RIETI - JRI 共催ウェビナー

治水ダムの水力発電活用―流域の未来に向けた脱炭素投資(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2023年7月25日(火)12:15-13:45
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、株式会社日本総合研究所(JRI)

議事概要

カーボンニュートラルへの道は険しい。脱炭素は既存の経済・産業に大きな構造転換を迫ることになり、産業の国際競争力や経済安全保障を踏まえながら新たな産業を形作る「ゼロカーボノミクス(脱炭素経済)」の発想が必要となる。このため、2022年3月に開催したRIETI-JRI共催ウェビナーでは、ゼロカーボノミクスに向けた「需要起点(デマンド・ドリブン)の脱炭素」投資をいかに進めるかを議論した。今回のRIETI-JRI共催ウェビナーでは、ゼロカーボノミクスとして治水ダムの水力発電活用に着目。治水ダムの発電ポテンシャルを明らかにしつつ、政府としての期待や鳥取市の佐治川ダムの具体的な事例を通じ、今後の可能性と課題について議論いただいた。

問題提起

瀧口 信一郎(株式会社日本総合研究所 創発戦略センター シニアスペシャリスト))

水力発電はダムの新規増設が行われず、設備の老朽化により、発電量が低下しています。治水ダムのうち発電機のないものが有効貯水容量の4割を占めており、発電機を設置することで水力発電量を4割から7割程度引き上げることが可能な一方で、ダム周辺は過疎化や地場産業の流出、環境問題も起きています。

治水ダムの取り組みが進まない背景には、治水ダムはそもそも洪水を起こさないことが第一なので河川管理者にとっては発電へのモチベーションが湧きにくいことなどが影響しています。ですので、治水と発電を融合させ、洪水調整力と発電能力を最大化させるハイブリッド化が有効です。ダムの水位ではなく、住民のいる下流域の水位を一定に保ちながら、複数のダムを連携して運用する流域プラットフォームの形成するのです。

また、ダム周辺環境の一体管理や周辺住民への配慮も重要です。電力インフラをつなげることで得た水力発電電力を地産地消的に利用したり、電力バスなど移動サービスへの活用を通じて地域にもメリットをもたらします。この治水と発電を併用したシェアシステムの構築がコミュニティーサービスシステムの導入につながれば、地域住民にも受け入れられるでしょう。

脱炭素投資には技術継承の問題をはじめ、さまざまな課題もありますが、オープンに議論を行い、英知を結集しながら他のインフラと連携させることで、地域のメリットや社会価値の創出につながる取り組みを進めていきたいと考えています。

報告

石川 博基(国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川計画調整室長)

わが国には約570の治水など複数の目的を持つ多目的ダムと910の利水(発電、農業、水道、工業用)ダムの合計約1,480のダムがあります。多目的ダムにおいて発電機が設置されているのは、国交省が管理する106のダムのうち98基、水資源機構が管理する24のダムのうち23基、都道府県が管理する443のダムのうち184基で、2021年度の多目的ダムでの水力発電量は、水力発電電力量全体の約19%を占める146億kWhとなっています。また、日本の水力発電量は国内の全発電量の8%を占めています。

国土交通省は、治水対策とカーボンニュートラル社会の実現に向けて「ハイブリッドダム」の取り組みを推進しています。ハイブリッドダムとは、治水機能の強化、水力発電の促進、地域振興の3つを政策目標とした、官民連携の新たな枠組みで進めるものです。

具体的には、最新の気象予測技術を用いつつ、①洪水後期放流の工夫、②非洪水期の弾力的な運用、③発電施設の新増設、④ダム改造・多目的ダム建設といった4つの手法を軸に水力発電を実施していきます。

洪水後期放流の工夫と非洪水期の弾力的な運用については、令和4年度には6ダムで試行しており、令和5年度には国土交通省と水資源機構が管理する72のダムで試行します。発電施設の新増設については、島根県の尾原ダム、愛媛県の野村ダム、そして栃木県の湯西川ダムを対象にケーススタディを行い、発電施設の新増設およびダム運用の高度化については、令和6年度以降に本格運用を行う予定です。

小川 要(経済産業省資源エネルギー庁 電力・ガス事業部電力基盤整備課長)

近年の水力発電電力量は年間800億から900億kWhとなっており、発電電力量全体の10%未満です。水力は安定的に出力でき、かつ燃料費が不要であることがメリットである一方、発電施設や設備が増えないことから発電量が伸び悩み、特に中小水力はFIT制度(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)の支援が縮小傾向にあります。

