METI-RIETIシンポジウム

大震災からの復興と新しい成長に向けて (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2013年3月22日(金) 13:30-17:30
  • 会場:江陽グランドホテル (宮城県仙台市青葉区本町2丁目3-1)
  • 概要

    多数の死者・行方不明者を出すとともに、被災地のみならず、日本経済全体に甚大な被害を与えた東日本大震災。発災から2年が経過し、被災地では復興に向けた取り組みが進められているが、同時に地域間・産業間での格差も顕在化している。RIETIでは、震災直後から復興に関連する複数の研究プロジェクトを立ち上げ、サプライチェーン、経済集積などに関する経済学的な研究を行うとともに、被災地企業の実態に関する独自の調査・分析を進めてきた。

    経済産業省(東北経済産業局)とともに開催した本シンポジウムでは、RIETIの研究活動の中核を担う第一線の研究者からRIETIでの研究成果を含めてさまざまな視点が示され、被災地の企業や政策当局も交えて、東北経済の復興に向けて必要な政策的支援や、リスクに対して強靱な経済・産業構造の構築に向けて必要な施策などについて活発な議論が行われた。

    議事概要

    開会

    開会挨拶

    中島 厚志 (RIETI理事長)

    RIETIは経済産業省系の政策シンクタンクであり、多岐にわたる研究活動の一環として、東日本大震災からの復旧と復興に関連する研究も数多く行っている。大震災関連のシンポジウムは今回で4回目となり、大震災後2年という節目にあたり、ここ仙台で、東北大学の後援を得て開催することとした。本日のシンポジウムが、東北の復旧・復興についての認識を一段と深めると同時に、今後の政策にもつながるものとなれば幸いである。

    来賓挨拶

    数井 寛 (東北大学理事)

    震災から2年、被災地では復旧・復興が進められている。しかし、沿海部は内陸部に比べて進捗が遅れている地域もあり、また、空港、港湾、道路などの公共インフラに比べると、地域経済、産業の復興はいまひとつというのが現状である。東北大学は、被災地にある総合大学として、教育・研究・地域貢献を通じ、東北の復興、ひいては日本の再生に貢献することが使命であると考えている。本日のシンポジウムが、今後の日本の新たな展開の礎となることを祈念している。

    基調講演1

    『復興の促進と新しい成長に向けて―サプライチェーンの再構築と地域集積力の強化―』

    藤田 昌久 (RIETI所長・チーフリサーチオフィサー(CRO)/甲南大学教授/京都大学経済研究所特任教授/日本学士院会員)

    東日本大震災は、巨大地震、巨大津波、レベル7の原発事故、広域・長期の電力供給障害、大規模なサプライチェーンの崩壊という5つから成る複合災害で、被災地に2万人近くの死者・行方不明者を出すと同時に、日本経済全体にも甚大な被害をもたらした。現在、東北6県の経済はマクロで見れば緩やかな復興傾向にあるものの、地震のみの被害であった内陸部と、津波と原発による被害を受けた沿岸部では、その進捗に大きな格差が生まれている。

    その結果、沿岸から内陸部へと人口が大きく流出している。宮城県を例に取ると、復旧・復興のブームタウンの様相を呈する仙台だけでなく、特に大きく従業員数を伸ばしているのが、大衡村(45.2%)、色麻町(0.6%)、大和町(8.2%)、富屋町(4.9%)の4町村である。これは「トヨタ効果」ともいうべきもので、トヨタ自動車の完成車や基幹部品の大工場が立地している地域と、その通勤圏に人口が流入しているとみられる。このような東北圏域内での人口の移動は、むしろよいことだと私は考えている。被害の甚大さを勘案すると、まずは復旧・復興のしやすい都市や地域から活性化を図っていき、その後、周辺の地域にも施策を講じていくことで、人々が元の地域に帰っていくことができるからだ。

    私は今後、復興を通じて東北に新たな地域モデルを構築し、新たな成長の展開を図っていくことが必要だと考えている。具体的には、①グローバル時代に適応したより強靱なサプライチェーンの再構築、②イノベーションに富む産業クラスターの再構築、③人口減・高齢化社会と知の時代に向けた社会インフラと地域システムの再構築を行うということで、これらの相乗効果が重要である。

