ダイバーシティの推進について

山口 一男 客員研究員

日本的雇用慣行とその機能不全

先日「女性活躍と日本企業の機能不全脱却について」というポリシーディスカッション・ペーパーをRIETIのウェブで発表した。幸い、発表10日間でダウンロード数が1000を超え、多くの読者が関心を持ってくださったようだ。この論文はダイバーシティ・女性活躍の関係では、これまでに書いた研究論文とは異なり、より広い読者に向けたノンテクニカルな論文であるが、筆者らの研究から得られた識見に加えて、新たに戦後発達した日本的雇用制度・慣行について、その制度下で女性の活躍が進まない理由や、その制度・慣行自体の持つ、現在の人材活用の機能不全を明らかにしようとしている。

日本的雇用慣行は、戦後の高度成長期に当時の文化的かつ経済的初期条件の下で普及し、戦略的合理性(定義は論文参照)の原理の基に、さまざまな補完的制度が発展して出来上がった制度であるが、今回の論文は実際にわが国で実現された制度だけでなく、欧米では発達したが日本では採用されなかった制度について、なぜ日本では採用されなかったのかをあわせて考えることで、わが国特有の制度の発展の説明を試みている。詳しくは原稿をお読みいただくしかないが、文化的初期条件の違いに加え、既に出来上がっている他の制度との補完性による合理性の判断が論理の中心にある。

しかし既存の制度の補完性による制度設計は、採用当時は合理的でも外的条件が変化すると合理的でなくなりうる。にもかかわらず、相互補完性を持って作り上げられた一連の制度は変換コストが大きく改変が難しく、制度の根幹部分を残して問題を解決しようとしても現状維持が合理的となる、という一種の劣等均衡状態に陥る。具体的には以下の表でまとめているように、筆者は根幹の制度である「終身雇用」と「内部労働市場」の制度が機能不全になっていると考えている。1行1列目が高度成長期の状況、2行2列目が現在の状況である。

表:外的状況の変化による日本的雇用慣行の機能と逆機能
市場で評価される技術革新などで成功モデルの不確実性は小:集中力が重要市場で評価される技術革新などで成功モデルの不確実性が大:環境適応力が重要
労働需要の安定的増加が期待できる。雇用調整の柔軟性の必要なし終身雇用、内部労働市場は機能内部労働市場は逆機能、人材の多様性が機能
労働需要は不確実、雇用調整の柔軟性が必要終身雇用は逆機能終身雇用、内部労働市場ともに逆機能1 人材の多様性が機能
1 終身雇用は雇用調整にとって硬直的。内部労働市場(企業内昇進中心の人材登用)は同質的な情報を持つ集団が決定権を持つので環境適応力が小さく、また採用・訓練コストを下げても、過去には成功したがもはや成功しない企業特殊な技術・知識を再生産しやすい。

ここでいう人材の多様性が「ダイバーシティ」であるが、多様な知識・情報・経験を持つ人が協力することで、優れたイノベーションが生まれ、企業の環境適応力を増すという考えである。反対に多くの雇用者が一生同じ企業に勤め、情報も同質的で重複し、また「生え抜き」がリーダーとなる日本企業の典型的なあり方は現代においてはリスクが大きい。ちなみに欧米大企業では社外取締役は全体の5割を超えるが、日本の大企業では1割以下であり、この点でもダイバーシティの軽視は明らかである。人材活用について内部労働市場の根本的見直しが重要だ。しかし、多様な人材が意志決定に関与することによって問題も生まれる。多様な人々の間でいかに積極的協力や意思決定の統合を生むかが問題となるからだ。それがダイバーシティ・マネジメントの問題である。目標の共有、納得のいく公平原理の確立、意思決定の手続きの透明性など、原則はいろいろあるが、筆者はこの問題を小手先で考えてはならないと以下の理由で考える。

ダイバーシティ推進の社会的ビジョン

筆者は1990年代以降米国の経営学雑誌などで用いられるようになったダイバーシティ・マネジメントの概念が、ダイバーシティ概念そのものを代表するかのようにわが国に入ってきたとき、丸山真男が戦後の日本の学界を「蛸壺化」と評したことを思い出した。西洋ではギリシャ・ローマ文明、ルネッサンスを経て、現代のさまざまな人文学、社会科学、自然科学に発達した学問が、根底にある哲学・思想で幹としてつながる枝葉のようであるのに対し、日本の学問はばらばらな個々の専門のところで、西洋の先端とつながっており、その結果横につながる共有の幹を持たない性質を言及したものだ。ダイバーシティという概念は、経営学用語ではなく、多様な人々に平等な機会を開き、国民1人1人の可能性が充分尊重される社会を生み出すことを目的とする、ヒューマニズムの思想なのだ。

筆者はわが国で「ダイバーシティ」に関するより根本的理解の必要を感じ、ファンタジー・寓話という異例の形式で『ダイバーシティ:生きる力を学ぶ物語』という若者向きの本を以前出版した。本は「個人にとってのダイバーシティの意味」と「社会にとってのダイバーシティの意味」を明らかにする2つの物語よりなる。この本を読んだある読者がブログで「ひとりひとりが違うことを認め合い、協力して豊かな創造を生むことができる社会をつくることと、個々が自分が自分であることに誇りをもって生きていくことは、全く別なテーマのようで、実は密接に繋がっているのだということが、この本全体のメッセージだと受け取りました」と記してくださった。その通りなのである。ダイバーシティは単に多様な人々の持つ情報・知識を生かすことではなく、多様な人々そのものを生かす思想なのだ。そして多様な人々への機会の平等の実現の貫徹がその基本にある。

企業における女性の人材活用のありかた

筆者は昨年末「国立女性教育会館」主催の企業人のためのダイバーシティ理念を理解するための講演に招かれた。そこで館長の内海房子氏がNECソフト取締役時代に、女性の人材活用の3K原則というものを残した事を学んだ。「(女性だからといって)決めつけない」「(男性と同様に)期待する」「(男性と同様に)鍛える」の原則である。女性に機会を男性と同等に与えよ、という簡潔なメッセージだ。また同日のシンポジウムで元ソニーの環境担当副社長(VP)の高松和子氏によると日本の男性管理職は「女性に優しい」ことを「易しい仕事、責任の軽い仕事」を与えることと混同しているという。女性雇用者の多くが家庭の役割との葛藤を抱えており、そのことへの配慮は重要だ。就業時間や就業場所の柔軟さを導入することで、企業は雇用者がワークライフバランスを達成しやすい職場環境を作るべきである。一方高松氏の指摘した日本の男性管理職者の「優しさ」は、内海氏の原則と正反対で、女性雇用者のキャリア進展や仕事達成能力成長の機会を奪う。個人や家庭の事情を配慮することはダイバーシティの思想の根幹にあるが、それはより平等な機会を与えるために行われるべきで、機会を奪ってしまうのでは論外だ。また「易しい仕事、責任の軽い仕事」がいわゆる一般職の典型的仕事であるのなら、そのような職の雇用者が多いことが日本におけるホワイトカラーの生産性の低さの一因ではないか、とも思った。米国では専門性を持たないホワイトカラーのサポート職、いわゆる一般事務職、はIT革命のおかげもあり減少している。「易しい、責任の軽い職」など必要なくなるのではないか。一方ダイバーシティ推進は人々の専門性を生かし育てることでもある。

2013年2月19日

2013年2月19日掲載