中国経済新論:実事求是

「付加価値」から見た中国の対外貿易の実態

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

新しい分析ツールとしての「付加価値貿易統計」

中国は「世界の工場」としてのみならず、「世界の市場」としての重要性も増している。これを象徴するように、2009年以降、中国は通関統計ベースでは、世界一の輸出大国と米国に次ぐ世界第二位の輸入大国となっている。しかし、通関統計は、サービス貿易を対象としていない上、最終製品と同様に部品などの中間財も国境を越える度に、輸出または輸入の一部として計上されるという多重計算の問題を抱えている。そのため、サービス貿易が拡大し、多国籍企業の主導でバリューチェーンに沿った国際間分業が進む中で、通関統計だけでは、もはや貿易の実態を把握できなくなった。この問題は、加工貿易が盛んである中国のような新興工業国には特に深刻である。

これに対して、OECD(経済協力開発機構)とWTO(世界貿易機関)が共同で「付加価値貿易イニシアティブ」に取り組み、「付加価値輸出」を、輸出される財とサービスの原産国の付加価値として計算することで、国家間の通商関係の全容を明らかにしようとしている。その成果の一部がデータベースという形で公開されている。ここでは、この「OECD/WTO付加価値貿易統計(データベース)」を使って、中国の対外貿易の実態に迫る。

中国の輸出に含まれる国内と海外の付加価値

OECD/WTO付加価値貿易統計によると、2009年の中国の財とサービスの輸出(グロスベース)に占める国内付加価値のシェア(以下、国内付加価値比率)は67.4%となっており、残りの32.6%の付加価値は部品などの中間財という形で海外から輸入されたものである。

中国の国内付加価値比率は先進国には及ばないものの、近年、上昇傾向にある。まず、クロスセクションの比較では、67.4%という中国の国内付加価値比率は、米国(88.7%)や日本(85.2%)といった先進国を大幅に下回っている。このことは、中国が付加価値の高い部品の多くを国内で生産しておらず、輸入に頼っていることを反映している()。また、時系列の推移を追ってみると、中国の国内付加価値比率は1995年の88.1%から2005年に63.6%まで低下していたが、それ以降、上昇傾向に転じている。一般的に、ある国の国内付加価値比率は、自国の産業が世界のバリューチェーンにどのくらい組み込まれているかという対外開放度と、自国の産業がどのくらい輸入に頼らずに自前で付加価値の高い部品・中間財を作れるかという産業高度化の度合いに大きく依存する。現在中国では、対外開放度が高まると同時に、産業高度化も進んでいる。前者は、国内付加価値比率を押し下げる要因になるが、後者は逆にそれを押し上げる要因になる。中国の国内付加価値比率の近年の変化は、2005年頃を境目に、産業高度化の進展による押し上げ効果が、対外開放度の上昇による押し下げ効果を上回るようになったことを示唆している。

一方、2009年の中国の輸出に含まれる海外付加価値の供給源を見ると、日本、米国、韓国、台湾が上位を占めている。中国からこれらの国々への中間財の輸出が増えていることも加わり、中国は生産ネットワークを通じてアジア太平洋諸国と緊密につながっている。

中国の輸出と輸入規模

OECD/WTO付加価値貿易統計によると、2009年の中国の輸出規模は、グロスベースで1兆2,840億ドル(世界輸出総額の9.4%)に達しているが、付加価値ベースでは8,386億ドル(同8.3%)にとどまっている(いずれも米国に次いで世界第二位)(表1)。

表1 主要国の世界貿易に占めるシェア
―グロスvs.付加価値―

表1 主要国の世界貿易に占めるシェア
(出所)OECD/WTO Statistics on Trade in Value Added (database)より作成

一方、2009年の中国の輸入規模はグロスベースでは、1兆639億ドル(世界輸入総額の7.8%)と、米国の1兆8,498億ドル(同13.5%)に次ぐ世界第二位の規模となっている。しかし、付加価値ベースでは、6,185億ドル(同6.1%)と、米国の1兆5,906億ドル(同15.7%)とドイツの6,510億ドル(同6.4%)に次ぐ第三位に順位が下がっている。これは、グロスベースの数字よりも、外国企業にとっての中国の市場規模を正確にとらえていると思われる。