    図1:グローバル時代に適応した、より強靭なサプライチェーンの再構築
    図1:グローバル時代に適応した、より強靭なサプライチェーンの再構築

    情報インフラと通信技術の発達は、グローバル化とローカル化という2つの側面を生み出した。すなわち、東北のような産業集積が各地に発達し、それとグローバル経済が密で複雑なネットワークでつながれているのである。これは平常時にはとても効率性が高いが、大きな災害に対しては極めて脆弱であることを、今回の震災でわれわれは経験した。特に自動車や電気機械などの産業は、サプライチェーンの寸断による悪影響を最も受けやすく、東日本大震災以外に、タイの大洪水や尖閣諸島の領有権をめぐる反日デモなどによっても大きく落ち込んでいる。こうした天災・人災に対していかにサプライチェーンを強靱化していくかが第1の課題である。

    もう1つの課題は、沿岸部をいかに復興させるかである。東北では港を中心に水産業や観光が大きなクラスターを形成していたが、震災前からの漁業者の減少に加え、津波でインフラ等が壊滅したことで、まさに危機的状況に陥っている。しかし、世界には水産業が大きな輸出産業・成長産業となっている国もある。たとえばノルウェーでは、1980年代に譲渡可能個別割当方式という新たな水産資源の管理方式を取り入れて以降、水産業が復興し、現在では水産業者の1人当たり所得は約900万円、40歳以下の漁業者が40%を占めるに至っている。日本でも、より適切な水産資源の管理方式を導入し、ブランド化などを通じて国内外の新規市場を開拓し、新たなビジネスモデルを構築していくことが求められる。

    今後のキーワードは「賢い集約」で、沿岸部の鉄道を早急に復旧した上で、各都市の土地利用、産業活動、公共施設を賢く集約することにより、東北全体として活力ある都市システムの再構築を図らなければならない。そして、高齢者を含めた社会の全員が豊かな自然を享受しながら、生涯を通じて社会で活躍できるような地域・社会システムを、東北が先陣を切ってつくっていく。このような創造的復興を通じて、国・地方の新たな役割分担と地方主権を促進していくことが重要である。

    図2
    図2

    基調講演2

    『東北産業の復興を目指して』

    若杉 隆平 (RIETIシニアリサーチアドバイザー・プログラムディレクター・ファカルティフェロー/横浜国立大学教授(客員)/京都大学名誉教授)

    復興へは3つのステージを考えることができる。最初のステージは、復旧のプロセスである。震災後の東北において、特に沿岸部に集積していた基礎素材産業は、津波でほとんどが流されたにもかかわらず、短期間で驚異的な復旧を果たした。加工組立産業などもさまざまな苦難を乗り越えて見事に立ち直っており、輸送機械や自動車も着実に復旧し、全国の水準を大きく上回る状況になっている。それに対して電子デバイス産業は、大きく落ち込んだ後、やっと復旧の段階に来たところである。

    図3:復興の段階―時間を経つつ
    図3:復興の段階―時間を経つつ

    ただし、復旧に至るまでにいくつかのハードルを乗り越えなければならなかった。復旧の期間を左右する要因として最も大きいのは、サプライチェーンの寸断である。RIETIの調査では、津波による被災の程度や電力供給の問題も影響を及ぼすが、サプライチェーンの復旧が最も時間を要したことがわかっている。したがって、今後はサプライチェーンの複線化が不可避的に生じてくるだろう。特に地理的な分散ということを考えれば、東北の産業は否応なく、新たな国際取引や産業組織の形成の中で、グローバル市場へ参入していかざるを得ない。

    初期に迅速な復旧が進んだ一方で、第2ステージである中期的復興にはさまざまな面で遅れが見られる。特に生活基盤の整備、漁業・水産加工業の産業インフラ、公共インフラなどがそうだが、その原因の1つとなっているのが意思決定のメカニズムである。地盤工事やインフラ整備などを行うには権利調整の合意が必要となるが、沿岸の復旧と漁業者・水産加工業者・新規参入者の権利、土地利用者と土地所有者との間の権利関係が絡み合い、二重債務の処理、借入制約の解決、公的資金の投入の問題など、さまざまな問題が起こっているのが現状である。

