賃金について考える
-果たして賃金は下がっているのか? 影響を大きく受けた人は誰か? その要因は何か?

児玉 直美
コンサルティングフェロー

今年2月、安倍晋三首相は、経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体トップと首相官邸で会談し、デフレ脱却に向けて業績が改善した企業から賃金を引き上げるよう要請した(2013年2月12日 日本経済新聞)。そもそも、我々の賃金は平均的にはどのように変化してきたのだろうか。このコラムでは、賃金について考えてみよう。果たして賃金は下がっているのか? いないのか? その影響を大きく受けた人は誰か? その要因は何か? についての現状をデータから確認したい。

賃金は下がっているのか?

1990年代から2000年代にかけての賃金の推移を、賃金構造基本統計調査で見てみると、バブルが崩壊した後も1997年まで緩やかに賃金は上がっていた。年収は、1997年の461万円をピークに、その後一貫して下落しており、2004年には421万円、2009年には385万円となっている(注1)。

図1:賃金の推移
図1:賃金の推移

影響を大きく受けた人は誰か?

この間、労働者の高齢化が進み、産業のサービス化が進展し、週40時間労働制の実施に伴い平均的な労働時間は短縮し、また1990年代後半から、非正規労働者が非常に増えた。図2は、1993年から5年毎の労働者の年齢別年収である。1993年から2008年にかけて、全ての年齢で年収は下がり、中でも、30歳代、50歳代の賃金低下幅が大きい。30歳代の賃金低下幅が大きく、40歳代ではそれほど大きくないのは、1990年代には30歳代後半に管理職になる労働者が多かったが、2000年代に入って40歳代前半で管理職になる労働者が増えたことが原因と考えられる。1990年代には40歳代後半から50歳台前半でも若干賃金は上昇していたが、2008年には、40歳代前半の賃金水準が50歳台前半まで続くようになった。

図2:年齢別年収の経年変化
図2:年齢別年収の経年変化

図3では、属性(学歴、年齢、勤続年数、性別、一般/パート労働者の別、労働時間が同じ)を揃えて、労働者の年収の変化を、1993-1998年、1998-2003年、2003-2008年、2005-2009年で比較した。サービス産業では、1993年以降一貫して賃金下落が続いている。1998-2003年、2005-2009年の同じ属性の労働者の年収は8%も下落した。一方、製造業では、1993-1998年には6%賃金が上昇、1998-2003年には1%下落したが、2003-2008年は±0%、2005-2009年は2%下落となっている。国際的な価格競争に巻き込まれている製造業よりむしろサービス産業の方が賃金下落幅は大きい。

図3:賃金の変動率(属性コントロール後)
図3:賃金の変動率(属性コントロール後)

その要因は何か?

さらに、賃金変動要因を細かく見てみると、製造業では、1993-1998年には同じ属性の労働者の賃金は上昇、1998-2003年には労働者の賃金は下がった。一方、サービス産業では、1993-1998年にはパート労働者の増加により、1998-2003年は同じ属性の労働者の平均賃金が下がることにより、2003-2008年は労働時間の短縮、パート労働者の増加により、2005-2009年は労働時間の短縮(残業時間減少や短時間労働者の増加)およびパート労働者の増加により、賃金が下落した。

サービス産業を更に細かな産業分類毎に見ると、小売業では、1993-1998年には11%、1998-2003年には15%、2005-2009年には4%賃金が下がっている(図4参照)。賃金下落要因は、いずれの時期も、パート労働者増加と労働時間短縮である。飲食サービス業でも、1993-1998年には18%、1998-2003年には6%、2005-2009年には14%賃金が下がった。飲食サービス業の賃金下落は、1993-1998年、2005-2009年ではパート労働者増加の寄与が最大であり、1998-2003年では年功カーブが緩やかになることによって起こっている。成長産業に分類される医療・福祉業の賃金は、1993-1998年には5%上昇したものの、その後下落し、1998-2003年には2%、2005-2009年には7%の下落となっている。医療・福祉業の賃金は、1993-1998年には時間当たり賃金上昇により上昇、1998-2003年、2005-2009年には全体的な賃金水準の低下により下落した。この結果は、2000年からの介護保険導入という大きな制度変更や、医療保険、介護保険財政逼迫により賃金が上昇しにくいといった事情によると考えられる。情報通信業では、比較的賃金は安定的に推移している。1993-1998年は11%上昇、1998-2003年は2%下落であったが、2005-2009年は7%上昇となっている。ただし、1993-1998年の賃金上昇の理由は、高齢労働者の比率上昇によって、2005-2009年の賃金上昇はパート労働者減少によってもたらされている。1998-2003年には情報通信業でも全体的な賃金水準が下がっている。

図4:賃金変化率
図4:賃金変化率
注:賃金構造基本統計調査の調査票、調査設計は、2005年調査から大きく変わっているため、2003-2008年の変化には調査変更による影響も含まれていることに留意が必要である。

1990年代以降、パート労働者増加、労働時間短縮、平均賃金率下落などの要因によって、多くの労働者の賃金は下がった。製造業よりもサービス産業でより大きく、またサービス産業の中でも、小売業、飲食サービス業など対個人サービス業で大きく賃金が下落した。比較的賃金下落幅が小さかったのは、製造業、情報通信業、卸売業など、むしろ国際競争にさらされている業種、対事業所サービス業であった。今回の分析期間は、製造業、卸売業の労働者数が大きく減少した時期に重なるため、スキルの高い労働者が会社に残り、スキルの低い労働者が退出した結果、賃金が上がっているように見えている可能性は残っている。労働需給と合わせた分析が今後の課題である。

2013年12月3日
脚注
  1. ^ 賃金構造基本統計調査の調査票、調査設計は、2005年調査から大きく変わっているため、2004年と2005年は単純に比較できない。
文献

2013年12月3日掲載

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