東アジア経済統合の新たな動き

篠田 邦彦
コンサルティングフェロー

東アジア地域の生産・販売ネットワークの現状

2011年秋にタイで起こった洪水は、ASEANを含む東アジア地域と我が国が今や不可分の生産・販売ネットワークで結ばれているという実態を改めて浮き彫りにした。中国やASEANを中心とするアジア地域における現地法人の数は1万1497社にのぼり、我が国の海外現地法人総数1万8599社の6割以上がこの地域に集中している(注1)。また、アジア新興国の消費も急激に拡大しており、2000年には2.4億人であった中間層は、2020年には10倍の23.1億人に拡大することが見込まれている(注2)

2つの経済統合構想と新たな概念としてのRCEP

このような中、我が国は2006年の『グローバル経済戦略』において、ASEAN地域と日、中、韓、加えて印、豪、NZを含む東アジア経済統合の構想(「ASEAN+6」「CEPEA (Comprehensive Economic Partnership in East Asia)」)を提唱し、東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)を設立するなど、東アジア各国との関係の緊密化を進めてきた。他方、本構想とは別に、2003年からASEANおよび日中韓での経済統合(「ASEAN+3」もしくは「EAFTA (East Asia Free Trade Area)」)も提唱されており、過去5年の間、東アジア経済統合の試みは2つの構想の間で揺れ動いてきた(注3)

しかしながら、ASEAN+6とASEAN+3は、カバーする国の範囲も重複しており、これらの構想のいずれが実現されるにせよ、目指すルールの方向性は同じでなければならない。2011年に入り、TPPや日中韓FTA等の動きも背景に、2つの構想を統合させようとする動きが加速。2011年8月の経済大臣会合では日本および中国が貿易自由化に関する新たな3つの作業部会(物品、投資、サービス)の立ち上げを提案し、日中が共同歩調をとった。

ASEAN+3とASEAN+6が統合されていく流れを受けて、2011年11月の東アジアサミットでは、ASEANが国の数を限定せず、全ての国に開かれた「RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership)」という新たな概念を提唱(注4)。2012年4月のASEAN首脳会合においては2012年11月までにRCEPの交渉開始を目指すこと、そのために早期に作業部会を設置することが決定された。ここに至り、東アジア経済統合の試みは、参加国の数をめぐる議論を超えて、実現に向けて大きく舵を切ることとなった。

我が国にとっての東アジア経済統合の意義

ではこの新たな枠組みで我が国は何を目指すべきか。ASEAN+6提唱から5年を経た今、改めて東アジア経済統合によって実現すべき我が国の利益を考えてみるならば、主に以下の3点に集約できるだろう。

1点目は、東アジアの生産ネットワークの広域化、緻密化に対応する広域的な経済連携の構築である。東アジア地域において高度に効率化・分散された生産ネットワークの中で、1カ国とのEPA/FTAのみでは、優遇された関税率を適用するために必要な「原産性」の判断が困難になっている。また、既存の2カ国間もしくはASEAN+1のEPA/FTAは、協定毎に詳細のルールが異なっているため管理が非常に煩雑であるとの意見も強い。最適な生産配分・立地には、主要生産地を全てカバーする広域的なEPA/FTAが必要である。

2点目は、新興国に対するアクセスの向上である。特に中・印は、今後アジア市場で最大の輸出先として期待されるが、関税の高さ、通関手続きの煩雑さ、その他の輸入規制が阻害要因となっているという声もあり(注5)、EPAによる更なる自由化・円滑化が期待される。また日本企業が中・ASEANや印・ASEANといった第3国間FTAを活用している場合、問題が生じても日本政府は直接関与できない。中・印とASEANを含む枠組みに我が国が参加することで、規律の確保、着実な執行の両面で働きかけることが可能になるだろう。

3点目は、日本国内の立地競争力の強化である。既に中国やタイで高付加価値部品を生産する動きも見られるところ、ASEANや中・韓が参加する広域的経済連携に加わらなければ、国内立地が劣位におかれ、国外に拠点を移す動きが加速することも懸念される。高付加価値な部材の生産を日本に留めつつ、効率的な生産ネットワークを構築し、我が国企業の競争力を維持していくためにも、積極的に新たな枠組みをリードしていくことが必要である。

以上の観点から、我が国は、「包括的経済連携の方針」に基づき、東アジア包括的経済連携の交渉開始を可及的速やかに実現することを目指している。

今後の課題

昨年の東アジア首脳会合での決定および4月のASEAN首脳会合の決定に基づき、今後ASEANおよび対話国との作業部会で議論が進められる予定であるが、新たな地域統合の実現に向けてはいくつかの課題がある。

第1に、先進国間でのEPAとは異なり、東アジアの参加国は発展段階もさまざまであり、高いレベルの経済統合を直ちに全ての国が実現することは難しい。新たなEPAの実現には、野心的な目標を掲げつつ各国の実情に応じた協力も実施するなど、漸進的なアプローチを取ることが必要であろう。第2に、先にも述べた通り、この地域には既にFTAが多層的に存在しているため、新たな広域的枠組みのルールは、既存のFTAのルールを基に、これを統合、簡素化したものとすべきである。この点、既存のFTAの共通点・相違点について分析を行っているERIAのFTAマッピング研究が参考となろう(注6)。第3に、新興国への進出を支援するには、関税削減のみでは不十分であるという点である。たとえば、サプライチェーン構築には物流網や流通網の自由化や円滑化が不可欠であり、サービスや投資の自由化など関税以外の要素も含め、包括的な合意を目指す必要があるだろう。

これらの課題があるものの、東アジア地域には、既に長年築かれてきた生産・販売ネットワークが存在して、今後経済実態を反映して、一気に経済統合の実現に向けた動きが加速する可能性もある。ASEAN首脳会合で決定された本年11月の交渉開始目標が果たして実現できるか、2012年の動向から目が離せない。

2012年4月24日
脚注
  1. ^ 経済産業省『第41回海外事業活動基本調査』
  2. ^ 経済産業省『平成23年度版通商白書』
  3. ^ これまでの議論の詳細については以下WEBサイト参照。http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/asean/activity/asean63.html
  4. ^ 「RCEP」は参加国の数をあらかじめ限定しないが、参加条件となる「テンプレート」に同意できる国のみ参加するという形を想定している。「テンプレート」は、協定の主要な柱立てや自由化率等を記載したものというイメージだが、詳細はまだ明らかにされていない。
  5. ^ ジェトロ 『平成23年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査』等参照
  6. ^ ERIAの研究については、たとえば、下記のページを参照ありたい。
    http://www.eria.org/research/y2010-no1.html
    http://www.eria.org/pdf/ERIA-PB-2012-02.pdf
文献

2012年4月24日掲載

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