もっとも、時系列の推移を追ってみると、中国の輸出と輸入は、グロスベースで見ても、付加価値ベースで見ても、ともに世界貿易全体に占めるシェアが着実に高まっている。これを背景に、各国の中国への輸出依存度と輸入依存度は、いずれのベースで見ても高まっている(表2)。

表2 主要国の対中貿易依存度
―グロスvs.付加価値―

表2 主要国の対中貿易依存度
(出所)OECD/WTO Statistics on Trade in Value Added (database)より作成

中国の国別輸出と輸入

OECD/WTO付加価値貿易統計によると、2009年の中国の国別輸出依存度は、グロスベースで見ても、付加価値ベースで見ても、①米国、②日本、③ドイツの順となっている(表3)。しかし、最終製品の市場と位置づけられる米国とドイツなどへの輸出依存度は、グロスベースと比べて、付加価値ベースの方が高くなっているのに対して、バリューチェーンを通じて中国と強く結ばれている日本、韓国などへの輸出依存度は、逆に付加価値ベースの方が低くなっている。

一方、2009年の中国の国別輸入依存度は、グロスベースでは①日本、②韓国、③米国、④台湾の順になっているが、付加価値ベースでは、①米国、②日本、③ドイツ、④韓国の順に大きく変わっている。このことは、付加価値ベースでは順位が上がった米国とドイツからの輸入は最終製品が中心になっているのに対して、順位が下がった日本、韓国、台湾からの輸入には、中国から再輸出される中間財が多く含まれているからである。

表3 中国の国別輸出依存度と輸入依存度(2009年)
―グロスvs.付加価値―

表3 中国の国別輸出依存度と輸入依存度(2009年)
(出所)OECD/WTO Statistics on Trade in Value Added (database)より作成

日米中を中心とする「アジア太平洋トライアングル貿易」

中国が主に日本をはじめとするアジア各国から部品などの中間財を輸入し、それを加工してから最終製品を米国に輸出するといった「アジア太平洋トライアングル貿易」の拡大を背景に、中国は日本に対して赤字を抱える一方で、米国に対し大きな黒字を計上している。OECD/WTO付加価値貿易統計によると、グロスベースでは、2009年には中国の対日赤字は138億ドル、対米黒字は1,890億ドルに達している。しかし、付加価値ベースでは、グロスベースで過大評価されている対日輸入と対米輸出の規模が是正されるため、中国の対日赤字と対米黒字はそれぞれ、9億ドルと1,265億ドルに縮小している(図1)。

図1 日米中の二国間貿易収支(2009年)
―グロスvs.付加価値―

図1 日米中の二国間貿易収支(2009年)
(出所)OECD/WTO Statistics on Trade in Value Added (database)より作成

日本の場合も、2009年の輸出先は、グロスベースでは中国がトップで米国は第二位だが、付加価値ベースでは、中国(と他のアジアの国々)を経由する米国への輸出の分まで日本の対米輸出として計上されるため、第一位が米国、第二位が中国と順位が逆転する。これを反映して、日本の付加価値ベースの対米貿易黒字は、グロスベースを上回っている。

今後の展望

国内付加価値比率が低く、ひいてはグロスベースと付加価値ベースの貿易統計が大きく乖離することは、中国に限らず、韓国や台湾、マレーシアといった新興工業国と共通する現象である。しかし、中国では、労働力不足を背景に、労働集約型産業における国際競争力が落ち込んでおり、それに対応するために、各企業は資源をより付加価値の高い製品の生産にシフトさせている。国全体でみても、自動車産業などが急成長していることに象徴されるように、産業の高度化が進んでいる。今後、これまで輸入に頼らざるを得なかった一部の部品が国内生産によって代替される形で、国内付加価値比率が先進国のレベルに近づくだろう。その結果、付加価値ベースの貿易はグロスベースを上回るペースで伸び、両者のギャップは小さくなると予想される。

2014年1月8日掲載

脚注
  • ^ 中国における各業種の輸出に含まれる海外付加価値のシェアを比較してみると、高い順で電気機器が42.6%、化学が40.9%、機械が36.8%、金属が34.9%となっており、いずれも日本(電気機器は17.8%、化学は21.1%、機械は11.5%、金属は19.5%)を大幅に上回っている。
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2014年1月8日掲載