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no.2: オープンソース・ソフトウェアを語る視点

村上 敬亮
経済産業省 情報政策ユニット 情報経済課長補佐

我が国でも、オープンソース・ソフトウェア(以下、OSSと略)が急速に注目を集めつつある。代表格とも言えるLinuxをはじめ、その市場の成長を予測する声も多い。

例えば、IDC社の2002年7月の調査に拠れば、世界のOS市場のうち、Linuxの占める売上高は2001年の8000万ドルから、2006年には2億8000万ドルに上昇するとされる。また、サーバ市場の世界シェアに関しても、 Gartner社の調査(2002)年に拠れば、2002年の9%から2005年には25%へと拡大すると予測されている。日本市場をとってみても、IDC社の2002年8月の調査に拠ればオープン系OS用RDMSソフトウェアでは、 Linuxの市場シェアは2001年の1.6%から、2006年には9.7%になるという予測がある。

しかし、OSSの活用促進に向けて残された課題は多い。ここでは、大きく三つに分けて語るべき視点を整理してみたい。

利用者側からのOSSに対する誤解

第一に、利用者側のOSSに対する誤解や不安の問題である。 現実にユーザの声を確認すると、OSSの利用に対して不安を示す声も多い。その中には

  1. システム導入後に必要となるサポートが得られないのではないか
  2. ウイルスが混在しているのではないか
  3. 品質面で劣っているのではないか
など、半ば先入観に基づくと思われるものもある。

また、OSSと言えば、OSソフトとしての「安全性」や「経済性」が頻繁に話題になる。しかし、OSSのメリットは、何も「安全性」や「経済性」だけにあるわけではない。例えば、安全性に関して言えば、米国国防総省が採用しているソフトウエアの安全性評価基準であるTCSEC(Trusted Computer System Evaluation)では、通常のLinuxもWindows MeもともにD評価である。Securityを強化したLinuxやWindows XPではC評価で、ほぼ互角の評価となっている。

また、WindowsとLinuxをTCO(Total Cost of Ownership:情報システム全体に係るコスト)で比較すると、どちらが有利かは判然としない等、意見は分かれている。レポートとしては、例えばLinux 優位を伝える調査結果として、Cybersource社が2002年6月に「従業員250名の中堅企業で3年間運用すると、Linuxの方が25-35%安い」とレポートしている。

これに対し、IDC社が2002年12月に公表したレポートによれば、「一台のネットワークサーバで100ユーザを5年間サポートした場合、Linuxは13,263ドル、Windowsは11,787ドル」と、Windowsが優位であると伝えている。

加えて、ソフトウェアのパッケージ構成によっても、また利用者自身の技術力によっても、ここであげる保守運用費用は大きく変化するため、オープンソースの経済性を一般化し比較をする意味は乏しい。

むしろ、OSSの導入がメリットとなるか、それともデメリットとなるかは、利用者の能力や状況によっても変わるものである。 確かに、進んだ利用者の間でも、

  1. サポートできる技術者が少ない
  2. OSSを組み込んだシステムに関するサービスのレベルが定義できない
など深刻な問題が発生しているのは事実だ。しかし、OSSに関して注目されるべきは、先進的な研究者の知見をオープンソースという開発スタイルを通じて効率的に集約した成果物が数多く既に残されているという事実である。市場では、OSソフトには限られない様々な種類のOSSが提供されているし、ライセンスの形態も細かく見れば様々な形態がある。OSSの活用が単なる不安や誤解といったレベルの理由で進んでいないとすれば、大変残念なことである。

開発スタイルとしてのオープンソース

第二に、本来、OSSは、利用者側ではなく開発者側の文脈でこそ語られるべきであるという視点である。OSSは、本来、商用的なソフトウエアの開発・市場化に対する一つのアンチテーゼとして始まったフリーソフトウエア運動に端を発している。開発したソフトウエアの成果物がライセンスという行為の下に特定企業の管理下におかれるのは間違っており、その成果はそれを望む全ての人に公開され自由に活用されるべきであるという考え方が、その核にある。この活動は、ソフトウエアを産業として育成するという観点からは難しい論点を提起する。しかし、研究者の知見を効果的に集約しソフトウエアの開発者・利用者にそのメリットをリアルタイムでフィードバックするという意味では、優れた開発スタイルを提唱というべきであろう。特にIT分野では、OSソフトのみならず、コンテンツへのアクセス制御技術や認証技術など複数の企業や主体がその研究成果を共有しながら次に進まないと解決しない課題が確実に増えつつある。残念ながら、OSSに取り組む開発コミュニテイのほとんどは海外にあり、我が国ではまだまだこうした開発スタイルは定着していない。我が国でも、利用側からの文脈ではなく、これから行うソフトウエアや情報システムの開発の中でこそ、OSSというスタイルをどのように使っていくのか検討していくべきであろう。

OSSに関する法的枠組み

第三に、OSSに関わる法的枠組みの透明性の問題である。 有用であるにもかかわらず、利用・開発両面において我が国で今ひとつ本格的なOSSが進まない共通の理由として、ライセンスが多様であり内容がわかりにくい、法的にリスクが高いなど、その法的枠組みが明確でないことも指摘されている。(「Linuxをどう使う。燃えあがる『GPL問題』」日経エレクトロニクス2001年12月7日号)。例えば、Linuxを活用するために派生的に開発されたソフトウエアがオープンソースとして扱われるのか、商用ソフトウエアとして扱われるのかは、専門家でも判別しにくいケースが多い。OSSが徐々に商用ソフトウエアの領域を浸食していくようなイメージがあることから、こうした性格をVirus Characterと呼ぶ向きもある。オープンソース・コミュニティ発祥の地である米国では、そのコモン・ロー的性格の法体系もあって政府レベルでの検討は見られないが、欧州では、昨年11月に、その法的解釈や法的枠組みの在り方を巡ってレポートが公表され、パブリックコメントに付されている。我が国でも、ソフトウエアに関する法的問題に詳しい(財)ソフトウエア情報センター(SOFTiC)が専門家を集めた調査研究を開始しているところである。

まとめ

我が国におけるオープンソースの議論は、本格的普及の前段階にとどまっている。OSSには、これまで多くのソフトウエアの開発者が取り組んだ成果物が既に残されている。これを如何に活用し、また、発展させていくか、そのためにも、我が国ソフトウエア市場及び技術にとって、今後、ますます真剣に議論すべき課題となろう。

2003年2月26日

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2003年2月26日掲載

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