世界経済と金融市場: 力強さを増すもバラつきのある経済回復

講演内容引用禁止

開催日 2014年6月4日
スピーカー 木下 祐子 (RIETI コンサルティングフェロー/国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所(OAP)次長)
モデレータ 伊藤 公二 (RIETI 上席研究員)
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開催案内/講演概要

国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所次長 木下祐子氏が、「世界経済見通し(WEO)2014年4月」、「国際金融安定性報告書(GFSR)2014年4月」について講演します。

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

世界経済の最近の動向

木下 祐子写真世界経済が回復基調にあるのはいいニュースですが、国あるいは地域ごとの状況をみると、かなりバラつきがあるというのも、懸念されるところです。「力強さを増すもバラつきのある経済回復」――これが、今の経済状況をサマライズした表現といえるでしょう。

鉱工業生産、製造業PMI(3カ月移動平均、年率換算後の増減率)は、2013年以降、大幅に上昇しています。とくに先進国の製造業PMIが急速に伸びているのが、最近の特徴です。ですから世界経済の回復の牽引役となっているのは、新興国ではなく先進国なのです。2012年頃は新興国のほうが元気だったわけですが、ここにきて、それが逆転しているということです。そして懸念されるのは、新興国の回復基調がますます弱まっていることです。

国債利回りや株式市場の動向をみると、先進国の金融状況は引き続き緩和的です。株式市場のインデックスは軒並み上昇し、とくに米国のS&P500は著しく伸びています。イタリアやスペインの国債利回りは、引き続き減少傾向にあります。

米国は、住宅価格と株価の上昇、労働市場の改善が個人上昇を下支えし、先進国の中でも堅調な回復を遂げています。また、家計債務も順調に減少し、緩和的な信用状況も個人消費を下支えしています。それに対しユーロ圏は、多額の債務と「金融の分断」の状況がいまだに変わらず、デフレのプレッシャーがある中で、短期的な改善は見込めません。

ユーロ圏の与信成長率は、米国とは対照的に下落しています。最近になって多少の回復はみられますが、あいかわらずマイナス領域に留まっています。この辺が、プライベートセクターのテコ入れが遅れる理由となっています。

ドイツは、算出ギャップがほとんどゼロに近いのに対し、イタリアやスペインは相変わらずマイナス4%を超える水準です。GDP成長率は回復がみられますが、ドイツが2%近いのに対し、他の国はようやくプラス成長に転じるところで、道のりはまだ長いといえます。ユーロ圏内でも、国別のバラつきが見受けられます。

新興国に目を向けると、2013年5月にTapering talkがあってから、いろいろな形でネガティブ・スピルオーバーを受け、新興国通貨は軒並み下落しています。2014年5月までの1年間には、すべての通貨がマイナスを示していますが、直近6カ月では、バラつきが出てきているのがわかります。インドネシアをはじめ、マレーシアやフィリピンはむしろ上昇し、一方でチリやロシアは下落していますが、1年前からの水準に比べれば戻しており、為替切り下げのプレッシャーは下がっているといえます。

このように各国間で差が生じた理由として、2013年5~12月までに、さまざまな方策をとったかどうかで違いが出てきています。インドネシアは、インフレや経常赤字に対する方策をプロアクティブにとった結果、市場がそれを評価して資本の流出が止まったケースです。

投資家は、経済のファンダメンタルズに敏感に反応しています。各国の経常収支、財政支出、インフレ率、外貨準備の平均値を並べると、フラジャイル5(ブラジル、インドネシア、インド、トルコ、南アフリカ)は、他の新興国に比べて軒並み悪い状況にあることがわかります。

世界経済の見通しと政策課題

2014年、2015年の先進国の緊縮財政は縮小する見込みですが、例外的に日本は、アベノミクスのもとで緊縮気味になる見通しとなっています。また、金融緩和は継続する見込みですが、米国の政策金利は2015年に上昇することが予想されています。

しかし、そのタイミングについては意見の分かれるところで、市場の見方とFedのアナウンスは必ずしも一致していません。今後、いろいろな指標が発表される中で、どのように変わっていくかが注目されるところです。

新興国の輸出は、先進国の内需が回復すると増加します。ですから新興国にとって、米国の景気が回復するのはいいことですが、その反面、よりタイトな金融状況に相殺される可能性があります。新興国の10年国債利回りは2013年5月以降に大きく伸び、高止まりが続いています。株価についても、先進国が盛況であるのに対し、新興国は停滞しています。これまで新興国に流れていた資本が先進国に戻ってきた結果、新興国の金融状況がタイトになってきているわけです。

