オバマ新政権の外交・安全保障政策を考察する

久保 文明
ファカルティフェロー

現代のアメリカには、さまざまな外交観が存在している。オバマ新政権の外交・安全保障政策はどのようなものになるであろうか。これについて、以下に提示する類型論の中で考えてみたい。

米国外交観の類型

こんにちのアメリカの外交観については、以下のように分類することが可能である。

  1. 民主党系左派・反戦派
  2. 民主党穏健派
  3. リベラルホーク
  4. 共和党穏健派・リアリスト
  5. 共和党保守強硬派
  6. 共和党系新保守主義派者
  7. 共和党系宗教保守派
  8. 共和党系孤立主義者

1はアメリカによる海外での軍事力行使に反対するグループであり、現在ではイラク戦争に強く反対し、即時全面撤退を求めている。2はアメリカによる軍事力行使を場合によって容認し、テロとは断固戦う方針を支持している。ただし、多国間主義的枠組みを重視する。3はボスニア・コソボへの武力介入にみられるような人道的介入を強く支持するグループを指す。

共和党系では、4がニクソン=キッシンジャー以来の流れで、イデオロギー色が薄く、国益と力の現実を重視する外交政策を支持する。5はレーガン政権初期に見られた力でソ連を圧倒しようとした政策に代表される。6は力の外交に民主化といった使命感を組み合わせた外交観であり、まさにジョージ・W・ブッシュ政権の第1期目に影響力を遺憾なく発揮したグループである。7は内政に主たる関心を寄せるものの、宗教的自由の迫害や人工妊娠中絶などの争点との関係で、外交にも関心を寄せる。8はアメリカによる海外への関与を全面的に否定するグループであるが、パット・ブキャナンのような道徳的保守派もいれば、リバタリアンも存在する。

アメリカ外交の類型論については、アメリカ史をすべて見渡すたぐいの分類が多いが(たとえばウォルター・ラッセル・ミードによる4類型)、現在の外交論の分布と流れを理解するためにはあまり役に立たない場合も多い。上で提示した分類の方が便利であろう。

また、この分類は狭い意味の外交専門家だけを対象したものでないことが、その特徴である。予備選挙や議会において強い影響力をもつ反戦派や宗教保守派の重要性もここでは留意されている。

2008年米大統領選挙との関係

はからずも、2008年大統領選挙には、さまざまな外交観を代表する候補者が立候補していた。民主党ではデニス・クシニッチが左派・反戦派に属していたが、バラク・オバマもそのグループから強い支持を得ていた。彼らは元来はヒラリー・クリントンを支持していたが、彼女がイラクに対する武力行使容認決議案に賛成投票し、またそれを自己批判しなかったことに反発して、彼らの多くはオバマに乗り換えた。ビル・リチャードソン、ジョン・エドワーズらも左派・反戦派に傾斜した選挙戦を展開したが、ジョー・バイデン、クリス・ドッドらはもう少し外交・安保専門家の方も向いた戦いを行ったとみてよいであろう。リベラルホークに属する候補者としては、2000年の副大統領候補ジョー・リーバーマンが典型的であるが、今回は見当たらなかった。

共和党はさらに多様である。ロン・ポールという下院議員が予備選挙において善戦したが、彼はリバタリアンであり、イラク反戦の立場を強く打ち出した。アイオワ州党員集会で勝利したマイク・ハカビーは宗教保守そのものである。すぐに撤退したがトム・タンクリード下院議員は保守強硬派であるが、同時に激しい不法移民攻撃で知られる。その点ではブキャナン的、すなわち右派の孤立主義に近い面をもつ。ミット・ロムニーは保守強硬派の立場をとり、ジョン・マケインは新保守主義者の側面と、穏健派の側面をあわせもつ。彼のスタッフについても、同様のことが指摘できる。ルーディ・ジュリアーニは内政については明らかに穏健派であるが、外交については、彼の最大のトレードマークが9-11事件の時に現場で活躍したことにあったため、保守強硬派と新保守主義者に傾斜した外交政策を掲げた。

超党派主義を持ち込んだオバマ新政権

オバマは民主党での指名を確定させた2008年6月以降、ただちに中道穏健路線への意向を示唆する言動を見せ始めた。テロ対策としての電話での盗聴問題について、あるいはイラクからの撤退について、それは指摘できる。沿岸での石油採掘など、内政においても同様の傾向が見られた。

当選後の人事において、その傾向はより明白になったような気がする。国務長官にクリントン上院議員を起用し、国防長官にはロバート・ゲーツを留任させた。国家安全保障担当補佐官にはマケイン支持を表明していたジム・ジョーンズを登用した。これはブレント・スコウクロフトらからの助言があったとも指摘されている。コリン・パウエルが選挙戦終盤でオバマ支持を表明したことは知られているが、オバマはかねてより元国務長官のジョージ・シュルツとも連絡をとりあっていたようである。

逆に、民主党内での候補者選びの段階で当初からオバマの中核的支持基盤であった左派・反戦派に属する人物はいまのところ抜擢されていない。

要するに、閣僚レベルの人事から見られる限りでは、オバマの外交・安全保障政策の布陣は、当初の支持者であった民主党左派・反戦派を排除し、民主党中道派と共和党穏健派からなる混成チームとなった。同時に、戦時での政権移行であることとも関係して、経験や能力を重視した布陣となったともいえよう。

経済政策チームについても、ティモシー・ガイトナー、ローレンス・サマーズ、ポール・ヴォルカーらが入り、左派色が薄く、また経験を重視した人事となった。

これについては、かつての人物が戻ってきただけであり、「変化」とはいえないという批判もある。ただ、オバマからすると、変化とは新しい人材や若者を登用することではなく、イデオロギー的に分極してきたワシントン政界において、超党派主義を持ち込むことであった、といえよう。

オバマは誰を幻滅させるのか

このような人事の結果、左派・反戦派の一部は反発している。彼らからすると、クリントンを見捨ててオバマを盛り立て、ようやく当選させたと思ったら、そのクリントンが国務長官として戻ってきてしまった、ということになる。国防長官もゲーツのままである。上で触れた電話盗聴問題や沿岸での石油採掘問題でも、失望を表明している左派のブロガーや活動家は存在する。

今後、アフガニスタンもオバマにとって難しい問題なることが予想される。仮に2012年の秋、米軍の死者数が高い水準を記録し、まったく撤退の道筋すら見えてこない情勢となっていれば、再選を脅かす可能性すらあろう。その際、批判に加わるのは共和党だけでなく、民主党内の左派・反戦派であろう。

外交問題とは離れるが、今回就任式を司る牧師にリック・ウォーレンが選ばれたことに、同性愛者団体など民主党左派の団体が強く反発している。

これからオバマ新大統領は、多くの人々、多くの団体を幻滅させることになろう。むしろ、彼は誰を幻滅させるかを慎重に選択する必要がある。それは外交政策に関しても同様であろう。

本年12月に始動した「オバマ政権外交・安全保障政策の動向に関する研究」プロジェクトでは、以上のような見取り図のもとに、今後の人事、そして何より個別具体の外交・安全保障政策の展開を見ていきたい。

2008年12月24日

2008年12月24日掲載

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