    これを処理していくためには、公的サービスを供給する人員の増強が不可欠である。しかし、現場に近い行政ほど、被災の大きさに比例して疲弊してしまっている。そこで、広域的な行政組織のあり方や民間の専門人材の投入も検討しなければならない。同時に、新しい行政手段、政策手段が必要ではないか。たとえば、不在当事者の土地所有権の管理制度の利用のほか、特区やゾーニング、地域によっては土地の国有化まで含めて抜本的な解決策を考える必要があるだろう。

    今後の長期的な復興の過程では、地域間格差が生ずることは避けられない。しかし、長期的に考えれば、復興した地域が牽引役となり、遅れているところを引き上げていくという発想はおかしなものではない。広域で復興を考え、地域産業で雇用を吸収し、東北圏全体で雇用を確保していくことを考えるべきだ。また、人口の変化を考慮したインフラの整備と効率的な資源の利用が望まれる。東北経済の長期的ビジョンは、旧来のものへの回帰でなく、この地域を新しい産業が生まれる成長ゾーンに持っていくことである。そのためには、域内の人・企業の絆(連携)と同時に流動性を高め、グローバルでオープンな企業・産業組織を育てていくことだ。そして、それを支える新たな地域行政圏の確立が求められている。

    図4:東北広域圏での復興(地域間格差を克服する広域対応)
    図4:東北広域圏での復興(地域間格差を克服する広域対応)

    パネルディスカッション

    モデレータ:中島 厚志 (RIETI理事長)

    「東日本大震災による企業の被災に関する調査」の結果からの考察

    浜口 伸明 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/神戸大学経済経営研究所教授・所長)

    この調査では、約6000社の製造業の事業所に調査票を送り、2000社を超える企業からの回答を得た。サンプルとなった事業所の多くは中小企業で、北関東に立地しているところも多かったが、東北では内陸地方、特に新幹線・東北自動車道の沿線に非常に多く集積していることがあらためて確認された。被災状況としては、全壊の被害を報告した事業所が宮城県に集中していた。

    震災時の外部サービスからの断絶の影響では、電力供給を挙げた事業所が最も多く、次いで部品調達、輸送という順番である。ただ、影響を受けた日数で見ると、電力は比較的早く復旧したが、部品調達はおよそ1カ月以上と最も長くかかった。操業停止期間中の顧客への対応は、納期の延長や在庫でしのいだという回答が多く、他社もしくは自社他工場での代替生産という対応は比較的少なかった。

    図5:外部サービスからの断絶の影響を受けた日数
    図5:外部サービスからの断絶の影響を受けた日数

    危機管理策に関しては、多くの企業が震災前から定期的な訓練、事業継続計画(BCP)の作成、工場の耐震化は実施していた。震災後には、自家発電設備の装備や代替輸送方法の検討が新たに上位に上がってきている。ただし、約30%の企業は厳しい競争環境を理由に、今後もいかなる対策も検討する予定はないと答えている。特に、工場立地の分散に対しては多くの事業者が否定的な見方を示し、海外への分散に至っては3%と極めて低かった。

    今後、円高の是正・デフレ脱却が進めば、製造業の国内回帰が起こる期待もある。2007~2012年、南関東から近畿に至る中核経済圏では、製造業の雇用減を上回るサービス業の雇用が生まれているが、それ以外の地方圏では、製造業の落ち込みをカバーし切れていない。地方経済圏は製造業の影響が大きい。地方圏の経済活性化には、対象を被災地に限定した復興対策では限界もあるので、全国的な「製造業ルネサンス」で製造業の国内回帰の動きをうまく捉えていく施策が重要となる。

    東日本大震災からの復興―企業のつながりが果たした役割―

    戸堂 康之 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院新領域創成科学研究科教授)

    RIETIで行われた調査によれば、東日本大震災の被害はGDPの1.35%に及んだが、そのうちの9割は直接被害ではなく、サプライチェーンの寸断による間接被害であったという。しかし、サプライチェーンが復旧を促進した側面もあった。1つは、ルネサス・エレクトロニクスに各自動車メーカーが人員を送り込んだ事例のように、被災企業に対して取引企業からの支援がなされたこと、もう1つは、部品の供給が止まった場合、サプライチェーンを通して代替的な調達先をより簡単に探すことができたことである。

