「被用者年金制度の統一的な枠組みの形成を図るために、厚生年金保険等との財政単位の一元化も含め-----21世紀初頭の間に結論が得られるように検討を急ぐ」という閣議決定が行われました。しかし、それが予定より遅れているところに、民主党から国民年金まで含めて一元化しようという案が出てきたのです。理想を掲げることは必要ですが、そのための前提条件がなかなか整わないと思います。

1961(昭和36)年まで自営業者には年金制度そのものがありませんでした。厚生年金は1944(昭和19)年に前身となる制度が確立し、1962(昭和37)年から一般の民間の労働者に対して初めて公的年金が支払われるようになりました。当時は高度経済成長を遂げていましたので将来の見通しは明るく、出生率も高く、今日のように将来の年金に対する不安を誰も持っていませんでした。夫婦2人で国民年金に加入した場合と、モデル年金で、専業主婦とフルタイムで働いている夫が厚生年金に加入した場合、給付の水準は当初揃っていました。しかし、1973(昭和48)年の厚生年金の大改正ではインフレスライドと賃金スライドの導入により、給付が大幅に引き上げられたのです。当時は野党が勢力的で、「もっと福祉を」という時代でした。その圧力におされて保険料の引き上げは遅れ、給付だけが国際水準になり、国民年金との差が開いてしまいました。

自営業の人たちにはサラリーマンとの大きな違いが2つあります。自営業者は実際にいくら所得があるのか、正確に把握することが困難です。また、自営業者は各自で老後を支えるために多くの資産を蓄えていますが、それを正しく捕捉することも極めて困難です。したがって一元化を実現するためには、この2点が大きな問題となりますが、まずどのようにして所得を正確に把握するかについて策を講じることが肝心です。

また、国民年金保険料の収納率は63%程度にまで下がりました。年金を一元化するには、保険料を払ってもらうことが必要です。今回の改正では厚生年金の保険料を18.3%まで上げることになっています。労使折半ですから労働者の負担は9.15%ですが、自営業者の所得からサラリーマン並みの保険料18.3%を天引きするのはまず不可能に近いと思います。自営業の人たちの老後も重要な問題ですから、なるべく公平に不安のないようにしなければなりません。今回の改正で月額上限1万6900円の保険料を払っていただければ、国民年金の方が厚生年金よりリターンがよいのです。まず不払いを解消して、納付率が8割程度まで回復する努力をして、そのうえでそれを上回る保険料がとれるかどうかを考えるべきです。

RIETI編集部:
基礎年金の国庫負担を2009年度までに現在の1/3から1/2に引き上げるための財源調達についてまだ明確になっていない部分があります。今後財源を確保していくうえで何が論点となるでしょうか。

神代:
既に手当てがついたのは、老年者控除の廃止と公的年金等控除の縮小ですが、それだけでは財源が3000億円に及びません。年およそ2兆7000億円必要だということですが、現時点では1/10程度しか確保できていないようです。定率減税廃止による財源を回すというのも1つの案ですが、児童手当に回すべきだという公明党の主張がありますし、国債の消化にあてるという財務省の主張もあります。したがって定率減税廃止による財源がすべて年金に回るわけではありません。今まで財源調達のために消費税を上げるという議論がされてきました。しかし、消費税3%への引き下げ、あるいは廃止を求める議論もありますから、基礎年金の財源調達と消費税を直結すると、年金制度が政治に振り回されてしまいます。ある程度消費税に頼らざるを得ないと私も思いますが、財源を目的消費税に求める前に、他の国はどのように財源調達をしているか、あるいはその税制を比較して考えるべきです。

相対的に日本は資産課税が軽いと思います。日本の地価は近年下がったとはいえ、絶対水準はまだ米国の100倍です。国際的にみると法外な地価に課税しているので、払う税金は高くなっているのです。けれども資産価値に対する税率でみると、日本は国際水準の1/10以下です。他国の保有税率は地価の3%に対し、日本は0.3~0.2%、あるいはそれ以下という水準です。日本の固定資産税で社会的不公平の最たるものは、開発の利益がすべて私的な所有になっていることです。たとえば、農地改革により農民がほとんどただで手に入れた農地は、その後開発が進み、高価な資産になり、すべて個人の所有になっています。けれども本来それは社会的な投資の結果ですから、国家に帰属させなければなりません。また農地改革の対象にならなかった山林について言えば、資産課税が農地より低いため、開発が進み、地価が高騰した結果、その所有者は非常に大きな利益を得ました。これは扱いにくい問題で税調でもほとんど審議されていません。資産課税強化はせっかくの景気回復に水をさすことになりかねないため、軽軽に議論できない問題ですが、バブル経済を引き起こした大元の原因は、土地に対する課税が安すぎること、そのために地価が他の先進諸国の10倍になる構造が生じていることにある、と私は思います。したがって、資産課税のあり方を考えるのは、単に年金のためだけでなく、日本が持続的な経済成長を達成するためのグランドデザインを策定するうえでも必要だと思います。一部の学者は既にそのような議論をなさっており、経済財政諮問会議の委員、東京大学大学院の吉川洋教授は、著書でDeath Duty(土地が値上がりして棚ぼた式に大儲けした人はすべてを遺産にしないで、然るべき分は「死亡時保険料」として国に返却する)について提案されています。財源を消費税に求めることを決定する前に、資産税を含めて全体の税のあり方をきちんと議論した方がいいと思います。

RIETI編集部:
今回のシンポジウムに関してどのような議論が展開されることを期待していらっしゃいますか。

神代:
いろいろなお考えの方が内外から参加されるようです。最初に私が報告することになっていますが、後のセッションではいわゆる抜本改革論を提唱する専門家も参加されます。学者には研究して発表する自由がありますが、自分の提案の政治的な実現可能性、政治的安定についてあまり配慮しないという傾向も見られます。しかし、この2つを無視した議論は、年金についてはあり得ないと思います。2004年度の年金改革をベースにして次のステップを考えるという議論もあれば、元に戻って「抜本改革」を行うべきだという議論も出てくると思います。既に法律は改正され、部分的に実施されており、毎年40兆円の年金を3000万の人に払っていかなければならないのです。基礎年金の財源調達については、消費税引き上げの法案が通るまで何もしないで待つわけにはいきません。政治的安定、政治的な実現可能性に配慮したうえで前向きな議論がされることを期待しています。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2005年12月12日

2005年12月12日掲載

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