1.2020年温室効果ガス削減目標
約10年前(2009年)、麻生政権の下で、2020年の温室効果ガス削減目標(2005年比▲15%)が決定された。
この目標は、専門委員会が3種類の経済モデル(エネルギー需給モデル、限界費用モデル(各国の限界費用の比較)、多部門一般均衡モデル(GDPへの影響))により精緻なコスト分析を実施し、複数の選択肢を提示した上で、国民アンケートを行い、有識者会議で決定された(筆者も、資源エネルギー庁在任中に分析作業に関係した)。その背景には、京都議定書の削減目標(90年比:欧州8%、米国7%(批准せず)、日本6%)を、コスト負担に関する議論の裏付けなく妥協し、約1兆円もの排出枠の購入を余儀なくされた反省がある。
2020年を迎えるに当たり、この時の目標は達成するだろうか? 東日本大震災を始め、エネルギー情勢は大きく変化し、また、2030年目標(2013年比▲26%)によって上書きされた感もあるが、今後のエネルギー需給へのインプリケーションを得る上でも、考えてみたい。
2.エネルギー需給とコスト負担
温室効果ガスの大半は、エネルギー消費由来する。以下の表では、需要面はエネルギー消費、供給面は、非化石電源比率(再エネ+原子力)を主要指標して取り上げた。
1990年 | 2005年 (基準年) |
2013年 (震災後) |
2018年 (速報値) |
2020年 (目標) |
|
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温室効果ガス(百万トン) (2005年比) |
1275 | 1382 (―) |
1410 (+2%) |
1244 (▲10%) |
1157(※) (▲15%) |
需要(エネルギー消費(PJ)) (2005年比) |
13352 | 15901 (―) |
14075 (▲11%) |
13088 (▲17%) |
14597(※) (▲9%) |
供給(非化石電源比率) | 39% | 40% | 12% | 23% | 55% |
※2020年目標(実数)は長期エネルギー需給見通し再計算(2009年8月)に基づく。 |
供給面では、非化石電源比率の低下による排出増と供給コストの増大
供給面では、東日本大震災を契機に、非化石電源比率が低下し、温室効果ガスの増加要因となるとともに、供給コストが大幅に増加した。原子力発電が大幅に減少し、火力発電が大幅に増加した一方で、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(FIT法)により太陽光発電が増加したからである。
まず、再生可能エネルギーについてみると、買取コストは毎年4兆円にも達すると見込まれ、また、中国等からの太陽光パネルの輸入比率(2018年)は75%まで増加している(2012年は30%)。FIT制度を見直すとともに、太陽光に偏ることなく、洋上風力等、わが国の特性に合うエネルギーを、自然環境、景観等の規制緩和により、拡大すべきではないか。
次に、原子力については、安全基準の抜本的に強化により、規制によるコストが上昇した。最近では、テロ対策が期限に間に合わず、再稼働した原子力発電所が運転停止に追い込まれる可能性が高まっており、温室効果ガスの増加要因として危惧されている(そのコストは複数の電力会社で、1兆円規模と見込まれる)。規制を受ける発電事業者と十分なコミュニケーションをとって、対策の難度を勘案した合理的な工事期限を再設定するなど、行政手続上の予見可能性を高めた運用が必要ではないか。
さらに、火力発電についてみると、震災後の液化天然ガス(LNG)価格の上昇・輸入量の増加(2.5兆円)が、経常収支の赤字転落の大きな要因となった。現在は価格も落ち着いており、「喉元過ぎれば」的な状況であるが、わが国のLNG輸入価格は原油価格に連動しており、原油価格の高値局面では、極端に上昇する構造にある。さらに、アジア地域のLNG需要増加による、価格上昇リスクも抱えている。LNG火力に偏るのではなく、石炭火力も含め、高効率化と二酸化炭素回収・貯留(CCS)を実現するとともに、わが国の優れた技術力を海外にも展開すべきではないか。
需要面に限れば、エネルギー消費の減少により2020年目標を超過達成
上記の表をみると、温室効果ガス全体では、2018年(速報値)時点で05年比▲10%であり、2020年目標(05年比▲15%)に近づいているものの、達成は若干厳しく思われる。しかし、エネルギー消費は、2018年(速報値)時点で05年比▲17%で減少しており、実は、需要面に限れば(供給面の排出増がなければ)、2020年目標を超過達成する可能性が高い。
わが国のエネルギー消費は、2005年頃にそれまでの増加傾向に歯止めがかかり、特に東日本大震災後、明らかな減少傾向にある。今後もこの傾向を維持し、さらに減少幅を拡大していためには、省エネ対策が、地道にみえるが、最も有効である。
まず、産業分野については、水素還元製鉄など、革新的な技術開発を促進すべきである。環境税や排出上限規制は、エネルギー多消費産業の国際競争力の低下を生じ、適切ではない。
また、民生分野については、省エネ製品はユーザーの購買行動を通じて普及する。かつてのエコポイント制度の経験からは、例えば、「省エネ」型テレビであっても、販売の現場で大型テレビを推奨すれば、かえって「増エネ」になってしまう。また、国民生活に不便を強いる「我慢の省エネ」も持続可能性に欠ける。今後は、需要関数の推定や政策効果の感度分析に基づく効果的な省エネ政策が求められよう。
3.コスト分析の重要性
エネルギー自由化によって市場競争による料金引下げが図られつつある一方で、エネルギー供給コストの上昇によって、むしろ国民負担は数兆円レベルで増加し、消費税増税にも相当しうる規模ではないかと考えられる。仮に、ベースロード電源(原子力や石炭火力)から撤退し、再生可能エネルギーを主体に調整電源としてLNG火力を活用するという極端な電源構成をとる場合、さらに大幅に供給コストが増加する恐れがある。
2020年、わが国に対して温暖化対策の強化を求める声は一層強くなってくるだろう。温室効果ガスの削減を巡る議論は、政治的な「覚悟」を求めがちであるが、感情論に流されない、冷静なコスト分析に基づく定量的な議論と経済合理的で効果的な対策が重要である。