早稲田大学-経済産業研究所 共催シンポジウム

デジタル・リスキリング 課題と戦略(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2023年11月22日(水)10:00-12:10 (JST)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、早稲田大学

議事概要

近年劇的に進化した生成AIの影響で、幅広い職業で業務内容が大きく変容していくことが予想されている。多くの組織で、業務の効率化や新たな成長領域への労働移動を可能とするリスキリングの導入・検討が行われている一方、その効果を示したエビデンスは極めて乏しい。本シンポジウムでは、日本でリスキリングの先進的な取り組みを行っている企業より、リスキリング計画の立案、実施過程において直面した問題、そして効果的な取り組みを実現するための知見を共有いただいた。また、基調講演者のサドゥン教授が、実効的なリスキリングに取り組む企業を対象に行った研究成果を紹介し、成功につなげるためのポイントを明らかにした。

開会の挨拶

田中 愛治(早稲田大学総長)

早稲田大学は「世界で輝くWASEDA」という目標を掲げ、海外の有力大学や機関との戦略的パートナーシップの構築を図りつつ、社会人のリスキリングにも力を入れています。本学は大学として唯一、「日本リスキリングコンソーシアム」に参画しており、デジタルトランスフォーメーション(DX)に対応した社会変革に学び直しの機会の提供、そして文理融合教育を通じたDX人材の輩出を通じた貢献をしたいと考えています。今後20年、30年続く重要課題に対して、知見共有の場が開かれることに総長としても関心を寄せています。このシンポジウムが日本企業の競争力回復への一助となり、また、全ての視聴者が学び直しの重要性と課題を認識して取り組むことができるよう期待しています。

講演「政府のデジタル・リスキリング/デジタル人材育成の取組みについて」

上村 昌博 (経済産業省 大臣官房 サイバーセキュリティ・情報化審議官)

日本政府は、「成長と分配の好循環」の実現を目指しています。その実現のための鍵の1つは、持続的かつ構造的な賃上げであり、人への投資の強化と、労働市場改革を進めています。職務ごとに要求されるスキルの明確化、リスキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化を進めます。

経済産業省としても、DX時代の企業経営に必要な事項を取りまとめたガイドライン「デジタルガバナンス・コード2.0」の公表をはじめ、DXの取組状況や必要なアクションを検討するために活用可能な「DX推進指標」、DX推進人材のスキル可視化のための「デジタルスキル標準(DSS)」、同基準とも紐付けた教育コンテンツを提供するポータルサイトの「マナビDX」を提供しています。

また、DXに向けビジョン・戦略・体制が整っているとして、IPA(情報処理推進機構)から「DX認定」を受けた企業には、税制優遇、低利子の融資制度、あるいはデジタル人材訓練への助成支援策も展開されています。さらに「DX銘柄」「DXセレクション」を通じて模範的なDX企業を毎年選定することで、経営トップが率先してデジタルを活用した上で、企業の“なりたい姿”を実現していく企業文化の醸成を後押ししています。

「デジタルスキル標準(DSS)」については、全てのビジネスパーソンが持つべき知識・能力・スキル・マインドを定めた「DXリテラシー標準」、DXを具体的に推進するための専門性を持つ人材としてビジネスアーキテクトはじめ5分野15類型で習得すべきスキルを整理した「DX推進スキル標準」の2つを定義し可視化することで、デジタル分野のリスキリングを進める企業や個人を後押しする取り組みを行っています。

パネル報告

今井 達也(ダイキン工業株式会社 役員待遇 人事本部 人事・労政・労務グループ長)

ダイキン工業は1924年に創業した、空調と冷媒を手がける総合空調メーカーです。「人を基軸におく経営」の下、100カ所以上のグローバル生産拠点において、10万人を超える従業員と共に、170カ国以上で事業を展開しています。

会長の号令の下、当社は2017年に大阪大学と包括連携を結び、ダイキン情報大学(DICT)を設立しました。AI活用(ビジネス提案力)、AI技術開発(AIでの問題解決)、システム開発の3つを柱に、社員は2年間かけて知識を身に付けます。

同学は「π型人材の育成」を掲げており、空調、化学、各専門技術を持ちつつ、AIやIoTの情報技術を兼ね備えることで、部門横断的に活躍できる人材の育成に取り組んでいます。この教育は役員層から新入社員まで網羅しているのですが、過去の成功体験を持つ部長層の理解を得るのに苦労しました。

