電力会社は自由化による大規模停電の「悪」夢を見るか?- 電力部分自由化の費用便益分析 -

戒能 一成
研究員

問題意識

1990年代中盤以降、電気事業などの政府規制事業における内外価格差の顕在化を背景に、いわゆる「電力部分自由化」などの一連の政策制度変更が進められてきた。

当該「電力部分自由化」については、その「便益」としては電気料金・電力価格の低下が指摘され、「費用」としては米国加州や北部の大停電のような事故による経済的損失の可能性が指摘されているところである。では、実際に国内における「電力部分自由化の『費用』と『便益』」は定量的に見てどのような大きさであったのであろうか?

以下、筆者が内閣府における検討作業において得た結果を御紹介する。

課題1. 電気料金・電力価格低下は本当に電力部分自由化の「便益」か?

電気料金・電力価格が低下する理由としては、供給側での経費減少と市場での競争的環境の拡大という2つの理由が考えられる。後者は自明として、前者の経費については、電力需要の伸び率鈍化や長期金利の変化などといった電力部分自由化と直接関係のない外的要因の影響を受けるため、電力部分自由化の影響を評価するためには、こうした外的要因を取り除いた上で評価する必要がある。

また、一般にある時点の企業の経営判断の影響が経費に現れてくる時間的推移は、設備投資関係経費(減価償却費、利払費など)と運用管理関係経費(操業費用: 人件費、修繕費など)で異なるため、ある時点での評価を行う際には、電力会社の経営を模式的に再現するモデルを組み、電力部分自由化の有無をシナリオとしたシミュレーションを行った上で評価する必要がある。

このため、過去15年分の電力10社の財務諸表から毎年度の各設備投資額と各運用管理経費のパネルデータを作成し、政策制度変更時点の前後で「電力需要や長期金利などの推移で説明できない設備投資額や運用管理経費の変化が起きているか否か?」を統計的に解析し、当該結果を基礎にモデルを構築してシミュレーション分析を行った。

図1 実質電気料金と実質総費用構成推移
図1 実質電気料金と実質総費用構成推移

課題2. 大停電の可能性をどうやって「費用」に換算するか?

大規模な停電が発生する理由としては、最大電力に対する発電容量の絶対的不足と、送電系統の事故の2つの理由が考えられる。

電力10社の設備容量推移のパネルデータ分析から発電部門での設備投資は投資額・新設容量の両面において大きく低減しているが送電部門での設備投資は投資額・新設容量ともにあまり影響を受けていないと判明したこと、地理的な送電実績推移の情報が開示されていないことなどの理由から、ここでは大規模停電の可能性として、最大電力に対する発電容量の絶対的不足問題を評価することとした。

具体的には、過去の総発電容量に対する最大電力の推移が確率分布に従っていたと仮定し、電力部分自由化により、中断・凍結された新設設備や維持費節減のため撤去された老朽設備が仮に存在していた場合に、停電の確率がどの程度下がっていたかを試算して分析を行った。

図2 総発電容量に対する最大電力需要と等価確率分布
図2 総発電容量に対する最大電力需要と等価確率分布

結果1. 過去15年間の料金・価格低下の約40%は電力部分自由化の「便益」と考えられる

電力会社の経営モデルによるシミュレーション分析・評価の結果、1990年代後半において行われた電気事業に関する一連の政策制度の変更により、設備投資関連経費で年約1.5兆円相当、遊休発電設備処分・販売管理費節減・他社購入電力費削減など運用管理関連経費で年約0.2兆円相当の経済効果が生じたものと推定された。また、これらの効果によりkWh当の実質価格で短期的に約0.2円、長期的に約2.0円相当の費用が引下げられたものと評価された。

これを2003年度現在での影響に換算するとkWh当約1.0円となり、過去15年間でのkWh当約2.6円、15%相当の電気料金引下げのうち約40%が政策制度変更の影響であり、その残余は長期金利の低下や電力需要の伸び率鈍化など政策制度と無関係な外的要因によるものと評価された。

見方を変えれば、電力部分自由化以前ではこれだけの巨額の経営努力の余地が残るような「余裕のある経営」が行われていたということであり、また、運用管理関連経費への影響部分については、政府規制産業においていわゆる「エックス非効率」が実在していたことを示唆している。

ここで、経済全体への波及を考慮に入れた場合、電力会社の設備投資や中間投入が減少したことによる前方効果と、料金・価格が低下したことによる後方効果を、産業連関分析により比較した上で評価を行わなければならないが、当該評価はこうした経済全体への影響を評価する前の、部分的な分析・評価であることに注意ありたい。

結果2. これまでのところ大停電が起きる確率は数万分の1程度しか拡大していない

一方、最大電力に対する発電容量の絶対的不足による大規模停電の可能性については、設備投資の抑制や遊休発電設備の処分が電力の安定供給に与える影響を見た場合、現状では1万年に数回程度の確率が変化したに過ぎず、無視できる程度に小さいものと評価された。このため、仮に大規模停電による経済的被害が数兆円に上るとしても、当該確率から考えてその「被害額の期待値」は数億円の水準に留まるものと評価された。

すなわち、結果1. で得られた「便益」を、停電による経済的被害という「費用」が上回る確率は現時点では非常に低いことが示されたことになる。
勿論、ここでは発電容量についてのひとつの時間断面での評価を行ったに過ぎず、送電部門での問題や、修繕費など維持経費の抑制が中長期的に問題を生じる可能性を評価したものではないため、今後こうした側面の問題についても分析・評価を進めていく必要があることに注意ありたい。

更なる問題意識

本件は「電力部分自由化」という政策制度変更に関する部分的な分析・評価の結果であるが、現在(暇を見つけて)産業連関分析などを応用した経済全体での影響の計測を進めている最中である。

また「『部分自由化』などの政策制度変更は普遍的に『費用対便益』が便益卓越という結果になるか?」「同時期に政策制度変更が行われた他の産業ではどうだったか?」「筆者が捨象した中長期的な大停電の可能性を評価できないか?」などといった課題についても現在作業を進めている段階にある。
関係各位の御指導を頂ければ幸いである。

2005年6月28日
参考文献(敬称略: 2.,3. はRIETI-WEBサイトから 全文ダウンロード可能です)
  1. 八田達夫・田中誠「電力自由化の経済学」 (2004) 東洋経済新報社
  2. 金本良嗣「消費者余剰アプローチによる政策評価」 (2004) RIETI-DPS-04-J-042
  3. 戒能一成「電気事業に関する政策制度変更の定量的影響分析」[PDF:4.9MB] (2005) 内閣府資料

2005年6月28日掲載

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