RIETI EBPMシンポジウム

政策にEBPMは必要なのか?(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2023年9月8日(金)14:00-16:40(JST)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)

議事概要

RIETIは、日本におけるEBPMの普及をリードすべく、2017年から毎年EBPMシンポジウムを開催している。7回目となる今回のシンポジウムでは、「政策にエビデンスは必要なのか?」をテーマとし、現場で起きている「評価疲れ」とEBPMの導入の問題や政府データ活用の重要性について、経済学の枠を超えた関係者が登壇して活発に意見を交わすとともに、アジャイル型政策形成・評価やEBPMを推進する上でのコミュニケーションの必要性について議論を行った。

開会挨拶

森川 正之(RIETI所長・CRO / EBPMセンター長 / 一橋大学経済研究所特任教授)

RIETIでは10年以上前から「エビデンスに基づく政策形成」を提唱し、研究を進めてきた。政府全体でEBPMについての認識や具体的なアクションが広がっているのは喜ばしいが、問題点や限界も見えてきた。本日基調講演を行う杉谷氏は、非常にインパクトのある著書『政策にエビデンスは必要なのか- EBPMと政治のあいだ-』を出版されている。経済学者以外の研究者も含め、EBPMの必要性についての斬新な問題提起とディスカッションを期待している。

来賓挨拶

七條 浩二(内閣官房内閣審議官(行政改革推進本部事務局次長))

6月16日に閣議決定された「骨太方針」で示されている通り「本年度の予算編成過程からEBPMを導入した行政事業レビューシートを積極的に活用することで、全ての予算事業に共通して基礎的なEBPMを導入する」こととした。これは、EBPMの取り組みを広げるため、行政事業レビューや予算編成という仕組みの中にEBPMの実践を溶け込ませたいという趣旨。各省庁には、今回共通して求める基礎的なEBPMは、政策効果の発現経路と目標をロジカルに説明し、事後的にデータに基づいて見直す、というごく当たり前のこと、と周知している。こうした取り組みが定着するよう、行革事務局としても伴走型で各省庁の支援を行ってまいりたい。

基調講演「政策にエビデンスは必要なのか?」

杉谷 和哉(岩手県立大学総合政策学部講師)

政策を合理化しよう-このかけ声の下、政策評価が行われ20年以上がたつ。一定の成果もあるが、まだまだ不満は多い。そもそも、公共政策や政策の研究者たちは、経済学の知見を政策に使っていこうという新たな動きをちゃんと追えているのか。EBPMを語る経済学者は、これまでの行政改革や政策評価の流れを本当に勉強しているのか。これが自分の問題意識である。

これまでの政策評価は一定の成果を挙げてきた。しかし同時に「評価疲れ」も起きている。そこにEBPMが加わるとなると、「お前これ以上仕事させるな」「仕事を増やすな」となるのは当然である。これまで現場は評価を山ほどやってきた。それとEBPMは何が違うのか。このことをしっかり説明できない限り、EBPMは大きなつまずきを迎えることになると考えている。

EBPMの誤解の1つに、政策評価と業績測定の混同がある。前者は政策の有効性を測り、その改善を目的とするが、後者は業務の効率性を測り、マネジメントの改善を目的とする。EBPMの普及には、政策評価と業績測定の混同を解消し、さらに政策評価とEBPMの異同を明示すべきだ。

EBPMを考える上で重要な要素の1つがエビデンスの扱い方だ。示されたエビデンスは世論や政治に大きな影響を及ぼす。多くの人はエビデンスから現状を理解して世論を形成し、研究者もその世論から影響を受けている。この再帰的な構造を認識した上で、エビデンスを正しく吟味し、賢く利用すべきだろう。

現在、経済学者や行政学者、政治学者だけでなく、科学哲学や教育学、医学などの専門家がEBPMの議論に参入してきている。EBPMを一時的なブームに終わらせないためにも、こうした動きを歓迎する。

パネルディスカッション1「政策にEBPMは必要なのか?」

山口 一男(RIETI客員研究員 / シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授)

政策にエビデンスが必要かどうかは国民が決めることで、EBPMが国民の支持を得るにはレジティマシー(社会的正当性)の確保が必要である。EBPMの質と社会的価値を高めるには4つの障害があり、①エビデンス自体の選択バイアス:自分に都合のよい実証結果だけを選択する、②エビデンスの妥協:アウトカムの計測が困難である場合にアウトプットで代用したり、EBPMに用いるのがふさわしくないデータを用いる、③科学的思考に対する社会の無理解や統計リテラシー不足、④政治や行政における透明性や国民への説明責任などの倫理基準の確立の不足、である。これらの障害を取り除く努力をしなければ、レジティマシーは得られないだろう。

内山 融(RIETIファカルティフェロー / 東京大学大学院総合文化研究科教授)