    私の研究は、復旧に対するサプライチェーンの功罪を総合的に明らかにすることを目的とした。主な結果としては、被災地外とのネットワークが強い企業は、より早期の操業再開ができ、中期的な売上の復旧にネットワークが貢献していることがわかった。また、2010~2011年の4-9月期の売上高の成長率から、被災地内の取引企業数が2倍になると売上成長率が3~4%高まるという結果が得られた。すなわち、被災地外とのつながりは早期復旧に、被災地内のつながりは中期的な売上高の復旧に役立つということだ。ただし、取引先の企業数が多くなると、部材の供給停止日数が増えるというマイナス効果もある。

    図6:取引先企業数が震災からの復旧に与える影響
    図6:取引先企業数が震災からの復旧に与える影響

    これらを総合的に勘案すると、サプライチェーンネットワークは災害に対する企業の強靱性を強化するが、地域内と地域外のネットワークにはそれぞれ異なる効果があるため、グローバルな展開も含めて、内外の両方につながった多様なネットワークが必要だというのが私の結論である。

    生活の復興を考える

    澤田 康幸 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授)

    総合研究開発機構(NIRA)のインデックスは、「生活基盤の復旧状況」「人々の活動状況」の両面から、震災前の状況を100としたときの総合的な復旧度を示すものである。今回の震災では、発災後6カ月の間に生活基盤を支えるインフラは急速に復興・復旧したが、その後は頭打ちになり、福島県についてはなかなか元に戻っていない。特に元へ戻っていないのは、がれき処理率と金融機関の貸出金残高である。生産活動、消費活動、流通、青果物の取引量、工業生産など、人々の活動状況を示す指標も、当初は急速に復旧・復興しているが、やはり頭打ちになっている。消費活動、公共事業への投資、住宅建設、雇用などはかなりの程度復旧・復興しているが、それを支える産業活動が戻っていないのである。

    さらに、50歳以上を対象にしたパネル調査「暮らしと健康の調査(JSTAR)」などを使って、東日本大震災(仙台)と阪神・淡路大震災(神戸)、中越地震(山古志村)の状況を比較した。特に、震災で家が損壊した場合に必要となる出費をどのようにやり繰りしたかを分析したところ、発災後22カ月目に調査した阪神・淡路では借入れが主な手段であった。他方で、中越地震や今回の大震災では、発災後7カ月目で調査したという違いもあるが、公的な援助や私的な援助が重要な役割を果たした。すなわち、義援金や地震保険・生活再建支援金といった共助・公助の重要性が高かったといえる。生活の復興に向け、中長期の生活サポートという視点を持ち続けることが重要で、自助・共助がうまく機能しない場合には、それを補完する公的支援を継続するなど、自助、共助、公助の3つの仕組みを最適に組み合わせていくことが重要である。

    図7:「くらしと健康の調査(JSTAR)」仙台・震災被害実態調査~被害に対する人々の対処法~
    図7:「くらしと健康の調査(JSTAR)」仙台・震災被害実態調査~被害に対する人々の対処法~

    安全性確保の考え方と復興政策の課題

    奥村 誠 (RIETIファカルティフェロー/東北大学東北アジア研究センター・災害科学国際研究所教授)

    震災から3カ月後、内閣府中央防災会議は津波災害に対する想定について、頻度の高い津波(レベル1)と巨大津波(レベル2)に分けて、前者については堤防による対策を継続し、後者については住民避難を軸としたまちづくりを行うという考え方を打ち出した。これを受けて2011年12月に制定された「津波防災地域づくり法」では、土地利用について、レベル1の津波や高潮に合わせて海岸べりに堤防を造る。ただし、今回のようなレベル2の津波は防ぎ切れないので、その浸水域を計算し、予想される津波の高さによって住宅の建設を禁止する津波災害警戒区域や特別警戒区域が指定されることになった。

