新春特別コラム:2013年の日本経済を読む

研究開発評価指針の改定の意義について

秦 茂則 コンサルティングフェロー

はじめに

総合科学技術会議において国の研究開発事業の評価指針が改定され2013年から本格的に運用される予定である。経済成長を促進するための科学技術イノベーション政策の強化が要請されている中その意義は決して小さくはないといえる。

本稿では科学技術政策の最近のトレンドを簡単に紹介するとともに、今回の改定の意義について述べてみたい。

科学技術イノベーション政策のガバナンスがOECD諸国の共通課題

リーマンショックや欧州の債務危機により世界経済が停滞する中でいかに経済成長を確保するかが各国の優先順位の高い政策となっている。中でも先進国では研究開発の成果をどのようにイノベーションにつなげ経済成長を実現するかが大きな政策課題である。

また、日本はもとより米国、欧州でも財政再建が喫緊の課題となっていることを背景に科学技術イノベーション政策の効率的な推進も焦点の1つとなっている。たとえば、OECDは2年に1度公表している「科学、技術と産業アウトルック」の2012年のレポート(注1)で科学技術イノベーション政策のガバナンスを強化する評価の取り組みについて関連法令の統合、評価手続きの省力化、評価専門機関の設置などの事例を紹介している。

大綱的指針の改定の内容とその背景

「国の研究開発評価に関する大綱的指針(以下「大綱的指針」)」は、科学技術基本法に基づいて5年毎に策定される科学技術基本計画(注2)の策定に合わせてこれまで適宜改定が行われてきた。今回の改定についても2011年に策定された第四期科学技術基本計画を受けたものである。

ここで、第四期科学技術基本計画について簡単に触れておきたい。第四期基本計画では研究開発からその成果の利用、活用までを一体的に推進するイノベーション政策の視点を導入しており、従来の「研究開発シーズプッシュ型」から「課題解決型」に政策の方向性を転換している。

課題解決型とは取り組むべき課題をあらかじめ設定して研究開発政策とその成果を社会に普及させるイノベーション政策を一体的に推進することである。研究開発の推進を中心的課題として取り組んできたこれまでの科学技術政策からの大きな転換といえる。

こうした政策の転換とともに研究開発評価を含むシステム全体が本当にイノベーションを促進するしくみになっているのかという反省も今回の改定の背景となっている。これまで国の研究開発評価の最大の目的は説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことであった。中間評価では研究開発プロジェクトが計画通り進捗しているのか、事後評価では企図した成果が得られたのかどうかを納税者に説得的に説明することが最大の目的であったといえる。無論、説明責任の重要性は今後も不変であるが、研究開発評価に当たっていかにイノベーションを促進するかという観点がますます求められている。

大綱的指針の改定のポイント

今回の大綱的指針の改定に関し筆者の考えるポイントは次の2点である。すなわち第1がプログラム評価の導入、第2がアウトカムの明確化である。

プログラム評価の導入

プログラム評価のベースとなるプログラムとは複数の研究開発プロジェクトやその成果の普及促進策から構成される施策の最小単位のことである。単なる研究開発プロジェクトだけでなく普及のための規制改革、補助金、税制措置などの施策とセットになっていることがイノベーション政策の観点から重要である。研究開発をプログラム化して推進するに当たりプログラムを対象として評価する仕組みを作らなければならない。

研究開発事業のプログラム化およびプログラム評価については経済産業省が「研究開発施策の評価」という名称で先駆的に取り組んできているものの、現段階では関連の深い研究開発プロジェクトを俯瞰して評価、管理する段階、いわば「研究開発プロジェクトの束ね」にとどまっており、成果の普及のための施策を視野に入れた本当の意味でのプログラム化にはまだまだ不十分であることは否めない(注3)。

アウトカムの明確化

「アウトカム」とは研究開発の成果物がもたらす効果を示す指標であり、たとえば研究開発の成果を実用化した製品の売上高や規格の策定などである。これに対し「アウトプット」は活動水準を示す指標であり、たとえば学術論文の数や特許の出願数などである。データの把握のし易さから評価の際にこれまでアウトプットが主に用いられてきた。しかしながら研究開発のみならずその成果の普及までを一体的に推進する科学技術イノベーション政策においてはアウトカムを明確化することが不可欠となる。このプロセスで重要になるのが事前評価と追跡評価の強化である。

