実りある年金論議のために論点整理を

中田 大悟
研究員

年金記録問題や保険料横領・着服問題のために、後ろ向きな議論が中心になってしまっていた年金制度であるが、ようやく最近、これからの年金をどのように維持・発展させていくかという前向きな議論が出始めてきた。

国庫負担引き上げの財源を巡って

基礎年金給付にかかる国庫負担割合を1/3から1/2に引き上げる際の財源選択の問題が焦眉の課題として国民の注目を集めている。極めて厳しいわが国の財政状況下で約2.5兆円の安定的な財源調達は実に悩ましい問題である。かつては定率減税の縮小・廃止分を充てるという論調が見られたが、最近になって、ついにというべきか、消費税の引き上げによって引き上げ分を賄ってはどうかという議論が湧き起こってきている。そして、それに伴ってか、与野党を問わず、基礎年金の完全国庫負担化(税方式化)を消費税を財源として検討すべきという論調も散見されるようになってきている。基礎年金の税方式化には低年金・無年金による貧困転落を防止する働きが期待されており、筆者も前向きに検討すべき課題の1つと考えるが、これには国民の合意を得なければ成らない重要な論点がある。

税方式と保険料方式 -似て非なる年金制度

現在の公的年金制度は保険料で賄われている。保険料方式の年金には緩やかな対価性が認められる。われわれが保険料を拠出するとき、政府は算定式に基づいて、保険料に相応した数十年後の給付額を約束する。しかし、税で給付する年金は対価性が限りなく薄く、扶助の性格が極めて強い。つまり、同じ基礎年金と銘打った給付であっても財源によってその性格は大きく異なり、保険料方式の年金は簡単には給付額が変更できず、税で賄う扶助としての年金給付であれば、その給付額は、ある程度、政府の裁量で変更することが正当化されることになるのである。基礎年金の租税方式化を主張する論者はこの点、即ち財源によって給付の性格が根本的に変わるという事に関するメリット・デメリットを率直に国民に問いかけるべきだろう。メリットは(たとえば高額所得者に対する)年金給付の減額が可能で財政にやさしいという点と将来の低所得ゆえの低年金・無年金者の出現が防げるという点であり、デメリットは受給者にとってはいつ何時給付を減らされるか分からなくなるという点である。政府はこの点に関して国民の広い合意を得る必要がある。この問題を避ける為に、もし年金給付のための税(たとえば消費税)を擬制的に保険料拠出とみなして、将来の裁量的な給付額変更を抑制するとするならば、新たな概念整理が必要となるだろう。

パートタイム労働者への厚生年金適用拡大

その必要性が認識されながら、なかなか進まないのがパートタイム労働者への厚生年金適用拡大である。しかし、基礎年金の税方式化はこの問題に有意に働く可能性がある。現在の厚生年金では月収にそのまま保険料率を乗じた形で保険料を徴収しているのではなく、報酬月額を30等級に分け、それぞれの等級の基準の報酬額(それを標準報酬月額と呼ぶ)に対して保険料率をかけて保険料を算出している。

たとえば、一番低い等級である1等級は10万1000円未満の報酬月額の人が対象であり、報酬月額がこれ以下であれば一律に標準報酬月額は9万8000円とみなされ、この標準報酬月額に保険料率を乗じて保険料が計算される(報酬月額が60万5000円以上の人は一番高い30等級に分類され、標準報酬月額62万円に保険料が課せられる)。1等級の厚生年金保険料は現行の保険料率の下で1万4696円(労使負担合計)であり、1万4100円の国民年金保険料と負担の面では概ねバランスしている(給付の面では基礎年金に加え報酬比例給付がある分、厚生年金の方が有利である)。

したがって現在の標準報酬月額の最低水準と第3号被保険者制度の存在を前提とすれば、厚生年金を適用拡大できるパートタイマーの枠はそもそも限られている。もし基礎年金を税方式化すれば、国民年金保険料とのバランスや第3号被保険者に対する制限も問題にする必要がなくなるから、厚生年金の標準報酬月額の下限を緩めることでパートタイマーへの適用を順次拡大することができる。

原理的には、たとえ月わずか1万円のパート所得であっても、現役時代に働けば働いた分だけを反映された報酬比例年金を老後に受け取ることが可能になる。問題は経済界がパートタイム労働者への厚生年金適用拡大を受け入れられるか、ということである。パートタイム労働者に大幅に依存してきた産業では、やはり大きな反対が出るだろう。しかし、企業全体で見れば、基礎年金相当の保険料負担がなくなることで企業の負担は大幅に減る(厚生年金保険料を13%前後に据え置けるかもしれない)のだから、そこを突破口に企業・家計双方との合意形成が可能かもしれない。

自営業者への厚生年金適用拡大はどこまで必要か

2階建て年金制度であれ、北欧型の年金制度であれ、世界の公的年金制度は概ね報酬比例部分を持っている。報酬比例年金の存在により、年金加入者は、経済変動や寿命の不確実性といったリスクを軽減しながら、労働市場からの引退前後で消費の平滑化を図ることができる。特に、定年退職というリタイアの期限が明確に定められた企業雇用者にとっては重要な年金の機能である(公的年金は最低保障や基礎年金に限定すべきという論者もいる)。

たとえば、民主党の年金制度案では、現行の厚生年金の二階部分と同水準の報酬比例年金を全加入者(全国民)に適用するとしている。これは重要な論点である。確かに、自営業者も被用者も同じ年金制度なのであれば、現役時代の就業行動に年金給付が左右されず、会社を辞めて起業もしくは廃業して会社勤めした人でも、変わらない年金給付となる。これにはわが国で低迷する新規起業数の拡大を促す効果もあるかもしれない。しかし、同時に、純粋な自営業者にまで報酬比例型年金を適用することのデメリットも考えておかなければならないだろう。リタイアの概念が曖昧な自営業者に、積極的に報酬比例年金を給付する意義は薄いかもしれない。

そして、報酬比例年金もまた賦課方式で運用されていることにも留意すべきだ。急速に進む人口高齢化の中では、賦課方式年金には現役世代の負担能力という“リスク”が伴う。世界の年金改革の潮流を見れば、多くの国が採用している方策は、従来の賦課方式を基本としつつもその規模の拡大を抑制し、部分的に積立方式の要素を取り込み多層的な年金構造にすることでさらなるリスクの分散を図るというものである。その流れとは逆行して、敢えて賦課方式年金の規模の拡大を目指すことには十分な計画性と慎重さが求められるだろう。現行の国民年金基金制度の拡充も含めた検討が必要と思われる。

合理的接点を見出して国民に説明を

わが国に限らず、年金改革の手本としてスウェーデンの年金改革が取り上げられることが多いが、スウェーデンであのように大胆な年金改革が実現できたのは、年金当局が長年にわたって粘り強く合意の形成を図り続け、各政党が最初から利害関係をぶつけ合うのを避け、合理的な合意の形成に徹してきたという背景がある。2004年の制度改正で間違いなく前進したわが国の年金制度の持続可能性をより確かなものにするために、今後の与野党の生産的な対話を期待したい。

2007年10月23日

2007年10月23日掲載

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