    そこで、住宅建設が禁止された土地の所有者から、産業用地に転用したいというニーズが出てきているが、それだけの土地を使うほど、地域に産業が戻ってくるのかどうかが問題になる。これまでは地域の活動が100%戻るところまでが復旧で、それ以上が復興だと考えられてきたが、多くの産業では震災前からダウントレンドになっているので、100%のレベルに戻すように施設を復旧すると無駄になる可能性がある。これまでの都市・地域計画は縮小に対応した制度が欠如しており、産業政策も量的拡大を目指してきたが、今後は質的深化の技術政策へ戦略を転換することが大切だ。

    図8:縮小トレンド下での復旧と復興
    図8:縮小トレンド下での復旧と復興

    東北の特徴は、北に位置することと、自然が豊かなことである。それは水産物や農産物が豊かで、優しい、古い、ゆっくりという考え方に結び付いてくる。これからの時代において、これらは大変重要な価値になり得る。こうした風土を生かし、消費者からのフィードバックを受けながら、寒冷地に合った製品の提案と開発を行っていくことが重要である。

    東日本大震災から2年を経た東北経済復興速度差が広がり、課題は多様化

    山田 尚義 (経済産業省東北経済産業局長)

    東北の経済は、鉱工業生産指数で見ると既に震災前の水準に戻っているし、有効求人倍率も全国をはるかに上回っている。ただし、その陰には求職者数の減少や、建設業の有効求人倍率は非常に高いが製造業は必ずしも高くないという実態がある。また、事業再開にこぎつけた企業でも、7割は震災前の売上水準には戻っておらず、震災前の半分以下が3割を占めている。特に食品加工、旅館・ホテルなどは依然として厳しい状況にある。他方、建設業などは5割の企業で震災前より高い売上を出しているし、水産加工の中でもいち早く復旧に着手した6.5%の事業者は、震災前に比べてむしろ売上を伸ばしている。

    地域ごとの復興の様子を経済センサスで見ると、地域格差が顕著である。たとえば、震災後の回復も早いため、トータルとして事業所の減少は数パーセントにとどまっているが、大槌、南三陸、女川、山田などは事業所数も従業者数も減少が著しい。このように、被災地や被災企業が抱える課題は多様化してきているため、それに応じて施策の重点も多様化していくことが求められる。従来の応急処置的な施策に加え、企業立地の支援、人材の確保・育成、顧客や販路開拓への支援が重要になってきているといえよう。

    図9:被災企業の復興に向けた進捗状況
    図9:被災企業の復興に向けた進捗状況

    東北経済産業局では、本年春を目途に「新・中期政策」の策定を進めている。その重点検討項目としては、自動車産業の集積進展に向け、東北域内での技術協力や産官学連携を進めること、東北の強みを生かした産業や研究が世界的な競争力を維持できるよう支援すること、さらに、農業や観光などの多様な地域資源を活用した地域活性化などを掲げている。公表の暁には、ぜひ皆さまからご意見をいただきたいと考えている。

    図10:「新たな創造と可能性の地」東北を創っていくために
    図10:「新たな創造と可能性の地」東北を創っていくために

    東北復興に向けた活動について

    永田 理 (トヨタ自動車株式会社常務役員)

    東北における当社の事業は、1993年、グループ会社の関東自動車が岩手県で操業を開始したところから始まった。その後、宮城にも生産拠点を置き、少しずつ東北に根を下ろしてきた。国内では東海、九州に続く第3の拠点として東北を位置付け、昨年7月にトヨタ自動車東日本を設立した。現在はこの会社で、カローラや小型ハイブリッド車のアクアなどを生産、出荷している。また、東北域内で部品の調達を強化し、地元企業に自動車産業へ参入していただくことを目的に、展示商談会も開催している。

    また、ものづくりの将来を考えると、若い世代を育てていくことが不可欠である。当社は創業当時より「モノづくりは人づくり」の考え方に基づき、手当を支給しながら技能者の育成を行う企業内訓練校を愛知県豊田市で運営している。2011年、震災後に東北の地を訪れた当社社長の豊田は、東北の復興を担う次世代の若者のために学園を設立したいと考えた。そこで今般、宮城県大衡村にトヨタ東日本学園を開校し、トヨタ自動車東日本の従業員だけでなく近隣のものづくり企業からの短期研修生も受け入れることにした。