事前評価の強化

事前評価とはその名の通り研究開発プロジェクトを実施する前に当該プロジェクトの実施が必要かどうかを評価することである。中間評価や事後評価であれば評価対象のデータ(中間評価であれば進捗状況、事後評価であれば具体的な研究開発の成果)が存在するのに対し、事前評価ではそのようなデータが存在しないことが大きな相違点である。したがって研究開発の意義や目指しているアウトカム、社会に普及させるための方策などを評価することになる。

事前評価では目指しているアウトカムの評価が最も重要な内容である。これはどのようなアウトカムを目指して当該研究開発プロジェクトに取り組むのかを明確にすることによって、同種のアウトカムを目指している他のプロジェクト又は他の施策との関係が整理されプログラムとして効果的、効率的にアウトカムを達成することにつながるためである。こうした事情を背景に新しい大綱的指針では事前評価の強化を謳っており、具体策の例としてフィージビリティスタディ(FS)の積極活用を挙げている。

追跡評価の強化

追跡評価は研究開発が終了して一定期間が経過した後、その成果の実用化の有無、市場規模や産業競争力に与えた影響、その分野での人材育成への効果、国民生活への影響などを包括的に把握し評価を行うものである。基礎的なデータの収集や分析等に時間やコストが掛かるため大規模な研究開発プロジェクトに限定してこれまで行われてきた。

追跡評価はまさにアウトカムを把握しようとするものであり、この追跡評価の経験を蓄積することで今後の科学技術イノベーション政策の立案にあたって重要な示唆を与えるものである。

たとえば、最近の事例では経済産業省が太陽光発電に係る研究開発の追跡評価をまとめている(注4)。第一次石油危機直後からサンシャイン計画の一環として長期的な観点で進められた太陽光発電に係る研究開発についてその技術的な成果をはじめアウトカムまでを把握することを試みたものである。この追跡評価においては技術的な成果についてはおおむね高い評価を得ているが、その成果を社会に普及させるための取り組みが住宅用太陽光発電システムへの設置補助に偏っており必ずしも十分でなかったと総括されている。

こうした追跡評価の積み重ねにより研究開発の成果を普及させるためにどのような政策が必要かについて知識を蓄積し、イノベーション政策の立案に役立てていくことが重要である。

終わりに

「技術に勝って事業に負ける」。高い技術を有するにも関わらず世界市場でシェアが低下している日本のエレクトロニクス産業を象徴する言葉だが、第四期科学技術基本計画ではこうした現状を打開すべく研究開発の成果を普及までを含めた「課題解決型」の科学技術イノベーション政策に大きく舵を切った。

人口減少、高齢化という条件で我が国が持続的な経済成長を実現していくためには諸外国にも増して大胆なイノベーションに取り組んでいかなければならない。我が国企業の研究開発投資が縮小している中(注5)、国が中長期的な視点からイノベーションの種を生み出す研究開発イノベーション政策を進める意義はますます大きくなっている。その際厳しい財政制約の下で効率的、効果的な遂行が当然に求められる。

今回の大綱的指針の改定の趣旨が実務に反映され我が国の経済成長を促進する科学技術イノベーション政策の強力なツールとなることを大いに期待するものである。

2012年12月28日
脚注
  1. ^ http://www.oecd.org/sti/sti-outlook-2012-highlights.pdf(概要版)
  2. ^ http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/4honbun.pdf
  3. ^ 経済産業省の取り組んでいる研究開発のプログラム化は以下を参考。
    http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/hyouka/haihu84/siryo5.pdf
  4. ^ http://www.meti.go.jp/policy/tech_evaluation/e00/03/h22/397.pdf
  5. ^ 「科学技術調査」(総務省)によれば、企業等の研究開発費は平成19年度の13.8兆円をピークに平成22年度の12兆円まで3年間で約13%減少している。詳細は以下を参照。
    http://www.stat.go.jp/data/kagaku/2011/pdf/23ke_gai.pdf

2012年12月28日掲載

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