ダム発電にかかる費用負担問題もある中、2030年のエネルギーミックスでは水力発電電力量を7.8%から9%とする野心的な目標を掲げています。水力の安定性は需要家からもメリットとして実感されており、群馬県の「地産地消型PPA(電力販売契約)モデル」をはじめ、再生可能エネルギー(再エネ)の中でも水力に対するニーズが高まっています。技術やデータを活用することで降水予測の精度が向上し、さらに発電量を増加させる余地が広がっています。

ダムの経済性においては地域の重要な需要家を取り込むことが重要で、水力発電のメリットを最大限に生かす需要家をいかにつかまえるかが今後考えるべき大きなポイントとなります。また、新たな発電所まで送電線をつなげるには大きなコストがかかるため、水力発電を増やす際のコストを誰がどのように負担していくかといった点が今後の課題です。

大角 真一郎(鳥取市経済観光部スマートエネルギータウン推進室長)

鳥取市佐治町は佐治川ダムを持つ過疎地域で、高齢化と人口減少によって生活利便性やコミュニティー機能の低下が顕著となっています。こうした中山間地域の再生持続モデルの構築は喫緊の課題であり、鳥取市は、本年度(令和5年度)から令和10年度にかけて、環境省の交付金最大50億円を活用した再エネの地産地消とカーボンニュートラルの促進事業を開始しました。

上流域と下流域の互恵関係を築くことでさらなる再エネ投資の促進、電力を活用したモビリティサービスの拡充、農林業振興につなげ、両エリアの均衡ある発展と地域全体の底上げを目指します。

平成27年度に本市が出資して設立した株式会社とっとり市民電力によって現在5MWの佐治発電所の電力の地産地消が行われているところですが、既存インフラと新設される水力発電設備を最大限活用して脱炭素に取り組むとともに、新たな流入者の増加や関係人口の創出も図っていく計画です。

森林資源やスマート農業と脱炭素を組み合わせて、さらなる地域内の資金循環、災害耐性の強化、雇用の創出を目指します。脱炭素投資から社会価値を創出すべく、環境、経済、社会の統合的な向上を促進することで持続可能な地域づくりを推進していきます。

ディスカッション

Q:
脱炭素投資の中でなぜ治水ダムに注目されたのでしょうか。

瀧口:
洋上風力のような海の中に投資をするより、人がいるところに投資をした方が成果が波及しやすく地域貢献につながること、また水力発電のポテンシャルに治水ダムが含まれていないことを知ったことがきっかけです。

Q:
ハイブリッドダムの推進に際して課題はありますか。

石川:
既存の単体のダムは発電量が少なく、山間部では系統接続の課題もあります。民間事業者にも参画いただきたいので、3つのダムのケーススタディを開示しながら、治水ダムの発電ポテンシャル、魅力を発電事業者の方々に感じていただけるよう進めてまいります。

小川:
山奥までの送電線を誰のコストでどう引っ張るかという点、またそれがビジネスとしてペイするかという課題があります。先ほどの群馬モデルは入札をして一番高く評価してくれる顧客を発電事業者が募るという形態で、プレミアムを払ってくれる顧客をつかまえることでよりビジネスとして回りやすくする取り組みを始めたという点で注目しています。

Q:
佐治モデルは誰が主導して取り組みが進んだのでしょうか。

大角:
平成16年の市町村合併の際に、地域生活拠点を定めて多極ネットワーク型コンパクトシティーを実現することを市長が強く表明しました。その市長のビジョンを具体化するために、地域の強みを生かして安心・安全に暮らし続ける地域づくりに取り組んでいるところです。佐治モデルは、過疎の克服に向けたビジョンが住民と鳥取市で共有できていたことが背景にあります。

Q:
発電の取り組みに携わる場合、誰がどのように進めていけばよいのでしょうか。

石川:
既存ダムの施設や水量に関する情報を尾原、野村、湯西川の3つのダムに関しては開示していきますので、それを基に参画をご検討いただければと思います。

瀧口:
国交省の管轄ではないダムについては、管轄する自治体との会話が不可欠だと思います。

大角:
まず住民の合意が必要なので、ここは自治体が表立ってやるべき部分です。佐治発電所で調達した電力は地域の公共施設へ送られて地産地消がされているものの、それでもなおまだ還元できるものを地元の人は求めていると感じています。先を見据えながら自治体として今できることを調整していくことが重要です。