    さらに、当社では東北において「F(Factory)グリッド構想」を立てて、地域と連携して新規事業に取り組んでいる。この構想では、当社の大型ガス発電機や太陽光発電を活用して近隣の工場に電力や排熱を供給し、災害時には役所や避難所等、街の中枢部にも電力供給を行うこととしている。もう1つ特徴的な取り組みがパプリカの栽培で、野菜工場を新設し、自動車工場から出た自家発電の排熱をハウス内の温度管理に利用している。このように当社では、東北の復興について、社会貢献としての取り組みだけでなく、自動車事業や新規事業を通じて、共に東北の明るい未来をつくっていきたいと考えている。

    図11:新規事業:東北発の新構想「Fグリッド構想」地域全体のエネルギーマネジメントを最適化
    図11:新規事業:東北発の新構想「Fグリッド構想」地域全体のエネルギーマネジメントを最適化

    地震発生から復旧までの経過と今後の対策

    横山 廣人 (岩機ダイカスト工業株式会社専務取締役)

    当社のダイカスト部門の80%は自動車関連部品を製造しており、業界ではTier 2に位置している。現在、宮城県の山元町に3工場、埼玉県とアメリカに各1工場を持っている。このほか山元町には、今回の震災で流失した茨田工場があった。震災当日は全工場が稼働しており、停電によって溶解炉・保持炉が全て固まってしまった。復旧に向けては、会長が13~15日にすぐ取引先との打ち合わせや修理の手配を行い、15~20日には金型の返却を行った。そして、3月23日からはリースした発電機を使って一部生産を開始し、電力が復旧した4月6日以降はフル稼働している。協力工場が3社津波で流されたが、そのうち2社とともにグループ補助金を申請し、2012年3月には再建が無事完了している。

    図12:復旧スケジュール
    図12:復旧スケジュール

    ダイカスト製品の製造に必要な金型にはノウハウが凝縮されており、どの会社も外に出したがらない。しかしながら、当社はサプライチェーンにおける供給責任を果たすことを最優先と考え、金型の返却という結論を出した。その上で、客先の生産を止めないために、金型の移管が可能かどうかの調査をし、同時に在庫量の確認をして、在庫が少なくどうしても移管できないところから復旧工事をしている。

    今回の被災の教訓から、現在、各工場では電気炉を守り通信手段を確保するために非常用のディーゼル発電機3台を設置している。また、必要量の在庫を抱えるとともに、3日分の水・食糧の備蓄を進めている。さらに、今回の復旧において非常に重要だったのがグループ補助事業であった。グループ全体が復旧し、製造サイクルを再開できなければ、サプライチェーンを堅持し、従業員とその家族の生活を守ることはできなかったと考えている。

    東日本大震災からの軌跡

    川村 賢壽 (株式会社かわむら代表取締役)

    当社は、気仙沼市に本社を置き、三陸産の海産物を取り扱う水産加工会社である。気仙沼市・陸前高田市にある26施設のうち22施設が被災したが、震災の10日後に、全社員を集めて工場の再建を宣言した。9月後半から10月にかけて、7カ所の加工場の修復・新築が完了した。復旧を急いだのは、1日でも取引先の店の棚に他の商品が並ぶと、取り戻すことは困難だからである。そのうちに復興支援事業のグループ補助金の募集があり、岩手は3回のプレゼン審査、宮城は3次の書類審査でようやく認定をいただいた。現在は約5割の復旧が終わったところである。

    復興において、単に昔に戻るだけでは意味がない。めまぐるしく変わる国内外の政治・経済・地域の情勢や消費者の動きに柔軟に対応し、今までできなかったことをやっていくことで、真の復興と新たな成長が実現できる。そのためには、これまで以上に同業者と連携していくことが必要だと考えている。当社は、たまたま建築制限がなかった陸前高田市の加工場を修復したが、気仙沼市では建築制限のない土地がないため、復旧できずにいる企業が多く存在した。そこで、自社の土地を3社に提供し、鹿折地区16社で気仙沼鹿折加工協同組合を設立した。行政に対しては単独よりも団体で動いた方が訴える力が強く、また、共同設備によるコスト削減や、組合の統一ブランドの立ち上げ、共同の商品開発ができるというメリットもある。さらに県外や海外からもこの地区に工場や営業所を誘致したいと考え、三井物産、住友商事の商社連合のご支援をいただくことができた。