EBPMの意義は、EBPMによって経済や財政のパフォーマンスが向上できることにあると言われるが、EBPM先進国である英国の経済パフォーマンスは必ずしも良くない。これは、ポピュリズムの前にEBPMが無力になってしまった例かもしれない。であればエピストクラシー(知者の統治)の方が良いという意見があるが、その統治の正当性はどう担保されるのか、国民の合意はどう形成されるのか。一方、AIに合意を集約させれば、それはアルゴリズムの専制になるのではないか。そう考えるとEBPMの意義はアカウンタビリティー(説明責任)にあるというのが私の結論だ。デモクラシーは必ずしもEBPMを制約するのではなく、EBPMはデモクラシーを活性化させる可能性があることを強調したい。

髙橋 勇太(横浜市政策局政策課データ・ストラテジー担当係長 / NPO法人PolicyGarage副代表理事)

行政実務においてはEBPMが活用される文脈を踏まえつつ、一歩踏み込んだ取り組みを推進する必要がある。

まず、EBPMを実行するためには明確なゴールとストラテジーが必要であり、現場としては、既存のエビデンスを活用しつつ政策を改善する方法を検討すべきだろう。

一方、現実問題、単一の自治体では、多様な政策の意思決定に寄与するエビデンスの量と質が担保できない。同じ目線で約1,720の自治体がエビデンスの創出と共有を行うコンソーシアムを構築することで、量と質が担保されたエビデンスの蓄積が期待できるのではないか。例えば、ランダムな要素が現場の事象に影響を与える可能性は非常に大きいため、自治体の政策を自然実験の視点で比較観察することも必要だろう。

ディスカッション

パネルチェア
大竹 文雄(RIETIファカルティフェロー / 大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授)

Q:
国民はアカウンタビリティーを求めているのか。

杉谷:
これまで政策評価がアカウンタビリティーの一環として行われていたが、成果が見にくく、評価疲れが広がり、評価が無駄だと感じる人も増えている。EBPMを一部の専門家が独占するのではなく、分かりやすく発信することでアカウンタビリティーを確保すべきだろう。

Q:
EBPMについて専門家とどう付き合えばいいのか。

山口:
米国では、基礎研究と応用研究の間に交流があり、社会を良くするための基礎研究を活用する応用研究に政策評価がある。そのつながりが日本は非常に希薄だ。理論と応用のどちらもできる人の育成が必要だろう。

大竹:
最近では社会実装志向の研究者が増えている。多くの大学や研究機関で社会実装の部門が設立され、行動経済学などの分野でも実務に即した研究が増加している。EBPMを実践する際には、学問的な新規性と実務での適用性を理解する研究者や実務家が求められるだろう。

髙橋:
アカデミアとの連携は必須だろう。最も大切なのは、アカデミアと政策関係者がタイムリーでフラットな交流を持つ場の構築だ。コミュニケーションの前提を作ることで、小さな気付きを得ながらEBPMをより良く進めることができる。アカデミア側のインセンティブは、社会への貢献が評価されるかが鍵になるだろう。

パネルディスカッション2「EBPMの更なる展開のために」

川口 大司(RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー / 東京大学公共政策大学院教授)

東京大学政策評価研究教育センター(CREPE)では、行政データを利用した研究を進めている。行政機関が保有する税や教育データなどを収集してEBPMのためのエビデンスを創出する試みだ。行政データは、全個人・企業をカバーし過去から未来にわたるデータが利用可能であること、サンプル調査とは異なり変数が正確に測定されることから非常に有用である。一方で、個人情報保護法との整合性や、データの収集・加工に要するコスト、技術的論点などの課題もある。データが整備されていれば、自然災害や政策効果の迅速な評価が可能となり、政策に大きな影響を与えることができる。政策評価のためのデータ整備はインフラとして重要であり「個人情報を守るルール作り」が必要だ。

宍戸 常寿(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

憲法の研究者として、EBPMと法の関係について3点問題提起したい。1点目は、自治体税務データ活用プロジェクトにおいて、公的部門とアカデミアが連携した個人データのEBPMでの利用が可能になったが、公から学へのデータの提供は個人情報保護法との整合性を確保できるよう、データを受け取る学の側のガバナンス(統治)が重要だ。利用目的の明確化、安全管理措置規定の策定が必要になる。2点目は、民から公へのデータ提供と利用に際しては、公の側のガバナンスの整備も必要となる。このため、政府は自治体側のデータガバナンスについての考えを取りまとめている。3点目は、政治とEBPMについてである。法律を制定する際には、新しい規制が公共の福祉にかなうかどうかを判断するための立法事実が必要である。今後は、立法時の予測が外れた場合に、速やかに法律を変更できる仕組みが必要だ。EBPMとアジャイル型の(柔軟な)政策形成の統合が進むことで、民主主義の深化が期待される。