Q:
実際に取り組みを進める際のアドバイスをいただけますか。

瀧口:
事業が成立する範囲内でバックアロケーションと呼ばれるダム負担金を誰がどう負担するかの枠組みや仕組みが必要です。

石川:
本来、最初にダムを造る場合には共同で費用を負担して作りますが、後からダムを利用する場合には、ダム建設時の費用をある程度出していただくというのがバックアロケーションです。そのバックアロケーションが新規事業の障壁になり得るとのことで、2022年の夏からさまざまな形で民間の方のご意見を聞いています。整理が出来次第、お示ししていきます。

質疑応答

Q:
ダムや治水設備の新増設は検討されていますか。

石川:
大きな施策の1つであり、さらに推進していく次第です。

Q:
2030年に向けた水力発電11%に関して、ドラスチックな水力発電の増加策はありますか。併せて、揚水式ダムの現状とポテンシャルについても教えてください。

小川:
残念ながら、ありません。今、日本にある約5,000万kWの水力の半分が揚水式で、さらに池を作って揚水として活用していく検討は水面下でも進んでいます。

Q:
水力発電をどのように経済性やビジネスに反映させていったらよいでしょうか。。

瀧口:
社会価値に対するインフラ投資のコンセンサスを得た上で、インフラ投資の仕方を考えていくことが重要です。

石川:
社会価値としての必要性をお示しできるよう取り組んでいきます。

小川:
自治体あるいは政府が民間事業者と需要家の間に入って価値を取り込むような取り組みに期待しています。

大角:
森林環境譲与税制度等も活用しつつ、積極的に取り組んでいくことが自治体の使命だと思っています。

Q:
湖上太陽光発電+蓄電池といった可能性はありますか。また、どの程度の包蔵水力があるのか、再調査の計画の有無についてもお知らせください。

小川:
湖上太陽光発電と蓄電池はチャレンジングだと思いますが、再エネと蓄電池の組み合わせによってさまざまな可能性が出てきます。包蔵水力は長らく調査を行っておらず、再調査の計画もありません。

Q:
治水ダムの有効利用に際して民間企業の出番はありますか。

瀧口:
過疎エリアでの送電線の投資は経済的にも構造的に進みにくいので、蓄電池の活用が不可欠です。地域価値や社会価値の部分で民間企業が入ることに意味があると思います。

石川:
治水の部分は国交省や都道府県で担いますが、水力発電と地域振興の部分は民間の方が入れる可能性が高いので期待しています。もちろんダムを造る建設業者の方にもポテンシャルがあると思います。

小川:
ITやデータを用いることで予測や全体の調整を行うなど、新しい形でのポテンシャルがあると思っています。

大角:
県や自治体が管理する施設・設備があれば、更新時期に合わせてPFI事業で民間に管理を委ねるなど、今後は民間活力を用いる流れになっていくと感じています。

Q:
最後に、皆様から一言ずつコメントをお願いできますでしょうか。

瀧口:
これまで治水ダムの分野はあまり議論がなされていませんでしたが、今日は政府の方をまじえオープンな議論ができ、政策的な方向性が示されたので、民間企業がさらに進んでいくきっかけになったと思います。非常に感謝しています。

石川:
われわれ国交省をはじめ、河川管理者はやはり治水第一という感じでダムに対して取り組んできたのですが、近年はさまざまな気象予測技術などが非常に進展していますし、カーボンニュートラルという追い風もあり、治水だけではなく水力発電も、両輪でやるという意識でハイブリッドダムの取り組みを進めてきております。手探りの中で進めておりますので、皆さんのお知恵もぜひお借りしたいと思っています。

小川:
この分野は総論は賛成だが各論になるといろいろな課題が出てくるところですが、そういった意味でも、国交省さんのハイブリッドダムの取り組みは画期的でありまして、まず国が大きな方向性を決めて旗を振り、いくつかモデル的な取り組みも進めておられるのは大変ありがたく思っております。私どもとしても送電線や需要家の課題を1つ1つ取り組んでいきたいと考えています。

大角:
こういったハイブリッドダムがどんどん広がることで、地域活動や住民への恩恵があれば、佐治町のような過疎地域とか中山間地域でもより多くの収益化が可能になって、地域にもたらす影響は非常に大きいと考えています。鳥取市としても持続可能なまちづくりを進めていきながら皆様との連携を深めていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

佐分利:
ダムは多くの人が関わって、多くの犠牲もあって造られたものであり、これをいかに有効活用するかは私たちの世代の重要なミッションだと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。