消費税の総額表示の意義とは:事業者の生産性向上の視点から

鶴 光太郎
上席研究員

平成15年度税制改正のうち、消費税関連の改正事項として、(1)事業者免税点制度の適用上限の引下げ(3000万円→1000万円)、(2)簡易課税制度の適用上限の引下げ(2億円→5000万円)、(3)申告納付回数の見直し、とともに、(4)消費税の総額表示の義務付け、が本年4月から実施されることになる。これらの改正は、消費税の導入時に事業者の抵抗を少なくさせるため必要であった「アメ」(事業者免税点制度にかかわる「益税」が典型例)を小さくし、制度上の「抜け穴」を少しでも埋めるという意味で評価できる。その中で、総額表示(小売店などで消費税相当額を含んだ支払額総額の表示、内税化)の義務付けに関しては、事業者、消費者双方の側からさまざまな議論・批判がなされ、若干の混乱もあるようだ。本稿では、そうした議論を批判的に検討し、総額表示の意義について改めて考察してみたい。

なぜいま総額表示なのか?

消費税導入時には、外税方式(税抜き価格表示)と内税方式(税込価格表示)については、事業者が自ら選択できるようにし、規制は設けられなかった。1円単位のやりとりを嫌う小売店や自動販売機などでは内税方式が採用される一方、スーパー、コンビニ、百貨店などの多くの小売店では外税方式がとられることになった。このため、(1)両者の方式が混在し、価格が比較し難い、また、(2)外税方式ではレジで請求されるまで最終的にいくら払えばいいのかわかりにくい、という問題があった。

したがって、総額表示の義務付けは、こうした状況を解消し、値札などをみれば消費税を含んだ支払い総額が一目でわかるようにするためのものであり、消費者の利便性に配慮した改正といえる。しかし、このような制度変更がなぜ今行われるのであろうか。今回の改正のきっかけは、税務当局の戦略というよりも、党税調で長年強い影響力を保持してきたあるメンバーによる過去の誤りは今のうちに正しておいた方がよいとの「鶴の一声」の判断だったといわれている。

確かに、1960年代以降から付加価値税を導入している欧州諸国は総額表示であり、消費者保護の観点から最終消費者向けの総額表示が義務付けられている(税法上の規定ではなく、競争政策や消費者保護政策の関連法で規定)。州、郡、市で小売売上税が導入されているアメリカでは義務付けは必ずしも行われていないようだが、総額表示が一般的である。このような国際的な状況や消費者の利便性の視点に立てば、当初から総額表示(内税方式)に一本化すべきであったはずである。それができなかったのは、消費税をなんとか導入させるために「消費税分が価格に転嫁できない」と大騒ぎした中小事業者に配慮したからである。やや遅きに失した感はあるものの、この機会にきちっと制度を正しておくというのが今回の総額表示の義務付けの背景と考えられる。

事業者側から見た問題点

一方、総額表示の義務付けに当って事業者側から問題とされている点は、以下の3点である。第一は、これまで税抜価格表示をしていた事業者が総額表示に移行するために要する費用、つまり、広い意味での「メニュー・コスト」の問題である。店内の値札やその時々の広告であれば変更コストはそれほど大きくはないであろうが、レジがPOSと連動しているようなPOSレジのシステム変更や、商品カタログ、書籍(消費税導入時に内税方式にしたが、97年の消費税率引上げ時に外税方式で統一)の改定など、商品そのものに外税方式で価格表示がなされている商品の価格表示改定は相当のコスト負担が予想される。こうした事業者のコスト増は上記の消費者の利便性向上のために正当化されるべきだが、円滑な制度移行のためになんらかの公的支援も必要である。レジのシステム変更に関しては、一定の条件を満たせば2003年度に創設された「IT投資促進税制」が利用できるなどの配慮がなされている。

第二は、端数処理の問題である。現在、外税方式では、消費税額に1円未満の金額が発生した場合、それを切り捨てて、支払額や納税額とすることが認められてきた。これが総額表示に一本化されれば、1円未満を切り捨てる意味はなくなるため、端数切り捨ては認められなくなる。これは些細な問題のようにみえるが、事業者にとっては数千万から大きいところでは数十億円の負担増になる。ただし、このような負担増に対しても、対消費者取引では端数処理の特例が3年間認められるなどの政策的な配慮が施されている。

第三は、価格設定の問題である。価格が大台1歩手前の表示にして値頃感、安値感を買い手に与えるという小売戦略は消費者側にもおなじみである。たとえば、98円、198円、980円といった価格付けである。これらの価格は本体価格であるので総額表示になれば、102円、207円、1029円と大台を突破してしまい、果たして消費者にアピールできるかという問題がある。同じことが、すべての製品の本体価格が100円であることを売り物にしている「100円ショップ」にもいえる。これは小売業界にとって大きな価格戦略の練り直しを迫ることになる。これまで消費者にアピールしてきた価格付けを維持しようと思えば、納入業者に値下げ交渉や「しわよせ」を行うことになり、小売業者による優越的地位の濫用が懸念される。これに対しても、公正取引委員会が違反行為の有無を積極的に把握していくことになっている。

