日本の生産性上昇と潜在成長率:JIP2006による分析

深尾 京司
ファカルティフェロー

2004年度から2年間続けてきた経済産業研究所の産業・企業生産性プロジェクトではこの度、日本の産業構造と産業別の全要素生産性を研究するための日本産業生産性データベース2006年版(Japan Industrial Productivity Database 2006、以下ではJIP2006と略記)を完成させることができた。このコラムではJIP2006を紹介する。

JIP2006とは

JIP2006は、日本経済全体について107セクターという詳細な産業別に、全要素生産性を推計するために必要な、資産別資本ストックと資本コスト、属性別(男女別・学歴別・年齢別等)労働投入、総生産と中間投入、などの年次データ(1970-2002年をカバー)と、貿易・規制緩和指標などに関する付帯表から構成されている。

我々のプロジェクトにおいてJIP2006構築を主に担当したのは、宮川努学習院大学教授・乾 友彦日本大学経済学部教授(資本担当)、権 赫旭日本大学経済学部助教授・深尾京司(産業連関表担当)、徳井丞次信州大学教授(労働担当)、中西泰夫専修大学経済学部教授・伊藤恵子専修大学経済学部講師(付帯表担当)を中心とする研究者と約10人の大学院生である。産業生産性の推計をこれほど大規模な陣容で行う例は海外でも希で、欧米の研究者からも羨まれる豊富な資源投入により、緻密な推計が出来たと考えている。

なお、推計作業に当たっては、旧版のJIPデータベース(JIP2003)推計を行わせていただいた内閣府経済社会総合研究所(ESRI)や一橋大学経済研究所の21世紀COE「社会科学の統計分析拠点構築」プロジェクトから全面的な支援を得ることが出来た。深く感謝したい。

JIP2006の特徴としては、1)公共財としてデータベースおよびその基礎データを原則として全て公開(RIETIのウェブサイトで公開)2)93SNAに準拠しコントロールトータルとしても原則として国民経済計算を使う、3)EU主要国、米国、韓国等について72産業別に全要素生産性の推計を行っているEU KLEMSプロジェクトに参加し、日本を含めた生産性絶対水準の国際比較を可能にする、等があげられよう。

JIP2006から見えてくる日本の生産性上昇と潜在成長率とは

このコラムでは、JIP2006暫定版を使って作成した2つの図表を報告しよう。
表1はJIP2006暫定版に基づく、日本経済の成長会計の結果である。なお、この表では過去の実質GDP成長率を、連鎖指数方式で算出している。このため、比較的最近年を基準年としてその価格を固定して長期遡及を行う場合よりも、1970年代等、遠い過去における実質経済成長率と全要素生産性上昇率が高めに算出されている。これは、たとえば電子部品は今日では70年代と比べて非常に安価であるために、今日の価格に基づいて固定価格方式で評価すると、過去に全要素生産性を大幅に改善させ、急速に拡大してきた電子部品産業の70年代における重要性を過小評価してしまうためである。内閣府の連鎖方式の実質GDP系列は94年以降しか公表されていないため、我々は独自に連鎖方式の実質GDPを推計した。この成長会計によれば、1990年を境に、全要素生産性上昇率が大幅に下落したことが分かる。住宅(帰属家賃)を除くと、1970-90年には平均して、全要素生産性上昇率は年率1.7%に達していた。全要素生産性の上昇は、資本収益率を上昇させ、資本蓄積を促進することを通じても経済成長を加速する。詳細な分析は略すが、仮に日本経済が年率1.5%程度の全要素生産性を今後回復することが出来れば、それだけで日本の潜在成長率を年2%程度にまで引き上げることが可能と考えられる。

図1[PDF:56KB]は、1970-2002年について、107産業(住宅を除く)の年平均TFP上昇率を示している。この図からは、全要素生産性上昇率は産業間で大きく異なり、半導体素子・集積回路、電子計算機・同付属品、電子部品など、情報通信機器を生産する産業や医薬品、サービス業のうち保険、電信・電話などで、高い全要素生産性上昇が起きたことが分かる。以上の事実は、国際分業の中で、仮に日本がハイテク産業にさらに特化を進めることが出来れば、高い全要素生産性上昇とそれがもたらす堅調な経済成長を享受することが出来ることを意味する。(詳細はJIP2006データベース参照

なお、生産性プロジェクトでは、日本経済全体をほぼカバーする企業ないし事業所レベルのデータベース(JIPミクロデータベース)を構築し、1990年代以降製造業を中心に観測された全要素生産性の停滞がどのような原因で起きたか、海外と比べて著しく生産性が低いといわれている一部の非製造業で生産性上昇を妨げているのはどのような要因か、といった研究も同時に行っている。

2006年4月11日

2006年4月11日掲載

この著者の記事