ゼロからのスタートだったので、まずは社内言語の共通化に取り組みました。情報処理推進機構の「ITスキル基準」をベースに、レベル1は「知る」、レベル2は「わかる」、レベル3は「できる」と定義し、2年間で最低でもレベル3の到達を目指して教育を継続してきました。

同時に、2016年から間接業務の効率化も進め、現在、33%の業務効率化を実現しています。グローバル市場で戦い、勝ち、そして残っていくことがメーカーの務めです。そのためにも、従業員一人ひとりがレベルを上げ、デジタル技術を付加しながら事業を拡大していきたいと考えています。

青野 真也(イオン株式会社 人材育成部 デジタル人材開発グループリーダー)

イオングループは約300社、57万人の従業員からなるコングロマリット企業で、総合小売業を祖業に、金融事業、デベロッパー事業、専門店事業を、日本をはじめ、中国やASEANで展開しています。

現在、イオングループは、オンラインとオフラインが融合したOMOの実現によって、お客様の体験価値を高めることを目指しています。そのためにはシステム、業務、組織の一体変革が必要であり、デジタルを民主化していくべく、全従業員で取り組んでいます。

昨年(2022年)4月に「デジタル人材開発チーム」を設置し、デジタル、人材開発、そしてイオンの創業における知見を併せ持った実務者がチームを率いています。イオンは「教育は最大の福祉」という価値観を基に、社会や業界に先駆けて世の中を変える制度を導入してきました。

当社では、学習機会を提供する「イオンスタディプラットフォーム」、オンラインイベントや少人数向けのプロトタイプの作成トレーニングを行う「デジタルアカデミー」、より専門的なデジタル人材育成し、職種レベルごとに実務訓練を設置した公募制の「イオンビジネススクール」を運営しています。

また、デジタル人材育成カリキュラムにおいては、厚生労働省の助成金も活用しています。会社は要件・スキルを明確化した上で学びの機会と場を提供し、従業員は自分のキャリアを自分で切り開くというマインドセットを持つことが真の育成プログラムであると考え、日々取り組んでいます。

小寺 剛(ソニーグループ株式会社 常務 CDO 兼 CIO)

多様な事業と顧客接点を持つソニーグループは、パーパスとして「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」を掲げ、カスタマーインサイトを正確に把握し、より良い顧客体験をお届けすることに励んでいます。グループの共通基盤である「Sony Data Ocean」を活用して、デジタルの力による個の成長と事業の成長の両立を目指しています。

ソニーは、企業の成長は多様な個の成長の総和であると考えています。異なる個性を持つ一人ひとりと多様な個を受け入れるソニーを「Special You」「Diverse Sony」と定義し、その人材理念の実現に向けて、「個を求む」「個を伸ばす」「個を生かす」取り組みを実施しています。

「個を求む」では、地域や社会環境に応じたDE&I領域における早期育成や教育支援に加えて、がん治療や不妊治療にも幅を広げた「シンフォニー・プラン」制度の設置や、障害者雇用ノウハウをインクルーシブデザインに取り入れることで、誰もがソニーで活躍できる文化を築いています。

「個を伸ばす」取り組みでは、2000年に設立したソニーユニバシティに、部長、課長、リーダーの3つのコースを設け、将来のリーダーを育成しています。また、10の領域別「技術戦略コミッティ」を組成し、事業の垣根を越えて技術力の向上を支援しています。

「個を生かす」活動としては、「社内募集制度」、「社内FA制度」、「キャリアプラス制度」、そしてグループ内でマッチングを行う「Sony CAREER LINK」を設けています。さらに、エンゲージメント調査や制度の結果を分析し、学習や成長の機会との相関を定量的に把握することで、人事の施策に生かすことにも取り組み始めているところです。

基調報告 “Reskilling in the Age of AI”

ラファエラ・サドゥン(ハーバードビジネススクールチャールズ E. ウィルソン記念講座教授)

組織戦略の共有化と多角的なアプローチ

リスキリングは、個人にとっては成長分野に移行できる機会であり、企業にとっても生産性向上への寄与が期待されています。世界経済フォーラムでは10億人のリスキリングが提唱されましたが、その有効性に関するナレッジやエビデンスは乏しい状況です。

デジタル・リスキリング・ラボで行った研究の結果、有効なリスキリングプログラムを展開している企業では、明確なビジネス戦略が共有され、複数の異なるトレーニングアプローチが企業トップから全社的に行われていることが分かりました。そのためには中間管理職がその重要性を理解する必要があります。

