埋没する技術と無力化する知財にどう対処するか:イノベーターの戦略的知財マネジメントの要諦

開催日 2013年11月14日
スピーカー 渡部 俊也 (東京大学政策ビジョン研究センター 教授)
モデレータ 川上 敏寛 (経済産業省 経済産業政策局 知的財産政策室 室長)
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開催案内/講演概要

実証分析データによれば、日本企業の研究開発成果の多くは埋没し、そこから生まれた膨大な知的財産は無力化している。そこには2つの問題があると考える。一つは知識としての技術マネジメントの不確実性を効果的に削減し、知財に転換できていないこと、そしてオープンな知財戦略による様々な施策によってせっかく獲得した知財が無力化してしまっているという現象である。本講演ではこの2つの現象について解説し、その対策としての「イノベーターの知財マネジメント」の要諦を述べる。

1. イントロ:世界は知財イノベーションの大競争時代
2. 何故技術は埋没し、知財は無力化してしまうのか?
3. 「知財を通して日本産業を視るまなざし」そこから見えてくるもの
4. イノベーターの知財マネジメントとは?その実践のポイント
5. まとめ

議事録

グローバルな知財競争環境

渡部 俊也写真研究開発の成果である技術が、なかなか事業化に結びつかず埋没してしまっている現状があります。また、事業化して多くの特許を取得していても、必ずしも有効に機能せず競争力に結びつきにくい状況もみられます。

日本特許庁への出願件数は最近少し停滞気味ですが、中国特許庁への出願は猛烈な勢いで増えています。国際出願(PCT)では、中国、韓国、日本からの件数が増加しています。つまり日本企業は知財ポートフォリオを国内から海外へシフトさせているわけであり、けっして経済活動が停滞しているわけではありません。

近年、知財の世界は活況を呈しているのが事実だと思います。本年3月には米国特許法が改正され、先発明主義から先願主義に変わりました。欧州、中国においても変化が見られます。最近はスマートフォンの訴訟が華々しく、スマートフォン関連の特許は高値で取引されています。韓国やフランスなどでは、知財の政府系ファンドもできており、世界的に激しい変化が起こっています。

埋没する技術

日本の企業の多くは、特許がライセンスには結びつくのですが、収益や競争力への結びつきは非常に悪い状態です。そもそも研究開発投資が経常利益に結びつきにくく、最近では研究開発投資自体を回収できないケースも報告されています。

グーグルは、セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジの2人が検索システムの特許を元にして創業した会社です。そのセルゲイ・ブリンが最初に発明した病院用の検索システムは、実は日立アメリカが特許出願しています。その翌年にセルゲイ・ブリンはグーグルを創業していますから、最初の発明で機会を損失していた可能性は高いと思います。

最近、国費原資のバイドール適用対象の特許について、NEDOプロジェクトの一部として調査を行っています。NEDOプロの特許は1万件ほどあり、その研究開発が継続して行われているかを調査していますが、かなりの割合で埋没していることがわかっています。

産学連携でも、年間7000件弱の特許が日本の大学から出願されます。米国の大学では単独出願が多く、年間1万2000件程度です。日本の大学では特許の半分以上が共願で、単願も含めてほとんどが大企業に委ねられますが、利用効率は非常に悪いとみられます。特徴として日本の大学の特許はベンチャーにつながりにくく、全体の数%以下に留まります。一体、大学の役割とは何だろうか、と思わざるを得ない状況があります。

技術が埋没する理由

大企業自身が自らの技術を活用できていない状況ですから、当然、特許の活用効率は落ちてしまいます。特許が埋没してしまっているメカニズムには、いくつかのパターンがあると思います。1つは、技術の不確実性削減のプロセスについて効率が悪いことです。技術課題を解決していくプロセスがなかなか進みにくく、何らかの投資をしなければ確認できない状況にあります。完成されていない技術は、単なる知識でしかありません。試作品ができていても、最終商品でない限りは頭の中にある知識に過ぎません。

また、技術課題が解決されても、それが市場に投入されない不確実性もあります。「たま電気自動車」は、戦後すぐに立川飛行機によって開発されました。戦後のガソリンのない中、鉛蓄電池で1回の充電で200 kmの走行が可能だったといいます。しかし、しばらくしてガソリンが普及するようになると使われなくなってしまいました。