中室 牧子(RIETIファカルティフェロー / 慶應義塾大学総合政策学部教授)

2018年から文部科学省と実施している「トビタテ!留学 JAPAN」の効果検証では、留学の選考にボーダーラインで受かった人と受からなかった人を比較し、留学選考に合格することで、英語力やグローバル人材としての資質が改善されたことを示すデータ収集と分析を行った。コロナ禍における学校給食時の黙食解除に関する研究では、黙食の解除が学級閉鎖や感染拡大に与える影響を評価し、議論の収束に貢献した。こうした研究には、非常に大きなサンプルサイズの分析が求められたため、政策的な議論に研究者が介入した効果は大きかったと考える。「政策が実施される前から効果検証のデザインを行っておく」ことが重要であり、大規模なデータ分析には研究者と行政官の協力が欠かせない。また、成果を社会に広く発信し、理解を得る努力も大切だろう。

福本 拓也(経済産業省大臣官房業務改革課長・EBPM推進室長)

経済産業省では「EBPM・データ駆動型行政」として、経済産業政策の新機軸の中に明確に位置付けて取り組みを進めている。具体的には、新たな政策評価の枠組みに基づく指標の設定や、RIETIによる事後評価分析、EBPMセンターの設立等を実施してきている。その中で、必ずしも学術的に典型的なEBPMの領域ではない大規模プロジェクト、具体的には先端半導体の製造基盤整備事業、グリーンイノベーション基金事業などの効果検証の設計も行っており、これらを汎用化する手法も模索している。さらに、政策実施に必要なデータ整備について、補助金の採択から漏れた企業等も含むデータの取得や、データの自動収集が可能なモニタリング手法などについても検討を行っている。行政の現場でEBPMの実践を担う人材育成なども進め、EBPMを引き続き経済産業省の政策にしっかり位置付けていきたい。

ディスカッション

パネルチェア
平井 麻裕子(RIETI研究コーディネーター(EBPM担当))

Q:
データ利活用のための制度設計あるいは法解釈の在り方と今後の展望についてお聞かせください。

川口:
伝統的には政府が個人・企業の情報を収集していましたが、民間のデータが重要になってきている。データには公共財としての側面があり、活用することによる公共の福祉と個人の自由とのバランスについての再評価が必要だと考える。

中室:
国際的にデータ利活用ルールの整備が進んでいるが、現行の有識者会議やガイドライン作成のスピードでは追い付けない可能性があり注意が必要だ。

規制改革会議の議論の結果、政府統計の情報入手が1年から1週間に短縮されるし、医療のレセプトデータはこれまで開示に平均で390日を要していたが、これも短縮される。これは1年以上に及ぶ地道な関係者の努力とともに、コロナ禍でエビデンスの重要性が社会に浸透したことも大きかったといえる。

宍戸:
個人情報保護だけでなく、競争上の問題やデータの利用形態についても企業のアカウンタビリティーが重要になる。次世代医療基盤法が改正され、匿名化された電子カルテデータを提供できる仕組みが設計される見込みだが、これはEBPMにも参考になるだろう。

Q:
研究者と政策担当者は、どのようにコミュニケーションをとっていくべきか。

中室:
大学と行政における課題はコミュニケーション能力と広報力の不足だ。現在は、広報は組織内の調整役に過ぎず、研究成果や政策を社会に伝える努力が不足している。研究者が情報を簡潔かつ明確に伝えるトレーニングが必要だろう。

福本:
EBPMを巡って、政策の実務者とアカデミアとの間にギャップを感じているが、より良い政策形成に役立てるという共通の目的に着目すれば同じ船に乗った対話を深めていけると思う。

Q:
政策評価とEBPMの違いは何か。

川口:
政策評価やプログラム評価は、ポリシーメイキングに影響を与える多くの要因の中の1つにすぎない。政策評価結果が政策そのものを完全に説明するわけではなく、複雑な関係性が存在することを認識すべきだろう。

総括

大竹 文雄

アジャイル型政策とEBPMの関係は重要で、例えば新型コロナウイルス感染症の対策で、当初は新型コロナは飛沫感染だからアクリル板が有効だとされたが、エアロゾルだったのでアクリル板ではなくて換気が大事だとなった。ところが、いったんアクリル板が有効だとされたことが最後の最後まで変わらなかった。もっとエビデンスを重視した形で、アジャイルに政策変更することが重要だ。

EBPMの推進側が、これまでの政策評価との関連を丁寧に説明してこなかった。そこで誤解が生まれ「EBPMは必要なのか?」という疑念が生まれた。そこにコミュニケーションの不足があるが、私はこれは解決可能な問題だと理解している。ディスカッションでも、EBPMのさらなる展開のためにはコミュニケーションが重要との指摘がされた。政策担当者と研究者、あるいは市民との間のコミュニケーションを増やし、より良いEBPMが実現されることを願っている。