企業別温室効果ガス総排出量の評価は無意味- エネルギー効率・炭素効率で評価を -

戒能 一成
研究員

京都議定書の発効に向けて、企業に温室効果ガスの排出量を個別に算定し公表するよう義務づける政策措置が検討されているが、企業の生産水準や生産構成の影響を受けるような指標では正しい評価はできない。仮に地球温暖化防止のための企業努力を評価する必要があるとしても、財・サービスの生産量・生産額当たりのエネルギー効率や炭素効率で評価するべきである。

企業別の温室効果ガスの排出量の算定方法と問題点

企業の温室効果ガスの排出量の大部分を占めるエネルギー起源の炭素排出について考えれば、基本的に当該企業が保有・運営している工場・事業所別に、当該工場・事業所別の生産する財・サービス毎エネルギー源毎の消費量を算定し、エネルギー源毎に炭素量に換算して足し合わせていけば算定することができる。

しかし、算定された企業の温室効果ガスの総排出量を実際に評価しようとすると、大きな問題が3つ程存在することに気づく。
1) 生産量・生産額の変動を含めた状態での評価意義の問題
2) 工場・事業所の「裾切り」による評価対象の問題
3) 電力・熱の受払いに伴う「間接排出」と評価精度の問題

問題点1: 生産量・生産額の変動を含めた状態での評価意義の問題

上の式から明らかなように、企業の温室効果ガスの総排出量は、財・サービスの生産量・生産額の関数であり、個別財・サービスの生産量・生産額の変動や、財・サービスの生産構成の変化の影響を含んでいるため、仮に総排出量が増減していてもそれを温室効果ガスの排出抑制・削減努力であると評価することはできない。

財・サービス毎の生産量・生産額の変動については、個別企業が業界内で売上げを伸ばしてシェアを拡大すれば排出量も当然に増加し、その逆であれば減少すると考えられるため、企業の温室効果ガスの総排出量を企業間や時系列で比較することはそもそも何の意味もないこととなる。

財・サービスの生産構成の変化については、個別企業が特定のエネルギー集約的な部分を外注化したり輸入品に切替えれば排出量は減少し、その逆であれば増加するが、これは単なる工場・事業所の「看板」の掛替えに過ぎず、地球規模で見た実態には何の変化もないこととなる。

総合エネルギー統計の業種部門欄や経団連環境自主行動計画の公表値のように、特定の財・サービスを生産する業界単位で合算した場合であれば、個別企業のシェアの増減や事業部門の外注化や所有移転の影響はある程度取除くことができる。

しかし、それでもなお、温室効果ガスの総排出量の増減を評価する際には複雑で多面的な尺度が必要である。たとえば、都市ガス業界が一致団結(?)して旧式な重油ボイラーの保有者に営業攻勢を掛け、都市ガスの生産が増加した場合、都市ガス各社や業界全体の温室効果ガスの排出量は増加するが、彼らとその顧客の努力分だけ国全体で見た場合の温室効果ガスの総排出量は減っているはずだからである。

問題点2: 工場・事業所の「裾切り」による評価対象の問題

一般に省エネルギー法や既存エネルギー統計などによるエネルギー消費量の把握は、一定規模以上の工場・事業所に限定されているため、特に第三次産業では企業全体の活動規模を必ずしも反映しない問題がある。

具体的には、コンビニエンスストアや消費者金融など小型の店舗を面的に展開する業態の企業では、個々の店舗は各種の規制や調査対象から外れていることが通常である。また、チェーンストアのように経営と所有が分離されている業態では、個々の事業所の所有者が実態的な温室効果ガスの排出削減努力を行う余地は殆どないと考えられる。たとえば、コンビニエンスストアの店主が電力消費の大きいアイスクリームの自販機や肉まんの保温器は環境に悪いと思っても、それを設けなければ近隣の他店との競争に負けるか本部からの経営指導を食らう羽目になるだけであり、持続可能な経営を行うことができないからである。