    図13:気仙沼鹿折加工協同組合共同施設
    図13:気仙沼鹿折加工協同組合共同施設

    今回の震災で、私は弟と配達帰りの社員1名を亡くした。人は、死に方は選べないが、生き方は選べる。悔いのないよう、ベストを尽くして震災前以上の会社にしていきたい。

    ディスカッション

    中島: 東北の復興においては、ネットワークを地域内外に広げることが有効だというお話があった。そのためには、どのような政策的支援が必要だろうか。

    戸堂: :震災後、つながりを深化させるさまざまな政策が被災地で実施されている。被災地内の企業同士のつながりに関してはグループ補助金、海外とのつながりに関しては海外展示会出展に対する補助金、大学とのつながりでは産学連携の研究開発に対する補助金などが、有効に作用しているとみていいだろう。

    山田: グループ補助金は、私どもにとっても全く新しい制度であり、大変な挑戦だった。個人の家庭には補助金を出さないのに、なぜ企業に対しては出すのか、その基準は何かといったことは政府内でも大きな議論になったが、この緊急の時期にとにかく企業を支援することで、従業員の生活が守られ、それが地域経済に与える影響は大きい。したがって、グループを組んで震災前より立派な事業にしていくというビジョンを持って復旧を目指す企業に対し、グループ補助金を交付するという筋書きを決めた。そうでなければ、地域経済そのものが滅びてしまうと考えての決断だった。

    澤田: 企業のつながりも大事だが、生活の復興を迅速に進めるには、コミュニティにおける人のつながりが極めて重要である。今、福島においては物理的な家族の分断が問題になっているが、そうした状況下でもつながりを保てるような公的支援が求められている。たとえば、母と子だけが転出した場合に移転先でも保育などの行政サービスが受けられたり、独居老人になっても医療・介護サービスが適切に受けられるようにしなければならない。また、その情報を得るためのネットワークが整備され、問題が起きたときには、それを解決するための相談窓口へのアクセスが確保されていることも重要である。

    中島: 今後の東北経済や日本経済を活性化し、強靱性を高めるために必要なことは何か。

    川村: 三陸沖は世界三大漁場の1つであり、ここでつくった加工品を国内はもとより海外へも販売していきたいと考えている。水産加工業が輸出を伸ばしていくには、EU HACCPの取得が不可欠だ。ところが、日本でこの認証を取得した施設は2012年1月現在で25件しかなく、中国、韓国、台湾などに遠く及ばないのが現状だ。国による積極的な指導やバックアップがぜひ必要だと思っている。

    永田: 農商工連携に関しては、民間企業が参入しやすくなるような規制緩和が必要だと考えている。単純に農業をやる、漁業をやるというのではなく、6次産業化を目指す企業が自由に戦略を展開できるような環境整備をしてほしい。そうすれば、東北の海の幸・山の幸を活用し、ものづくりのうまさを生かし、海外に打って出られるような産業が生まれるのではないだろうか。

    戸堂: 今後は緊急の対策というよりも、息の長い、復興を超えた成長のための施策へと軸足を移していくべきだ。東北には、それができる力強い企業が多くある。しかし、支援策の情報が届かない、海外市場に関する情報が得られないために、うまく飛躍できずにいる企業もたくさんある。そこをうまくつなげることに、行政の役割があるのではないか。

    澤田: 今日は東北の震災について議論したが、潜在的なリスクは地震以外にもさまざまある。そのことを念頭に置きながら、自助・共助・公助がバランスよく機能し、生活者目線で安全・安心を担保するような仕組みを議論していく必要があるだろう。

    浜口: 東北の復興を考える場合でも、被災地に絞った政策だけを見ていては不十分だ。最近の行き過ぎた円高の是正、デフレ脱却など、日本経済のマクロレベルの改革が、東北の復興の後押しになるはずだ。

    閉会挨拶

    山田 尚義 (経済産業省東北経済産業局長)

    震災から2年がたち、ある種のギアチェンジをするという節目にあって、産業という観点から、第一線の研究者と産業人が一緒に議論する大変貴重な機会であった。本日の講演・パネルディスカッションをきっかけにして、この後も、ぜひ議論を深めていただければと思っている。