これを見ると、電気自動車の技術は電池の性能はよくなっていますが、技術の進歩自体はそれほど目覚ましいものではないようです。逆にいうと、現在のようにエネルギー問題などを背景として、その技術が社会的合意を得たというプロセスがあって、初めてそれが実用化するわけです。このように、市場に基づく不確実性と技術に基づく不確実性の削減の効率が必ずしもよくないわけです。

こうした技術は公開すればするほど知識が集まってきて、不確実性が削減される効果があります。東芝は垂直磁気記録の技術開発をしていましたが、最初のうちは積極的に論文発表をし、学会活動も活発に行っていました。そして十分実用化の情報を集めた頃、ピタリとやらなくなりました。社内では、「垂直磁気記録と言うな」という連絡まで来たようです。そして突然、実用化されたわけです。

技術は、初期に公開すればするほど多くの市場情報も集まります。私は、光触媒の特許を出願した後、新聞で宣伝をしたところ即日70件を越える問い合わせがありました。大変な面もありましたが、情報はたくさん入ってきました。こうしたことによって、不確実削減のスピードを上げることができます。

組織には成功体験と失敗体験があるので、本来こういう事業では、こういうことをやらなければいけないということが、なかなかうまく言えません。私はライセンスビジネスを構築し、光触媒を事業化して今でいうオープン・クローズ戦略のようなことをやろうとしましたが、周囲に何度もいわれたのは「汗をかいて成功するのだ。汗をかかないライセンスはやめなさい」ということでした。汗をかいて成功した体験が、企業にとってどれだけ大切かということです。

「役割」も機会を排除します。たとえば研究所で「これを研究せよ」という役割を持っていれば、それに忠実に仕事をしようとします。これまで研究開発部門では、とにかく競合他社に先んじて技術を押さえようと、一生懸命特許を出していました。そのため、たとえば事業部の戦略的アライアンス部門に聞くと、「大学発ベンチャーとのアライアンスを検討しているのだけれども、競合企業の共願特許が上流にあり、障害になってなかなか進まない」といいます。同じ会社の中で、足を引っ張るようなことをやっているわけです。

また、全社で「これをやりたい」といってスタートしたことを、最後は既存の事業部門が「これはできない」と判断して止まってしまうケースが非常に多いといいます。役割を与えていると、必ずそうなります。既存の事業と既存の役割が、その会社の限界をつくってしまいます。

オープンイノベーションには、インバウンド側とアウトバウンド側の2つがあります。しかしこの2つの関係は、まだよく分かっていません。私は、アウトバウンドのスピンオフベンチャーのようなことが、埋没技術を生まないためには重要だと思います。自分の技術を自分の会社の境界の中でみた風景と、外に出てみた風景は違うはずです。外に行かなければ見えないものが、かなりあります。客観的な視点を会社の経営資源として使えるかどうかが大きいと思います。

そして、インバウンドとアウトバウンドにはインタラクションがあるのだと思っています。おそらく、もたらされるものが違うのです。機会に対する感度などは、アウトバウンド側のスピンオフによってもたらされるものが多いと思います。

ところが知財マネジメントで、こういったことを仕事にしている日本企業は見当たりません。欧州企業の事例として、ある会社は日本企業と同様に1万件ほどのポートフォリオを持っており、年間1000件を入れ替えています。つまり、10年間ですべてを入れ替えており、これは日本企業もだいたい同じです。日本企業の場合は自前で入れ替えることが多いのですが、この会社は外から買うこともあります。そして、100件は必ずスピンオフベンチャーへライセンスすることを、知財部門のプラクティスとして認識しています。この点が大きく違うところです。

日本企業のオープンイノベーションはインバウンド側であることが多く、知財はとくにそうなっています。それが組織境界のつくる限界として、技術を埋没させている原因になっていると思います。アウトバウンドのスピンオフに関しては、起業家精神やビジネスモデル構築能力が重要になります。また全体としてみると、技術の不確実性削減や組織がつくる境界の内と外で、機会を損失していることが、技術の埋没している原因だと思います。