消費者の「錯覚」と総額表示義務付け

このように事業者側のコスト増などが総額表示の義務付けに伴うデメリットであることは事実であり、デメリットを緩和する政策的な手当ても行われている。しかしながら、内税方式と外税方式の価格表示の違いが消費者行動に実質的な影響を与えることを理由に総額表示の義務付けに異議を唱えることは、消費者側からすれば大きな問題である。本来、消費者が合理的であれば、消費税の負担を正しく計算し、購入判断ができる価格表示には何の問題もないはずである。もちろん、完全ではないものの、おしなべてみれば、消費者は合理的な行動をとっていると考えるのが自然であろう。したがって、事業者が外税方式で98円の本体価格をアピールする方が内税方式で102円と表示するより売れると確信しているのであれば、逆に、消費者は合理的な購入判断を行っていないことを意味する。価格表示のあり方が消費者を「錯覚」させ、適切な購入判断を妨げているのであれば、そのような「錯覚」を起こしにくい総額表示にするべきである。つまり、事業者側が総額表示に反対する理由は、消費者側からすれば総額表示を義務化することが必要な理由になっているといえるのだ。

一方、消費者側から総額表示に反対する議論としては、総額表示にすれば痛税感が弱まり、消費税率のアップや(食料品などには低い税率を適用するという)複数税率の導入が行い易くなることが指摘されている。つまり、総額表示は将来の消費税増税のための布石と考えられるので反対するという立場である。しかし、外税方式が痛税感を生んでいるという認識も自明とはいえない。たとえば、上で述べた例のように総額表示の102円では買わなくても、税抜価格98円の表示では購入するような消費者は消費税負担を正しく認識しておらず、外税方式における痛税感は弱いともいえるからである。また、国民の税に対する意識ということであれば、むしろ痛税感を感じさせずに納税者意識を高めることが重要だ。

事業者の消費税負担と生産性向上への動機付け

最後に、価格表示と事業者による消費税転嫁の問題を考えてみよう。事業者側からは「外税方式の方が内税方式よりも消費税を転嫁させやすい」と主張する声が多い。これは、消費者は本体価格のみで購入の判断をしており、消費税分は義務的支出、つまり、その金額がいくらであろうとも支払うという意味で、価格弾力性はゼロであることを暗黙的に仮定している。しかし、消費者が事前に意識しているか、していないかに関わらず、消費者の需要は、事後的には消費税を含めた支払い総額に依存しているはずだし、購入財・サービスの価格弾力性がゼロでない限り、事業者が消費税額分全部を転嫁させるのは実は望ましくない。価格弾力性に応じて転嫁率を考え、売上数量の落ち込みを押さえるほうが100パーセント転嫁する場合よりも事業者の収益は高くなるためである。

つまり、消費税は、消費者のみならず、事業者も負担しており、それが事業者自身にとっても望ましいのである。そこで問題になるのは負担に対する対応である。たとえば、「100円ショップ」というネーミングがビジネス・モデルの根幹であるならば、それを維持するため、生産性向上による抜本的なコスト削減を行い、総額表示でも「100円ショップ」と名乗る事業者が出てきてもおかしくないはずだ。その意味で、総額表示の義務化が事業者の意識を変え、生産性向上への契機となるのであれば、消費者のみならず、事業者にとっても望ましい改革といえる。

財政問題解決と国民全体の生産性向上努力

現在の日本の財政状況、さらには、欧州諸国などにおける付加価値税率のレベル(20パーセント前後)を考えると、消費税増税は不可避である。また、国民の間でも「それは避けられない」という意識は着実に浸透してきているように思われる。にもかかわらず、政治的には消費税増税がタブーになっているのが現実だ。つまり、それを先に言い出した政党が他の政党やマスコミから叩かれるという構図が出来上がっている。超党派合意を含めた大きな政治的リーダシップがまさに求められている。

一方、「取り易いところから取る」という安易な発想で消費税増税が行われることも避けなければならない。更なる消費税増税を行うのであれば、制度の透明性・公平性確保の観点から、インボイス方式(税額が別記された請求書が仕入税額控除の要件)の導入とともに、免税点制度、簡易課税制度の更なる見直しも必要である。また、他の条件が一定であれば、消費税増税は確実に需要を減少させるため、経済が縮小均衡に陥ることは自明である。したがって、マクロ経済的な立場からは、消費税増税と同時に、経済全体の生産性向上が図られる必要があると考える。それが増税負担に耐えうる足腰の強い経済を作り、経済の拡大均衡へつながるためである。財政赤字の問題は歳出削減か増税かという議論に陥りやすい。しかし、歳出削減や増税などの財政再建策が成功するためには経済全体の生産性が向上し、潜在成長力が高まるプロセスがどうしても必要である。「国が豊かになるためには経済全体の生産性向上しかない」という経済学の大原則は、財政問題の解決にも有用である。消費税の総額表示の義務化が事業者の生産性向上の確かな契機になることを期待したい。

2004年2月17日

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2004年2月17日掲載

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