保護主義に対抗するためには

早藤 昌浩
コンサルティングフェロー

拡大する保護主義の懸念

3月11日の東日本大震災から8カ月が過ぎた。各方面から復興への支援が寄せられ、被災地では様々な復興策が採られている中で、日本をとりまく貿易環境が開放的であることは、その貿易振興のため、また、消費者の利益のために必要である。逆に、市場開放を忌避しまたは新たな貿易障壁を設定したり、貿易相手国を差別的に扱うといった保護主義が蔓延することによる輸出市場規模の停滞・縮小や消費者利益の縮小は、なんとしても回避したいところだ。

保護主義の懸念は、これまでも世界経済の先行きが不透明となる時期(例:戦間期)にしばしば発生してきている。最近では、世界金融危機が急激に悪化した2008年後半以降特に、保護主義の懸念が生じてきており、これを受けて、WTOでは2009年から世界の貿易環境の検証の一環として、WTOメンバー国・地域の貿易政策を中心とした貿易に関連する政策・制度の現状把握・検証作業(モニタリング)を実施している。日本の貿易関連政策・制度に関しては、今年の2月に開かれたWTO貿易政策レビュー(TPR)対日審査において「レビュー期間内において、日本は新たな保護主義的貿易措置を導入していない」と、議長サマリーでの評価がなされたところである。その後のモニタリング報告を見ても日本自身が特段の保護主義的措置を導入しているとは見受けられないことは好ましい。

他方、世界各国の世界金融危機を受けての貿易政策の動きを見ると、当初危惧されていたような保護主義の蔓延は2010年まではあまり見られていなかった。しかしながら、今年6月に発表されたレポートでは、輸出規制や貿易の技術的障害(TBT)・衛生植物検疫(SPS)措置や通関手続の遅延行為等の導入が目立つとの結果が出ており、10月に発表されたG-20諸国の貿易措置に関するWTOレポートにおいても、各国国内経済の諸問題に対応して対外的に保護主義が進展してきているのではないかという懸念が表明されている。様々な保護主義的な動きにともなって実際の貿易障壁が上がってきていると思われる事例が増えているのも気がかりだ。

多角的貿易自由化、地域統合の拡大、自主的な自由化

今後の世界経済の回復および持続的発展を確保するためには、より開放的な世界貿易システムが望まれる。近年の世界の貿易政策をとりまく大きな流れに目を転じると、自由貿易協定(FTA)等地域統合締結数の世界的増加が注目される。日本においても、最近は日・EU協定や環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に関する議論などが進みつつあるようだ。しかしながら、WTOの前身のGATTは、戦前のブロック経済指向とその弊害を認識した諸国が地域主義を超える多角的貿易システムの形成を目指して成立したわけであり、また、これまでの世界経済が世界規模での貿易自由化の進展に伴って成長してきたことは事実である。このような地域統合の拡大の中にあっても、できる限り多くの参加国を交えた多角的貿易自由化が推進されることが世界的に最も望ましいことは、WTO貿易政策レビュー会合の場でも多くの加盟国・地域に支持されている考え方である。

また、そもそも貿易自由化は一国の自主的判断のみで可能な政策であり、1つの選択肢である。しかしながら実際の世界で自主的貿易自由化が進まないことの1つの理由は、自由化によって利益を受ける部門と不利益を受ける国内部門が必ず発生するという所得分配上の問題にあると考えられる。それでも標準貿易的理論は、不利益を受ける部門への適切な所得移転を図る費用を差し引いても、貿易による国民全体の利益(消費者余剰)はプラスであるとしているわけで、貿易自由化と同時にいかなる所得分配面での具体的対策を講じることができるのかは検討に値する課題であろう。

システム選択に当たってのシミュレーションの重要性

多角的貿易自由化、さまざまな地域統合、自主的な自由化等の貿易政策を実施した場合にどのような効果が予想されるかを検討するに当たって有益なのは、費用便益分析を含めたシミュレーション(推計)に基づく数量的評価であると考えられる。推計はあくまで予測であり、前提の置き方、使用するモデルや数値の採用法などにより、さまざまな結果が出ることが予想され、「確実な」推計というものは存在しないであろう。しかし、ある分野について市場開放を進めるか、または市場障壁を維持するかという点に関して、公的部門により公開された推計の中身をさまざまな角度から検討し、数量的な議論を展開することは、定性的な議論より経済の各部門に与える影響を具体的にイメージしやすく、貿易政策の判断材料になることが期待される。

他方、上述の対日TPR・WTO事務局報告書によれば、日本の貿易政策の形成過程ではこうした推計や数量的評価はあまり用いられていないようだ。同報告書は、特に、農業保護等既存の施策や地域統合の数量的評価が殆ど用いられていないと指摘すると同時に、昨年来、日本政府が公表してきているTPP参加に関する影響評価等の推計・分析が政府によって発表されることは費用対効果の良い貿易政策の採用を促すものと評価している。貿易政策に関しての各方面の合意形成に当たっても、さまざまな角度からの推計が公開されることは、それらの中身についての数量的な議論を誘発することにより、定性的な議論のみに頼るより日本経済の各部門に与える影響を具体的にイメージ・評価しやすいという点で、望ましい方向であると期待される。日本以外の各国でもこうした推計がより多く公表され、貿易自由化の効果についての議論が深まることが期待される。

いずれにせよ貿易自由化の流れを止めてはいけないのは世界の諸国・地域に共通する課題である。保護主義に対抗できるよう、必要な構造改革が世界的に進展し、WTO協定にビルト・インされた自由化約束や透明性向上などを通じて保護主義に対抗し、多角的貿易交渉等を通じて、世界の多くの国々・地域にとってメリットのある方向に議論が深まり、貿易自由化が進展していくことを期待している。

2011年11月22日
文献

2011年11月22日掲載

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