従って、政策措置の対象となる企業を個別工場・事業所の規模という単一の観点から判断することは不適切であると考えられる。

問題点3: 電力・熱の受払いに伴う「間接排出」と評価精度の問題

我が国で用いられている温室効果ガスの部門別総排出量の考え方は、電力・熱に関して「間接排出」を含めて総排出量として考えることとされている。

一方、昨今、注目を集めているEUの排出権割当・取引制度では「直接排出」のみが評価対象であり、電力に伴う排出は全量電力会社の排出とされている。筆者は、最終需要家の節電による省エネルギー努力や新エネルギー電力の導入が排出削減として評価される「間接排出」法が「直接排出」法と併用されるべきと考えているが、電力・熱の受払いに関する「間接排出」を算定するには「電力の炭素排出係数をどうやって知るか」という大きな技術的問題が存在し、算定は容易ではない。

現状では電力需給の大部分は一般電気事業者が占めているが、電力取引の自由化範囲の拡大により、今後自由化された取引量が相当程度拡大していくことが予想される。少し大型の自家発電装置を保有している中小企業であれば事実上ほぼ自由に電力の売買を行うことが可能となる見通しであるため、これらの取引に伴う電力の炭素排出係数を企業毎に個々に整理して総排出量を算定することは非常に困難であると考えられる。総合エネルギー統計では全国の主要製造業の電力収支を推計して「炭素の流れ」を推計しているが、今後設立されるスポット取引などの局所的・一時的な電力取引の評価への対応については、現状では全く「お手上げ」の状態にある。

また、現在のエネルギー源別標準発熱量は、有効数字2桁の水準の精度にあり、最大で±5%の誤差を含んでいる。総合エネルギー統計ではエネルギー収支・炭素収支を評価することによって精度を確保しているが、企業別の総排出量においては、そもそもエネルギー収支や炭素収支は完結しない上、さらに上記の「間接排出」などの問題が加わってくるため、その精度は±5%を大幅に下回ると考えられる。

こうした問題を捨象して、粗い炭素排出係数の仮定に基づく総排出量を算定することは不可能ではないが、企業単位での地球温暖化防止のための努力を評価するのならば、正確性が担保されていなければそもそも政策としての意味が減殺されてしまうものといわざるを得ない。

企業の地球温暖化防止への努力はエネルギー効率・炭素効率で評価されるべき

以上のような問題点を踏まえれば、企業の地球温暖化防止への努力を正当に評価するためには、少なくとも以下のような制度設計が必要であると考えられる。

評価対象: 評価対象となる企業は、企業の売上高や推計される総炭素排出量(あるいはエネルギー消費量)などの複合的指標から選定・決定されなければならない。
小規模の工場・事業所を多数保有・運営する企業であっても、その活動規模が我が国の温室効果ガスの排出に与える影響を考慮して捕捉され措置対象とされるべきである。

評価指標: 企業単位での温室効果ガスの排出削減・抑制努力の指標は、財・サービスに関する生産量・生産額当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)と炭素排出量(炭素効率)で評価されなければならない。
炭素効率は、生産量・生産額当たりエネルギー源別消費量と、同エネルギー源別炭素排出構成の合成指標であり、その変化は省エネルギー努力と燃料転換努力の結果をある精度で表現している。但し、他者から供給された電力など炭素排出係数の算定が困難なエネルギー源については、設定した前提条件やエネルギー供給側の行為に依存して評価結果が影響を受けるため、必ずエネルギー効率を併用すべきである。

評価精度: エネルギー源別標準発熱量の精度にかんがみ、企業別エネルギー効率や炭素効率は5%水準での誤差を含んでいることを前提に評価されなければならない。
そもそも企業単位での評価においては、エネルギー効率や炭素効率の微小な変化を毎年度追う意味はなく、評価結果が持つ誤差とその限界を踏まえた上で評価が行わなければならない。また、当該企業が生産する財・サービスの技術特性や国全体のエネルギー需給の中での当該企業の位置づけを考慮した上でなければ、企業単位でのエネルギー効率や炭素効率に正当な評価を下すことはできないことを認識すべきである。

2004年11月9日

2004年11月9日掲載

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