2014年4月に発表されたIMF「世界経済見通し」における2014年の実質GDP成長率は、世界3.6%(2014年1月見通し比0.1ポイント減)となっており、内訳として米国2.8%(同増減なし)、ユーロ圏1.2%(同0.1ポイント増)と先進国はポジティブですが、ブラジル1.8%(同0.5ポイント減)、ロシア1.3%(同0.6ポイント減)といった新興国では、下方修正が行われました。

例外として、日本1.4%(同0.3ポイント減)も若干、下方修正されています。理由として、企業投資の伸び悩みや輸出の停滞が考えられる一方、これはJカーブ効果によるタイムラグのためで、今後徐々に回復するという見方が強いようです。

新興国・途上国を合わせた2014年の成長率は4.9%、2015年は5.3%を予測しています。やはり高成長エリアは相変わらず新興国・途上国なのですが、変化率に関しては先進国のほうが最近は勝っているという状況です。なお、ロシアに関しては、地政学的リスクとしてウクライナとの関係が膠着状態にあり、投資も弱くなっているため下方修正されました。

2015年はとくに変化がなく、このまま成長を続ければ、世界の実質GDP成長率は4.0%近くまで回復する見通しです。同様に、米国3.0%、ユーロ圏1.5%は堅調な成長が見込まれる一方、日本は1.0%に低下することが予想されています。これは、緊縮財政が成長を減速させるとみられるためです。しかし中期的な観点では、財政健全化のために望ましいことです。

中国では、リバランシングが懸念されており、当局主導のソフトランディングのシナリオを計画しています。ですから2014年の成長率は7.5%、2015年は7.3%と、徐々に下げていくシナリオが想定されます。それに対してインドは、2014年5.4%、2015年6.4%と、相変わらず成長のポテンシャルは高い状況です。

しかし経済成長には、地域ごとにバラつきがみられます。その中で、アジアは均一的に高い成長率が見込まれています。また、リスクバランスは改善したものの、新興国の下振れリスクは依然として残っています。

では、経済政策の観点で何がなされるべきかというと、まず先進国では、金融緩和の時期尚早な解除を避けることです。ユーロ圏は、銀行同盟を含む金融システムの修復および改革、構造改革が引き続き必要です。

日本は、構造改革の実施、アベノミクスの成長戦略をいかに具体化していくかがキーポイントになります。並行して、中期的な財政健全化計画への具体的な取り組みも大切だと思います。第2回目の消費税率引き上げを実現し、加えて今後10年間、公的債務を年1%ずつ削減していかなければ、サステナブルな財政の軌道に乗らないという厳しい現実があります。

米国は、金融政策のコミュニケーションと中期財政健全化計画によって、何とか成長を確保していける見込みです。

新興国・発展途上国にはバラつきがありますが、テーパリングの影響を受ける国における第一の防御法は、ショックの吸収材として為替レートの柔軟性を容認することと考えられます。インフレ率を抑制する一方、中期目標を念頭に置いた財政政策を打ち出し、経済成長を促すための構造改革を加速させるべきでしょう。

中国は、シャドーバンキングに脆弱性があるため、経済成長のリバランス、金融安定性の確保が重要です。インドでは、高インフレ率への取り組み、インフラ整備など構造的障壁の撤廃が大事ですが、中央銀行新総裁がインフレ対策にフォーカスしたわかりやすい政策を打ち出し、効果を上げたと思います。

ブラジルは、高インフレ率への取り組みと同時に、国内貯蓄の増加、民間投資の促進が課題として挙げられます。ロシアは、インフレおよび反動ショックに対する警戒、投資環境の改善が重要ですが、やはりウクライナ問題の長期化の影響が懸念されるところです。同時に、ロシアが供給する天然ガスの影響について、分析が行われているところです。

アジア経済の見通しと政策課題

アジアのGDP成長率は、2013年下期から改善基調にあります。中国は、政策の転換によって下げているため踊り場状態にあります。ASEANは、タイの政情不安に伴うサプライチェーンへの影響を受けていることが考えられます。

内需は相変わらず堅調で、とくにタイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン、インドネシア、香港において、民間セクターの与信成長率が増加しています。中国、インドも相変わらず高い水準にあります。

インフレ率は比較的低く、インドでも、インフレのコントロール策が功を奏していることが見受けられます。インドやインドネシアは、2013年5月以降に金利を上げ、複数の国と2国間通貨スワップを締結するといった対策を矢継ぎ早に講じ、状況が好転した優等生といえるでしょう。