無力化する知財、そのメカニズム

日本の特許出願は、高度経済成長期以降に増加した後、1980年代にも増加しています。1度目の増加は、自前の差別化した技術を磨きたいという内容が多かったといえます。しかし1980年代は、富士通とIBMをはじめ米国企業からの警告や訴訟などいろいろなことが起き、日本企業は、とにかく相手に権利行使できるものを持っていればクロスライセンスになると考えて出願数を増やしました。大量の特許を取得して分母を大きくすることで、ものづくりと性能で勝てましたので、クロスライセンスにさえ持ち込めれば問題なかったわけです。

当時は、これが正しい戦略だったと思います。分母を大きくすることで、防衛特許として牽制する役割が機能していました。ところが現在、それが機能しているかどうかが問題です。知財のいろいろな使い方が開発され、ビジネスツールとなっている状況です。

グラントバック条項や非係争条項など、ありとあらゆる手を上手に使うと、いつの間にか特許の権利行使できない状況になり、無力化してしまうことがあります。そういった契約内容によって、その研究開発分野で新たな技術を生み出しても、差し止め請求を発動できないことを知らずに開発を続けていたというケースもありました。契約の内容は秘密性が高く、全社で共有していることではありません。それを研究開発部門が知らずに、特許の効力がないのに一生懸命開発しているわけです。

ITやエレクトロニクス系は、無力化が進んでしまっている分野だと思います。化学はまだそうでもありませんが、標準化には気をつける必要があるでしょう。また強い相手と契約するときに、どのような条項が含まれているかに注意しなければなりません。

経営戦略としての知財マネジメントのあり方

これまで日本は、とにかく大量の特許を取得することでクロスライセンスに持ち込むという分母を大きくする戦略で、現在でも日本の企業の多くに、ノルマ出願というものが存在します。事業戦略には、全社戦略、事業戦略、機能戦略の3階層があります。たとえば人事部門であれば、優れた人材を採用するといった機能戦略レベルでの知財の仕事といえます。とにかく多くの発明を出願することで完結します。

しかし最近の特許環境では、部分的にオープンにする、あるいは契約に応じて研究開発戦略そのものを見直すなど、明らかに事業戦略レベルの仕事が要求されます。これは、プラクティスとして今までやってこなかったことです。このレベルまで引き上げなければ、現在の特許環境で無力化を避ける、あるいは相手を無力化することができにくいわけです。

クアルコムという会社は、史上最大のライセンス収入を稼いでいる会社です。同社日本法人の社長に講演をしていただいた際、学生が「知財戦略は誰が決めているのですか」と質問すると、シニアエグゼクティブ2人で決めているという話でした。知財戦略をトップエグゼクティブだけで決めてしまうというプラクティスは、日本の企業にはなかなか難しいと思います。

そこで日本企業は、研究開発や戦略部門の現場から戦略的な知財管理をどのようにやっていくかを勉強するために、現在、知的資産経営研究講座(新NEDO社会連携講座)を実施しています。それだけでなく、やはり組織を離れて見える風景も非常に重要です。アウトバウンド側を強化するためには、企業の中から積極的にスピンオフを出す知財マネジメントを推進し、必要な組織をつくり、そこで知財を活用することです。この2つを組み合わせていくことが必要だと思っています。

質疑応答

Q:

中小企業に対しては、どのように戦略を進めていくべきでしょうか。

A:

一般論として、中小企業は知財に弱いから支援すべきだという話がありますが、そうでもないと思っています。なぜかというと、結果として市場シェアを獲得できているためです。そのシェアを維持できるのは必ずしも特許ではなく、終身雇用、家族経営で従業員のノウハウが蓄積されているわけです。問題は、こうした会社の生産が海外移転される際、適切な知財管理ができるかどうかです。そこをサポートするべきだと思います。

Q:

大企業のスピンオフの重要性について、日本でIBMのような仕組みが回るようになるための政策的なインプリケーションがあれば、うかがいたいと思います。

A:

まさに、スピンオフを知財の仕事の1つと認識して欲しいと思っていますが、日本も今であればできるような気がします。スピンオフした会社が成功し、従業員が外に出るとうまくいくとなれば、日本企業の終身雇用制度を背景に説明しにくくなってしまうという面もあるでしょう。しかし現実に、富士フイルムなどはスピンオフで出てきた企業です。今はまさしくそれが起きる時期だと思いますので、スピンオフを知財の仕事としてプラクティスが確立されることは重要だと思います。また、産学連携の共願特許を活用した大学とのスピンオフが、もっと起きていいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。