先進的な企業においては、中間管理職にも明示的なインセンティブを与え、必要であれば、彼らを越えて社員に直接アクセスすることでこの抵抗を乗り越えていました。インセンティブを与えるとともに、チャンスの可視化、人事インフラ体制の整備、これら全てが相まって取り組みが功を奏していました。

そして参加を促進するには、社員の視点で物を見ることに加えて、社員の自律性を養い、さまざまなオポチュニティーを模索できる機会を会社が提供していました。中には競合他社と連携して業界で使える技能タクソノミーを作成し、より大きな規模で新しいチャンスを提供する、あるいは政府が優秀なトレーナーを特定できるような体制を敷いている例もあります。

エビデンス産出の重要性

そしてもう1つ重要なのが、トレーニングの効果をシステマチックに評価し、より厳格なエビデンスを収集して、企業や政策立案者がさらにプログラムを改善していくことです。リスキリングは複雑であるからこそ、ベストプラクティスを理解し、それを普及させる必要があります。

実効性あるリスキリングの実施には、戦略的かつ組織的なコンテキストが組み込まれていることが必須です。そして、全てのレベルでリーダーシップのサポートが必要です。エビデンスの収集やデータ活用を進める上で、産学官連携の貢献は大きいでしょう。

パネルディスカッション

大湾:
これまで日本企業は会社命令で社員の職種転換を行ってきたので、リスキリングを進めやすい反面、社員の低い自己研さん意欲が障害になり得ると思います。そこでお三方に、インセンティブの有無とリスキングが職種転換にどの程度つながったのかをお伺いします。その後、サドゥン教授から、IT革命と今のDXの違いについてご教示願います。

今井:
インセンティブは絶対に必要ですが、報酬だけではありません。若手には何で勝負するかを個々人で考えさせ、ベテラン層には若手を受け入れる意識や素養を作ることで、トータルでインセンティブとしてとらえています。

青野:
イオンは公募によって公平・公正な配置転換を行っています。一般社員層の昇給は登用試験などで成果を評価し、社内の資格・等級制度に基づき、結果的にインセンティブを与えている状況です。

小寺:
Race for Talentやジョブ型移行のトレンドを社員が意識し、自分の可能性を広げることがインセンティブになり、会社が個人に活躍の場を提供することにつながります。また、チャレンジも必要で、モビリティーの機会を提供することが重要です。

サドゥン:
IT革命との違いは、技術サイクルのスピードとその影響がハイレベル層まで及ぶ可能性がある点です。トップのリスキリングも必要なのは、異なるチャレンジだと思います。

パネルチェア:
インセンティブは何が一番重要で、どのようなものを提供しているのでしょうか。

青野:
イオンでは、「イオンDXタレントチェック」というセルフチェックシートでデジタルスキルを可視化しています。教育を受け、現場力を持った従業員を適切に配置することでアプローチしています。

今井:
ダイキン工業は、「GROW 360」で本人の適性を見て、個々人の得意なものと経営幹部が求めるものをつなぎます。早くスキルを習得した者はプログラムを飛び越えることもでき、思い切って彼らに責任と権限を与えています。

小寺:
リワードとレコグニションが重要です。専門性を長く、多様な場所で貢献できる機会を社員が求め、会社が提供するとともに、テクノロジーの良き使い手となってアウトカムの最大化を図ること。そのために会社はテクノロジーの民主化を進めることが大事です。

大湾:
スキルの可視化、レコグニション、テクノロジーの民主化といった、3つの重要なインセンティブがあると思います。

サドゥン:
複数の方法を整備し、従業員の意見にフォーカスを当てることも大事です。マネージャーの態度が従業員の態度に影響を及ぼすので、中間管理職の賛同が重要です。

パネルチェア:
貴社の経営陣はどのような形で取り組みに関与されていたのでしょうか。

今井:
そもそも経営トップの危機意識から始まりました。ただ、専門職に近い課長層の中には育成が苦手な人も多いので、DICT卒業生を預ける者には半年間の教育を課しています。

小寺:
人事の担当役員、CSO、CTOと共にビジネスコンテキストの確認と共有を行い、取り組み内容や成果報告の場も設けることで、経営陣も含めて推進しています。

パネルチェア:
米系企業のグッドプラクティスから日本企業が学べる点はありますでしょうか。

サドゥン:
企業が従業員に対してリスキリングの必要性や支援について伝えるとともに、効果的なトレーニングによって能力を持った人材が残り、かつ優秀な人材を採用できるというマインドシフトが重要です。