日本の規制プロセス:米国との比較において

Andrei GREENAWALT
ヴィジティングスカラー

各国には金融市場の仕組み、自動車の安全性、新薬の承認プロセス、空気質や水質などに関する規制がある。当然のことながら、国によってさまざまな理由で規制基準は大きく異なる。しかしながら、グローバル市場の拡大や関税率引き下げといった貿易障壁が低下し、規制への多様なアプローチが経済成長や貿易を不要に損なう恐れがあるという認識が政府および利害関係者の間で広まっている。実際、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉において、各分野の規制障壁は重要項目の1つである。

各国政府、専門家、国際機関は規制「プロセス」と「良き規制慣行」の重要性についてますます注目しており、アジア太平洋経済協力(APEC)は「貿易、投資、雇用創出、持続的な経済成長に直接的に貢献する」と述べている(注1)。そのため、TPPは「規制の内外調和」の章で加盟国がパブリックコンサルテーションと透明性の向上、政府内の連携、規制影響分析の使用、現行規制の見直しなどを確実に実施するとしている。主要な貿易協定においてこの手の章が設けられたのは初めてであり、特定の政策の成果ではなく、加盟国が規制の策定に至った「プロセス」が焦点となっている。こうした慣行が各国に広がれば、規制面での国際的な連携を目指す今後の取り組みが実を結ぶ可能性も高まるだろう。

TPPが成立すれば、日本が過去20年にわたって各省庁が改善に取り組んできた、新しい規制の策定プロセスは、今後の改善に向け、改革が続くだろう。安倍首相は現行規制の見直しを「第三の矢」(構造改革)の重要項目として掲げており、今こそが、日本の規制プロセスを考える非常に良い機会といえる。米国の制度と比較参照しつつ、パブリックコメント、規制影響分析、現行規制の見直し、政府内の調整に焦点を当て、日本の現状について簡単に述べたい(注2)。

パブリックコメント

長年にわたり、日本の規制プロセスは透明性を欠き、市民参加にも乏しかった。ここ20年間で慣例的な行政指導の削減、規制案に市民の意見を求めるなどの改善が行われ、一部の懸念事項は是正された。一方、米国においては以前からパブリックコメントが重要な役割を果たしてきた。幅広い視点から重要で新しい情報やアイデアを提供し、規制を改善することによって、政府の透明性や説明責任を向上させてきた。

日本でもこれまでにパブリックコメントが適用された事例はあったが、2006年に成立した法律により、省庁は定期的に規制案に関するパブリックコメントを求めることが義務付けられた。これによって規制プロセスは大幅に変わったといえるが、コメントの提出期間が短い場合が多い。法律で定められている30日間であっても、複雑な規制に対して有意義なコメントを寄せることは難しく、提出期間がさらに短い場合もある(注3)。さらに、省庁はパブリックコメントを真剣にとらえておらず、規制の特定条項を改善する上でアイデアや情報源として使う気もないというのが一般的な見方である。コメント提出期限の数日後に新しい規制が導入されてきた事例をみても、パブリックコメントはほとんど無視されているといえる(注4)。

規制影響分析

国によって多少の相違はあるが、典型的な規制影響分析には、規制の必要性に関する声明、費用便益評価(可能な場合は定量化) 、代替的方法との比較などが含まれる。省庁向けの現行指針にあるように、事前評価は規制の質を向上させ、規制の目的について国民の理解を深め、政府の説明責任を向上させる上で、重要である(注5)。

2007年以降、法律や政令の規制影響分析は義務付けられているが、省令など下位の法令については対象ではない(注6)。実施は困難で、省庁間に一貫性はみられない。規制影響分析は、作成中の法令案に影響を与えるというよりも、すでに下された決定を正当化する手段になっているようだ。優れた分析もあるが、ほとんどの場合、緻密な経済分析に欠け、代替案は真剣に評価されていない。規制影響分析が義務付けられたからといって素晴らしい分析をただちに期待するのは無理だが、将来的に質と一貫性が改善するかは不透明である。

各省庁には、規制影響分析に時間や人員を費やす意向がみられない。第1に、分析がもたらす効果を疑問視し、ただでさえ忙しい上に不要な負担が増すと考える政府関係者もいる(パブリックコメントについても同様に捉えているのかもしれない)。長年、そんな分析など行わずに規制を作ってきたのだから、今さら不要というのが本音なのかもしれない。

第2に、2007年に規制影響分析が義務づけられて以降も、各省庁に対して高度な規制影響分析を強制できる組織は存在しない。省庁は総務省に分析結果を提出して意見を聞くことが求められるが、これは事前ではなく、規制の発表と同時に行われる。政府組織の中にあって、総務省が他省庁に指図をする権限も限られている。

第3に、高度な分析に必要な専門知識や研修を十分に受けた政府職員の数が限られており、2年毎の人事異動制度も専門知識の向上を妨げているといわれる。

現行規制の見直し

日本では1990年代以降、規制の見直しに向けたさまざまな努力が行われている。改革推進派は、内閣府の規制改革推進室が調整する現行政策が従来よりも大きな成果を収めるのではないかと、慎重ながら楽観的な見方をしている。安倍首相が規制の見直しを優先事項の1つに据え、「第三の矢」(経済改革)の主要項目としていることが背景にある。

この政策が最終的に成功を収めるのかは時が経てばわかるだろうが、これまでに具体的な実施計画を定めた多くの改革案が生まれている。ホームページの公開ホットラインなどを通じて政府外から多くのアイデアが寄せられている。たとえば物議を醸している農業改革や医療改革といった分野に注目が集まりがちだが、高技能の外国人労働者を雇用するための中小企業向け融資の拡充なども検討されている(注7)。

