METI-RIETI-AIST-NEDO共催 特別講演会・シンポジウム

産学官連携による研究開発のイノベーション~米国ロスアラモス国立研究所の事例を中心に~

イベント概要

  • 日時:9月13日(水)10:00~12:30
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (千代田区霞が関3-2-5 霞ヶ関ビル33階)
  • 基調講演

    本日こうして非常に重要な課題に焦点をあてたシンポジウムに参加できることを非常に嬉しく思います。米国と日本は現在ともに世界の経済大国となり、両国民は歴史上例を見ないほど高いレベルの繁栄を享受していますが、ともに経済発展を推進してきたのは技術的イノベーションでした。

    1946 年、米国初の大統領科学顧問となったバネバー・ブッシュ(Vannevar Bush)は「科学、限りなきフロンティア」と呼ばれるビジョンを発表しました。このビジョンは、科学を繁栄の原動力とみなすものでした。続く50年間に技術はかつてない成長を遂げ、医学・電気・情報科学・交通・製造などあらゆる分野で目ざましい進歩が起こりました。一方、ここ20年のうちに研究開発費用を技術イノベーションに帰結させることがますます難しくなってきています。これは、日米両国の経済の中心が製造業からサービスや知的財産へと移行したためです。両国は、現在の高いレベルの繁栄を維持するために努力しており、また、今後もサービスが経済の重要なパートであり続けるであろうことを理解しています。我々は、限りなきフロンティアの第2世代へと導いてくれるイノベーションに目を向け、ベーシック・サイエンスを取り込んで、経済発展につながるイノベーションを推進する新たな領域を探すべきです。

    今日は、両国が協力し、架け橋を築くためのビジョンとして、ロスアラモス国立研究所(以下ロスアラモス)についてお話したいと思います。繰り返しますが、次世代のイノベーションに向かって進むことは、どうしても必要なことなのです。ロスアラモスは、学際的な大規模研究施設で、数多くの研究者がベーシック・サイエンスに取り組んでいます。基礎分野の研究開発施設ですので、実際、市場向けの何かをつくっているわけではありません。その生産性は非常に高く、論文審査のある学術誌に毎年2000本以上の論文を発表し、何十人もの研究者が毎年高名な賞を受賞しています。また、ナノテクロノジーから情報科学まで、幅広い科学分野で成果を挙げています。

    ロスアラモスは、非常に大規模な施設で、1万4500人のスタッフを擁し、敷地も非常に広く40平方マイルもあります。博士号取得者が約4000人おり、加えて毎年1400人の学生が研究のためロスアラモスを訪れます。博士課程終了後の研究者も350人以上勤務しています。また、米国内の多くの国立研究所とスタッフ構成が異なり、常勤スタッフには外国人が数多くいます。年間予算は22億ドルです。

    ロスアラモスは政府所有施設で、建物は全てエネルギー省の所有ですが、経営は請負方式となっており、私はエネルギー省に所属しているわけではありません。昨年6月1日までの60年間、カリフォルニア大学がロスアラモスを運営してきましたが、政府は経営を大学以外に移管することを決定し、競争入札にかけました。その結果、カリフォルニア大学が筆頭株主のロスアラモス国家安全保障有限会社(Los Alamos National Security LLC:LANS)が落札したのです。LANSが今後少なくとも7年間、そして経営が順調にいけば20年間、研究所を運営していく予定です。

    ロスアラモスには、国家的な規模の問題を解決するというミッションがあり、我々はこれを国家安全保障ミッションと呼んでいます。時々混同されるのですが、我々は国防総省の研究所ではありません。しかし、米国を脅かす問題に対処しなければならず、それが国防上の脅威であることもありますが、特に昨今はエネルギー安全保障、環境、保健、インフラに関する脅威が重要性を増しています。

    現在の我が国において、エネルギーはおそらく科学的見地からみて最も重要な問題です。日本と米国はエネルギー供給という共通の課題に直面しているため、この分野での両国の協力が非常に重要となります。我々の研究対象は複雑な問題に限られるため、今日は、「チームの協力」および「スーパースター的な研究者」という観点から大規模研究施設に何ができるかについて、お話します。

    まずロスアラモスの性格――我々は何をし、何をしないか――についてですが、我々のミッションは非常に限定的で、国益に関係する問題を解決することです。ですから、何を研究するにせよ、なぜそれが国益に資するか説明する必要があります。我々は複雑な問題に対し、科学的ソリューションを提示します。ものをつくることではなく、科学的なソリューションを提供するのです。基礎研究もしますし、それを発展させた応用研究も行いますが、最終的にそのソリューションを実用化するためにはパートナーが必要です。そこで幅広い団体と協力しており、現在、約350の大学と連携しています。他の国立研究所との結びつきも強く、特定のプロジェクトに関しては産業界とも協力しています。

