リーマンショック後の企業の知財活動-特許出願上位企業へのアンケート調査から-

久貝 卓
上席研究員

リーマンショックと知財活動の関係

2008年秋米国で起きたいわゆるサブプライム問題に端を発するリーマンショックは、世界的な金融危機を引き起こし、欧米に依存する日本経済に大きな打撃を与えた。他方世界経済の停滞が長引くなかで、中国を中心とする新興国の経済は総じて順調に拡大を続けた。このため、日本企業は、低迷する国内市場からアジア・新興国市場に経営資源をシフトさせ一層の事業拡大を図る傾向にあり、知財行動にもそれが表われていると思われる。

特許庁の調査によると、わが国企業の特許出願は、2008年から2009年にかけて、リーマンショックをまたいで約10%減少し、審査請求件数も同様に10%減となったようである。

このような企業の知財活動の変化の背景を探るために、経済産業研究所は、日本知的財産協会のご協力を得て、本年5月特許庁への出願件数上位200社などを対象に、出願動向アンケート調査を実施した(回収率69%)。業種別データなど調査結果の詳細は別紙にあるが、全体概要を以下に紹介する。

(1) まず、2009年の国内出願は2年前の2007年と比較して非常に減少(前年比10%以上)ないし減少とした企業が全体の65%、審査請求についても同68%となった。特に審査請求は、費用が大きくなることもあり、非常に減少したとする企業が50%を超え、増加したとする企業はほとんどなかった。

(2) 他方国際出願については、国内出願同様減少してはいるが、その企業の割合は国内出願より小さく、PCT出願と対中国向けについては増加したと答えた企業が約20%あった。

特許出願件数、審査請求件数および保有特許件数の推移

(3) 国内出願が減少したとする企業(90社)にその理由を聞くと、研究開発費の減少あるいは知財費用の減少など業績の悪化からくるものがいずれも30社強あった。しかし、先行技術調査の強化による質の高い特許を目指し出願を厳選したとするものが50社、出願のノルマ制廃止・企業戦略上必要なもののみ出願するという理由をあげるものが、20社あり、業績悪化が契機になったとしても、企業が、権利行使に耐える強い特許や、自社事業に不可欠の重要な特許に絞った出願をするようになったことが伺える。また20社弱であるが、研究費は不変だが出願可能な技術成果が少なくなったことを理由にする企業があり、研究開発の効率が低下している可能性がある点に留意が必要である。

国内出願件数が減少した理由

(4) 他方、国内出願が増加した企業(30社)は全体の20%にとどまるが、出願件数が企業の技術力を示す(14社)、国際標準を狙い特許を確保(13社)海外出願の基礎だから(11社)など、いずれも長期的な出願戦略があるものと思われる。

国内出願件数が増加した理由

(5) 海外出願率については既に触れたように34%の企業が減少、不変が28%に対し38%の企業が増加と答え、その最大の理由が中国など新興国への出願重視としている。自社事業のグローバル化、海外展開を知財面でもフォローしていることが見られる。

海外出願率が増加した理由

(6) 最後に2010年度の前年度比の出願見通しをみると、国内出願(139社)については、不変とする企業が77社と最も多く、ついで増加する45社、減少は16社となっている。他方、海外出願(138社)については、増加するとした企業が65社と最も多く、ついで不変64社、減少が8社となり、2010年度も海外出願シフトが続くものと思われる。

2010年度の国内・海外出願の増減見込み

アンケート調査から見られる知財行動の傾向

以上のアンケート調査から見られる企業の知財行動の傾向は、第1に国内における特許の質の重視などによる出願抑制であり、第2に海外出願の拡大である。国内については、これまでの特許査定率が50%前後であるので、出願を絞ることには一定の合理性はある。また国内を絞って浮かせた予算で海外予算を確保する必要もあろう。他方特許出願の奨励には、企業内研究者のモチベーション向上や、自社技術力のPRといった効果もあり、これらの要素も考慮しながら今後も国内出願の選別、重点化を進められるものと思われる。他方海外への出願は、今後とも増加が続くものと思われる。多くの企業が、中国などアジア・新興国市場へ、生産工場に加え、研究開発機能などもシフトすることが予想されるからである。

2010年8月3日

2010年8月3日掲載