現行規制の見直しはオバマ大統領にとっても優先課題であり、大統領令によって、負担や費用軽減を目的としたため、政府全体で見直しに着手した結果、短期的で数十億ドルの節減に成功している。日米両国にとってこの作業を制度化し、日常的な規制プロセスに組み込んでいくことが大きな課題である(注8)。

政府内の連携

以上での説明のように、日本の場合、内閣府が主導する現行規制の見直しと、内閣府が関与しない新しい規制の策定プロセスは大きく異なる。総務省は指針を出し、パブリックコメントと規制影響分析の要件の遵守について監督するが、規制の変更や改善を求める権限は限定的である。一方、米国では行政管理予算局の付属機関である情報・規制問題室(OIRA)が大きな権限を持つ(注9)。OIRAの責務の1つは、規制所管府省が作成した重要な規制案を精査し、大統領が設定した優先項目との整合性をチェックし、費用に見合う便益が得られるか判断する(注10)。

また、OIRAは他省庁やホワイトハウスオフィスとも規制案を共有し、意見や議論を求め、政府としての規制方針を設定・監督する。日本の場合、総務省をはじめとしてこのような役割を担っている省庁はないが、法域が重なっている場合や、内閣による規制の承認が必要な場合には、もちろん省庁間の協調や議論が行われている。

結論

どの国においても規制プロセスを改善する方法はある(注11)。日本にはパブリックコメントと規制影響分析をより有効に活用するチャンスがある。非常に優れた官僚機構を背景に、重要な必要事項は法律に盛り込まれている。安倍政権は現行規制の改善を掲げており、TPPの「規制の内外調和」の章の成立が差し迫っていることもあり、さまざまな意味で改善に向けた環境は整っているといえる。

1つのアプローチとしては、現行規制の改革を反映させ、新生内閣府を発足させる、あるいは現在の内閣府の権能を拡充する、もしくは総務省の規制分野での権限を強化することが考えられるが、米国の行政機関と比較して強大な権力を持ち、独立性の高い日本の省庁がこのような解決策に抵抗するのは明らかである。いずれにせよ、長期的な視点から規制の質を向上させ、説明責任、透明性を高め、将来の国際協力の機会を増やすためにはこのような取り組みが重要といえる。

本コラムの原文(英語:2015年8月28日掲載)を読む

2015年9月15日掲載
脚注
  1. ^ "Good Regulatory Practices in APEC Member Economies Baseline Study"(2011年11月)。
    "Recommendation of the Council on Regulatory Policy and Governance"(OECD、2012年)も参照のこと。
  2. ^ 法律制定には規制上の要件も含まれうるが、ここでは成立した法律の詳細を各省庁が補っていくプロセスに注目する。米国では議会を通過した法律は包括的であるケースが多く(日本はこの傾向がさらに強い)、議会の追加承認を必要としない規制を発表する各省庁の裁量権は非常に大きく、福祉や経済に多大な影響を及ぼす可能性がある。たとえば、気候変動の脅威に対抗するためにオバマ大統領がとった国内措置のうち、最も影響力があったのは、議会を通過した法律ではなく省令である。
  3. ^ 米国の大統領令は60日間のコメント提出期間を推奨しているが、これよりも短い、あるいは長い場合も多い。
  4. ^ 日本の規制プロセスでは審議会の存在も重要で、ある程度の透明性と政府外の有識者の意見(一般のパブリックコメントの前に行われる)を反映している。しかし、審議の程度には幅があり、審議会は議論を経て新たな決断を下す場というより、すでに策定された方針を形式的に承認する場とみなされている。政府関係者は規制についてさまざまな選択肢を考慮するため、日米ともに外部の第三者との非公式な協議が重要な役割を果たす。
  5. ^ 規制の事前評価の実施に関するガイドライン(2007年8月24日)
  6. ^ 米国では、連邦議会予算事務局が立法案を分析する。行政府の法令については、費用に見合う便益をもたらす場合のみ実施されるが、規定が及ぼす経済的影響が年間1億ドル以上と推定される場合に限り、規制影響分析が義務づけられる。
  7. ^ さらに、日本政府は昨年、国家戦略特区として6地域を指定し、医療、雇用、教育、都市の再活性化、農業、歴史的建造物の活用などの改革を実験的に行うことを決定した。内閣府の担当部署(地方創生推進室)が調整を行い、規制改革などに取り組む計画であり、将来的には全国規模で実施される可能性がある。
  8. ^ 日米ともに省庁全体の改革を制度化するのは容易ではないが、さまざまな理由により米国の大統領の方が日本の首相よりも仕事を進めやすいといえる。ただし、日本は内閣府の規制改革推進室の人員が40~50名(官民スタッフの割合は半々)いる点で有利である。米国のOIRAも同程度の人員数を抱えているが、新しい規制のレビュー作業に追われ、規制以外の多様な責務を抱えている。
  9. ^ 筆者は2013~2014年にOIRAの副長官を務めた。
  10. ^ OIRAは大統領令で定められた「重要な」規定のみレビューを行う。総じて、OIRAの権限が及ぶのは内閣の機関や行政各省庁(環境保護庁、保健福祉省、農務省など)であり、議会に「独立」機関として承認されている証券取引委員会や連邦通信委員会などは対象外である。
  11. ^ ここ数年、米国では新たな指針が次々と発表され、慣行とプロセスは常に進化している。オバマ大統領は3つの大統領令(一般的な規制プロセスへの取り組み、現行規制のレビュー、国際規制協力)を発令した。また、各省庁が常時、経済分析に使用できるよう、たとえば炭素の社会的費用に関する試算方法の開発など、費用便益の新たな測定方法が開発されている。

2015年9月15日掲載

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