    何が我々の範疇外に当たるかについては、まず、安っぽい(“チープな”)研究は行いません。ロスアラモスは重要な国家的ミッションを負った非常に大規模な施設で、多額の費用がかかっている研究所です。ですから「ウォルマート」的なコストの低いソリューションは提示しません。我々は、さまざまな科学分野の連携が必要とされる複雑な問題、大きな課題に対するソリューション、短期的ではなく、長期的な科学的ソリューションを提供します。

    また、請負のエンジニアリング会社ではないので、外部の要望に応じてものを作ることもしません。ロスアラモスが外部と連携した例として、産業界との共同プロジェクトについて、研究拠点をどこに置いたか、どんなユーザー向け施設があるか、最終的にこれらをどう統合して科学の新領域への道を開いたかについてお話します。

    一例として、エネルギー企業シェブロンとの共同プロジェクトを取り上げます。シェブロンとの協力は、一連の課題を解決するためです。かつて米国のエネルギー部門がどのように機能していたかを思い出していただきたいのですが、1980年以前、シェブロンのような大企業は個々に大きな研究開発部門を持っていました。しかし、1980年、米国のエネルギー業界に、より利益志向に転ずるという変革が生じ、ビジネスを効率化する最も簡単な方法として、巨大エネルギー企業はこぞって研究開発部門を廃止しました。そこでロスアラモスは、こういった企業に特定の研究開発機能を提供しているのです。

    たとえばシェブロンの場合、通信などの特定分野を研究対象として、油田における油井間で、地下深くにおいて高周波電波を用いて通信する技術を開発しました。また、新たなモデリング技術も開発しています。ロスアラモスはコンピュータ・モデリングとシミュレーションに強く、この知識を、シェブロンが関心を抱いている複雑な問題に応用しています。さらに物質科学の分野では、加圧状態で炭化水素を運ぶパイプに使用しても腐食しにくい新素材の開発に協力しました。化学分野では、シェブロンが深海(メキシコ湾などでは海面下1万m)の石油資源を掘削・採取しようとしていることから、高圧力状態の石油を海上へ持ち上げるという問題がありました。そこで我々は、石油の膨張を抑える化学溶液を開発し、油井1本当たりのインフラ費用を約10億ドルも減らすことができました。私の得意分野である地学でも協力しています。私自身は地学者ですので。

    連携にあたって重要なのは、相手のために研究しようとしている問題が何なのかを明確に理解し、お互いにとっての利益、すなわち、そのソリューションが国のためにもなり、相手企業のためにもなること、を確保するということです。ですから鍵は、適切な課題設定にあります。たとえばシェブロンは、パイプラインの破損を懸念していました。海底深くで産出された高温の石油を、パイプラインを使って安全に海面上へ運ぶ方法が見つけられなかったので、我々が化学溶液を開発しました。この溶液は、高温の石油が海面に上ってきても容積を一定に保つため、パイプラインへの負荷を減らすことができるのです。

    もう1つの例は、先ほど二階大臣が仰っていた水素貯蔵技術です。水素燃料の問題は、その貯蔵・運搬法にあります。水素を利用した燃料電池はありますが、水素の長期的な貯蔵・運搬はいまだに非常に難しい課題です。簡単なソリューションはありませんが、我々はこの問題に関し世界各地から協力を得られるよう研究拠点 “センター・オブ・エクセレンス”を設置しました。この問題を解決するには、多くの人の英知を結集する必要があります。この研究拠点という環境の中で、我々は考えられる様々なソリューションを検証することができるのです。

    いかなる研究拠点においても課題となるのは、適切なチームを結成することです。何が問題かを把握し、それに相応しいコラボレーター――連携に興味をもってくれる相手――を探さねばなりません。全員がプロジェクトに対し同じ期待を抱けるよう、あらかじめ合意をとっておく必要があります。また、高いレベルのコミュニケーションを図る必要があります。すなわち、ロスアラモスに相手を招聘したり、逆に我々が出向いたりして、直接的なやりとりをすることが不可欠です。我々が一方的にソリューションを提示するのではなく、連携を通じてソリューションを作り出していくということです。

    ロスアラモスは広大な分野を網羅していますので、いくつかユニークな施設もあります。その1つが、ロスアラモス中性子散乱センターです。ここには陽子直線加速器が設置されており、陽子ビームを粒子にあてて中性子を放出させています。この中性子を用いて、原子や分子のさまざまな構造を調査できるので、毎年1100人以上の研究者がこの施設を利用しています。年に350以上の実験が行われていますが、その決定にあたっては競争が導入されています。すなわち、専門家の審査によって実験の優劣を競い合うのです。これにより驚くほど強固な連携が生まれ、我々の手元にはない最高の科学的知識がロスアラモスに集まってくるのです。