「アジア太平洋地域経済見通し」(2014年)では、2014年の実質経済成長率としてアジア全体で5.4%、2015年も5.5%を見込んでおり、相変わらず世界経済の成長の牽引役と位置づけています。

2つのリスクシナリオとして、まず、非伝統的金融政策のテーパリングによるリスクは依然として残っています。米国経済が1%成長し、金利が100bps上昇した場合、1年後の成長効果に対しASEAN5はマイナス0.85、日本はマイナス0.86、韓国はマイナス0.98、中国はマイナス0.79の影響を受けることが算出されています。これは1年間を通しての数字であり、大した影響ではないと解釈されています。

もう1つのリスクは、中国の成長減速の影響です。中国経済が1%サプライズ成長した場合、1年後の成長率に与える予想インパクトとして、アジア全体では0.3以上のポジティブな影響が反映されるのに対し、アジア域外は0.15程度に留まっています。

アジアにおける企業の負債比率は安定していますが、企業のストレスは金利上昇によって増幅する可能性もあります。ストレステストの結果をみると国別に開きがあり、たとえばベトナムは200bpsの借入コスト上昇によって、大きな影響を受けることが予想されています。

アジアの政策インプリケーションとしては、「潜在成長率を引き上げるための構造改革」「財政余地を再構築するための段階的な財政再建」「柔軟な為替政策と金融政策」の3つを行っていくということに尽きると思います。

世界の経済成長は力強さを増し、2014~2015年はさらに改善する見込みです。しかし、その背景にある状況が入れ替わり、先進国が成長を牽引し、新興国はあくまで緩やかな成長であって、必ずしも力強い成長ではありません。そのため、新興国の下振れリスクを注視していく必要があります。

質疑応答

Q:

米国経済が1%成長し、金利が100bps上昇した場合、日本、韓国、中国に一様のネガティブなインパクトを及ぼすということが想像できません。米国の金利が上がればドル高円安になり、対米輸出が増加することで、日本経済にはポジティブに働くと考えるのが自然だと思います。また最近、円安になっても日本の輸出が伸びないことについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

たしかに輸出チャネルを考慮して分析していれば、もう少しポジティブな影響があると思います。おそらく金融チャネルに重きを置いたモデルと推測されますが、詳細な前提条件を確認したいと思っています(注記)。

直近のデータで日本の輸出が伸びていない点について、IMFの日本チームの見解は、Jカーブ効果によるタイムラグに言及しています。また同時に、LNGなど海外直接投資が増えているため、円安が輸出の増加に直接結びついていない事実もあります。つまり円安の弾力性は、構造的な変化によって、これまでよりは低下すると解釈しています。

Q:

「世界経済見通し」のベースライン予測値の下振れ要因として新興国リスクを挙げられましたが、先進国の下振れリスクについては、どのように考えられているのでしょうか。

A:

先進国リスクも含まれています。米国に関しては比較的上振れが多いのですが、ユーロ圏ではデフレが顕著に表れ、債務も増加しており、大きなリスクととらえています。

もう1つのリスクは、やはり日本です。アベノミクスの第1段階まではうまくいったとしても、第2、第3段階が滞り、金利上昇の局面などに入ってしまえば番狂わせが起こります。スピルオーバーを考えると、中国経済のスローダウンのほうが影響は大きいといえますが、ご指摘のとおり、新興国だけでなく先進国にも依然として下振れリスクの要因があります。

Q:

世界で大きな軍事衝突が起きた場合、いかなる国も経済危機を免れないという警告を、IMFが明言することはできないのでしょうか。世界の平和を前提とした経済予測であることを示す意義は大きいと思います。

A:

たしかに、地政学的リスクは非常に高まっていると思います。成長見通しを考える上で、小国にとっては、それがすべてといえるほどです。そのためIMFでも、個々のカントリーチームが地政学的リスクを織り込んでいます。しかし、パブリッシュするには各国理事で構成されるボードメンバーの承認が必要なため、ポリティカルな事項に関しては明言を避け、トーンダウンした表現になる傾向があります。

注記

(1)米国経済の成長が1%で金利上昇がない場合、日本およびアセアンに対しての影響は正である。
(2)しかし、出口戦略が混乱をきたして金利上昇(たとえば100bps)した場合、米国成長に伴う輸出増加などの正の影響が相殺され、負になることもある。
尚、このシミュレーションはあくまで、あるレベルの金利上昇が成長の正の影響を相殺することもあるということを示すための参考で、必ずしもこれがテーパリングの結果ではない。
(モデルでは輸出チャネルも考慮されているとのこと)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。