    中性子散乱センターでは14 の装置を用いて、温度・圧力・ひずみ・生体系を変えたさまざまな条件下で物質の構造を調べることができます。この施設の使用状況を見ると、約50%はロスアラモス研究所が使い、残り50%は共同研究者が使用しています。最後に、先端分野としてナノテクノロジー統合研究センターを新規に設立しました。これはアルバカーキにあるサンディア国立研究所との共同事業です。この施設は、ナノサイエンスを研究段階から商用化することを目指しています。我々は最先端の科学研究手法は知っていますが、それを市場に出す方法については十分な知見がありません。そこでこのセンターを活用し、連携によって基礎研究と市場ニーズとのギャップを埋められないかと期待しています。ナノテクノロジーは、将来的に重要性を持つ領域だと考えています。

    連携を成功させるポイントを、いくつかお話ししたいと思います。これらは成功に重要な要素です。まず、明確な科学的必要性があること。我々が協力するためには、それがロスアラモスのミッションに結びつくもの、つまり、国家に貢献するものでなければなりません。世界が直面する問題のほとんどは我が国にも関係しますが、我々は必ず同じ問いを繰り返します。また、科学的な面で互いを尊重する必要があります。成果を挙げるのにどれくらいの期間が必要であるかについて互いに合意する必要があります。我々は提携によって皆が利益を得ることを望んでいます。さらに投資する意欲も必要です。我々は短期的な問題は扱わないため、長期にわたる展望が求められるのです。そして最後に、常にバランスのとれたパートナーシップを求めることです。

    提携が失敗した例もあります。失敗の原因はたいてい、一方が不当な利益を求めたか、あるいは一方が自力で全部やり遂げられると判断したためです。ロスアラモスの側がこれら2 つの原因を作ったこともありました。産業界のパートナーとの関係が途切れると、必ず失敗します。複数の関係者が連携する場合には、各パートナーが既に自分なりのソリューションを持っていたり、これこそがソリューションだと信じていたりしますが、連携を進める上でこれは問題です。なぜなら、問題を徹底的に検討することを通じ、自分の判断を補強するのでなく、ソリューションをともに発見することが必要だからです。失敗のもう1つの要因は、時間的感覚のミスマッチです。ロスアラモスは長期的に研究に取り組みますが、産業界は即時的・短期的なソリューションを求める傾向が強く、我々が効果的なソリューションを提供できないこともあります。

    私自身、連携が欠かせないと考えている領域について触れたいと思います。先ほど大臣が仰ったように、我々が直面している最大の課題の1つはエネルギー安全保障です。持続可能性という観点からは、再生可能エネルギーが重要です。日本と米国は、エネルギー供給の確保という共通の課題に直面しています。現在、米国は地球で生産されているエネルギーの4分の1を消費しています。

    しかし、10 年以内には中国が、15年以内にはインドがこれを追い抜くでしょう。ですからエネルギーの供給方法、生産方法を変えていかなければなりません。炭素中立的で、環境への影響を最小限に抑えられるような新たなエネルギー源を探す必要があります。しかし、単一のソリューションはありません。これには大規模かつ総合的な取り組みが必要ですが、それは連携を通じてのみ可能です。

    最後に、将来的な連携の例として、太陽エネルギーを挙げたいと思います。太陽エネルギーを活用すれば、必要なエネルギーを全てまかなえることは分かっていますが、たとえば東京などの大都市向けに太陽エネルギーを集める有効な方法はまだありません。太陽光を実際に使用可能な電気に効率的に変換できるようにならなければなりません。そのためには、太陽エネルギーを研究する新たなサイエンスが必要であると同時に、そのサイエンスを技術に転換できるよう産業界との結びつきが必要です。これはグローバルな問題であり、グローバルなソリューションが必要です。研究機関・大学・企業が結集し、キロワット時当たりのコストを2桁減らすよう協力しなければなりません。大きな、しかし成功させねばならない課題ですから、漸進的でなく、根本的なソリューションを重視する必要があるでしょう。実現する方法はさまざまですが、我々は共同研究・提携こそが最終的に行きつく形の1つだと信じています。

    最後になりましたが、科学と技術を通じてグローバルなソリューションを追求するという大臣のビジョンには非常に強い感銘を受けました。我が国では、様々な理由から連携があまり進んでいないのですが、我々は、考えられるあらゆる方法を結集してエネルギーに関する問題を解決しなければならない、そういう新しい時代の幕開けを迎えているのです。